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前編

教育機会?

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「ガハハハハ! やっぱりか! やっぱり出よったか! いやー不動産屋に任せっぱなしでかなり家賃が安かったからな! これは何かおるなとは思っとったんじゃ! 案の定じゃったな!」

「まったく……笑い事じゃねえぞ」

 オヤジのでかい声にスマホを引き気味の俺は、ひとり嘆息する。

 そもそも俺はなぜ一人暮らしをすることになったのか。

 俺の実家は隣県にある室町時代から続く、浄土真宗本願寺派の東横院東横イン水巌寺すいがんじという寺だ。俺のオヤジ、城之内尚太じょうのうちしょうたはその寺の住職を務めている。

 俺には8つ上の兄貴と中学生の妹が一人いるが、いろいろあって俺も将来的には仏教に身を置くつもりでいる。そのため俺は去年親元を離れ、仏教系の大手学園法人の栄花えいか学園高校に入学することになった。

 そして昨年度1年間、寮生活を送ったのだが……これがまた劣悪な住環境だった。

 なぜか1年生は毎日6時起床、そして朝食前に大部屋に集合させられお経の勉強をさせられる。食事は基本的に精進料理で、肉や魚は週に1回だけ。育ち盛りの高校生には、これはかなりキツい。

 それだけならまだよかったのだが、1年生と2年生は2名同室の相部屋となる。そしてその同室の相手というのが……かなり強烈な男だった。

 見た目は普通の優男なのだが……性欲が尋常じゃなく、毎晩「自家発電」に励む。同室の2段ベッドで上の方から毎晩ギシギシと音をたてられたら、そりゃあたまったもんじゃない。

 本人は素知らぬ顔で「オカズが足りなかったら貸すよ。いつでも言ってね」とまったく悪びれる様子もない。お陰でこっちは、年中寝不足状態となった。

 さすがに我慢の限界だった俺は、なんとか寮を出て一人暮らしができるようにオヤジに頼み込んだ。県外の私学高で勉強させるための費用が馬鹿にならないことは、俺だって十分承知している。それでもこのままでは卒業より先に、俺の頭がおかしくなることは明らかだったからだ。

 オヤジは知り合いの不動産業者に「とにかく安い物件を探してくれ」と依頼した。そしておすすめの格安物件として紹介してくれたのがこのアパートだ。そしてオヤジは俺に下見をさせることもなく、勝手に契約をしてしまった。

 たしかに家賃もこの辺の相場と比べて1ランク安い。しかもなんとベッドから冷蔵庫、洗濯機、テレビや電子レンジ、基本的な調理器具や食器等、すべて完備されている。「これ、なにかあるよね?」と思うのが普通である。

 俺は不動産業者から鍵を受け取り、このアパートへやってきた。明日は荷物を運び込んで、明後日から2年生としての新学期が始まる。否が応でも期待に胸が膨らみ、ウキワク状態の俺だった。

 ところがこの部屋のドアの前に立った瞬間、思わず「うわー」と声を上げてしまった。強烈な霊気を部屋の中から感じたからだ。

 ただ……その霊気に邪気が一切感じられない。俺はドアを開けるのを躊躇したが、正直好奇心の方がはるかに勝った。どんな霊なんだろう。霊能者の一人としては、絶対に見てみたい。

 そしてドアを開けてみると……なんとも可愛らしいというか……予想に反した迎合となった。

「それでどうじゃ? 邪心のある類の霊体か?」

「いや、邪気は全く感じられない。ただ後悔の念がめちゃくちゃ強い類の地縛霊だ。生きてたら俺と同じ年の女子高生……っていうかギャルだな」

「なんじゃと? ギャルの地縛霊ときたか? それはワシもいままでお目にかかったことはないぞ! 是非一度お目にかかりたいもんじゃ」

「まあでも来なくていいぞ。それより他の物件探したほうがいいんじゃねーか?」

 女好きのオヤジは相当興味を持っていたが、なんとか話題を変える。オヤジは来たら来たでいろいろ面倒くさいからだ。

「うーむ……でも家具付きでそれぐらいの家賃のというのは、他になかなか無いからのう」

「そりゃそうだけど……」

 まあだからこの「事故物件」になるわけなんだが。

「それに……ひょっとしたらナオの勉強にもなるかもしれんぞ」

「俺の?」

「そうじゃ。ナオ、お前さん後悔の念に駆られた地縛霊を成仏させるには、どうすればいいか覚えておるか?」

「ああ。できるだけ対話を持ち、後悔の念を少しでも和らげてやる……そういうことだろ?」

「そうじゃ。おそらくそれだけ霊力の高い地縛霊じゃ。生前の後悔というのも相当大きいじゃろう。それに邪気もなく純粋な霊であれば、ナオに降りかかる実害も少ないと思うぞ」

「心配じゃねーのかよ?」

「心配は心配じゃが……それくらいの事に対処できるぐらいの修行は、ナオにはさせたつもりじゃが?」

「まったく……」

 多少は俺の身の安全を考えろってんだ。それに単純に家賃を安く済ませたいだけなんじゃねーか? とは言え……オヤジの言うことに一理あることも確かだ。俺の将来のことを考えると、これはちょうどいい「教育機会」なのかもしれない。

「わかったよ。とりあえずやってみる。明後日から学校始まるし、時間もないしな」

「そうか。まあなにか問題があれば、また連絡してくればいい」

「了解。そうするよ」

 俺はオヤジとの電話を終えて、小さく嘆息する。
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