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前編
花宮の異変
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俺たちは思っていたより集中していたようだ。あっという間に時間が過ぎて、夕方の5時を過ぎていた。
「ちょっと早いけど、夕食にしよう。あまり遅い時間に、花宮を返したくないしな」
「ごめんね、気をつかわせちゃって。何か手伝うことある?」
「いや、大丈夫だ。温め直すだけだから」
俺は花宮の手伝いの申し出をやんわりと断りキッチンへ向かう。ガスコンロの上の鍋を温め、そして簡単なサラダを用意していると……誰かのスマホが鳴った。テーブルを振り返ると、雄介が自分のスマホを眺めている。誰かからのメッセージのようだ。
「ナオ、悪い。オレ、帰るわ」
「は?」『はぁ?』「えっ?」
雄介はそう言うと、いそいそと帰り支度を始めた。テーブルの上の自分の物を乱暴にカバンに詰め込むと、「本当に悪い。今度また食いに来るから。冷凍しといてくれ」と言い残し、止める俺たちの言葉も虚しく雄介はそそくさと玄関から出ていった。
ドアがバタンと閉まる音がした後、一瞬の静寂が流れる。
「まったく……雄介のやつ、マジかよ」
『もう、せっかくハヤシライス作ったのに!』
「雄介、多分女の人だよ。スマホの画面がチラッと見えたんだけど、女の人の名前だったと思う」
またこのパターンかよ……俺は心のなかで呟いた。
「まあ仕方ない。とりあえず二人で食べようか」
「うん、そうだね」
俺はハヤシライスとサラダ、スプーンと箸、麦茶のポットをテーブルに運ぶ。
「あー、やっぱりハヤシライスだ! いい匂いがしてたもん」
花宮が嬉しそうに言った。花宮と二人きりで食事、しかも俺の部屋で……俺は少し緊張していたが、花宮の笑顔と嬉しそうな声を聞いたら少しホッコリした気持ちになった。
「実家の寺のカフェで一緒に食べただろ? あの味が少しでも再現できたらと思ってな」
『かなり近いと思うよ! 琴ちゃん、味わって食べてね』
「すっごくいい匂い。うわー楽しみ、ねぇ、食べよう!」
俺たちはいただきますをして、スプーンを手に取る。一口目をスプーンですくって口に運んだ。今日はりんが隣で見ているので、フーフーする必要はない。
「お、美味しい! なにこれ、あのカフェと同じ味だよ! どうやって作ったの?」
「ああ、まあ……いろんな食材を混ぜて作ってみたんだ」
『そういうこと。まあ実際作ったのはアタシなんだけどね』
花宮はよっぽど感動したらしく、「美味しい」を連発している。ハヤシライスを作ったのはりんだけど、俺は花宮の笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。
今日の花宮はチェックの膝丈スカートに白のブラウスという、清楚なスタイルだ。愛らしい笑顔、主張の強い胸元、テーブルの下で見え隠れする膝頭に、俺は内心ドキドキしていた。
『ね? 美味しいでしょ、琴ちゃん。あのカフェのハヤシライスと比べてどう?』
りんはまた花宮の正面を陣取り、テーブルの上から顔を出した状態で花宮を見ている。
「花宮、あのカフェのハヤシライスに近いかな?」
「うん! て言うより、こっちの方が味が深い気がするよ」
『おー、さすが琴ちゃん。作ってから1日経ってるからね。その分こっちの方が味が染みてるかも』
「作ってから1日経ってるからな。味が染みて昨日より美味いかもしれない」
俺はりんの言うことを通訳する。
『ナオ、よかったね。こんなに可愛い子に美味しいって言ってもらってさ。それにしても今日の琴ちゃん、清楚系で可愛いよね? それともナオはもうちょっとエロい感じのほうが……』
突然、りんの饒舌が止まった。
よく見ると、りんの正面に座っている花宮の様子がおかしい。目を見開き、驚きの表情。いや、驚きというより……その表情は「恐怖」に近い。そしてその視線は正面のテーブルの上……りんの顔付近に向けられている。
「テーブルの……上に……誰かいるの?」
その花宮の言葉に、今度は俺とりんが驚く番だった。
『こ、琴ちゃん! アタシのこと、見えるの?』
「……しゃべった?! 今……琴ちゃんて……」
花宮の目はさらに大きく見開いて、座布団から少しずつ後ろに後ずさりしていく。事の重大さを感じたりんは、テーブルの上からスーッと俺の後ろの方へ移動した。
そして花宮は……そのりんの動きを目で追っていた。花宮は完全に、りんのことが見えている!
一方で花宮の恐怖はピークに達していた。「う、動いた……」とりんを指差し、恐怖で固まっている。その指先は、細かく震えていた。
「花宮、落ち着いてくれ。今、花宮は……髪の長い女の子が見えてるんだな?」
俺はできるだけ花宮を落ち着かせようと、ゆっくり話しかける。
「う、うん! 急に現れて……そっちへ動いたよ! 城之内君も……見えてるの?」
「ああ……花宮、落ち着いて聞いてくれ。彼女はこの部屋に住み着いている地縛霊、いわば『座敷わらし』のような存在で、決して悪さはしない」
俺は花宮を落ち着かせるため、あえて「座敷わらし」という言葉を使った。本当は少し違うのだが。
「俺も花宮がりんのことが見えることに驚いてるんだ。あ、彼女の名前はりんていうんだけど」
『琴ちゃん……驚かしちゃって、ごめんね』
「ひっ……」
花宮は引きつった顔でりんの方を見て、俺の腕に縋り付いてきた。どうやら……声も少し聞こえるらしい。
「花宮、今日はもう帰ったほうがいい。俺が家まで送るから」
俺はテーブルの上にあった花宮の私物を全て彼女のカバンに入れ、それを花宮に手渡して急いでアパートの部屋を出た。もちろんりんは部屋にいてもらう。花宮はまだ取り乱しているようだった。
「ちょっと早いけど、夕食にしよう。あまり遅い時間に、花宮を返したくないしな」
「ごめんね、気をつかわせちゃって。何か手伝うことある?」
「いや、大丈夫だ。温め直すだけだから」
俺は花宮の手伝いの申し出をやんわりと断りキッチンへ向かう。ガスコンロの上の鍋を温め、そして簡単なサラダを用意していると……誰かのスマホが鳴った。テーブルを振り返ると、雄介が自分のスマホを眺めている。誰かからのメッセージのようだ。
「ナオ、悪い。オレ、帰るわ」
「は?」『はぁ?』「えっ?」
雄介はそう言うと、いそいそと帰り支度を始めた。テーブルの上の自分の物を乱暴にカバンに詰め込むと、「本当に悪い。今度また食いに来るから。冷凍しといてくれ」と言い残し、止める俺たちの言葉も虚しく雄介はそそくさと玄関から出ていった。
ドアがバタンと閉まる音がした後、一瞬の静寂が流れる。
「まったく……雄介のやつ、マジかよ」
『もう、せっかくハヤシライス作ったのに!』
「雄介、多分女の人だよ。スマホの画面がチラッと見えたんだけど、女の人の名前だったと思う」
またこのパターンかよ……俺は心のなかで呟いた。
「まあ仕方ない。とりあえず二人で食べようか」
「うん、そうだね」
俺はハヤシライスとサラダ、スプーンと箸、麦茶のポットをテーブルに運ぶ。
「あー、やっぱりハヤシライスだ! いい匂いがしてたもん」
花宮が嬉しそうに言った。花宮と二人きりで食事、しかも俺の部屋で……俺は少し緊張していたが、花宮の笑顔と嬉しそうな声を聞いたら少しホッコリした気持ちになった。
「実家の寺のカフェで一緒に食べただろ? あの味が少しでも再現できたらと思ってな」
『かなり近いと思うよ! 琴ちゃん、味わって食べてね』
「すっごくいい匂い。うわー楽しみ、ねぇ、食べよう!」
俺たちはいただきますをして、スプーンを手に取る。一口目をスプーンですくって口に運んだ。今日はりんが隣で見ているので、フーフーする必要はない。
「お、美味しい! なにこれ、あのカフェと同じ味だよ! どうやって作ったの?」
「ああ、まあ……いろんな食材を混ぜて作ってみたんだ」
『そういうこと。まあ実際作ったのはアタシなんだけどね』
花宮はよっぽど感動したらしく、「美味しい」を連発している。ハヤシライスを作ったのはりんだけど、俺は花宮の笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。
今日の花宮はチェックの膝丈スカートに白のブラウスという、清楚なスタイルだ。愛らしい笑顔、主張の強い胸元、テーブルの下で見え隠れする膝頭に、俺は内心ドキドキしていた。
『ね? 美味しいでしょ、琴ちゃん。あのカフェのハヤシライスと比べてどう?』
りんはまた花宮の正面を陣取り、テーブルの上から顔を出した状態で花宮を見ている。
「花宮、あのカフェのハヤシライスに近いかな?」
「うん! て言うより、こっちの方が味が深い気がするよ」
『おー、さすが琴ちゃん。作ってから1日経ってるからね。その分こっちの方が味が染みてるかも』
「作ってから1日経ってるからな。味が染みて昨日より美味いかもしれない」
俺はりんの言うことを通訳する。
『ナオ、よかったね。こんなに可愛い子に美味しいって言ってもらってさ。それにしても今日の琴ちゃん、清楚系で可愛いよね? それともナオはもうちょっとエロい感じのほうが……』
突然、りんの饒舌が止まった。
よく見ると、りんの正面に座っている花宮の様子がおかしい。目を見開き、驚きの表情。いや、驚きというより……その表情は「恐怖」に近い。そしてその視線は正面のテーブルの上……りんの顔付近に向けられている。
「テーブルの……上に……誰かいるの?」
その花宮の言葉に、今度は俺とりんが驚く番だった。
『こ、琴ちゃん! アタシのこと、見えるの?』
「……しゃべった?! 今……琴ちゃんて……」
花宮の目はさらに大きく見開いて、座布団から少しずつ後ろに後ずさりしていく。事の重大さを感じたりんは、テーブルの上からスーッと俺の後ろの方へ移動した。
そして花宮は……そのりんの動きを目で追っていた。花宮は完全に、りんのことが見えている!
一方で花宮の恐怖はピークに達していた。「う、動いた……」とりんを指差し、恐怖で固まっている。その指先は、細かく震えていた。
「花宮、落ち着いてくれ。今、花宮は……髪の長い女の子が見えてるんだな?」
俺はできるだけ花宮を落ち着かせようと、ゆっくり話しかける。
「う、うん! 急に現れて……そっちへ動いたよ! 城之内君も……見えてるの?」
「ああ……花宮、落ち着いて聞いてくれ。彼女はこの部屋に住み着いている地縛霊、いわば『座敷わらし』のような存在で、決して悪さはしない」
俺は花宮を落ち着かせるため、あえて「座敷わらし」という言葉を使った。本当は少し違うのだが。
「俺も花宮がりんのことが見えることに驚いてるんだ。あ、彼女の名前はりんていうんだけど」
『琴ちゃん……驚かしちゃって、ごめんね』
「ひっ……」
花宮は引きつった顔でりんの方を見て、俺の腕に縋り付いてきた。どうやら……声も少し聞こえるらしい。
「花宮、今日はもう帰ったほうがいい。俺が家まで送るから」
俺はテーブルの上にあった花宮の私物を全て彼女のカバンに入れ、それを花宮に手渡して急いでアパートの部屋を出た。もちろんりんは部屋にいてもらう。花宮はまだ取り乱しているようだった。
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