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前編
『どこで買ったの?』
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期末試験は無事終了した。いや、無事ではない。試験直前に花宮がりんの件でいろいろあったため、俺は直前の勉強がおろそかになってしまった。なんとか赤点は回避したが、後期はかなり勉強を頑張らないといけなくなってしまった。
「うーー、なんか緊張してきた」
「花宮、そんなに緊張しなくていいぞ。ていうか、りんも緊張するって言ってたわ」
俺は隣を歩いている花宮に、そう話しかけた。
期末試験も終わり「りんちゃんにもう一度会ってみたい」と申し出てくれた花宮を、今日は一緒に俺のアパートに来てもらうことにしたのだ。りんにもその事は話してある。
俺は花宮とりんを会わせることについて、事前に電話でオヤジに相談してみた。するとオヤジに「いいんじゃないかの。まあ会わせてみるといい」とあっさり言われてしまった。オヤジ、本当はあまり考えてないんじゃないか?
アパートに着いて、部屋のドアを開ける。いつもだと玄関までスーッと出てくるりんは、部屋の中で待っているようだ。さてはりん、緊張しているな。
俺がリビングに入ると、りんは部屋の中央にいた。
『い、いらっしゃい、琴ちゃん』
「花宮、見えるか?」
「うん……薄っすらとだけど……こんにちは、りんちゃん。花宮琴葉です」
『あ、えーっと……鮎川りんです』
「……?」花宮は聞き取れなかったらしく、俺の顔を見た。
「鮎川だ。鮎川りん」
「鮎川……りんちゃんだね。よろしくね」
『うん、琴ちゃん、よろしくね』
それから俺たちは3人で、話し始めた。花宮はりんの姿を薄っすらと見えるらしいが、念話はそれほどクリアには聞こえないようだった。ところどころ俺が通訳をしながら会話を進める。
「りんちゃんは、伊修館だったんだね。お嬢様学校だよね」
『学校はそうかも。でもアタシはお嬢様でもなんでもなかったよ』
それから二人はいろんなことを話しだした。琴ちゃんはイチゴが好きなんだよね? なんで知ってるの? アタシはマンゴーが好き! そんな他愛も無い話をしばらく続けていた。俺は花宮が怖がるかもと心配していたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「花宮、この間のハヤシライスの残りが冷凍してあるんだ。食べていかないか?」
「え? そうなの? うん……お腹すいたかも」
「よし、ちょっと待ってて」
俺はハヤシライスの冷凍庫から出して、ごはんと一緒に電子レンジで温める。
「夕食前だろうから、少なめにしておいた」
「うん、ありがとう」
『そういえばこの間は、アタシのせいで全部は食べられなかったんだよね。ゴメンね』
「ううん、全然いいよ。りんちゃんのせいじゃないし」
俺と花宮はハヤシライスを食べ始めた。その横でりんが材料は何を使ったのか説明し始める。
「りんちゃん凄いね。でも……どうやってあのカフェのハヤシライスの味を知ったの?」
「ああ、それはな……」
俺はりんの憑依についての話をした。すると花宮は目を丸くして驚いている。
「そ、そんなことができるの?」
「ああ、俺も驚いてる」
『まあアタシも驚いてるんだけどね』
「ていうことは……あのときのカフェに、りんちゃんもいたってことなの?」
『うん、いたいた。二人がイチャイチャしてるところも、しっかり見させてもらったよ』
「えーーっ」花宮の顔が赤くなった。
「別にいちゃいちゃなんてしてねーだろ?」
「そ、そうだよね? でも……もう……恥ずかしいなぁ」
そりゃあこっそり誰かに見られていたとか考えると、それだけで恥ずかしいよな。
『ねえ琴ちゃん。アタシ、訊きたかったことがあるんだ』
「えーっと、何かな?」
『あのピンクのレースの紐パン、どこで買ったの?』
「……」
花宮はキョトンとして、俺の方を見た。聞こえなかったのかな……と思っていたら、みるみるうちにその顔が郵便ポストのように真っ赤に染まっていった。どうやら花宮は聞こえないフリをしようとしたけど、失敗したらしい。
◆◆◆
「楽しかったー。りんちゃん、面白い子だね」
「面白いという表現が正しいかどうかは分かんねーけどな」
俺は花宮を自宅まで送っていくため、一緒に駅に向かって歩いている。一応りんには部屋で待ってもらうことにした。
初対面だった花宮とりんは、俺も含めて3人でかなり長い時間おしゃべりしていた。流行りの芸能人だったりスイーツだったり、学校の話だったり買い物の話だったり……なんであんなに女子は話すことに事欠かないのか、俺は不思議でならない。マグロが泳ぐのをやめると死んでしまうように、女子というのは話すことをやめたら死んでしまう生き物なのだろう。
俺は花宮がりんのことを怖がるんじゃないかと心配していたが、杞憂だった。花宮はずっと長い時間、俺も含めてりんと話していた。その表情は喜々としていて、とても楽しそうに俺には見えた。
「私、あんなにいっぱいおしゃべりしたのって、人生で初めてぐらいだよ」
「そうなのか?」
俺はふと教室にいる時の花宮を思い浮かべる。花宮が他の女子と長い時間楽しそうに話しているというシーンが俺は思い浮かばなかった。もちろん話をする女子はいるのだが、他の女子のように仲良くつるんで終始一緒に行動するような友達というのは、花宮の周りにはいないんじゃないだろうか。
むしろ最近では、俺と雄介と3人でつるんでいることが圧倒的に多い。今日に至っては一人で俺のアパートへ来てくれた。もちろんりんに会いに来るためだが。
「うん、前にも言ったかもしれないけど……私もお友達、少ないしね」
「ああ、そういえば言ってたな。その辺がりんとの共通点なのかもしれないな」
「うん、そうかも」
花宮は「栄花の巫女様」と呼ばれ、良くも悪くも一目置かれている。そのために女子から嫉妬を買うことだってある。一方りんは伊修館で「愛人の子供」と認定され、友達が寄りつかなかった。そんなところに二人がシンパシーを感じても不思議ではない。
「ねえ城之内君、またお部屋に遊びに行ってもいい?」
「ああ、いつでもいいぞ。大歓迎だ」
「なんだか毎日でも行きたいぐらいだよ」
「大げさだな」
でも花宮が連日俺の部屋へ来てくれる……そんなことを想像すると、俺だって嬉しい。もちろんりんがいるから二人っきりじゃないにしてもだ。
「でも……城之内君、りんちゃんとずーっと一緒にいるわけでしょ? その……女の子として好きになったりしない?」
花宮が予想外のことを口にした。
「いやいや、りんは地縛霊だぞ。さすがにそれはないだろ」
「でもりんちゃんは、城之内君に好意をもってるかもしれないよ?」
「いやー、それもないんじゃないか? もちろん面白いヤツだしいいヤツなんだけど……なんていうか、今では家族とか親友みたいな感じだな。ずーっと一緒にいて何でも話せる感じ?」
「うーん、そうなのかなぁ……」
花宮はまだ納得していないようだったが……それこそ実体のない霊体に恋愛感情とか、荒唐無稽もいいところだ。俺の霊能者としての資質が問われる。
なんにしても今日花宮とりんは、とても楽しそうに話していた。俺としても一安心だった。
翌日俺はりんと一緒に学校へ行くことにした。花宮との一件以来久しぶりだが、りんも学校へ行きたがっていたし、花宮もりんが学校へ来る様子を見てみたいと言っていたからだ。
教室に入ると花宮は既に自分の席に座っていて、目ざとく俺を見つけてニコッと微笑んだ。うーん、今日も天使だ。
『あ、琴ちゃんだ』
「城之内君、おはよう。うわっ、り、りんちゃん」
「おはよう、花宮」『りんちゃん、おはよー』
「うん、おはよう。りんちゃん、いきなりフワッと出てきたから、びっくりしちゃった」
花宮は周りの目を気にしながら、小声で話す。
「りんのことは見えるのか?」
「うん。でも……城之内君の部屋の時より、かなり薄く見えるかな」
「ああ、まあそれはそうだろうな」
りんをアパートの部屋の外へ連れて行く時には、霊壁を使うことを花宮には話してある。もちろんあの部屋の中が、りんの霊力が一番発揮される空間だ。なので俺の霊壁の中にいる時のりんは、花宮にとっては影も薄いだろうし念話も聞き取りにくいかもしれない。
「周りに誰かいる時は、話さない方がいいよね?」
「ああ。ただの危ないヤツになっちまう」
『そんなときはアタシも黙ってるようにするからね』
そこへ雄介がやって来た。雄介が学校へ来る時間はいつも遅刻ギリギリだ。
『あ、エロメガネ君来た』
「エ、エロメガネって……」花宮が吹き出した。
「おはよ。ナオも琴葉も早いな……って琴葉、どうした?」
「えっ? ううん、なんでもない……ふふっ」
花宮はエロメガネがツボに入ったようだ。笑いを必死にこらえている。ちょうどそこへ吉川先生が入ってきてSHRが始まった。
「うーー、なんか緊張してきた」
「花宮、そんなに緊張しなくていいぞ。ていうか、りんも緊張するって言ってたわ」
俺は隣を歩いている花宮に、そう話しかけた。
期末試験も終わり「りんちゃんにもう一度会ってみたい」と申し出てくれた花宮を、今日は一緒に俺のアパートに来てもらうことにしたのだ。りんにもその事は話してある。
俺は花宮とりんを会わせることについて、事前に電話でオヤジに相談してみた。するとオヤジに「いいんじゃないかの。まあ会わせてみるといい」とあっさり言われてしまった。オヤジ、本当はあまり考えてないんじゃないか?
アパートに着いて、部屋のドアを開ける。いつもだと玄関までスーッと出てくるりんは、部屋の中で待っているようだ。さてはりん、緊張しているな。
俺がリビングに入ると、りんは部屋の中央にいた。
『い、いらっしゃい、琴ちゃん』
「花宮、見えるか?」
「うん……薄っすらとだけど……こんにちは、りんちゃん。花宮琴葉です」
『あ、えーっと……鮎川りんです』
「……?」花宮は聞き取れなかったらしく、俺の顔を見た。
「鮎川だ。鮎川りん」
「鮎川……りんちゃんだね。よろしくね」
『うん、琴ちゃん、よろしくね』
それから俺たちは3人で、話し始めた。花宮はりんの姿を薄っすらと見えるらしいが、念話はそれほどクリアには聞こえないようだった。ところどころ俺が通訳をしながら会話を進める。
「りんちゃんは、伊修館だったんだね。お嬢様学校だよね」
『学校はそうかも。でもアタシはお嬢様でもなんでもなかったよ』
それから二人はいろんなことを話しだした。琴ちゃんはイチゴが好きなんだよね? なんで知ってるの? アタシはマンゴーが好き! そんな他愛も無い話をしばらく続けていた。俺は花宮が怖がるかもと心配していたが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「花宮、この間のハヤシライスの残りが冷凍してあるんだ。食べていかないか?」
「え? そうなの? うん……お腹すいたかも」
「よし、ちょっと待ってて」
俺はハヤシライスの冷凍庫から出して、ごはんと一緒に電子レンジで温める。
「夕食前だろうから、少なめにしておいた」
「うん、ありがとう」
『そういえばこの間は、アタシのせいで全部は食べられなかったんだよね。ゴメンね』
「ううん、全然いいよ。りんちゃんのせいじゃないし」
俺と花宮はハヤシライスを食べ始めた。その横でりんが材料は何を使ったのか説明し始める。
「りんちゃん凄いね。でも……どうやってあのカフェのハヤシライスの味を知ったの?」
「ああ、それはな……」
俺はりんの憑依についての話をした。すると花宮は目を丸くして驚いている。
「そ、そんなことができるの?」
「ああ、俺も驚いてる」
『まあアタシも驚いてるんだけどね』
「ていうことは……あのときのカフェに、りんちゃんもいたってことなの?」
『うん、いたいた。二人がイチャイチャしてるところも、しっかり見させてもらったよ』
「えーーっ」花宮の顔が赤くなった。
「別にいちゃいちゃなんてしてねーだろ?」
「そ、そうだよね? でも……もう……恥ずかしいなぁ」
そりゃあこっそり誰かに見られていたとか考えると、それだけで恥ずかしいよな。
『ねえ琴ちゃん。アタシ、訊きたかったことがあるんだ』
「えーっと、何かな?」
『あのピンクのレースの紐パン、どこで買ったの?』
「……」
花宮はキョトンとして、俺の方を見た。聞こえなかったのかな……と思っていたら、みるみるうちにその顔が郵便ポストのように真っ赤に染まっていった。どうやら花宮は聞こえないフリをしようとしたけど、失敗したらしい。
◆◆◆
「楽しかったー。りんちゃん、面白い子だね」
「面白いという表現が正しいかどうかは分かんねーけどな」
俺は花宮を自宅まで送っていくため、一緒に駅に向かって歩いている。一応りんには部屋で待ってもらうことにした。
初対面だった花宮とりんは、俺も含めて3人でかなり長い時間おしゃべりしていた。流行りの芸能人だったりスイーツだったり、学校の話だったり買い物の話だったり……なんであんなに女子は話すことに事欠かないのか、俺は不思議でならない。マグロが泳ぐのをやめると死んでしまうように、女子というのは話すことをやめたら死んでしまう生き物なのだろう。
俺は花宮がりんのことを怖がるんじゃないかと心配していたが、杞憂だった。花宮はずっと長い時間、俺も含めてりんと話していた。その表情は喜々としていて、とても楽しそうに俺には見えた。
「私、あんなにいっぱいおしゃべりしたのって、人生で初めてぐらいだよ」
「そうなのか?」
俺はふと教室にいる時の花宮を思い浮かべる。花宮が他の女子と長い時間楽しそうに話しているというシーンが俺は思い浮かばなかった。もちろん話をする女子はいるのだが、他の女子のように仲良くつるんで終始一緒に行動するような友達というのは、花宮の周りにはいないんじゃないだろうか。
むしろ最近では、俺と雄介と3人でつるんでいることが圧倒的に多い。今日に至っては一人で俺のアパートへ来てくれた。もちろんりんに会いに来るためだが。
「うん、前にも言ったかもしれないけど……私もお友達、少ないしね」
「ああ、そういえば言ってたな。その辺がりんとの共通点なのかもしれないな」
「うん、そうかも」
花宮は「栄花の巫女様」と呼ばれ、良くも悪くも一目置かれている。そのために女子から嫉妬を買うことだってある。一方りんは伊修館で「愛人の子供」と認定され、友達が寄りつかなかった。そんなところに二人がシンパシーを感じても不思議ではない。
「ねえ城之内君、またお部屋に遊びに行ってもいい?」
「ああ、いつでもいいぞ。大歓迎だ」
「なんだか毎日でも行きたいぐらいだよ」
「大げさだな」
でも花宮が連日俺の部屋へ来てくれる……そんなことを想像すると、俺だって嬉しい。もちろんりんがいるから二人っきりじゃないにしてもだ。
「でも……城之内君、りんちゃんとずーっと一緒にいるわけでしょ? その……女の子として好きになったりしない?」
花宮が予想外のことを口にした。
「いやいや、りんは地縛霊だぞ。さすがにそれはないだろ」
「でもりんちゃんは、城之内君に好意をもってるかもしれないよ?」
「いやー、それもないんじゃないか? もちろん面白いヤツだしいいヤツなんだけど……なんていうか、今では家族とか親友みたいな感じだな。ずーっと一緒にいて何でも話せる感じ?」
「うーん、そうなのかなぁ……」
花宮はまだ納得していないようだったが……それこそ実体のない霊体に恋愛感情とか、荒唐無稽もいいところだ。俺の霊能者としての資質が問われる。
なんにしても今日花宮とりんは、とても楽しそうに話していた。俺としても一安心だった。
翌日俺はりんと一緒に学校へ行くことにした。花宮との一件以来久しぶりだが、りんも学校へ行きたがっていたし、花宮もりんが学校へ来る様子を見てみたいと言っていたからだ。
教室に入ると花宮は既に自分の席に座っていて、目ざとく俺を見つけてニコッと微笑んだ。うーん、今日も天使だ。
『あ、琴ちゃんだ』
「城之内君、おはよう。うわっ、り、りんちゃん」
「おはよう、花宮」『りんちゃん、おはよー』
「うん、おはよう。りんちゃん、いきなりフワッと出てきたから、びっくりしちゃった」
花宮は周りの目を気にしながら、小声で話す。
「りんのことは見えるのか?」
「うん。でも……城之内君の部屋の時より、かなり薄く見えるかな」
「ああ、まあそれはそうだろうな」
りんをアパートの部屋の外へ連れて行く時には、霊壁を使うことを花宮には話してある。もちろんあの部屋の中が、りんの霊力が一番発揮される空間だ。なので俺の霊壁の中にいる時のりんは、花宮にとっては影も薄いだろうし念話も聞き取りにくいかもしれない。
「周りに誰かいる時は、話さない方がいいよね?」
「ああ。ただの危ないヤツになっちまう」
『そんなときはアタシも黙ってるようにするからね』
そこへ雄介がやって来た。雄介が学校へ来る時間はいつも遅刻ギリギリだ。
『あ、エロメガネ君来た』
「エ、エロメガネって……」花宮が吹き出した。
「おはよ。ナオも琴葉も早いな……って琴葉、どうした?」
「えっ? ううん、なんでもない……ふふっ」
花宮はエロメガネがツボに入ったようだ。笑いを必死にこらえている。ちょうどそこへ吉川先生が入ってきてSHRが始まった。
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