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前編
天使降臨
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翌日俺はりんをアパートに留守番させて学校へ行くと、既に花宮は教室に来ていた。俺は花宮の後ろの自分の席に座る。
「あ、おはよう城之内君」
「ああ、おはよう花宮。あれから特に問題ないか?」
「うん、私は大丈夫。それでね、ちょっと考えたんだけど……」
「おはよ。二人共早いな」
「おう、雄介。おはよ」「おはよう、雄君」
花宮が俺に何か話しかけようとしたタイミングで、雄介がやって来た。
「昨日は悪かったな。オレもハヤシライス食いたかったわ」
「どうせハヤシライスより美味いもの、食べに行ったんだろ?」
「そうそう、もうテスト前なのにデートなんかしてて大丈夫なの?」
「ノーコメントで」
俺も花宮も雄介に文句を言ったのだが、結果としてあのとき雄介が先に帰ってくれて助かったのは事実だ。もしあの場に雄介がいたら、雄介にもいろいろな事情を話さなければいけなかったからだ。
それから俺たち3人の話題は期末試験のことに移ったのだが、どうしても花宮の様子がぎこちなかった。
昨日俺が花宮を家に送って行ったとき、霊体が見えることを当面は他人に口外しない方がいいと念押ししておいた。余計な騒ぎを引き起こす要因になるかもしれないからだ。
昨日花宮は生まれて初めて霊体を認知したわけだから、それは動揺もするだろう。しかも親にも相談できない状態だ。普通でいられる方が不思議なくらいだ。
その様子を雄介は微妙に感じ取ったらしい。
「琴葉、昨日なんかナオとあったのか?」
「え? な、なんで? 何もないわよ」と言いながら、花宮はあからさまに動揺している。
「さてはチューでもしたか?」
「するかよ」「し、しないわよ!」
ところが何故か、花宮は顔を真赤にして恥ずかしそうにしている。いや花宮、チューとかしてないよね?
ちょうどその時に吉川先生が入ってきてSHRが始まった。花宮も前を向いてしまったのだが……俺は顔を紅潮させて恥ずかしがっていた花宮を脳内再生しては悶絶していた。そのまま抱きしめたくなるほど可愛かった。
午後の授業も終わり、帰り支度を始める。いよいよ明日から期末試験だ。一夜漬けの悪あがきだが、今夜は勉強しないと……そんなことを考えていると、前の席の花宮が振り向いて、小声で話してきた。
「ねえ城之内君、今日一緒に帰れないかな?」
雄介がさっさと一人で帰ったところを見越して言ってきたということは、花宮はなにか話したいことがあるんだろう。俺はもちろんOKして、一緒に帰ることにした。
「えっと……りんちゃんだったっけ? 城之内君は、そのりんちゃんを成仏させるための手伝いをしてるってことだよね? やり残したことの後悔を克服するために」
学校からの帰り道、俺の左側を歩いている花宮はそう訊いてきた。いつもは雄介も入れて3人で帰ることが多かったが、今日は二人だけだ。周りの栄花学園の生徒からの視線も感じながら、俺はちょっと落ち着かなかった。
「ああ、まあそんなところだ。ただりん自身がいつ成仏するかっていうのは、誰にもわからないんだよ」
「そうなんだね。それでね、その城之内君がやってるお手伝いっていうのを……私にもやらせてもらえないかな?」
「えっ?」俺は思わず花宮の顔を見た。
「お手伝いって言っても何ができるかわからないんだけど……その、りんちゃんは生きてた時もあまり友達がいなかったんだよね? 家庭の事情が影響して」
「ああ、そうだ」
りんは愛人の子供だということが知れ渡り、伊修館の中ではほとんど友達がいなかった。
「だったらさ……私がりんちゃんのお友達になったら、少しは役に立てるかもって思って」
「花宮……怖くないのか?」
「ちょっと怖いかも」花宮は柔らかく笑顔を浮かべる。
「でも……私が危ない時は、城之内君が守ってくれるんでしょ?」
花宮は笑顔のまま、俺のことを見上げた。長い黒髪をたなびかせて俺の顔を見つめてくる花宮は、日本中のどんなアイドルスターよりも可愛かった。
『その時は、俺が花宮を絶対に守るから』
俺のそんなクサいセリフが、脳内でリフレインされている。
「ああ、もちろん。任せてくれ」
「だったら大丈夫だよ。私、怖くないから」
皆さん、ここに天使が降臨しています!……俺は大声でそう言いたい衝動に駆られた。
「それにさ」花宮は続ける。
「そのりんちゃんは、ずっと城之内君の部屋にいるわけでしょ?」
「ああ、まあそうだな」
俺はりんを学校へ連れてきていることは、言わないでおいた。
「それなら、私も一人で城之内君のアパートに行きやすいというか……どうしても一人で行くとなると抵抗があるから」
「ああ、そういうことか」
そりゃあ俺一人のアパートに、花宮が一人で来るのは抵抗があるよな。りんがいればたとえ霊体とはいえ、とりあえず精神的には二人きりではなくなるわけだ。
「わかった。ちょっとオヤジに相談してみるよ。問題がなさそうだったら、もう一度りんに会ってみるか?」
「うん、そうしてみたいって思ってる」
俺は花宮の気持ちが嬉しかった。多分俺が抱えている問題を解決する手伝いをしたいということだろう。生前友達がほとんどいなかったりんだって、きっと喜ぶんじゃないかな。
学校から駅までの道は、いつもより短く感じた。どうやら楽しい時間は早く流れるというのは本当らしい。俺たちは帰りの方向が逆なので、そこで別れた。
帰りの電車の中、俺はふと花宮が口にした言葉を思い出していた。
「それなら、私も一人で城之内君のアパートに行きやすいというか……」
これって……花宮は俺のアパートに行きたいと思ってる、ってことなのか? 思い過ごしかも知れないが……俺はアパートへの帰り道の間、ずっと一人で悶々と考えていた。
「あ、おはよう城之内君」
「ああ、おはよう花宮。あれから特に問題ないか?」
「うん、私は大丈夫。それでね、ちょっと考えたんだけど……」
「おはよ。二人共早いな」
「おう、雄介。おはよ」「おはよう、雄君」
花宮が俺に何か話しかけようとしたタイミングで、雄介がやって来た。
「昨日は悪かったな。オレもハヤシライス食いたかったわ」
「どうせハヤシライスより美味いもの、食べに行ったんだろ?」
「そうそう、もうテスト前なのにデートなんかしてて大丈夫なの?」
「ノーコメントで」
俺も花宮も雄介に文句を言ったのだが、結果としてあのとき雄介が先に帰ってくれて助かったのは事実だ。もしあの場に雄介がいたら、雄介にもいろいろな事情を話さなければいけなかったからだ。
それから俺たち3人の話題は期末試験のことに移ったのだが、どうしても花宮の様子がぎこちなかった。
昨日俺が花宮を家に送って行ったとき、霊体が見えることを当面は他人に口外しない方がいいと念押ししておいた。余計な騒ぎを引き起こす要因になるかもしれないからだ。
昨日花宮は生まれて初めて霊体を認知したわけだから、それは動揺もするだろう。しかも親にも相談できない状態だ。普通でいられる方が不思議なくらいだ。
その様子を雄介は微妙に感じ取ったらしい。
「琴葉、昨日なんかナオとあったのか?」
「え? な、なんで? 何もないわよ」と言いながら、花宮はあからさまに動揺している。
「さてはチューでもしたか?」
「するかよ」「し、しないわよ!」
ところが何故か、花宮は顔を真赤にして恥ずかしそうにしている。いや花宮、チューとかしてないよね?
ちょうどその時に吉川先生が入ってきてSHRが始まった。花宮も前を向いてしまったのだが……俺は顔を紅潮させて恥ずかしがっていた花宮を脳内再生しては悶絶していた。そのまま抱きしめたくなるほど可愛かった。
午後の授業も終わり、帰り支度を始める。いよいよ明日から期末試験だ。一夜漬けの悪あがきだが、今夜は勉強しないと……そんなことを考えていると、前の席の花宮が振り向いて、小声で話してきた。
「ねえ城之内君、今日一緒に帰れないかな?」
雄介がさっさと一人で帰ったところを見越して言ってきたということは、花宮はなにか話したいことがあるんだろう。俺はもちろんOKして、一緒に帰ることにした。
「えっと……りんちゃんだったっけ? 城之内君は、そのりんちゃんを成仏させるための手伝いをしてるってことだよね? やり残したことの後悔を克服するために」
学校からの帰り道、俺の左側を歩いている花宮はそう訊いてきた。いつもは雄介も入れて3人で帰ることが多かったが、今日は二人だけだ。周りの栄花学園の生徒からの視線も感じながら、俺はちょっと落ち着かなかった。
「ああ、まあそんなところだ。ただりん自身がいつ成仏するかっていうのは、誰にもわからないんだよ」
「そうなんだね。それでね、その城之内君がやってるお手伝いっていうのを……私にもやらせてもらえないかな?」
「えっ?」俺は思わず花宮の顔を見た。
「お手伝いって言っても何ができるかわからないんだけど……その、りんちゃんは生きてた時もあまり友達がいなかったんだよね? 家庭の事情が影響して」
「ああ、そうだ」
りんは愛人の子供だということが知れ渡り、伊修館の中ではほとんど友達がいなかった。
「だったらさ……私がりんちゃんのお友達になったら、少しは役に立てるかもって思って」
「花宮……怖くないのか?」
「ちょっと怖いかも」花宮は柔らかく笑顔を浮かべる。
「でも……私が危ない時は、城之内君が守ってくれるんでしょ?」
花宮は笑顔のまま、俺のことを見上げた。長い黒髪をたなびかせて俺の顔を見つめてくる花宮は、日本中のどんなアイドルスターよりも可愛かった。
『その時は、俺が花宮を絶対に守るから』
俺のそんなクサいセリフが、脳内でリフレインされている。
「ああ、もちろん。任せてくれ」
「だったら大丈夫だよ。私、怖くないから」
皆さん、ここに天使が降臨しています!……俺は大声でそう言いたい衝動に駆られた。
「それにさ」花宮は続ける。
「そのりんちゃんは、ずっと城之内君の部屋にいるわけでしょ?」
「ああ、まあそうだな」
俺はりんを学校へ連れてきていることは、言わないでおいた。
「それなら、私も一人で城之内君のアパートに行きやすいというか……どうしても一人で行くとなると抵抗があるから」
「ああ、そういうことか」
そりゃあ俺一人のアパートに、花宮が一人で来るのは抵抗があるよな。りんがいればたとえ霊体とはいえ、とりあえず精神的には二人きりではなくなるわけだ。
「わかった。ちょっとオヤジに相談してみるよ。問題がなさそうだったら、もう一度りんに会ってみるか?」
「うん、そうしてみたいって思ってる」
俺は花宮の気持ちが嬉しかった。多分俺が抱えている問題を解決する手伝いをしたいということだろう。生前友達がほとんどいなかったりんだって、きっと喜ぶんじゃないかな。
学校から駅までの道は、いつもより短く感じた。どうやら楽しい時間は早く流れるというのは本当らしい。俺たちは帰りの方向が逆なので、そこで別れた。
帰りの電車の中、俺はふと花宮が口にした言葉を思い出していた。
「それなら、私も一人で城之内君のアパートに行きやすいというか……」
これって……花宮は俺のアパートに行きたいと思ってる、ってことなのか? 思い過ごしかも知れないが……俺はアパートへの帰り道の間、ずっと一人で悶々と考えていた。
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