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幕間 夏休み
あまのじゃく ~August 前村アカリ~
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――コーンコーンコーンコーン
変なチャイムの音。
ああ、もうそんな時間か。
私は顔を上げて時計を見る。
22時。
どんなに遅くても22時までしか自習室を開けないこの予備校のタイムリミット。
まあでも、防犯上仕方ないんだろうけど。
受験生の私には、ちょっときつい。
家にかえると弟が二人。
しかも、きっとユリあたりがずっとL-NEを飛ばしてくる。
勉強するって環境じゃ、ないんだよなぁ。
「早く片付けて」
私がぼーっとそんな事を考えていると、声がかかった。
「アカリ」
その呼び方に、私は驚いてその人を見上げた。
「塾長、帰ったんですか?」
「校長、な。帰ったよ、さっきね」
そう答えたのは、この予備校の講師、藤原。
塾長とたった二人しかいない、この予備校の職員だ。
二人しかいないのに、予備校ね。
無理しかないわ。
「そう、ですか。じゃ、私も」
そう言って立ち上がろうとしたその時、肩をぐっと抑えられる。
学校の夏期講習帰りの制服越しに感じる、先生の体温。
思わず、躰がビクリと反応する。
「帰るんだ?」
「帰れって言ってませんでしたか?藤原先生」
私の言葉に「先生ねぇ」と小さく漏らす。
そして彼はその太い腕を私の首に巻き付ける。
「ずいぶんよそよそしいじゃん」
「ここ、塾ですよ?」
「もう校長いないって、聞こえなかった?」
あと、予備校な。
そう釘を差して先生は首に回した手を私の胸にあてがった。
そして、そのまま無遠慮にそのあたりを弄りはじめる。
ブラウスの擦れる音。
肩越しに感じる、先生のにおい。
少し汗臭い。
におい。
「なにしてんの?」
「ここでスるの初めてじゃないじゃん」
先生の言葉に、私は深い溜め息をついた。
確かに、私と先生がここでスるのは、初めてじゃない。
この予備校が、まだ塾を名乗っていた頃。
中学入学と同時に、私はここの塾生になった。
そして拓海は、大学生のアルバイトとしてここの講師をしていた。
恋に落ちたのは、中2のとき。
付き合い始めたのは中3のとき。
そして、初めてを経験したのは高1。
ここで、ソレを経験した。
「最近やけに冷たくない?」
「知ってるでしょ、私、受験生なんだけど」
それから、塾長、いや校長の目を盗んで、何度もシた。
でも、流石にまずいよね。
受験生が予備校ですることじゃない。
合格するまでエッチはしない。
そう私は誓ったんだ。
「だったらなんなの?」
「だったらって、そんなの……っ!」
私の言葉が終わるのを待たずに、拓海がてのひらに力を込める。
ブラごと鷲掴みにされて変形する私の胸。
軽い痛み。
そして、ほんの少しの甘い疼き。
反射的に、私はその手をギュッと握った。
「もう、ちょ、ちょっと……」
「なに、もうちょっと強くがいい?」
先生はいいながら、そのまま胸を揉みはじめる。
無遠慮に、乱暴に。
優しさも気遣いもない、暴力のような動きで。
「なぁ、いいだろ」
何度も聞いた、先生の声。
そしてそのまま、中指が胸の先端を弾いた。
「……っ!」
躰の芯に走る、軽い動揺。
でも、流されるわけには、いかない。
「やめってって言ってるでしょ!」
私はそう怒鳴って、先生の手をはねのけた。
それは、当然のこと。
なのに、その瞬間、胸の奥に痛みが走る。
私、悪くないのにね。
そしてそんな私の心の揺れを、先生は見逃さない。
「悪いと思うなら、しなきゃいいのに」
「思ってないし」
そうやって睨みつけた先生の顔は、ニヤケ顔だった。
こういうところ、ほんとムカつく。
「なんで、だめなの?」
「だから受験だって言ってるじゃない」
私の受ける大学は、私の実力からいくと本当にギリで、正直焦っていた。
落ちたくはない、それは当然。
でもなにより。
もし私が落ちたら、きっと、先生のせいになる。
みんなだどう思っても。
きっと、私が、そう思ってしまう。
ソレは、嫌だ。
ソレだけは、絶対に嫌だ。
「ふうん、受験ねぇ」
「そう、受験」
私がそう言うと、先生は優しく後ろから抱きしめてきた。
こういうとこ、ほんとずるい。
「エッチしたら、大学落ちるの?」
しかも、ちょっと可愛い声なんか出して。
ほんと、ずるい。
「わ、わかんないけど、集中しなきゃいけないでしょ」
どっちが先生だかわかんない。
普通は、恋愛なんかにかまけてないで受験に集中しろって。
そっちが言うべきセリフでしょうに。
なのに、この先生はそんな事お構いなしだ。
「だったら、エッチすべきじゃん」
先生は私の髪に顔をうずめて、言った。
頭皮で感じる、彼の呼吸の暖かさ、声の振動。
そのすべてが、私の躰に心を裏切るきっかけを与えているようで、不快だった。
裏切る準備を整える躰が、悲しかった。
それが先生に伝わってしまっていることが。
悔しかった。
「躰からエッチしたい匂いがしてる」
先生の一言で、いとも簡単に紅潮する私の顔。
ほんと、大嫌いだよ。
「意味わかんないんですけど」
「意味?そんなのないよ」
先生はいいながら、私の頬に顔を寄せる。
熱が、声が、匂いが。
ずっとリアルに近づいてくる。
躰に力が入る。
負けちゃダメだ。
我慢して、ここで踏みとどまらなきゃだめなんだ。
そんな私の決意に、先生の声が追い打ちをかける。
「だってさ、したいの我慢してるほうが集中できなくない?」
「我慢なんかしてないから!」
嘘だ、それは嘘。
躰は、今にも身を任せようとしているから。
でも、嘘じゃない。
心は、それに抗おうと必至だから。
「適当なこと言わないで!」
私は、振りほどくように叫ぶ。
躰と心が乖離して、別々結論にたどり着いてしまっている。
それが、怖かった。
「嘘つき」
先生はそう言うと、不意に、私の耳を噛んだ。
「あっ」
声が漏れる。
女の声が。
そして、嘘はあっけなくバレる。
私自身にすらついていた、かんたんな、嘘が。
「ほら、嘘つき」
「そんな、いきなりそんなとこ噛まれたら誰だって声くらい……」
そう反論した自分の声が、かすかに震えているのに気づいて、私は言葉を切る。
震えてしまう理由にしっかりと心当たりがあるから。
私はうつむくしかない。
ソレを見て、先生は執拗に舌先で耳をなぞる。
「いやっやめて」
耳元に感じる、湿った音。
それだけで、私の躰はいともかんたんに白旗を上げる。
心に、降伏した事実を突きつけてくる。
力が入らない。
体温が上がる。
吐息が漏れる。
だめなのに、振り払うこともできず。
バターのように体の芯が溶け始める。
「とろっとろだね」
「うっさい!」
先生の言葉に、私は最後の力を振り絞って席を立つ。
私の最後の抵抗。
抵抗にならないことを知っている、抵抗。
「バカにしないでよ」
よろけながら立ち上がって、顔を背ける。
そして、私は、彼が私の手を掴んで引き戻すのを待った。
先生ならそうする。
満面の笑みで勝ち誇って、私を強引に抱き寄せる。
……はずだった。
「どうしたの?」
立ち上がったまま、立ち去ろうとしない私に。
そんな私に、先生はただ普通に問いかけた。
「帰るんじゃないの?」
はめられた。
私は、掴まれるはずだった手を握り締めて、立ち尽くすしかなかった。
そうするところまで、彼の思惑通りだったとしても。
そうするしかなかった。
「素直になりなよ」
素直?
私はずっと素直だよ、私が思うよりずっと。
素直じゃないのは。
「バカじゃない、ほんと最低」
私の言葉だけ。
でもそれでも、私は大学に受かるためにこうしなきゃいけない。
今は躰に従っちゃいけない。
ソレは先生のためでもあるのに。
そう思ったら、自然と涙が流れた。
「なに?泣くほど我慢してたの?」
「ほんと、さいっていね」
先生の言葉に私は涙を拭って、唇を噛む。
そしてわかっていた。
私の本心を知ったうえで、こんな意地悪を言ってるってことを。
だからよけいに。
「最低」
それは先生に対してなのか。
それとも、泣きながらもこのまま躰を委ねたがっている私に対してなのか。
わからないけど。
ほんと、最低だ。
と、立ち尽くす私を、先生が後ろから優しく抱きすくめる。
そして、またも耳元でつぶやいた。
「オレは、泣きたいくらい抱きたかったけどな」
「……」
普通の恋人が、普通に愛を語らう声で。
私の心をとろかす声で。
躰より、心が求める声で。
「泣きたいくらい、あかりを求めてたんだよ」
このタイミングで、そんなことを。
驚いて振り返る。
そこにあったのは。
バカにしたようなニヤケ顔だった。
「単純だな」
ニヤケ顔でそういう先生をにらみつける。
でも、そのまま抱きすくめられて、私はどこかホッとする自分を見つける。
腕を掴まれなかった寂しさが、消えていく。
その不安が、溶けていく。
心地いい、拓海のにおい。
と、そのとき。
先生がスカートをたくし上げ、下着の上からお尻を鷲掴みにした。
「いたっ」
声が漏れる。
しかし先生は、そんな私に構うことなくそのまま躰を引き寄せる。
そして一度握力を緩めると。
私の下着を掴んで思い切り引っ張り上げた。
「い、いやっ」
下着が食い込む。
わたしは160センチ先生は180センチ。
そんな先生が力任せに引き上げるのだ、痛いに決まってる。
「ちょっと、やめっ……いたいからっ」
痛かった、恥ずかしかった、悔しかった。
なのに、抵抗するわたしの力は、全力の半分も出ていない。
まるでじゃれるように。
遊ぶように。
本気に見えない抵抗しか、できない。
だから拓海から、悪魔の微笑みは消えない。
「下げてほしいの?」
「あたり前でしょ!」
そんな私の言葉を聞いて、先生は。
私の下着を、膝のあたりまで一気に下げた。
「ちょっ」
「下げろって言ったじゃん」
その一言に、私は抵抗する気持ちを捨てる。
もうなにを言っても無駄。
きっと、このまま私は流されてしまうに決まってる。
そして、それを私は望んでる。
もういい、抱かれよう。
初めてじゃない、こういうシチュがキライなわけでもない。
強引とか乱暴とか。
一線を越えなければ、相手が先生なら。
それがスパイスになるのも知ってる。
受験?
それもいい。
たった一回抱かれたからって、判定が下がるわけない。
そもそも、エッチ禁止だって自分で決めた目標。
精神的なものでしかない。
もういい、難しいことは考えない。
考えられない。
考えたくない。
私は躰の力を抜いて、先生の腰に手を回した。
そして先生は。
その手を振り払って、大きく欠伸をした。
「え?」
キョトンとする私を前に、先生はゆっくりと私から離れた。
だらしなく下着が脱げかけた、惨めな私を残して。
「さぁて、そろそろ帰るか」
「え? な、なんで?」
口に出してハッとした。
そして、先生の顔を見てはっきりと認識した。
ここからの、流れを。
「帰りたくないの?」
これは仕返しだ。
私が先生の誘いを断ったことへの。
罰だ。
「どうなの?」
自分の誘いを断ったのだから、次は自分から求めろ。
ニヤついている表情の中に透かし見える真意。
この場に、明確な上下を求めている。
自分の意見を撤回しろ。
訂正して謝罪しろ。
先生の表情が、そう私に問いかける。
何も悪いことなんかしてないのに。
私は先生の所有物じゃないのに。
私には私の意志があるはずなのに。
「かえりたくないです」
私の躰は、私を幾度でも裏切る。
「ごめんなさい、帰りたくないです、ごめんなさい」
こんなにも心が痛いのに、涙は止まらないのに。
躰がこの先を期待し始める。
全身に、甘い痺れが生まれて増幅していく。
「お願いします」
そう言って私の心は、ついに躰に屈した。
「だったら、自分で脱げよ」
先生はそう言うと窓を開け放って、教室の机に座った。
そして、静かに教室のあかりを落とす。
開け放たれた窓から、夏の湿った空気が流れ込む。
街の音が、車の音が、人々のざわめきが突然はっきりと聞こえだす。
そして、その事実が、より、私を押し上げる。
「はやく」
外の光が眩しくて、先生の表情は見えない。
でも、笑ってる。
いつもみたいにニヤついた微笑みで。
いやらしい、意地悪な、いじめっ子の顔で。
いつも物足りない。
決して満足しない。
飢えを隠しきれない、その顔が。
私の一番大嫌いな顔が。
私を一番熱くする顔が。
そこにある。
だから私は、制服にリボンに手をかける。
ゆっくりと、恥じらっているように。
彼が望むように。
シュルシュルと音を立てる。
その音が、少しづつわたしを素直にしていく。
心と躰を結びつけていく。
数分後
あまのじゃくは死んだ。
抗えない快楽の中で。
そして私は、ほんの少し、また、少し。
馬鹿になった、気がする。
変なチャイムの音。
ああ、もうそんな時間か。
私は顔を上げて時計を見る。
22時。
どんなに遅くても22時までしか自習室を開けないこの予備校のタイムリミット。
まあでも、防犯上仕方ないんだろうけど。
受験生の私には、ちょっときつい。
家にかえると弟が二人。
しかも、きっとユリあたりがずっとL-NEを飛ばしてくる。
勉強するって環境じゃ、ないんだよなぁ。
「早く片付けて」
私がぼーっとそんな事を考えていると、声がかかった。
「アカリ」
その呼び方に、私は驚いてその人を見上げた。
「塾長、帰ったんですか?」
「校長、な。帰ったよ、さっきね」
そう答えたのは、この予備校の講師、藤原。
塾長とたった二人しかいない、この予備校の職員だ。
二人しかいないのに、予備校ね。
無理しかないわ。
「そう、ですか。じゃ、私も」
そう言って立ち上がろうとしたその時、肩をぐっと抑えられる。
学校の夏期講習帰りの制服越しに感じる、先生の体温。
思わず、躰がビクリと反応する。
「帰るんだ?」
「帰れって言ってませんでしたか?藤原先生」
私の言葉に「先生ねぇ」と小さく漏らす。
そして彼はその太い腕を私の首に巻き付ける。
「ずいぶんよそよそしいじゃん」
「ここ、塾ですよ?」
「もう校長いないって、聞こえなかった?」
あと、予備校な。
そう釘を差して先生は首に回した手を私の胸にあてがった。
そして、そのまま無遠慮にそのあたりを弄りはじめる。
ブラウスの擦れる音。
肩越しに感じる、先生のにおい。
少し汗臭い。
におい。
「なにしてんの?」
「ここでスるの初めてじゃないじゃん」
先生の言葉に、私は深い溜め息をついた。
確かに、私と先生がここでスるのは、初めてじゃない。
この予備校が、まだ塾を名乗っていた頃。
中学入学と同時に、私はここの塾生になった。
そして拓海は、大学生のアルバイトとしてここの講師をしていた。
恋に落ちたのは、中2のとき。
付き合い始めたのは中3のとき。
そして、初めてを経験したのは高1。
ここで、ソレを経験した。
「最近やけに冷たくない?」
「知ってるでしょ、私、受験生なんだけど」
それから、塾長、いや校長の目を盗んで、何度もシた。
でも、流石にまずいよね。
受験生が予備校ですることじゃない。
合格するまでエッチはしない。
そう私は誓ったんだ。
「だったらなんなの?」
「だったらって、そんなの……っ!」
私の言葉が終わるのを待たずに、拓海がてのひらに力を込める。
ブラごと鷲掴みにされて変形する私の胸。
軽い痛み。
そして、ほんの少しの甘い疼き。
反射的に、私はその手をギュッと握った。
「もう、ちょ、ちょっと……」
「なに、もうちょっと強くがいい?」
先生はいいながら、そのまま胸を揉みはじめる。
無遠慮に、乱暴に。
優しさも気遣いもない、暴力のような動きで。
「なぁ、いいだろ」
何度も聞いた、先生の声。
そしてそのまま、中指が胸の先端を弾いた。
「……っ!」
躰の芯に走る、軽い動揺。
でも、流されるわけには、いかない。
「やめってって言ってるでしょ!」
私はそう怒鳴って、先生の手をはねのけた。
それは、当然のこと。
なのに、その瞬間、胸の奥に痛みが走る。
私、悪くないのにね。
そしてそんな私の心の揺れを、先生は見逃さない。
「悪いと思うなら、しなきゃいいのに」
「思ってないし」
そうやって睨みつけた先生の顔は、ニヤケ顔だった。
こういうところ、ほんとムカつく。
「なんで、だめなの?」
「だから受験だって言ってるじゃない」
私の受ける大学は、私の実力からいくと本当にギリで、正直焦っていた。
落ちたくはない、それは当然。
でもなにより。
もし私が落ちたら、きっと、先生のせいになる。
みんなだどう思っても。
きっと、私が、そう思ってしまう。
ソレは、嫌だ。
ソレだけは、絶対に嫌だ。
「ふうん、受験ねぇ」
「そう、受験」
私がそう言うと、先生は優しく後ろから抱きしめてきた。
こういうとこ、ほんとずるい。
「エッチしたら、大学落ちるの?」
しかも、ちょっと可愛い声なんか出して。
ほんと、ずるい。
「わ、わかんないけど、集中しなきゃいけないでしょ」
どっちが先生だかわかんない。
普通は、恋愛なんかにかまけてないで受験に集中しろって。
そっちが言うべきセリフでしょうに。
なのに、この先生はそんな事お構いなしだ。
「だったら、エッチすべきじゃん」
先生は私の髪に顔をうずめて、言った。
頭皮で感じる、彼の呼吸の暖かさ、声の振動。
そのすべてが、私の躰に心を裏切るきっかけを与えているようで、不快だった。
裏切る準備を整える躰が、悲しかった。
それが先生に伝わってしまっていることが。
悔しかった。
「躰からエッチしたい匂いがしてる」
先生の一言で、いとも簡単に紅潮する私の顔。
ほんと、大嫌いだよ。
「意味わかんないんですけど」
「意味?そんなのないよ」
先生はいいながら、私の頬に顔を寄せる。
熱が、声が、匂いが。
ずっとリアルに近づいてくる。
躰に力が入る。
負けちゃダメだ。
我慢して、ここで踏みとどまらなきゃだめなんだ。
そんな私の決意に、先生の声が追い打ちをかける。
「だってさ、したいの我慢してるほうが集中できなくない?」
「我慢なんかしてないから!」
嘘だ、それは嘘。
躰は、今にも身を任せようとしているから。
でも、嘘じゃない。
心は、それに抗おうと必至だから。
「適当なこと言わないで!」
私は、振りほどくように叫ぶ。
躰と心が乖離して、別々結論にたどり着いてしまっている。
それが、怖かった。
「嘘つき」
先生はそう言うと、不意に、私の耳を噛んだ。
「あっ」
声が漏れる。
女の声が。
そして、嘘はあっけなくバレる。
私自身にすらついていた、かんたんな、嘘が。
「ほら、嘘つき」
「そんな、いきなりそんなとこ噛まれたら誰だって声くらい……」
そう反論した自分の声が、かすかに震えているのに気づいて、私は言葉を切る。
震えてしまう理由にしっかりと心当たりがあるから。
私はうつむくしかない。
ソレを見て、先生は執拗に舌先で耳をなぞる。
「いやっやめて」
耳元に感じる、湿った音。
それだけで、私の躰はいともかんたんに白旗を上げる。
心に、降伏した事実を突きつけてくる。
力が入らない。
体温が上がる。
吐息が漏れる。
だめなのに、振り払うこともできず。
バターのように体の芯が溶け始める。
「とろっとろだね」
「うっさい!」
先生の言葉に、私は最後の力を振り絞って席を立つ。
私の最後の抵抗。
抵抗にならないことを知っている、抵抗。
「バカにしないでよ」
よろけながら立ち上がって、顔を背ける。
そして、私は、彼が私の手を掴んで引き戻すのを待った。
先生ならそうする。
満面の笑みで勝ち誇って、私を強引に抱き寄せる。
……はずだった。
「どうしたの?」
立ち上がったまま、立ち去ろうとしない私に。
そんな私に、先生はただ普通に問いかけた。
「帰るんじゃないの?」
はめられた。
私は、掴まれるはずだった手を握り締めて、立ち尽くすしかなかった。
そうするところまで、彼の思惑通りだったとしても。
そうするしかなかった。
「素直になりなよ」
素直?
私はずっと素直だよ、私が思うよりずっと。
素直じゃないのは。
「バカじゃない、ほんと最低」
私の言葉だけ。
でもそれでも、私は大学に受かるためにこうしなきゃいけない。
今は躰に従っちゃいけない。
ソレは先生のためでもあるのに。
そう思ったら、自然と涙が流れた。
「なに?泣くほど我慢してたの?」
「ほんと、さいっていね」
先生の言葉に私は涙を拭って、唇を噛む。
そしてわかっていた。
私の本心を知ったうえで、こんな意地悪を言ってるってことを。
だからよけいに。
「最低」
それは先生に対してなのか。
それとも、泣きながらもこのまま躰を委ねたがっている私に対してなのか。
わからないけど。
ほんと、最低だ。
と、立ち尽くす私を、先生が後ろから優しく抱きすくめる。
そして、またも耳元でつぶやいた。
「オレは、泣きたいくらい抱きたかったけどな」
「……」
普通の恋人が、普通に愛を語らう声で。
私の心をとろかす声で。
躰より、心が求める声で。
「泣きたいくらい、あかりを求めてたんだよ」
このタイミングで、そんなことを。
驚いて振り返る。
そこにあったのは。
バカにしたようなニヤケ顔だった。
「単純だな」
ニヤケ顔でそういう先生をにらみつける。
でも、そのまま抱きすくめられて、私はどこかホッとする自分を見つける。
腕を掴まれなかった寂しさが、消えていく。
その不安が、溶けていく。
心地いい、拓海のにおい。
と、そのとき。
先生がスカートをたくし上げ、下着の上からお尻を鷲掴みにした。
「いたっ」
声が漏れる。
しかし先生は、そんな私に構うことなくそのまま躰を引き寄せる。
そして一度握力を緩めると。
私の下着を掴んで思い切り引っ張り上げた。
「い、いやっ」
下着が食い込む。
わたしは160センチ先生は180センチ。
そんな先生が力任せに引き上げるのだ、痛いに決まってる。
「ちょっと、やめっ……いたいからっ」
痛かった、恥ずかしかった、悔しかった。
なのに、抵抗するわたしの力は、全力の半分も出ていない。
まるでじゃれるように。
遊ぶように。
本気に見えない抵抗しか、できない。
だから拓海から、悪魔の微笑みは消えない。
「下げてほしいの?」
「あたり前でしょ!」
そんな私の言葉を聞いて、先生は。
私の下着を、膝のあたりまで一気に下げた。
「ちょっ」
「下げろって言ったじゃん」
その一言に、私は抵抗する気持ちを捨てる。
もうなにを言っても無駄。
きっと、このまま私は流されてしまうに決まってる。
そして、それを私は望んでる。
もういい、抱かれよう。
初めてじゃない、こういうシチュがキライなわけでもない。
強引とか乱暴とか。
一線を越えなければ、相手が先生なら。
それがスパイスになるのも知ってる。
受験?
それもいい。
たった一回抱かれたからって、判定が下がるわけない。
そもそも、エッチ禁止だって自分で決めた目標。
精神的なものでしかない。
もういい、難しいことは考えない。
考えられない。
考えたくない。
私は躰の力を抜いて、先生の腰に手を回した。
そして先生は。
その手を振り払って、大きく欠伸をした。
「え?」
キョトンとする私を前に、先生はゆっくりと私から離れた。
だらしなく下着が脱げかけた、惨めな私を残して。
「さぁて、そろそろ帰るか」
「え? な、なんで?」
口に出してハッとした。
そして、先生の顔を見てはっきりと認識した。
ここからの、流れを。
「帰りたくないの?」
これは仕返しだ。
私が先生の誘いを断ったことへの。
罰だ。
「どうなの?」
自分の誘いを断ったのだから、次は自分から求めろ。
ニヤついている表情の中に透かし見える真意。
この場に、明確な上下を求めている。
自分の意見を撤回しろ。
訂正して謝罪しろ。
先生の表情が、そう私に問いかける。
何も悪いことなんかしてないのに。
私は先生の所有物じゃないのに。
私には私の意志があるはずなのに。
「かえりたくないです」
私の躰は、私を幾度でも裏切る。
「ごめんなさい、帰りたくないです、ごめんなさい」
こんなにも心が痛いのに、涙は止まらないのに。
躰がこの先を期待し始める。
全身に、甘い痺れが生まれて増幅していく。
「お願いします」
そう言って私の心は、ついに躰に屈した。
「だったら、自分で脱げよ」
先生はそう言うと窓を開け放って、教室の机に座った。
そして、静かに教室のあかりを落とす。
開け放たれた窓から、夏の湿った空気が流れ込む。
街の音が、車の音が、人々のざわめきが突然はっきりと聞こえだす。
そして、その事実が、より、私を押し上げる。
「はやく」
外の光が眩しくて、先生の表情は見えない。
でも、笑ってる。
いつもみたいにニヤついた微笑みで。
いやらしい、意地悪な、いじめっ子の顔で。
いつも物足りない。
決して満足しない。
飢えを隠しきれない、その顔が。
私の一番大嫌いな顔が。
私を一番熱くする顔が。
そこにある。
だから私は、制服にリボンに手をかける。
ゆっくりと、恥じらっているように。
彼が望むように。
シュルシュルと音を立てる。
その音が、少しづつわたしを素直にしていく。
心と躰を結びつけていく。
数分後
あまのじゃくは死んだ。
抗えない快楽の中で。
そして私は、ほんの少し、また、少し。
馬鹿になった、気がする。
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美凪ましろ
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**2026.01.02start~2026.01.17end**
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