Blue Spring Girls ~ハルヲアイスルヒトハ~

綿涙粉緒

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幕間 夏休み

あまのじゃく ~August 前村アカリ~

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――コーンコーンコーンコーン

 変なチャイムの音。

 ああ、もうそんな時間か。
 私は顔を上げて時計を見る。

 22時。

 どんなに遅くても22時までしか自習室を開けないこの予備校のタイムリミット。
 まあでも、防犯上仕方ないんだろうけど。

 受験生の私には、ちょっときつい。

 家にかえると弟が二人。
 しかも、きっとユリあたりがずっとL-NEを飛ばしてくる。
 勉強するって環境じゃ、ないんだよなぁ。

「早く片付けて」

 私がぼーっとそんな事を考えていると、声がかかった。

「アカリ」

 その呼び方に、私は驚いてその人を見上げた。

「塾長、帰ったんですか?」

「校長、な。帰ったよ、さっきね」

 そう答えたのは、この予備校の講師、藤原。
 塾長とたった二人しかいない、この予備校の職員だ。

 二人しかいないのに、予備校ね。

 無理しかないわ。

「そう、ですか。じゃ、私も」

 そう言って立ち上がろうとしたその時、肩をぐっと抑えられる。
 学校の夏期講習帰りの制服越しに感じる、先生の体温。

 思わず、躰がビクリと反応する。

「帰るんだ?」

「帰れって言ってませんでしたか?藤原先生」

 私の言葉に「先生ねぇ」と小さく漏らす。
 そして彼はその太い腕を私の首に巻き付ける。


「ずいぶんよそよそしいじゃん」

「ここ、塾ですよ?」

「もう校長いないって、聞こえなかった?」

 あと、予備校な。

 そう釘を差して先生は首に回した手を私の胸にあてがった。
 そして、そのまま無遠慮にそのあたりを弄りはじめる。

 ブラウスの擦れる音。
 肩越しに感じる、先生のにおい。
 少し汗臭い。

 におい。

「なにしてんの?」

「ここでスるの初めてじゃないじゃん」

 先生の言葉に、私は深い溜め息をついた。

 確かに、私と先生がここでスるのは、初めてじゃない。

 この予備校が、まだ塾を名乗っていた頃。
 中学入学と同時に、私はここの塾生になった。
 そして拓海は、大学生のアルバイトとしてここの講師をしていた。

 恋に落ちたのは、中2のとき。

 付き合い始めたのは中3のとき。

 そして、初めてを経験したのは高1。

 ここで、ソレを経験した。

「最近やけに冷たくない?」

「知ってるでしょ、私、受験生なんだけど」

 それから、塾長、いや校長の目を盗んで、何度もシた。

 でも、流石にまずいよね。
 受験生が予備校ですることじゃない。

 合格するまでエッチはしない。

 そう私は誓ったんだ。

「だったらなんなの?」

「だったらって、そんなの……っ!」

 私の言葉が終わるのを待たずに、拓海がてのひらに力を込める。

 ブラごと鷲掴みにされて変形する私の胸。

 軽い痛み。
 そして、ほんの少しの甘い疼き。

 反射的に、私はその手をギュッと握った。

「もう、ちょ、ちょっと……」

「なに、もうちょっと強くがいい?」

 先生はいいながら、そのまま胸を揉みはじめる。
 無遠慮に、乱暴に。
 優しさも気遣いもない、暴力のような動きで。

「なぁ、いいだろ」

 何度も聞いた、先生の声。
 そしてそのまま、中指が胸の先端を弾いた。

「……っ!」

 躰の芯に走る、軽い動揺。
 でも、流されるわけには、いかない。

「やめってって言ってるでしょ!」

 私はそう怒鳴って、先生の手をはねのけた。

 それは、当然のこと。
 なのに、その瞬間、胸の奥に痛みが走る。

 私、悪くないのにね。

 そしてそんな私の心の揺れを、先生は見逃さない。

「悪いと思うなら、しなきゃいいのに」

「思ってないし」

 そうやって睨みつけた先生の顔は、ニヤケ顔だった。
 こういうところ、ほんとムカつく。

「なんで、だめなの?」

「だから受験だって言ってるじゃない」

 私の受ける大学は、私の実力からいくと本当にギリで、正直焦っていた。

 落ちたくはない、それは当然。

 でもなにより。
 もし私が落ちたら、きっと、先生のせいになる。
 みんなだどう思っても。
 きっと、私が、そう思ってしまう。

 ソレは、嫌だ。
 ソレだけは、絶対に嫌だ。

「ふうん、受験ねぇ」

「そう、受験」

 私がそう言うと、先生は優しく後ろから抱きしめてきた。
 こういうとこ、ほんとずるい。

「エッチしたら、大学落ちるの?」

 しかも、ちょっと可愛い声なんか出して。
 ほんと、ずるい。

「わ、わかんないけど、集中しなきゃいけないでしょ」

 どっちが先生だかわかんない。
 普通は、恋愛なんかにかまけてないで受験に集中しろって。
 そっちが言うべきセリフでしょうに。

 なのに、この先生はそんな事お構いなしだ。

「だったら、エッチすべきじゃん」

 先生は私の髪に顔をうずめて、言った。

 頭皮で感じる、彼の呼吸の暖かさ、声の振動。
 そのすべてが、私の躰に心を裏切るきっかけを与えているようで、不快だった。
 裏切る準備を整える躰が、悲しかった。

 それが先生に伝わってしまっていることが。
 悔しかった。

「躰からエッチしたい匂いがしてる」

 先生の一言で、いとも簡単に紅潮する私の顔。
 ほんと、大嫌いだよ。

「意味わかんないんですけど」

「意味?そんなのないよ」

 先生はいいながら、私の頬に顔を寄せる。
 熱が、声が、匂いが。
 ずっとリアルに近づいてくる。

 躰に力が入る。
 負けちゃダメだ。
 我慢して、ここで踏みとどまらなきゃだめなんだ。

 そんな私の決意に、先生の声が追い打ちをかける。

「だってさ、したいの我慢してるほうが集中できなくない?」

「我慢なんかしてないから!」

 嘘だ、それは嘘。
 躰は、今にも身を任せようとしているから。

 でも、嘘じゃない。
 心は、それに抗おうと必至だから。

「適当なこと言わないで!」

 私は、振りほどくように叫ぶ。
 躰と心が乖離して、別々結論にたどり着いてしまっている。
 それが、怖かった。

「嘘つき」

 先生はそう言うと、不意に、私の耳を噛んだ。

「あっ」

 声が漏れる。

 女の声が。

 そして、嘘はあっけなくバレる。
 私自身にすらついていた、かんたんな、嘘が。

「ほら、嘘つき」

「そんな、いきなりそんなとこ噛まれたら誰だって声くらい……」

 そう反論した自分の声が、かすかに震えているのに気づいて、私は言葉を切る。
 震えてしまう理由にしっかりと心当たりがあるから。

 私はうつむくしかない。

 ソレを見て、先生は執拗に舌先で耳をなぞる。

「いやっやめて」

 耳元に感じる、湿った音。
 それだけで、私の躰はいともかんたんに白旗を上げる。
 心に、降伏した事実を突きつけてくる。

 力が入らない。
 体温が上がる。
 吐息が漏れる。

 だめなのに、振り払うこともできず。
 バターのように体の芯が溶け始める。

「とろっとろだね」

「うっさい!」

 先生の言葉に、私は最後の力を振り絞って席を立つ。

 私の最後の抵抗。
 抵抗にならないことを知っている、抵抗。

「バカにしないでよ」

 よろけながら立ち上がって、顔を背ける。
 そして、私は、彼が私の手を掴んで引き戻すのを待った。

 先生ならそうする。
 満面の笑みで勝ち誇って、私を強引に抱き寄せる。

 ……はずだった。

「どうしたの?」

 立ち上がったまま、立ち去ろうとしない私に。
 そんな私に、先生はただ普通に問いかけた。

「帰るんじゃないの?」

 はめられた。

 私は、掴まれるはずだった手を握り締めて、立ち尽くすしかなかった。
 そうするところまで、彼の思惑通りだったとしても。
 そうするしかなかった。

「素直になりなよ」

 素直?
 私はずっと素直だよ、私が思うよりずっと。
 素直じゃないのは。

「バカじゃない、ほんと最低」

 私の言葉だけ。
 でもそれでも、私は大学に受かるためにこうしなきゃいけない。
 今は躰に従っちゃいけない。

 ソレは先生のためでもあるのに。

 そう思ったら、自然と涙が流れた。

「なに?泣くほど我慢してたの?」

「ほんと、さいっていね」

 先生の言葉に私は涙を拭って、唇を噛む。

 そしてわかっていた。
 私の本心を知ったうえで、こんな意地悪を言ってるってことを。

 だからよけいに。

「最低」

 それは先生に対してなのか。
 それとも、泣きながらもこのまま躰を委ねたがっている私に対してなのか。
 わからないけど。

 ほんと、最低だ。

 と、立ち尽くす私を、先生が後ろから優しく抱きすくめる。
 そして、またも耳元でつぶやいた。

「オレは、泣きたいくらい抱きたかったけどな」

「……」

 普通の恋人が、普通に愛を語らう声で。
 私の心をとろかす声で。
 躰より、心が求める声で。

「泣きたいくらい、あかりを求めてたんだよ」

 このタイミングで、そんなことを。

 驚いて振り返る。
 そこにあったのは。

 バカにしたようなニヤケ顔だった。

「単純だな」

 ニヤケ顔でそういう先生をにらみつける。
 でも、そのまま抱きすくめられて、私はどこかホッとする自分を見つける。

 腕を掴まれなかった寂しさが、消えていく。

 その不安が、溶けていく。

 心地いい、拓海のにおい。

 と、そのとき。
 先生がスカートをたくし上げ、下着の上からお尻を鷲掴みにした。

「いたっ」

 声が漏れる。
 しかし先生は、そんな私に構うことなくそのまま躰を引き寄せる。

 そして一度握力を緩めると。

 私の下着を掴んで思い切り引っ張り上げた。

「い、いやっ」

 下着が食い込む。

 わたしは160センチ先生は180センチ。
 そんな先生が力任せに引き上げるのだ、痛いに決まってる。

「ちょっと、やめっ……いたいからっ」

 痛かった、恥ずかしかった、悔しかった。
 なのに、抵抗するわたしの力は、全力の半分も出ていない。

 まるでじゃれるように。
 遊ぶように。

 本気に見えない抵抗しか、できない。

 だから拓海から、悪魔の微笑みは消えない。

「下げてほしいの?」

「あたり前でしょ!」

 そんな私の言葉を聞いて、先生は。

 私の下着を、膝のあたりまで一気に下げた。

「ちょっ」

「下げろって言ったじゃん」

 その一言に、私は抵抗する気持ちを捨てる。

 もうなにを言っても無駄。
 きっと、このまま私は流されてしまうに決まってる。
 そして、それを私は望んでる。

 もういい、抱かれよう。
 初めてじゃない、こういうシチュがキライなわけでもない。
 強引とか乱暴とか。
 一線を越えなければ、相手が先生なら。
 それがスパイスになるのも知ってる。

 受験?
 それもいい。
 たった一回抱かれたからって、判定が下がるわけない。

 そもそも、エッチ禁止だって自分で決めた目標。
 精神的なものでしかない。

 もういい、難しいことは考えない。

 考えられない。
 考えたくない。


 私は躰の力を抜いて、先生の腰に手を回した。
 そして先生は。

 その手を振り払って、大きく欠伸をした。

「え?」

 キョトンとする私を前に、先生はゆっくりと私から離れた。
 だらしなく下着が脱げかけた、惨めな私を残して。

「さぁて、そろそろ帰るか」

「え? な、なんで?」

 口に出してハッとした。
 そして、先生の顔を見てはっきりと認識した。
 ここからの、流れを。

「帰りたくないの?」

 これは仕返しだ。

 私が先生の誘いを断ったことへの。

 罰だ。

「どうなの?」

 自分の誘いを断ったのだから、次は自分から求めろ。

 ニヤついている表情の中に透かし見える真意。
 この場に、明確な上下を求めている。

 自分の意見を撤回しろ。
 訂正して謝罪しろ。

 先生の表情が、そう私に問いかける。

 何も悪いことなんかしてないのに。
 私は先生の所有物じゃないのに。
 私には私の意志があるはずなのに。

「かえりたくないです」

 私の躰は、私を幾度でも裏切る。

「ごめんなさい、帰りたくないです、ごめんなさい」

 こんなにも心が痛いのに、涙は止まらないのに。
 躰がこの先を期待し始める。
 全身に、甘い痺れが生まれて増幅していく。

「お願いします」

 そう言って私の心は、ついに躰に屈した。

「だったら、自分で脱げよ」

 先生はそう言うと窓を開け放って、教室の机に座った。
 そして、静かに教室のあかりを落とす。

 開け放たれた窓から、夏の湿った空気が流れ込む。
 街の音が、車の音が、人々のざわめきが突然はっきりと聞こえだす。

 そして、その事実が、より、私を押し上げる。

「はやく」

 外の光が眩しくて、先生の表情は見えない。

 でも、笑ってる。
 いつもみたいにニヤついた微笑みで。
 いやらしい、意地悪な、いじめっ子の顔で。

 いつも物足りない。
 決して満足しない。
 飢えを隠しきれない、その顔が。

 私の一番大嫌いな顔が。
 私を一番熱くする顔が。

 そこにある。

 だから私は、制服にリボンに手をかける。

 ゆっくりと、恥じらっているように。
 彼が望むように。

 シュルシュルと音を立てる。
 その音が、少しづつわたしを素直にしていく。
 心と躰を結びつけていく。


 数分後
 あまのじゃくは死んだ。

 抗えない快楽の中で。

 そして私は、ほんの少し、また、少し。

 馬鹿になった、気がする。

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