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10、知らない事
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日曜日のバイトをこなし、月曜日に学校に行くと、即知らない女子生徒達に取り囲まれた。
「ねえねえ、ホントに彼氏じゃないの? 迎えに来てた人」
「キスしてたじゃん! 彼氏じゃないなら何?」
美優はその科白にびっくりする。
「ちょっと待って? キスなんてしてないよ」
「え、でも車に乗り込んですぐにあのイケメン美優にキスしてたじゃん?」
車に乗り込んですぐと言えば、もしかして前髪についた木の葉を取ってくれた時の事だろうか?
「違うよ? あれは髪にゴミが付いてたんだよ。それを取ってくれたの」
「え~? でもキスしてたの見たって皆言ってるよ?」
もう美優が何を言っても、『キスをしてた』という事になってしまって、
派手めの女子達からはすれ違い様に嫌味を言われ、
何故か普段話もしない男子からも揶揄われ、
今まで浮いた噂の一つもなかった美優が突然、誰もが羨む様な容姿端麗な男とつるむ様になった事は周りの嫉妬を買う結果となってしまった。
いつもお昼を一緒に食べている友達も、皆用事があるからと結局一人になってしまう。
溜息を吐いて校舎の裏庭にある茂みの花壇に腰かけて購買部で買ったクリームパンにぱくつく。
牛乳でそれを流し込む様に食べていると、たまに話をする同じクラスの男子、乙川誠人(おとがわまこと)が美優の前に立った。
「乙川君? どうしたの?」
「お前、大丈夫か?」
本当はあまり大丈夫という心境ではなかったが、きっとここで泣き言を言っても困らせるだけだと思い、にっこりと笑って答える。
「大丈夫だよ?」
「……お前親いないからって狙われてんじゃないのか?」
誠人は険しい表情で美優を見ている。
「そんな人じゃないよ? とっても親切にしてくれる人なの。それに噂みたいな関係でもないの」
「……ホントか? 騙されてないか?」
「うん、幼馴染だから大丈夫だよ」
「……なんかあったら相談しろよな」
「ありがとう。でもホントに大丈夫だから」
誠人にはあまり友人がいない。基本的に本を読んで過ごしている様な男子だ。
きっと今の自分に関わると、彼にも類が及ぶ可能性が高い。
美優は笑う。
彼を巻き込みたくなかったので、さも平気だという笑顔を精一杯浮かべた。
「ホントになんかあったら相談しろよ!」
誠人はそれだけ言うと走り去ってしまう。
それを見送った美優は、また深い溜息を吐いてひとりごちた。
「早く冬休みにならないかな…………」
結局そんな調子で3日程が過ぎ、壱弥の誕生日がやって来る。
学校はもういい状況ではなくなってしまった。
しかしもうすぐで卒業だからと、なんとか自分を立て直して毎日通った。
本当に両親が亡くなったのをきっかけに色んな事が上手くいかなくて、落ち込む事も多かった。
以前はそういう心境を全てSNSで吐露して発散していたが、今は壱弥と会ってしまって、あまり心配をかけたくないと思い、それも出来ずにいた。
壱弥とのメッセージのやり取りだけが優しく感じられて、より一層壱弥とのやり取りを心待ちにする様になっている自分がいた。
授業を終えると、囃し立てる様に揶揄う声が上がる。
「今日はイケメン彼氏、迎えに来ないの?」
その声に振り返り、笑顔で答える。
「彼氏じゃないけど、来ないよ?」
「そうなの? 残念~」
その声に曖昧に微笑んで、美優はコートを着てマフラーを巻き、鞄を手に教室を出た。
「あ、美優、また明日ね~」
紗雪がすれ違い様に挨拶をしてくれる。
紗雪はこんな状況になってもこうして関わりはしてくれる。
「うん、また明日」
以前は週末よく遊んでいたけれど、紗雪に彼氏が出来てから遊ぶ事は少なくなった。
恐らく優先順位が彼氏第一になってしまったので、今の美優の状況をわかっていても最低限の手助けしかする気がないのだろう。
今日は足早に学校を去る。
壱弥には自分の家に直接来てもらう事にした。
料理は前日に出来る限り仕込んだ。
一応両親が亡くなるまでに、母親の手伝いをして調理をする事はあった。
一人で暮らす様になってからは将来を考えて出来るだけ倹約しているので食事はほぼ自炊かバイトの賄いだ。
なので料理は出来るけれど、まだまだ手際が良い訳ではないので、幾分時間はかかる。
ケーキはさすがに不細工になってはいけないので、二人用の小さなものをお店で買って来た。
こんな風に誰かの為に一人で料理して、準備をしたのは初めてだ。
壱弥は喜んでくれるだろうか? とレシピを睨みながら作った。
学校での色々を今は忘れて、ウキウキしながら準備を進めていく。
部屋を小さな花で飾って、キャンドルを焚いた。
準備が整ったらちょうど、壱弥が訪ねて来る時間になっていた。
そわそわと待っていると、チャイムが鳴る。
「は~い」
ドアスコープを覗くと壱弥が立っていた。
美優は玄関のカギを捻って扉を開く。
「いらっしゃい、壱弥君」
「お招きありがとう、美優ちゃん」
「どうぞ入って」
「お邪魔します」
小さめのテーブルには、所狭しと料理が並べられている。
「あの、ホントにささやかなお祝いで恥ずかしいんだけど……」
壱弥は破顔する。
普段の優し気な微笑みとは違う、喜びを心から表す笑顔だ。
「そんな事ないよ! ホント嬉しい!」
壱弥は美優をぎゅっと抱きしめた。
突然の抱擁に美優の顔は一気に熱を帯びて紅潮する。
「い、いちやくん……っ?!」
「凄い嬉しい! ありがとう、美優ちゃん!」
壱弥は心から感激してるようで、美優が恥ずかしさのあまり身じろぎしても離してくれそうにない。
「あ、あの、いちやくん……っ?」
そう声をかけても、壱弥は何も言わず美優を抱きしめる。
美優は顔を真っ赤にして、壱弥の気が収まる時を待った。
しばらくそのままでいると、壱弥はそっと美優を離す。
「ホントにありがとう、美優ちゃん……」
美優の両肩に手を乗せて、美優をじっと見つめた。
「あ、あの、大した事出来てないけど、でも、壱弥君が喜んでくれてよかったよ……」
美優は壱弥を見上げて頬を染めてにっこりと微笑む。
壱弥はそんな美優を潤んだ瞳で見つめて、そっと美優の額に優しいキスを落とす。
「!!」
びっくりした美優は壱弥をまともに見る事が出来なくなって、俯いた。
「……大丈夫。ここまでしかしないよ?」
ゆっくりと顔を上げると、壱弥はいつもの優しい笑顔の壱弥に戻っている。
「ごめん。どうしても我慢出来なかったんだ……」
「……えっと……、うん……」
また再び俯いてしまった美優はそれ以上どう言っていいかわからなくなって黙ってしまう。
しばしの間の後壱弥が言った。
「ねえ、早く食べたいな。食べていい?」
その言葉にハッとして、壱弥を見上げた。
子供の様に無邪気な表情で壱弥は美優を見ていた。
「うん、お皿取って来るから待って」
急いで小さなキッチンに向かい、お皿を取って戻って来る。
「はい、じゃあ、食べよっか。あ、壱弥君はソファ使って」
美優の1Kの部屋には小さな二人掛けのソファがあるが、二人座ると相当密着してしまうので、友達が来た時はいつも友達にソファを譲り、自分はムートンの小さなラグに直接座る。
「……美優ちゃんは?」
「私はこのラグに座るから」
「じゃ、俺も下に座ろ」
そう言うと壱弥はソファの座面部分を背凭れにする様な格好で机の前に座った。
「え、待って、ホントにソファ使ってくれていいんだよ?! 遊びに来る友達皆そうしてるし」
「でも俺も下がいい。この方が食べやすそう。さ、早く食べよ?」
「え、うん。はい、お皿」
「美味しそう。いただきます」
壱弥は手を合わせると、先ずはチューリップにしてある唐揚げに手を伸ばす。
そしてそれを頬張ると、心の底から幸せそうに言った。
「ホント美味しい。美優ちゃん」
「なんかね、最初上手くチューリップの形にならなくて、実は昨日も唐揚げ食べたの」
「なんか難しそうだもんね、これ」
「ううん、レシピには簡単って書いてあったんだけど、私が不器用過ぎたみたい」
「そっか、一生懸命作ってくれたんだね。美味しいよ、美優ちゃん」
シーザーサラダ、ツナマヨのディップクラッカー、サーモンのカルパッチョ、ブロッコリーとベーコンのキッシュと、彩りを考えて少しずつ作った。
「こんなにたくさん、大変だったんじゃない?」
「ううん、そんな事ないよ。手際が悪いから少し時間がかかっちゃったけど」
「どれも全部美味しい。頑張ってくれてホントありがとう」
壱弥があまりにも嬉しそうなので、美優もとても幸せな気持ちになった。
自分のした事でこんなに喜んでもらえて美優自身も幸福感でいっぱいだ。
壱弥はどれも全部残さず食べ、そして手を合わせた。
「ご馳走様でした。美味しかった、ありがとう美優ちゃん」
「お粗末様でした。壱弥君は美味しいものいっぱい知ってそうだから、お口に合うかわからなかったけど、喜んで貰えてよかった」
「世界で一番美味しかったよ、美優ちゃんの手料理。今まで食べたものの中で一番美味しかった」
あまりにも嬉しそうに壱弥がそう言うので美優は恥ずかしくなる。
「大げさだよ、壱弥君」
「ホントだよ?」
壱弥が真剣な顔で言うので、より恥ずかしくなって話を逸らす事にした。
美優は立ち上がりクローゼットを開け、その中から小さな紙袋を取り出した。
「あ、あのね、これ」
そっと床に置いて、壱弥の方に差し出す。
「何?」
「えっと、これはお誕生日のプレゼント」
「え、ホントに?」
「うん。あの、もし趣味に合わなかったら捨ててくれていいから!」
「……開けてみてもいい?」
「うん……」
美優が頷くと壱弥はその紙袋の中にある小さな包みを取り出す。
そしてリボンをほどいて丁寧に包みを開ける。
箱を開けるとブランドロゴのアップリケが施された黒い手袋が入っていた。
「えっとね……? 前に会った時そのブランドの服着てた事があったから、それなら服に合うのかなって」
壱弥は手袋をじっと見つめている。
「えっと、壱弥君は黒と白の服が好きだって聞いたから、黒い手袋にしたの。これから寒くなるでしょ? だから……」
不意に壱弥が立ち上がり、美優の隣にやって来る。
そして横に座って美優に凭れ、肩に頭を乗せた。
「い、いちやくん……っ?!」
「美優ちゃん……、俺、幸せ過ぎて明日死んじゃうかも」
壱弥は美優の肩に頭を乗せたまま瞳を閉じた。手には美優の贈ったプレゼントが握られている。
「え?!」
「いや、絶対美優ちゃん残して死なないけど、でもホントそれ位幸せ」
「壱弥君? あの……」
「ねえ、美優ちゃん?」
「何?」
「美優ちゃんの誕生日は3月だよね?」
「そうだよ? あれ? 何で知ってるの?」
「小さい頃に教えてくれたよ? 何日かまでは忘れちゃったけど。何日?」
「5日だよ?」
「その日は俺と過ごしてね。いっぱいお返しするから」
「ええ? これはお祝いといつも色々してくれるお礼なのに」
「俺のやった事なんて全部帳消しになる位、俺、今幸せだよ……。絶対お返しする」
美優はうっとりとした表情で呟く壱弥を少し呆れたような、でもくすぐったくなる様な気持ちで眺める。
壱弥はしばらく美優から離れず、ずっと瞳を閉じて幸福に浸っていた。
「ねえねえ、ホントに彼氏じゃないの? 迎えに来てた人」
「キスしてたじゃん! 彼氏じゃないなら何?」
美優はその科白にびっくりする。
「ちょっと待って? キスなんてしてないよ」
「え、でも車に乗り込んですぐにあのイケメン美優にキスしてたじゃん?」
車に乗り込んですぐと言えば、もしかして前髪についた木の葉を取ってくれた時の事だろうか?
「違うよ? あれは髪にゴミが付いてたんだよ。それを取ってくれたの」
「え~? でもキスしてたの見たって皆言ってるよ?」
もう美優が何を言っても、『キスをしてた』という事になってしまって、
派手めの女子達からはすれ違い様に嫌味を言われ、
何故か普段話もしない男子からも揶揄われ、
今まで浮いた噂の一つもなかった美優が突然、誰もが羨む様な容姿端麗な男とつるむ様になった事は周りの嫉妬を買う結果となってしまった。
いつもお昼を一緒に食べている友達も、皆用事があるからと結局一人になってしまう。
溜息を吐いて校舎の裏庭にある茂みの花壇に腰かけて購買部で買ったクリームパンにぱくつく。
牛乳でそれを流し込む様に食べていると、たまに話をする同じクラスの男子、乙川誠人(おとがわまこと)が美優の前に立った。
「乙川君? どうしたの?」
「お前、大丈夫か?」
本当はあまり大丈夫という心境ではなかったが、きっとここで泣き言を言っても困らせるだけだと思い、にっこりと笑って答える。
「大丈夫だよ?」
「……お前親いないからって狙われてんじゃないのか?」
誠人は険しい表情で美優を見ている。
「そんな人じゃないよ? とっても親切にしてくれる人なの。それに噂みたいな関係でもないの」
「……ホントか? 騙されてないか?」
「うん、幼馴染だから大丈夫だよ」
「……なんかあったら相談しろよな」
「ありがとう。でもホントに大丈夫だから」
誠人にはあまり友人がいない。基本的に本を読んで過ごしている様な男子だ。
きっと今の自分に関わると、彼にも類が及ぶ可能性が高い。
美優は笑う。
彼を巻き込みたくなかったので、さも平気だという笑顔を精一杯浮かべた。
「ホントになんかあったら相談しろよ!」
誠人はそれだけ言うと走り去ってしまう。
それを見送った美優は、また深い溜息を吐いてひとりごちた。
「早く冬休みにならないかな…………」
結局そんな調子で3日程が過ぎ、壱弥の誕生日がやって来る。
学校はもういい状況ではなくなってしまった。
しかしもうすぐで卒業だからと、なんとか自分を立て直して毎日通った。
本当に両親が亡くなったのをきっかけに色んな事が上手くいかなくて、落ち込む事も多かった。
以前はそういう心境を全てSNSで吐露して発散していたが、今は壱弥と会ってしまって、あまり心配をかけたくないと思い、それも出来ずにいた。
壱弥とのメッセージのやり取りだけが優しく感じられて、より一層壱弥とのやり取りを心待ちにする様になっている自分がいた。
授業を終えると、囃し立てる様に揶揄う声が上がる。
「今日はイケメン彼氏、迎えに来ないの?」
その声に振り返り、笑顔で答える。
「彼氏じゃないけど、来ないよ?」
「そうなの? 残念~」
その声に曖昧に微笑んで、美優はコートを着てマフラーを巻き、鞄を手に教室を出た。
「あ、美優、また明日ね~」
紗雪がすれ違い様に挨拶をしてくれる。
紗雪はこんな状況になってもこうして関わりはしてくれる。
「うん、また明日」
以前は週末よく遊んでいたけれど、紗雪に彼氏が出来てから遊ぶ事は少なくなった。
恐らく優先順位が彼氏第一になってしまったので、今の美優の状況をわかっていても最低限の手助けしかする気がないのだろう。
今日は足早に学校を去る。
壱弥には自分の家に直接来てもらう事にした。
料理は前日に出来る限り仕込んだ。
一応両親が亡くなるまでに、母親の手伝いをして調理をする事はあった。
一人で暮らす様になってからは将来を考えて出来るだけ倹約しているので食事はほぼ自炊かバイトの賄いだ。
なので料理は出来るけれど、まだまだ手際が良い訳ではないので、幾分時間はかかる。
ケーキはさすがに不細工になってはいけないので、二人用の小さなものをお店で買って来た。
こんな風に誰かの為に一人で料理して、準備をしたのは初めてだ。
壱弥は喜んでくれるだろうか? とレシピを睨みながら作った。
学校での色々を今は忘れて、ウキウキしながら準備を進めていく。
部屋を小さな花で飾って、キャンドルを焚いた。
準備が整ったらちょうど、壱弥が訪ねて来る時間になっていた。
そわそわと待っていると、チャイムが鳴る。
「は~い」
ドアスコープを覗くと壱弥が立っていた。
美優は玄関のカギを捻って扉を開く。
「いらっしゃい、壱弥君」
「お招きありがとう、美優ちゃん」
「どうぞ入って」
「お邪魔します」
小さめのテーブルには、所狭しと料理が並べられている。
「あの、ホントにささやかなお祝いで恥ずかしいんだけど……」
壱弥は破顔する。
普段の優し気な微笑みとは違う、喜びを心から表す笑顔だ。
「そんな事ないよ! ホント嬉しい!」
壱弥は美優をぎゅっと抱きしめた。
突然の抱擁に美優の顔は一気に熱を帯びて紅潮する。
「い、いちやくん……っ?!」
「凄い嬉しい! ありがとう、美優ちゃん!」
壱弥は心から感激してるようで、美優が恥ずかしさのあまり身じろぎしても離してくれそうにない。
「あ、あの、いちやくん……っ?」
そう声をかけても、壱弥は何も言わず美優を抱きしめる。
美優は顔を真っ赤にして、壱弥の気が収まる時を待った。
しばらくそのままでいると、壱弥はそっと美優を離す。
「ホントにありがとう、美優ちゃん……」
美優の両肩に手を乗せて、美優をじっと見つめた。
「あ、あの、大した事出来てないけど、でも、壱弥君が喜んでくれてよかったよ……」
美優は壱弥を見上げて頬を染めてにっこりと微笑む。
壱弥はそんな美優を潤んだ瞳で見つめて、そっと美優の額に優しいキスを落とす。
「!!」
びっくりした美優は壱弥をまともに見る事が出来なくなって、俯いた。
「……大丈夫。ここまでしかしないよ?」
ゆっくりと顔を上げると、壱弥はいつもの優しい笑顔の壱弥に戻っている。
「ごめん。どうしても我慢出来なかったんだ……」
「……えっと……、うん……」
また再び俯いてしまった美優はそれ以上どう言っていいかわからなくなって黙ってしまう。
しばしの間の後壱弥が言った。
「ねえ、早く食べたいな。食べていい?」
その言葉にハッとして、壱弥を見上げた。
子供の様に無邪気な表情で壱弥は美優を見ていた。
「うん、お皿取って来るから待って」
急いで小さなキッチンに向かい、お皿を取って戻って来る。
「はい、じゃあ、食べよっか。あ、壱弥君はソファ使って」
美優の1Kの部屋には小さな二人掛けのソファがあるが、二人座ると相当密着してしまうので、友達が来た時はいつも友達にソファを譲り、自分はムートンの小さなラグに直接座る。
「……美優ちゃんは?」
「私はこのラグに座るから」
「じゃ、俺も下に座ろ」
そう言うと壱弥はソファの座面部分を背凭れにする様な格好で机の前に座った。
「え、待って、ホントにソファ使ってくれていいんだよ?! 遊びに来る友達皆そうしてるし」
「でも俺も下がいい。この方が食べやすそう。さ、早く食べよ?」
「え、うん。はい、お皿」
「美味しそう。いただきます」
壱弥は手を合わせると、先ずはチューリップにしてある唐揚げに手を伸ばす。
そしてそれを頬張ると、心の底から幸せそうに言った。
「ホント美味しい。美優ちゃん」
「なんかね、最初上手くチューリップの形にならなくて、実は昨日も唐揚げ食べたの」
「なんか難しそうだもんね、これ」
「ううん、レシピには簡単って書いてあったんだけど、私が不器用過ぎたみたい」
「そっか、一生懸命作ってくれたんだね。美味しいよ、美優ちゃん」
シーザーサラダ、ツナマヨのディップクラッカー、サーモンのカルパッチョ、ブロッコリーとベーコンのキッシュと、彩りを考えて少しずつ作った。
「こんなにたくさん、大変だったんじゃない?」
「ううん、そんな事ないよ。手際が悪いから少し時間がかかっちゃったけど」
「どれも全部美味しい。頑張ってくれてホントありがとう」
壱弥があまりにも嬉しそうなので、美優もとても幸せな気持ちになった。
自分のした事でこんなに喜んでもらえて美優自身も幸福感でいっぱいだ。
壱弥はどれも全部残さず食べ、そして手を合わせた。
「ご馳走様でした。美味しかった、ありがとう美優ちゃん」
「お粗末様でした。壱弥君は美味しいものいっぱい知ってそうだから、お口に合うかわからなかったけど、喜んで貰えてよかった」
「世界で一番美味しかったよ、美優ちゃんの手料理。今まで食べたものの中で一番美味しかった」
あまりにも嬉しそうに壱弥がそう言うので美優は恥ずかしくなる。
「大げさだよ、壱弥君」
「ホントだよ?」
壱弥が真剣な顔で言うので、より恥ずかしくなって話を逸らす事にした。
美優は立ち上がりクローゼットを開け、その中から小さな紙袋を取り出した。
「あ、あのね、これ」
そっと床に置いて、壱弥の方に差し出す。
「何?」
「えっと、これはお誕生日のプレゼント」
「え、ホントに?」
「うん。あの、もし趣味に合わなかったら捨ててくれていいから!」
「……開けてみてもいい?」
「うん……」
美優が頷くと壱弥はその紙袋の中にある小さな包みを取り出す。
そしてリボンをほどいて丁寧に包みを開ける。
箱を開けるとブランドロゴのアップリケが施された黒い手袋が入っていた。
「えっとね……? 前に会った時そのブランドの服着てた事があったから、それなら服に合うのかなって」
壱弥は手袋をじっと見つめている。
「えっと、壱弥君は黒と白の服が好きだって聞いたから、黒い手袋にしたの。これから寒くなるでしょ? だから……」
不意に壱弥が立ち上がり、美優の隣にやって来る。
そして横に座って美優に凭れ、肩に頭を乗せた。
「い、いちやくん……っ?!」
「美優ちゃん……、俺、幸せ過ぎて明日死んじゃうかも」
壱弥は美優の肩に頭を乗せたまま瞳を閉じた。手には美優の贈ったプレゼントが握られている。
「え?!」
「いや、絶対美優ちゃん残して死なないけど、でもホントそれ位幸せ」
「壱弥君? あの……」
「ねえ、美優ちゃん?」
「何?」
「美優ちゃんの誕生日は3月だよね?」
「そうだよ? あれ? 何で知ってるの?」
「小さい頃に教えてくれたよ? 何日かまでは忘れちゃったけど。何日?」
「5日だよ?」
「その日は俺と過ごしてね。いっぱいお返しするから」
「ええ? これはお祝いといつも色々してくれるお礼なのに」
「俺のやった事なんて全部帳消しになる位、俺、今幸せだよ……。絶対お返しする」
美優はうっとりとした表情で呟く壱弥を少し呆れたような、でもくすぐったくなる様な気持ちで眺める。
壱弥はしばらく美優から離れず、ずっと瞳を閉じて幸福に浸っていた。
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