君に打つ楔

ツヅミツヅ

文字の大きさ
26 / 65

26、予想外の事

しおりを挟む
 高校最後の3学期が始まった。
 学校での針の筵の様な壱弥との噂は冬休みを挟んだためか、もう立ち消えていた。
 その事にホッとしつつ、今まで通りの普通の高校生生活を送っていた。
 学校に通い、授業を受け、バイトに行き、帰って自炊する日もあれば、バイト先で賄いを貰える日もある。
 壱弥達とのいちご狩りもつつがなく楽しみ、いつもの様に学校に通っていると、放課後教師に呼び出された。
「神崎、ちょっと不味い事になった」
「……どうしたんですか?」
「お前の内定先な、倒産した」
「え?」
「今会社はもぬけの殻らしくてな、どうやら社長さん、一家で夜逃げしたらしいんだ」
「……そうなんですか……」
「お前の就職先はなんとか色々当たってみるが、何せこの時期だ。あまり期待しない方がいいだろう。お前も色々伝手を辿ってみてくれないか?」
「……はい、わかりました」
 正直絶望的な気持ちだったが、こればかりは自分も予期は出来なかったし、誰のせいでもない事だ。
 色々と考えないといけない事がもう一つ増えただけ。
 そう切り替えて教室に帰って、誰もいない教室で自分の席に座る。
 泣き出したい気持ちになった時、スマホの着信音が鳴った。
『今日、時間ある?』
 こんなタイミングで壱弥からのメッセージが来てしまった。
 今壱弥に会ったら、自分はきっと壱弥に取り縋ってしまう。
 そんな事はしてはいけないと思い、スマホを震える手で握って返事をした。
『ごめん、今日はちょっと無理かな』
『バイト無いって言ってなかったっけ?』
『うん、友達と久々に出かける事になったの。ごめんね』
『わかった』
 嘘をついてしまった事に何か苦いものを感じながら、のろのろと帰る準備をして、帰路に就く。
 家までの道のりは足取りも重く、正直どう帰ったのか、あまり覚えていない。
 部屋の電気をつけて、制服も着替えずにボンヤリとテレビをつけて目をやるけれど、内容は全く頭に入って来ない。
 これからの事を考えたら、どうしたらいいのか、皆目見当もつかなくて、困り果てた。
 先ずはバイト先に3月でやめると言ってたけど、その先も雇ってもらえないか聞いてみようとか、ハローワークに探しに行くのが一番手っ取り早いのかとか、色々ぐるぐる考えてみるけれど、胸に何か重苦しい鉛の様な感情が詰まった様で思考を邪魔して考える事が出来ない。
 そんな出口のない思考と感情の鬩ぎ合いに嵌っていると、インターホンが鳴った。 
 それにものろのろと出る。
 玄関ホンの受話器を取ると、壱弥が映し出された。
「壱弥君?!」
『うん、来ちゃった』
 美優は急いで玄関まで行って、ドアスコープを覗き込む。
 やはりそこには壱弥がいた。
 美優はガチャリと解錠しドアを開けた。
「美優ちゃん、やっぱりいた」
「……なんで?……」
「……なんとなくおかしいなって思ったから」
「……とにかく、入って?」
「お邪魔します」
 美優は壱弥を招き入れると部屋に通して、コーヒーを淹れる。
「ソファ座ってくれていいからね?」
 キッチンから声をかけると壱弥はうんと返事をした。
 キッチンでコーヒーメーカーのコーヒーの落ちる様を眺めながら、多分、自分の噓など壱弥にはお見通しなのだと思い、言い訳するのも何もかも諦めて、謝ろうと意を決した。
 コーヒーを二つ淹れて、お盆に乗せて部屋に戻る。
「コーヒー入ったよ?」
「うん、ありがとう」
 壱弥のコーヒーはブラックで、自分のコーヒーはミルク多めのカフェオレだ。
 コーヒーに口をつける壱弥の方をまともに見る事が出来ず、俯いたまま、壱弥に声をかけた。
「あのね、壱弥君、……ごめんない」
「ん? どうして謝るの?」
「……だって、嘘ついたから……」
「う~ん……、断られたのに勝手に来た俺こそ謝らないといけないと思うけどな」
「……そんな事ないの……嘘ついてごめんなさい」
 壱弥は美優の頭をポンと撫でる。
「それは理由があるからでしょ? 嘘ついた事は別に気にしてないけど、美優ちゃんが何か一人で抱え込んで無理してるのはわかるから、それを相談してくれないのは気にしてる」
「…………」
 少し考えたけれど今は笑いながら話せる様な心持ちにはなれなかった。
「俺には言えない様な事?」
 美優はただ首を横に振った。
「…………」
 ただ、壱弥の前で泣き崩れる様な事だけはしたくなかったので、それだけは必死に耐えた。
「言ってみたら、楽になるかもしれないよ?」
 美優は意を決してソファの壱弥を見上げて笑った。
「あのね、内定先の会社、倒産しちゃったんだって。なんかホントツイてないね」
 壱弥はソファから立ち上がって美優の隣に座る。
「大丈夫」
 そう一言言うと美優の肩に手を回した。
 左手で美優の肩を抱いて、右手で美優の膝で握りしめられている美優の手を握った。
「あのね、大丈夫だよ? 仕事なら紹介出来るって言ったでしょ? 忠也先輩の会社だって事務処理担当してくれる子欲しいって言ってたし。俺の仕事手伝ってくれたっていいんだ。幾らだって道はあるから心配しないで? ね?」
 それを聞いて、やっぱり壱弥は優しいと思う。
 きっと壱弥は自分の人生毎、面倒を見ようとしてくれるだろう。
 壱弥に頼っていては壱弥に全て委ねるダメな人間になってしまいそうで怖かった。
 でも、その一方でこんな風に全て受け入れて、包み込んでくれる優しさに安堵を覚えてる自分も確かにいて、やはり複雑な想いの狭間で揺れ動く。
「……うん」
 壱弥はしばらくそのまま美優の肩を抱き、手を握っていた。
「…………ねえ、壱弥君?」
「ん? なに?」
「あのね、壱弥君に頼るのは最終手段にさせてね? 自分で当たれる所は当たってみたいし。先生も探してくれるって言ってたし。自分で頑張ってみるよ」
「……頼ってくれても全然かまわないのにな~……」
「私、、先ずは自分の力で頑張ってみたい」
「……わかった。いつでも頼ってくれていいからね?」
「ん。そう言ってくれたら、元気出た」
 そう、こうして壱弥が大丈夫だと言ってくれて、最悪伝手があるのだと思うと、先程の様な絶望的な感情は少し軽くなって、思考も自由になった。
 自由になると、さっき思考した事をまずはやってみようという気になった。
「美優ちゃんはホントにいい子だね。でも俺が来なかったら一人で抱え込んで暗い気持ちでいたでしょ? そんなのダメだから。絶対に許さないからね?」
 壱弥の美優を抱く左腕は、美優を更に自分の方へと力強く引き寄せる。
 美優は壱弥の肩に頭を乗せてその腕の力強さと温かさを感じた。
「壱弥君、ありがとう。心配かけてごめんね」
 壱弥はただ微笑んで美優の手をきゅっと握る。
 二人はそのままの姿勢でしばらくただ黙っていた。
 それはとても心地よく、とても安堵と勇気を貰えた。
 美優は壱弥という存在が自分にとってどれだけ大きくなっているのか、実感する。
「……美優ちゃん、そろそろご飯食べに行こうか」
「……うん。制服着替えちゃうからちょっと待ってね?」
「うん」
 我に返るととても恥ずかしくなって、美優は俯いて壱弥から離れる。
「私、キッチンの方で着替えて来る。ちょっと待っててね」
 クローゼットを開けて、壱弥と一緒にいても違和感のなさそうなカジュアルな服装を適当に選ぶ。
 それを持って部屋とキッチンを分ける扉を開けた。
「ごゆっくり」
 そう言って壱弥はソファに改めて座り直し、美優が淹れたコーヒーを飲み直す。
 風呂前の小さな脱衣スペースで制服を脱ぎ、服を着替える。
 今日は壱弥も黒のロゴ入りのパーカーとブラックジーンズなので、畏まった所にはいかないだろうと思った美優は、白いパフスリーブのワンピースにニットベストを合わせた。簡単に短時間で着られて、それなりにちゃんと見えるコーデを選んだ。
「おまたせ。こんな恰好でも大丈夫?」
 部屋に戻って壱弥に見せると壱弥は目を細めて見つめて微笑んだ。
「うん、大丈夫。可愛いよ」
「今日ご飯どこ行くの?」
「忠也先輩の店にしようかと思ってるんだ。とりあえず、美優ちゃんの就職の話、耳にだけは入れといた方がいいと思うんだけど、構わない?」
「……うん。そうだね。でも、心配かけちゃうな……」
「大丈夫だよ。あいつらだって他の会社で会社勤めなんかした事ないんだから」
「皆、ビジネスマナーとか学ばなかったの?」
「一応講座とかには行ったって言ってたけどね」
「壱弥君は行った事ないの?」
「うん、無いよ」
「独学で勉強したの?」
「……いや、殆ど実家で身に付けたよ」
「そっか……」
 壱弥の実家の話は、それを語る時の壱弥の声のトーンから、あまり触れてはいけない様な気がしてそれ以上は踏み込めない気がした。
 美優はクローゼットから小さな白い鞄を取り出して、必要な物をスクールバックから移した。
「いつでも行けるよ?」
「よし、じゃ、行こうか」
 壱弥はカップの中のコーヒーを飲み干すとソファから立ち上がった。
「今日は近所のパーキングに停めて来たから少し歩くよ」
「うん、大丈夫」
 二人は部屋を出て、美優は部屋の鍵をかける。
 壱弥はやはり自然に美優の手を握って、エレベーターまで歩き出す。
 さっきまであんなにも絶望的な気持ちでいたのに、壱弥とこうして手を繋いで話をしていると、そんな気持ちはどこかに消えてしまった。
 穏やかに話しかけて、優し気な微笑みを向けてくれるだけで、自分も穏やかな気持ちになれる。
 美優は戸惑いながら壱弥の繋がれた手に少しだけ力を篭めた。
 そうしたら、もう少しだけ強めに壱弥が握り返してくれる。
 壱弥の顔を見ると、愛おし気に自分を見つめていて何か気恥ずかしくなった。
 やっぱり俯いてしまうと、壱弥が美優に声をかけた。
「このパーキングだよ」
 美優の部屋から歩いて2分と言った所にあるパーキングだ。
 確かに壱弥の白い車がある。
 電子キーで解錠すると、やはり美優を先に乗せて会計を済ませる。
 戻ってきて、車に乗り込んだ壱弥が美優に言った。
「やっぱり全員来るんだってさ」
「……なんだか皆に心配かけちゃったのかな……。申し訳ないな」
「そんな風に思わなくていいよ。きっと皆美優ちゃんの力になりたいって思ってるだけだし」
「うん……。そうだね」

 壱弥は車を走らせて港にある、忠也の店に向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

専属秘書は極上CEOに囚われる

有允ひろみ
恋愛
手痛い失恋をきっかけに勤めていた会社を辞めた佳乃。彼女は、すべてをリセットするために訪れた南国の島で、名も知らぬ相手と熱く濃密な一夜を経験する。しかし、どれほど強く惹かれ合っていても、行きずりの恋に未来などない――。佳乃は翌朝、黙って彼の前から姿を消した。それから五年、新たな会社で社長秘書として働く佳乃の前に、代表取締役CEOとしてあの夜の彼・敦彦が現れて!? 「今度こそ、絶対に逃さない」戸惑い距離を取ろうとする佳乃を色気たっぷりに追い詰め、彼は忘れたはずの恋心を強引に暴き出し……。執着系イケメンと生真面目OLの、過去からはじまる怒涛の溺愛ラブストーリー!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...