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41、勇気
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壱弥の家に戻った二人は早速バスタブに湯を張った。
「美優、先入りな?」
「ううん。壱弥が先に入って? バイクで冷えたでしょ?」
「俺、ちょっとやっておきたい事あるから、先に入ってくれた方が助かるんだよね」
「…………ホント?」
「うん、ホント。だから遠慮せずに先に入って来て?」
「ありがと……。壱弥」
「気にしないでいいから。さ、ゆっくり入ってきな?」
そう言うと壱弥はデスクに座ってPCを立ち上げた。
美優はそんな壱弥の背中を少しだけ眺めた後、バスルームに入って行った。
さっきトラの屋で買ってきた入浴剤を入れると、湯船のお湯は白乳色のピンクに変わる。
それを腕でかき混ぜて、ぼんやりと色が均されていく様を眺めてた。
どうしてストーカーなんかされる事になっちゃったんだろう……。
何となくそんな事を思うと、ぐっと暗く重い感情が胸にのしかかる様に押し寄せる。
そんな感情を振り払う様に首を横に振った。
壱弥がこんな風に助けてくれて色々してくれているのに、自分がへこたれていては申し訳ない。
自分も自分にできる事をしないと……、と自分を奮い立たせた。
脱衣スペースに戻って服を脱ぎ、先に全身を洗って、バスタブに浸かった。
「……とにかく、警察に行くんだよね……」
警察に行くのなら、とりあえず今まであった事や心当たりを聞かれるだろう。
壱弥には心当たりがないと言ったけれど、ここ何日か誰かに見られている様な気がしていたのを思い出した。
それにずっとこういった茶封筒はポストに投函されていた事も。
それらの封筒は全てチラシの類だと思って資源ごみにまとめてある。まだ捨てていないものもあったはずなので、それを確認しに帰らなければいけない。
こうして思い巡らせてみると、色々とできる事はある。
ただただ怯えて縮こまって相手の出方を見るばかりでは悔しい。
そう思うと何だか少しだけ元気が出てきた。
気がつくと随分長湯してしまった。
バスタブから出て、脱衣所に戻る。
そうするとバスルームのドアがノックされた。
「美優? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、長湯し過ぎちゃった」
「そっか。そういえば長湯だって言ってたね。急かしちゃったね、ごめん」
「ううん、今ちょうど出たトコ」
「そっか。じゃ、ごゆっくり」
「うん、ありがとう」
掛けておいたバスタオルで全身を拭いて、脱衣所に戻る。
そして丁寧に髪を拭いて服を着、ドライヤーを当てていると、また壱弥がノックする。
「美優、入っていい?」
「うん、いいよ」
壱弥はその手に着替えを持っていた。
「俺も入っちゃうね」
「うん、ごめん、時間かかっちゃって」
ドライヤーを当てながら鏡味越しの壱弥に謝る。
「ううん。あ、先に寝てていいからね? 明日もバイト遅くまで入るんでしょ?」
壱弥は着ていたパーカーを脱ぎながら美優に言った。
「うん」
「ならゆっくり休んで」
「ありがと」
中に着ていた白いシャツも脱ぎ、上半身裸になった壱弥の引き締まった体は、何度見ても色っぽい。
「……もうお互い全部見たのにまだ照れちゃう?」
「…………うん…………」
「美優はホントに初だね」
壱弥はいつもより甘く優しい笑みで鏡越しに美優を見つめた。
あまりにも甘く見つめられて恥ずかしくなった美優は俯いて壱弥から目を逸らしながら、ドライヤーで髪を乾かし続けた。
そんな美優をやはり優しく見つめている壱弥は、ドライヤーを止めたタイミングで美優の事を後ろから抱きしめた。
「美優……? 大丈夫。ちゃんと俺が守るから。安心していいよ」
「……壱弥……」
「怖くないから」
「……うん、ありがと、壱弥……」
後ろからぎゅっと抱きしめられるのは照れ臭いけれど、包み込まれる安心感で何か泣きそうになって胸にグッと詰まるような感覚を慌てて飲み込んだ。
泣いてしまっては壱弥が心配する。
これだけ心配かけているのに、ここで自分が泣き崩れてしまったら、きっと明日のバイトも行かなくていいと言ってくれるだろう。
壱弥の回された腕にそっと触れて、自分が今出来る一番の笑顔で鏡越しの壱弥に笑いかける。
「でも大丈夫だよ。私、頑張るから」
そんな美優に壱弥は複雑そうな笑顔で応えると、美優に回した腕を解いた。
そして美優の洗い立てのサラサラになった髪を優しく撫でた。
「うん、わかった」
「壱弥がいてくれて、ホントに心強い」
「うん」
「じゃ、ごゆっくり」
「うん」
そう言って着替えを持ってバスルームを出ようとすると、壱弥が美優に声をかける。
「あ、美優? 服は洗濯機に入れといて。明日美優がバイト行ってる間に洗っておくから」
「え、でもそんなの悪いよ」
「これから一緒に暮らすんだから、悪いも何もないでしょ? そういう遠慮はキリがないからしなくていいよ。それ普通に洗濯機で回していいやつなら洗っておくから」
「……じゃあ、お願いします」
「わかった。洗濯機の中入れておいて?」
「うん。……ホントにありがと、壱弥」
壱弥はにっこり笑うと、ジーンズを脱ぎ出す。
美優は慌ててバスルームを出た。
壱弥に言われた通り、ドラム式の洗濯機に下着以外の洗濯物を入れる。
そしてスマホで今日来た連絡や通知を確認して、いつもやってるゲームを少しだけやって壱弥が上がるのを待った。
しばらくするとバスルームからドライヤーのけたたましい轟音が聞こえてくる。
それが鳴り終わるとすぐに壱弥が出て来た。
「美優、先に寝てなかったの?」
「うん、なんか眠れなくて」
「そう。温まるモノでも飲む?」
「ううん、もう寝ようかな」
「そ?」
そう言って二人はベッドに潜り込み、壱弥は美優を抱きしめる。
「おやすみ、美優」
「おやすみなさい」
おやすみの挨拶を交わした二人は軽く口付けを交わして眠りについた。
壱弥の温もりは強がって見せても本音は竦み上がってた自分の心にホッと安心感を与えた。
ベッドに入る前は目が冴えていた美優だったが、壱弥の温もりの安心感ですやすやと寝息を立てて眠る。
……………………………………
……………………………………
……………………………………
いつもセットしているスマホのアラームが鳴り、美優は目が覚めた。
ベッドの中に壱弥はおらず、美優は辺りを見渡した。
壱弥は既に起きていて、デスクの前に座ってPCを操作している。
「……おはよう。もう起きてたんだね」
壱弥は美優の声に振り返った。
「おはよう。うん、なんか早く目が覚めたからちょっと仕事してた」
「……もしかして、私が昨日の夜来てもらったから、仕事出来なかったの?」
「ううん。ホントにただ目が覚めちゃっただけ。寧ろ美優が一緒に寝てくれたからよく眠れて頭めちゃくちゃ冴えてる」
その言い様に可笑しくなって壱弥に言った。
「もう、ホントに大袈裟だね、壱弥は」
「いや、ホント、評価査定があったら俺、きっとS取れてるよ?」
「何それ」
壱弥はゲーミングチェアから立ち上がり、美優のいるベッドに歩む。
そして腰掛けて壱弥の言葉に笑う美優を抱きしめた。
「……よく眠ってたね。よかった」
「うん……壱弥が傍にいてくれたから、安心していっぱい寝ちゃった」
「疲れてたんだよ。怖い思いしたし」
「そんな事ないよ? 壱弥といるとホントにホッとするの」
「俺も美優といるとホントにホッとするし幸せなんだ」
ぎゅっと抱き締められると、やはり何とも言えない多幸感が体を支配する。
二人はそのまましばらくただ黙って抱き合った。
「……美優、朝ごはん食べよっか」
「……うん」
「じゃ、俺なんか作る」
「あ、私作りたいな」
「そう?」
「壱弥、朝いつもどんなもの食べてるの?」
「大体トーストとコーヒーだけ」
「たくさん食べられない?」
「ううん。用意するの面倒臭いんだよね」
「じゃあ、色々作っても大丈夫?」
「うん、食べたい」
「わかった。用意するね」
二人は微笑み合うとベッドから立ち上がった。
美優は簡単にサラダを大きな皿に盛って、オムレツとカリカリに焼き上げたベーコンを乗せる。
コーヒーメーカーでコーヒーを淹れながら、バターを乗せたパンを焼く。
そして昨日の夜トラの屋で一応買っておいたヨーグルトを白い小さなカップに入れた。
それをカウンターキッチンのテーブルにランチョンマットを引いて並べて二人はチェアに腰かける。
「すごく簡単だけど、召し上がれ」
「ううん、美味しそう。いただきます」
壱弥は手を合わせるとフォークを手に取って、先ずは美優の作ったオムレツに切り目を入れて、一口サイズにして差し、口に運ぶ。
「うん、オムレツ美味しいね」
「ホント? よかった」
「一人だと面倒で手抜きしちゃうんだよね。こんなちゃんとした朝ごはん家で食べたの久しぶりだな」
「私も壱弥と一緒で朝はパンとコーヒーなんだよね。でもやっぱり朝はちゃんとしたもの食べないとダメだよね」
「うん、今日からそうしようか」
「私、用意する」
「嬉しいけど、無理な時は頑張らなくていいから。二人でいるんだから出来る方がやればいいよ」
「……でも、私、ここに置いて貰ってるでしょ? 何かしたい」
「無理なく頑張ってくれて、ずっと傍にいて笑ってくれていればいいんだ、俺」
「でも……」
「ま、家事は出来る方がやろうね。で、今後の事なんだけど」
壱弥は話題を変えると真剣な顔つきになった。
「今日ってシフト何時まで?」
「一応5時だけど、インフルの子の代わりに遅番も入る事になるかも」
「それ、今日だけは断って」
「……うん」
「事情を話して警察行くからって言って断ったらさすがにOKくれるでしょ?」
「……うん。でも、申し訳ないな……」
「そもそも美優が入る予定じゃなかったシフトなんだし、美優は実際に実害出てるし遠慮してる場合じゃないよ?」
「うん……、わかった」
壱弥はコーヒーの入ったマグカップを手に取ってそれを啜った。
「で、警察行ってとりあえず相談実績作ろう」
「うん、あのね?」
「ん?」
「心当たりないって言ったケド、よく考えてみたら最近よくバイト先とかマンションの駐輪場とかで視線を感じるな~~って思う事とかあったの」
「そうなの?」
「気のせいだって流してたんだけど、もしかしたら少し前から付けられてたのかもしれない」
「そうなんだね」
「それに、あの茶封筒も何通も来てたのかも。ずっとチラシが投函されてると思ってたから開封せずに資源ごみにまとめてあるの」
「そっか。それは絶対確認しなきゃね。家には出来れば帰らない方がいいな……。でも証拠は必要だね……。うん、じゃあ今日とりあえず先に買い物行こうか」
「買い物? どうして?」
「バイト先から直接美優のマンションに戻るのはマズい。たとえバイクで迎えに行っても、マンションで待ち伏せされる可能性が高いから。でも、買い物挟んだらストーカー待ちぼうけ喰らうし、いなくなってる可能性も出て来るでしょ?」
「そっか……。わかった」
「とりあえず、服は何着か用意しないとね。穂澄に連絡してピックアップしておいてもらおうか。その中から好きなの選べばいいとして……、あ、穂澄にストーカーの件、教えてもいい?」
「うん、構わないよ」
「あとはそうだな……、身の回りの物色々必要でしょ? コスメとかそういうの」
「一応それはあるから……」
「長引くかもしれないから、買っておこう。どうせ消耗品だし買っておいても困るものでもないでしょ?」
「うん、そうだね」
「う~~ん……だったら買い物は穂澄に付き合ってもらう方がいいかも。警察には一応アポ取っておこう。それは俺から連絡しとく」
「うん、ありがとう、壱弥」
「じゃあ、穂澄と警察に連絡して、バイト終わりに穂澄と買い物行ってもらって、終わったら美優のマンションまで行って手紙回収して警察だね」
「うん。わかった。……壱弥、ホントにありがとう。一人だったら多分、何も出来なかったと思うの」
「ストーカー被害なんてそもそも一人で対処出来るようなものじゃないよ。気にしないで」
「うん」
「よし、今日する事は決まったね。ご馳走様でした。美優の朝ごはん、ホント美味しかった」
「うん、お粗末様でした」
壱弥は壁にかかったデジタル時計を見上げた。
「さ、そろそろ美優は用意しないといけないでしょ? 洗い物は俺がやっとくから食べ終わったら置いといて?」
「え、洗い物私がするよ?」
「食洗器入れるだけだし手間じゃないから俺がやる」
「ありがと、壱弥」
美優はにっこりと笑う壱弥の優しさに嬉しくなって微笑み返す。
そんな朝のゆっくりとした時間に心が温まるのを感じて、これからの色々に立ち向かう勇気を貰えた。
「美優、先入りな?」
「ううん。壱弥が先に入って? バイクで冷えたでしょ?」
「俺、ちょっとやっておきたい事あるから、先に入ってくれた方が助かるんだよね」
「…………ホント?」
「うん、ホント。だから遠慮せずに先に入って来て?」
「ありがと……。壱弥」
「気にしないでいいから。さ、ゆっくり入ってきな?」
そう言うと壱弥はデスクに座ってPCを立ち上げた。
美優はそんな壱弥の背中を少しだけ眺めた後、バスルームに入って行った。
さっきトラの屋で買ってきた入浴剤を入れると、湯船のお湯は白乳色のピンクに変わる。
それを腕でかき混ぜて、ぼんやりと色が均されていく様を眺めてた。
どうしてストーカーなんかされる事になっちゃったんだろう……。
何となくそんな事を思うと、ぐっと暗く重い感情が胸にのしかかる様に押し寄せる。
そんな感情を振り払う様に首を横に振った。
壱弥がこんな風に助けてくれて色々してくれているのに、自分がへこたれていては申し訳ない。
自分も自分にできる事をしないと……、と自分を奮い立たせた。
脱衣スペースに戻って服を脱ぎ、先に全身を洗って、バスタブに浸かった。
「……とにかく、警察に行くんだよね……」
警察に行くのなら、とりあえず今まであった事や心当たりを聞かれるだろう。
壱弥には心当たりがないと言ったけれど、ここ何日か誰かに見られている様な気がしていたのを思い出した。
それにずっとこういった茶封筒はポストに投函されていた事も。
それらの封筒は全てチラシの類だと思って資源ごみにまとめてある。まだ捨てていないものもあったはずなので、それを確認しに帰らなければいけない。
こうして思い巡らせてみると、色々とできる事はある。
ただただ怯えて縮こまって相手の出方を見るばかりでは悔しい。
そう思うと何だか少しだけ元気が出てきた。
気がつくと随分長湯してしまった。
バスタブから出て、脱衣所に戻る。
そうするとバスルームのドアがノックされた。
「美優? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、長湯し過ぎちゃった」
「そっか。そういえば長湯だって言ってたね。急かしちゃったね、ごめん」
「ううん、今ちょうど出たトコ」
「そっか。じゃ、ごゆっくり」
「うん、ありがとう」
掛けておいたバスタオルで全身を拭いて、脱衣所に戻る。
そして丁寧に髪を拭いて服を着、ドライヤーを当てていると、また壱弥がノックする。
「美優、入っていい?」
「うん、いいよ」
壱弥はその手に着替えを持っていた。
「俺も入っちゃうね」
「うん、ごめん、時間かかっちゃって」
ドライヤーを当てながら鏡味越しの壱弥に謝る。
「ううん。あ、先に寝てていいからね? 明日もバイト遅くまで入るんでしょ?」
壱弥は着ていたパーカーを脱ぎながら美優に言った。
「うん」
「ならゆっくり休んで」
「ありがと」
中に着ていた白いシャツも脱ぎ、上半身裸になった壱弥の引き締まった体は、何度見ても色っぽい。
「……もうお互い全部見たのにまだ照れちゃう?」
「…………うん…………」
「美優はホントに初だね」
壱弥はいつもより甘く優しい笑みで鏡越しに美優を見つめた。
あまりにも甘く見つめられて恥ずかしくなった美優は俯いて壱弥から目を逸らしながら、ドライヤーで髪を乾かし続けた。
そんな美優をやはり優しく見つめている壱弥は、ドライヤーを止めたタイミングで美優の事を後ろから抱きしめた。
「美優……? 大丈夫。ちゃんと俺が守るから。安心していいよ」
「……壱弥……」
「怖くないから」
「……うん、ありがと、壱弥……」
後ろからぎゅっと抱きしめられるのは照れ臭いけれど、包み込まれる安心感で何か泣きそうになって胸にグッと詰まるような感覚を慌てて飲み込んだ。
泣いてしまっては壱弥が心配する。
これだけ心配かけているのに、ここで自分が泣き崩れてしまったら、きっと明日のバイトも行かなくていいと言ってくれるだろう。
壱弥の回された腕にそっと触れて、自分が今出来る一番の笑顔で鏡越しの壱弥に笑いかける。
「でも大丈夫だよ。私、頑張るから」
そんな美優に壱弥は複雑そうな笑顔で応えると、美優に回した腕を解いた。
そして美優の洗い立てのサラサラになった髪を優しく撫でた。
「うん、わかった」
「壱弥がいてくれて、ホントに心強い」
「うん」
「じゃ、ごゆっくり」
「うん」
そう言って着替えを持ってバスルームを出ようとすると、壱弥が美優に声をかける。
「あ、美優? 服は洗濯機に入れといて。明日美優がバイト行ってる間に洗っておくから」
「え、でもそんなの悪いよ」
「これから一緒に暮らすんだから、悪いも何もないでしょ? そういう遠慮はキリがないからしなくていいよ。それ普通に洗濯機で回していいやつなら洗っておくから」
「……じゃあ、お願いします」
「わかった。洗濯機の中入れておいて?」
「うん。……ホントにありがと、壱弥」
壱弥はにっこり笑うと、ジーンズを脱ぎ出す。
美優は慌ててバスルームを出た。
壱弥に言われた通り、ドラム式の洗濯機に下着以外の洗濯物を入れる。
そしてスマホで今日来た連絡や通知を確認して、いつもやってるゲームを少しだけやって壱弥が上がるのを待った。
しばらくするとバスルームからドライヤーのけたたましい轟音が聞こえてくる。
それが鳴り終わるとすぐに壱弥が出て来た。
「美優、先に寝てなかったの?」
「うん、なんか眠れなくて」
「そう。温まるモノでも飲む?」
「ううん、もう寝ようかな」
「そ?」
そう言って二人はベッドに潜り込み、壱弥は美優を抱きしめる。
「おやすみ、美優」
「おやすみなさい」
おやすみの挨拶を交わした二人は軽く口付けを交わして眠りについた。
壱弥の温もりは強がって見せても本音は竦み上がってた自分の心にホッと安心感を与えた。
ベッドに入る前は目が冴えていた美優だったが、壱弥の温もりの安心感ですやすやと寝息を立てて眠る。
……………………………………
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いつもセットしているスマホのアラームが鳴り、美優は目が覚めた。
ベッドの中に壱弥はおらず、美優は辺りを見渡した。
壱弥は既に起きていて、デスクの前に座ってPCを操作している。
「……おはよう。もう起きてたんだね」
壱弥は美優の声に振り返った。
「おはよう。うん、なんか早く目が覚めたからちょっと仕事してた」
「……もしかして、私が昨日の夜来てもらったから、仕事出来なかったの?」
「ううん。ホントにただ目が覚めちゃっただけ。寧ろ美優が一緒に寝てくれたからよく眠れて頭めちゃくちゃ冴えてる」
その言い様に可笑しくなって壱弥に言った。
「もう、ホントに大袈裟だね、壱弥は」
「いや、ホント、評価査定があったら俺、きっとS取れてるよ?」
「何それ」
壱弥はゲーミングチェアから立ち上がり、美優のいるベッドに歩む。
そして腰掛けて壱弥の言葉に笑う美優を抱きしめた。
「……よく眠ってたね。よかった」
「うん……壱弥が傍にいてくれたから、安心していっぱい寝ちゃった」
「疲れてたんだよ。怖い思いしたし」
「そんな事ないよ? 壱弥といるとホントにホッとするの」
「俺も美優といるとホントにホッとするし幸せなんだ」
ぎゅっと抱き締められると、やはり何とも言えない多幸感が体を支配する。
二人はそのまましばらくただ黙って抱き合った。
「……美優、朝ごはん食べよっか」
「……うん」
「じゃ、俺なんか作る」
「あ、私作りたいな」
「そう?」
「壱弥、朝いつもどんなもの食べてるの?」
「大体トーストとコーヒーだけ」
「たくさん食べられない?」
「ううん。用意するの面倒臭いんだよね」
「じゃあ、色々作っても大丈夫?」
「うん、食べたい」
「わかった。用意するね」
二人は微笑み合うとベッドから立ち上がった。
美優は簡単にサラダを大きな皿に盛って、オムレツとカリカリに焼き上げたベーコンを乗せる。
コーヒーメーカーでコーヒーを淹れながら、バターを乗せたパンを焼く。
そして昨日の夜トラの屋で一応買っておいたヨーグルトを白い小さなカップに入れた。
それをカウンターキッチンのテーブルにランチョンマットを引いて並べて二人はチェアに腰かける。
「すごく簡単だけど、召し上がれ」
「ううん、美味しそう。いただきます」
壱弥は手を合わせるとフォークを手に取って、先ずは美優の作ったオムレツに切り目を入れて、一口サイズにして差し、口に運ぶ。
「うん、オムレツ美味しいね」
「ホント? よかった」
「一人だと面倒で手抜きしちゃうんだよね。こんなちゃんとした朝ごはん家で食べたの久しぶりだな」
「私も壱弥と一緒で朝はパンとコーヒーなんだよね。でもやっぱり朝はちゃんとしたもの食べないとダメだよね」
「うん、今日からそうしようか」
「私、用意する」
「嬉しいけど、無理な時は頑張らなくていいから。二人でいるんだから出来る方がやればいいよ」
「……でも、私、ここに置いて貰ってるでしょ? 何かしたい」
「無理なく頑張ってくれて、ずっと傍にいて笑ってくれていればいいんだ、俺」
「でも……」
「ま、家事は出来る方がやろうね。で、今後の事なんだけど」
壱弥は話題を変えると真剣な顔つきになった。
「今日ってシフト何時まで?」
「一応5時だけど、インフルの子の代わりに遅番も入る事になるかも」
「それ、今日だけは断って」
「……うん」
「事情を話して警察行くからって言って断ったらさすがにOKくれるでしょ?」
「……うん。でも、申し訳ないな……」
「そもそも美優が入る予定じゃなかったシフトなんだし、美優は実際に実害出てるし遠慮してる場合じゃないよ?」
「うん……、わかった」
壱弥はコーヒーの入ったマグカップを手に取ってそれを啜った。
「で、警察行ってとりあえず相談実績作ろう」
「うん、あのね?」
「ん?」
「心当たりないって言ったケド、よく考えてみたら最近よくバイト先とかマンションの駐輪場とかで視線を感じるな~~って思う事とかあったの」
「そうなの?」
「気のせいだって流してたんだけど、もしかしたら少し前から付けられてたのかもしれない」
「そうなんだね」
「それに、あの茶封筒も何通も来てたのかも。ずっとチラシが投函されてると思ってたから開封せずに資源ごみにまとめてあるの」
「そっか。それは絶対確認しなきゃね。家には出来れば帰らない方がいいな……。でも証拠は必要だね……。うん、じゃあ今日とりあえず先に買い物行こうか」
「買い物? どうして?」
「バイト先から直接美優のマンションに戻るのはマズい。たとえバイクで迎えに行っても、マンションで待ち伏せされる可能性が高いから。でも、買い物挟んだらストーカー待ちぼうけ喰らうし、いなくなってる可能性も出て来るでしょ?」
「そっか……。わかった」
「とりあえず、服は何着か用意しないとね。穂澄に連絡してピックアップしておいてもらおうか。その中から好きなの選べばいいとして……、あ、穂澄にストーカーの件、教えてもいい?」
「うん、構わないよ」
「あとはそうだな……、身の回りの物色々必要でしょ? コスメとかそういうの」
「一応それはあるから……」
「長引くかもしれないから、買っておこう。どうせ消耗品だし買っておいても困るものでもないでしょ?」
「うん、そうだね」
「う~~ん……だったら買い物は穂澄に付き合ってもらう方がいいかも。警察には一応アポ取っておこう。それは俺から連絡しとく」
「うん、ありがとう、壱弥」
「じゃあ、穂澄と警察に連絡して、バイト終わりに穂澄と買い物行ってもらって、終わったら美優のマンションまで行って手紙回収して警察だね」
「うん。わかった。……壱弥、ホントにありがとう。一人だったら多分、何も出来なかったと思うの」
「ストーカー被害なんてそもそも一人で対処出来るようなものじゃないよ。気にしないで」
「うん」
「よし、今日する事は決まったね。ご馳走様でした。美優の朝ごはん、ホント美味しかった」
「うん、お粗末様でした」
壱弥は壁にかかったデジタル時計を見上げた。
「さ、そろそろ美優は用意しないといけないでしょ? 洗い物は俺がやっとくから食べ終わったら置いといて?」
「え、洗い物私がするよ?」
「食洗器入れるだけだし手間じゃないから俺がやる」
「ありがと、壱弥」
美優はにっこりと笑う壱弥の優しさに嬉しくなって微笑み返す。
そんな朝のゆっくりとした時間に心が温まるのを感じて、これからの色々に立ち向かう勇気を貰えた。
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苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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