君に打つ楔

ツヅミツヅ

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45、理不尽

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 次の日の朝、穂澄と帆高と航生の三人は帰っていき、美優は壱弥に車で送って貰ってバイトに出かけた。
 店舗に入ると木之崎がいるはずだったが、この日は見た事のない人が店頭で接客していた。
 新しいバイトの割には手慣れている。もしかしたらインフルエンザで休んだ人の代わりだろうか?
 そんな疑問を持っていると、スタッフルームから、面接をしてくれた本部の人が出て来た。
「おはようございます」
「おはよう、神崎さん。ちょっといいかな?」
「はい」
 本部の人はスタッフルームに手招きする。
 美優は誘導されるままスタッフルームに入った。
「座って?」
「はい」
 狭いスタッフルームに置かれた二つのパイプイスの下座に腰かけた。
「実はね、こんな映像が本部に匿名で送られて来たんだよね」
 本部の人は自分の前にあったノートPCの画面を美優の方に向けた。
 その画像はこのスタッフルームのものだ。本部の人がマウスをクリックすると動画が再生された。
「見ててね?」
「はい」
 じっと映像を見ていると、美優がスタッフルームに入って、荷物をロッカーにしまい、エプロンを着て部屋を出た。
「ちょっと早送るね」
 本部の人はそう言うとまた、マウスをクリックして映像のバーを操作した。
「ここからなんだけど……」
 再生マークを押して通常速の再生になった映像の中の様子は誰もいない部屋の様子が映し出されていたが、しばらくすると木之崎が入って来た。
 そして木之崎は美優のロッカーを静かに開けて、鞄を開けて中身を漁る。
 色々と物色すると鞄を元に戻してロッカーを閉めて部屋を出て行った。
 美優はさぁっと血の気が引くのを感じた。
「実はね、こういう映像がいくつかあってね。何か盗られたりはしてないかな?」
「……はい、少なくとも気が付きませんでした」
「そうか……。実はね、木之崎君には事前に聞き取りしてるんだけど……」
 何か言いにくそうに本部の人は言葉を濁すが、きゅっと意思を固めた顔をした瞬間、美優に向き直った。
「あのね、木之崎君は君と恋人同士だったと言ってるんだ」
「え?!」
「それでね、正社員の斡旋をして採用が決まったら急に態度が冷たくなって別れたって」
「ちょっと待って下さい! 私、店長とそんな関係だった事なんて一度もないです!」
「うん、まあ……、うちとしてはその真偽は水掛け論にしかならないと思うし……、その……、内定の話をね、白紙に戻そうと思うんだ」
「……っ!!」
「神崎さんにはホントに申し訳ないんだけどね……。これは上の決定だから……」
「そうですか……」
「でね、今日はもう帰っていいよ」
「……わかりました。……このまま、辞めます」
「そっか。その方がいいかもしれないね。本当にごめんね。今までしっかり働いてくれてたって聞いてるから本当に残念なんだけど……」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
 美優は精一杯虚勢を張った笑顔を浮かべて頭を下げた。
「給料はこちら都合だから今月のシフト分は有給休暇扱いにするから」
「……有給なんてあったんですね」
「特別処置だよ。これ位しか出来なくてごめんね」
「いいえ、ありがたいです。では失礼します」
 もう一度頭を下げた後、席を立って部屋を出た。
 店頭で接客していた人は美優をちらりと見たが、すぐにお客さんに視線を戻す。
 美優は店舗を出て、スマホを取り出して壱弥にメッセージを送った。
【ごめん、バイト入らなくてよくなったから、迎えに来て下さい】
 壱弥を待つ間、言われたのは店舗の中で待っている様に、だったけれどもう店舗の中で待っている事は出来ない。留まってる勇気なんて美優には無かった。
 駐車場で壱弥が来るのをいち早く迎えたい。
 壱弥はすぐに返事をくれる。
【わかった。すぐ戻る】
 全く事実ではない木之崎との関係を疑われたままこの職場で働くなんて、そもそも無理がある話だ。
 本部の判断は理解出来る。
 どっちが正しいかなんて、結局当事者にしかわからない事なので、本部に出来る事は両成敗、という事なのだろう。
 木之崎が苦し紛れに自分を道連れにした真意がよくわからない。
 そもそも自分の鞄を漁って何をしていたのだろうか?
 しかもそれは複数回だという。
 何か物が無くなっていたという事はない。
 もちろんお金ならすぐにわかるし、高額を持ち歩いたりはしていなかったので盗られたらすぐにわかっただろう。
 俯いて、鞄をぎゅっと握っている自分の拳を見つめていると、泣きたい気分になったが、ぐっと堪えた。
 悔しいし、また先行きが不透明になってしまって不安だったり、心境はぐちゃぐちゃで重く暗かった。
 暗い重いぐちゃぐちゃの心境に耐えていると、壱弥の車が駐車場に入って来るのが見えた。
 車は美優の前に停まって、運転席のドアが開いた。
「どうした? なんでバイト入んないの?」
「うん。なんかね、バイト辞める事になっちゃった」
「え? なんで?」
「うん、なんかね、色々あって」
「……まあ、車の中でゆっくり聞くよ。乗って?」
 壱弥は助手席のドアを開けて美優に乗る様に促した。
 美優は促されるまま、助手席に乗る。
「ありがとう、壱弥」
 壱弥は微笑んで運転席側に回って車に乗り込んだ。
 席に座って、美優を見る。
「とりあえず車走らせるね。ストーカー見てるかもしれないし」
「うん……」
 壱弥はギアをドライブに入れて、サイドブレーキを元に戻し、車を走らせた。
「ストーカーが付けて来てるか確認したいから少し車適当に走らせるね」
「うん、ごめんね。面倒かけちゃって」
「面倒なんかじゃないよ。で? 何があったの?」
 美優は壱弥のその言葉にぎゅっと胸が詰まる様な感覚を覚える。
 泣き出しそうだった。
 でもやっぱり心配かけたくなかったので、ニコニコと笑う。
「なんかね、店長がね、私のロッカーに置いてた荷物を漁ってたの」
「え? なにそれ」
「なんかね、スタッフルームにカメラがあったみたいで、そのカメラに店長が私の鞄漁ってる所が映ってたの」
「……なんでそれで美優がバイト辞める事になった訳? 普通は店長がクビになるんじゃないの?」
「多分店長もクビになったんだと思うんだけど、なんか店長がね……、その、私と恋人だったって言ったらしいの」
「え?」
 壱弥の眉間が不快そうに寄った。
 それを見つけた美優は慌てて否定する。
「も、もちろん、そんな事一切ないよ?」
「そんなのわかってるよ。何その嘘」
「うん……それでね、私が正社員の斡旋してもらって、その直後で別れたって言ってたらしいの」
「……それってつまり紹介だけさせて利用したって思わせたいって事だよね?」
「うん、多分」
「美優がそんな事する訳ないのに。ふざけてるな、その店長」
「でも、本部の人にしてみれば、どっちの主張が正しいかなんてわからないでしょ? だから私も……ってなったの」
「……ちょっと理不尽過ぎて腹立たしいんだけど」
「腹立てても仕方ないよ……。なんかツイてなくて笑っちゃう」
「大丈夫だよ。就職先自体は忠也先輩の所もあるし、俺の仕事手伝ってもらってもいいんだから。……俺としてはこのまま結婚してくれてもいいけど」
 その提案に少し困りながら笑った。
「……ありがとう、壱弥。でもやっぱりちゃんと社会人はやりたいかな」
「そっか、残念」
 冗談っぽくそう言ったタイミングで信号は赤になり車は停車する。
 壱弥は美優の方に顔を向けた。
「美優、大丈夫だから。無理して笑わなくてもいいんだよ?」
 その真剣な眼差しに思わず縋りつきたい気持ちがもたげたけれどぐっと堪える。
 そしてやっぱり今出来る精一杯の笑顔で壱弥に答えた。
「うん、壱弥が居てくれるから大丈夫。それに就職先も見つけなきゃダメだし、落ち込んでいられないよ」
 壱弥は軽く溜息を吐いた。
「……美優はホント無理するね。こんな時くらい甘えてくれてもいいのに」
「私充分壱弥に甘えてるよ? こんな風に話聞いて貰ってるし」
「……辛いの必死で我慢してるの、俺がわかんないと思う?」
「もちろん辛いし、今我慢してるけど、でも落ち込んでたって何も変わらないし。就職ダメになるの別に初めてじゃないしね」
 美優は壱弥に笑って見せる。出来るだけ明るく、冗談っぽく言って見せる。
 それが壱弥には全部お見通しであったとしても、自分の中の意地みたいなものを保つ為にはこの虚勢は必要なものだった。
 自分自身を支える為にも笑って見せた。
 そんな美優を複雑そうな表情を浮かべて見つめた。
「あ、ほら壱弥。そろそろ信号青になるよ?」
 視界の先に横断歩道の信号が点滅し始めたのが見えたので、指差した。
「……うん」
 壱弥は正面に向き直ってフロントガラスの向こうに目をやった。
「跡、付けられてる気配無いからとりあえず帰ろう」
「うん」
 そのまま沈黙が続く。
 車は壱弥のマンションまで辿り着き、二人はやはり無言のままで部屋に入った。
 部屋に入った途端に壱弥が美優を抱きしめる。
「美優? そんなに必死に耐えなくても大丈夫だから。無理しないで頼ってよ」
 美優は壱弥の背中に腕を回して答えた。
「ありがとう。でもホントに大丈夫だよ? 就職ダメになったのはがっかりだけど仕方ないよね。ホントにしんどかったら壱弥の事ちゃんと頼るから。ね? 心配しないで?」
「……わかった。絶対限界が来る前に俺の事頼ってよ?」
「うん、ありがとうね。壱弥」
 二人は部屋に上がってとりあえずコーヒーを淹れた。
 そしてソファでそれを飲んだ。
「ねえ、美優? 店長の事警察には届けないの?」
「うん、届けない。別に何か盗られた訳でもないし」
「……店長がストーカーなのかな?」
「ううん、多分違うよ。視線を感じる事があったって言ったでしょ? あれってバイト終わりの店舗の下の駐輪場でなの。その時店長はまだ店舗にいて仕事してる筈だもん。ストーカーするなんて無理だと思う」
「そうか……。美優は本当に色んな男に目を付けられてるね。可愛いから仕方ないけど」
「なんか嬉しい目の付けられ方じゃないけどね」
「まあ、バイト行かなくていいのは良かったかもしれない。これで接点が美優の家の前だけになるから、ストーカー捕まえやすくなるよ」
 その言葉を聞いて美優の表情が曇る。
「……ホントに捕まえるの?」
「捕まえなきゃいつまで経っても平穏に暮らせないよ?」
「それはそうなんだけど……。皆を危険に晒すのはイヤなの」
「大丈夫だよ。皆それなりに武術やったりなんかしてるから。全員自衛は出来るよ」
「……でも、危険だよ……」
「美優? 俺達の事もっと信頼してよ」
 壱弥は美優の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。美優は任せてくれればいいよ。絶対捕まえられるから」

 壱弥はいつか見た、いつもの優しい笑顔とは違う、不敵な笑みを浮かべた。
 それを見た美優は、小さく頷いてみせ、壱弥と色違いのマグカップに入ったカフェオレをくいっと一口飲んだ。
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