君に打つ楔

ツヅミツヅ

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49、凶行

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『どうしたの? 美優』
「あ、あの、あのね?」
 美優の背後からドアを叩く音が聞こえてくる。それと美優の歯の根も合わず発する言葉を聞いて、察した壱弥が真剣な声音で言った。
『すぐ行く。いい? これから何があっても俺がそっちに行くまでドア開けないで。俺以外は開けないで。わかった?』
「……っうんっ」
 ドンドンと叩かれるドア。大声で高梁が美優の名を呼んでいる。
 恐怖を抱えながら美憂にとっては気の遠くなる程の長い時間それにずっと耐えていると、ドアの向こうのドンドンと叩く音が不意に消えた。
 ドアの向こうから落ち着いた声が聞こえて来た。
「美優? 俺だけど、この人と話してくるから俺が戻るまで絶対扉開けないでね? わかった?」
 壱弥の落ち着いた声とは裏腹に、高梁の離せと言う叫び声が聞こえてくる。
「わ、わかった」
 やはり戦慄いた声でやっと返事をしたら、高梁の叫び声がどんどん遠ざかっていった。
 

 黒のライダージャケットに革パンツ、黒い革手袋にフルフェイスのヘルメットを被った壱弥は高梁の首根っこを引っ張って、引きずっていく。
「離せ!! 俺は神崎の彼氏だ!! ただの痴話喧嘩なんだから放っておけよ!」
 ヘルメットを被った壱弥は周りを見渡して、色んな道を経由して、高梁を路地裏に引きずっていった。
 高梁を路地裏の奥に放り込むと、ゴミ箱にぶつかって辺りにゴミが散乱する。高梁はそのゴミに軽く埋もれてしまう。
「何すんだよ!」
 壱弥は何も言葉を発する事無く、予告すら無く突然高梁を蹴り上げる。
 高梁の腹部に何度も何度も壱弥の靴先がめり込んだ。
 最初は蹴られながらも色々言おうとしていたが、壱弥はそれに何一つ反応する事無くただただ高梁を蹴り続けた。
 腹部を抱え、身体を丸めた高梁を今度は背中を蹴り始めた壱弥を牽制する為、精一杯の声を上げた。
 それでも思っていた様には声が出ない。声を出そうとすると蹴られた腹部が痛んでかすれた声しか出なかった。
「お前っ……、絶対、訴えてやるからな……っ」
 壱弥を睨み付けた高梁は少し口角を上げていやらしく笑って見せた。
 壱弥の表情はヘルメットのせいでわからない。
 高梁の拾った壱弥の声音は落ち着き払っていて何の感情も感じさせなかった。
「……殺人事件ってさ? 何で事件になるかわかる?」
「は?」
「遺体が出てくるからなんだよね。遺体が出て来なければ殺人事件にはならないんだ。つまりここであんたを殺して見つからないトコに遺棄すれば問題ないんだよね。美優にも俺にも」
「……はっ……、はは、そんな事出来る訳……」
 高梁は相手の落ち着いた声音に不安を煽られたが、現実そんな事が起こるとは思えなかったので反論を試みた。
「さっき、俺があんたを引きずって歩いたルートって監視カメラの死角でさ? 俺とあんたがこの路地裏に入ったって痕跡、残してないんだよね」
「え……?」
「ここであんたを殺しても、俺は疑われないし……。ね? 高梁裕さん」
「!!!! なんでお前俺の名前……っ!」
「……あんたの父親の事業上手くいかなくなったのって、あんたが中三の頃でしょ? 高校入っても学費払えなくなってすぐ中退したんだよね」
「な、なんで……」
「それ以来ずっとニートだったんだよね。あんたの事は割と知ってるよ、高梁裕さん。まさか未だに美優に執着してるとは思わなかった。クソニートが美優に近づいてんじゃねえよ」
「……神崎は俺の彼女だ……っ! 俺達はまだ別れてないっ!!」
「……ねえあんた、自分の立場わきまえてる?」
 壱弥が凄みのある声音を発する。それは静かな静かな怒りを湛えたものだった。
 その声に高梁はたじろぐ。
「あんた、自分が殺されないとでも思ってんの?」
「へ?」
「俺以外の男が美優の裸見たとか触ったとか俺、ホント耐えられないんだよね。でもお前を殺せばそれも全部解決だ」
 ミラーシールドを貼ってある壱弥のフルフェイスのヘルメットはその表情を悟らせない。それが余計に高梁を不安にさせた。
「うん、やっぱり殺しておこう。俺、あんたの気持ちわかるんだよね。きっとこうなった以上美優の事殺して俺も死ぬ~~とか言うんでしょ?」
 高梁は自分の心情を正確に言い当てられてドキリとした。この場を切り抜けられてたら美優を殺して自殺しようと考えている。
「身勝手に恋愛感情拗らせる様なイタい男にばっか好かれて、美優は可哀想だなぁ。どいつもこいつもろくな男がいない。極めつけは俺みたいな男彼氏にしちゃうんだから、美優はホント男運ないよね。でも手放してなんかやれない。美優ホント可愛いから」
 壱弥は倒れ込んでいる高梁の髪を掴んで自分の表情を覗かせないヘルメットに近づけた。
「俺もあんたも、本宮も店長も皆、クソクズな訳だけど、美優なら許してくれると思ってんだよね。舐めた話だ。美優の立場に立ってみ? こんな身勝手な言い分で好きになられたら堪んないだろ? 俺もクソクズだけどあんた達と一つ違うところがあるとするんなら、おつむの出来なんだろうね」
 そう言うと壱弥は空いた右腕を思い切り振り上げて高梁の頬を殴った。
 高梁は重い衝撃と共に口の中に鉄臭い味とじゃりっとした何かがその鉄臭いものに交じっているのを感じた。
 衝撃は熱になって頬を襲い、まるでそこが自己主張を始めたみたいにじんじんと痛みを訴えて来る。
 掴まれた髪はぷつぷつぷつと小さな音を立てて抜けていっているのがわかる。
 この暴力から逃れたくて掴まれている腕を縋る様に掴んだ。
 腫れ上がった頬のせいで視界の下部分は狭くなっている。
 頭を掴んでいるヘルメットの得体のしれない男の右腕がまた振り上げられたのがわかった。
 また腫れ上がった頬に振り上げられた拳がめり込む。
 痛みの上に更に痛みを重ねられる様に幾度も幾度も殴られた。
 最初は悲鳴が出ていたが、その内どんどん声も上げられない程痛みが増し、身体に入っていた力は抜けて気を失いそうになる。
 壱弥の腕に縋っていた手もいつの間にか掴んでいる事すら出来なくなってだらりと相手のなすがまま人形の様に脱力していた。
 意識を手放しそうになった時、髪を掴まれている腕が動かされてふわりと自分の身体が動くのがわかった。
 今度は反対の右頬を壁に押し付けられて引きずられた。耳元でずりずりと自分の皮膚が摺られていく音に恐怖と痛みが込み上げる。
「……ま、」
 もう許されたくて言葉を発するが壱弥の手は止まる気配がない。
 高梁の右頬を壁に打ち付けては引きずる、という暴力行為をただただ繰り返す。
「死ぬより苦しい目に遭ってもらわないと。じゃないと美優殺して死のうとするんでしょ?」
「し、しな……いから……も、ゆるし……」
 もう殆ど視界は狭まって正面しか見えない。その正面には畏怖の対象である得体のしれないヘルメットの男しか見えない。
「神崎には、もうぜ、絶対近づかないから……、許して……」
「そんな戯言信じられると思う? あんたストーカーだもん。ストーカーってそんな人種じゃないじゃんね? 殺すって言ってんじゃん。美優怖がらせた分だけ痛い思いしてから死のうね?」
「ち、ちかうから……っ! 絶対一生近づかないから……っ!!!」
 ヘルメットの奥の壱弥が小さく溜息を吐く。
「あのさ? 勘違いしてない? あんた美優の元カレだってだけで死んでいい人間なんだよ? その上美優のストーカーだし、未だに美優が自分の事好きだと思ってんでしょ? 死ぬしかない人間なんだよ」
「もう、俺と神崎はわ、別れてます……っ! もう二度と近づきませんっ!」
 高梁は必死に懇願した。このヘルメットの男が本気な事はずっと殴られ続けた事で充分にわかった。一切の躊躇のない暴力というものを初めて受けて心の底から恐怖した。
 壱弥はまた溜息を吐いた。
「……あのさ? あんたの父親が今やってる小さな商売すら、俺、潰せるからね? 一週間やるから実家出てこの街出て行って。出来る?」
「で、出来ます! 絶対出て行きます!」
「じゃあ、猶予をやるよ。冗談や酔狂で言ってないから。わかるよね?」
「はいっ! 必ず出て行きますっ!」
 高梁は土下座して壱弥に命乞いをする。
「訴えてもいいけど、俺証拠残してないからお互い時間の無駄に終わるし、裁判全部終わるまであんたちゃんと裁判所に来られるのかな? その辺考えてから訴えた方がいいよ?」
「しません。絶対訴えたりしませんっ!」
 挫傷と擦過傷で酷い腫れ具合の頬に涙がぼたぼたと落ちている。
「……一つだけお礼があるんだ」
 壱弥は屈んでまた高梁の髪を掴み自分の方へと無理やり顔を向けさせた。
「っ!?」
 また殴られるのかと恐怖で肩を竦めていると静かな声が落ちて来た。
「あんたが下手くそで助かったよ」
 壱弥はそれだけ言うとスッと手を放して高梁に背を向ける。
「見てるから」
 月明りの中を壱弥はその路地裏から去っていく。
 高梁はようやく終わった恐怖に安堵で泣き崩れた。
 
 壱弥は急いで美優の元に向かった。
 監視カメラの死角を突いたルートを全速力で美優のマンションまで走っていく。
 最短距離を走れないのがもどかしいが、凶行に出てしかも相手を見逃したのでこのルートを選ばざるを得なかった。
 エレベーターを使わずに階段を1段飛ばして駆けあがる。
 一刻も早く美優の元に行かなければならなかった。
 美優の部屋の前に辿り着く。少し上がった息を整えてヘルメットを外してインターフォンを鳴らす。
「美優、俺だよ?」
 ドアの向こうに人が動く気配がしたので、ドアスコープの方を見て笑いかけた。
 高揚している今の心持ちを悟られない様に、いつもの優し気な笑顔で。
 ドアの向こうからチェーンが外される音がして、カシャンと解錠された音が響いた。
 ドアがゆっくり開く。
 美優がちらりとドアの隙間から覗き込む。
「美優。もう大丈夫」
「……終わった……の?」
 青ざめた顔に疑問の表情を浮かべる。ドアを握った手が震えている事を壱弥は見留めた。
「逃げられちゃったんだ。でも今はここにはいないから安心して?」
 美優は不安げな表情を浮かべてへたり込みそうになったのをすかさず壱弥が支えた。
「あのね、美優。やっぱ俺の家にいた方がいい。まだ危ないから」
「……うん」
「美優の装備も持って来てあるから。俺の家行こう?」
「……うん」
「俺、とりあえず装備取りにバイク戻るから、ここでちょっと待ってて?」
「……うん」
「鍵閉めて待ってて?」
「……うん」

 ドアが再び閉じられて施錠された事を確認した壱弥は、駐輪場まで歩き出した。
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