68 / 200
68、4ヶ月前
しおりを挟む
新年の儀式が執り行われる。
王城の海にかかる一画に海の女神を祀る廟がある。
そこに香を炊き、葡萄酒と供物と宝物が捧げられる。
それまでに長い長い祝詞が読み上げられる。
その間宝剣を手に、立ちっぱなしになるので、この儀式は本当に面倒だ。
この儀式は元々ヴィンザンツ大陸の海にまつわるニヨルダという民族が行っていた儀式だ。
グリムヒルトの元になる海賊は発祥がヴィンザンツ大陸で、その大陸での土着信仰だった海の女神アーダを祀っている。
航海と豊漁の女神と言われるこの女神は二面性を持ち博愛と嫉妬の両面を持つ。
太公がこのニヨルダの祭司をわざわざ招き、国を挙げての祭事とした。これがヴィンザンツ大陸の国々への対して国としての体を取り繕う事に一部成功していた。全く意味のない催事という訳でもないのが厄介だ。
ただ、このシビディア大陸には現存する神に近い存在がいる。
それが神獣だ。
実際に神獣はこの大陸の純血の人間に対して魔法を与え、自身の化身である幻獣はその背に乗せる。
そういう確かな神に近しい存在がいる大陸で、他大陸のいるかいないかもわからぬ神を祀る事は滑稽にしか感じず、国としての祭事はあっても儂自身は長年この儀式に参与せずにいた。
しかしこの祭事を行なっている事で国交を結び、交易が叶っている国々がある以上、グリムヒルトはこの滑稽な祭事を止める訳にはいかない。
退屈な祭事を終えて、新年早々晩餐会が行われる。
諸侯や官吏が儂に新年の挨拶をしている。
残った妾妃は全部で2人。
第2妾妃マルグレット・ロヴィーサ・ラルセン。
第7妾妃エミリア・エンマ・ヴィカンデル。
各々から新年の挨拶を受ける。
「陛下。謹んで新年の祝詞を申し上げます」
第2妾妃マルグレット・ロヴィーサ・ラルセンが長い萌黄色の髪を揺らし儂に頭を下げる。
儂は玉座に座し頬杖をついて告げる。
「大儀である」
一瞬、白群色の瞳は儂を仰ぎ見て、また頭を下げる。礼を取って下がっていく。
この女の出自は庶民だ。歳は26。ラルセン家の養女となって輿入れした。物静かな性分で妾妃の中では一番長く、半年程相手した女だ。
ラルセン家はグリムヒルト北方2領の1つ、ボリニアス領の諸侯だ。
北と西を山脈に囲まれたボリニアスはグリムヒルト有数の穀倉地帯で山脈からの湧水で作る酒もボリニアスの名産の一つだ。
この女が妾妃として輿入れしたのは偏に儂への和睦に近い。
北、西の2方を山脈に囲まれている為、隣接するマイヤール領と、東に位置するスケニア領の2領に攻め入られると逃げ場がない。
その為、マイヤール領の抑えとなる直轄地とは良好な関係を築く必要がある。件のアガターシェ騒動でこの女を失わなかった事はラルセン家にとっては僥倖であっただろう。
次に第7妾妃エミリア・エンマ・ヴィカンデルが儂の前に恭しくやってくる。
「陛下。謹んで新春のお慶び申し上げます」
琥珀色の巻き毛が頭を下げると肩から流れ落ちる。
「大儀である」
この女は財務官の三女だ。歳は25。この女の父親は儂が粛清の折、空いた財務官の座に抜擢した、堅実な良い仕事をする男だ。元々はホンカサロ家と同等ほどの家柄だ。
抜擢の後、娘を自ら儂に差し出した。人質の意味合いが強い。
気位の高い女でその誇り高さが儂は面倒で、あまり長くは保たなかった。
この2者の共通点はその用心深さだろう。
アガターシェ騒動で、不調を来した時点で全てを疑って一切の化粧品の使用を止め、食事にも最大限気を使った点は誉れだと言える。
第7妾妃の浅紫色の瞳が儂を見据える。
「恐れながら、陛下。申し上げたき儀が御座います。お許し頂けますでしょうか?」
「……許す」
「次期御正妃様とのお茶会の席を設ける許可を頂けませんでしょうか?」
「……何故だ」
「私どもは陛下を支える為後宮で日夜、勤倹力行、自らを律し、励んでおります。御正妃様も同じに御座いましょう。件の騒動で今や私共はたったの2人になり、次期御正妃様との干与は急務かと思われます」
公の場で、ここまで言われては許可を出さざるを得ないだろう。
「よかろう」
「有り難き幸せに存じます」
また恭しく頭を下げ儂の前から退いた。
……こういう所が面倒な女なのだ。
これだけ人数が限られれば、派閥だなんだと面倒な事は起こらんだろう。
もう姫に任せても問題ない。
そう思索して姫を思い出し、この長い長い退屈な1日が早く終わるよう願った。
王城の海にかかる一画に海の女神を祀る廟がある。
そこに香を炊き、葡萄酒と供物と宝物が捧げられる。
それまでに長い長い祝詞が読み上げられる。
その間宝剣を手に、立ちっぱなしになるので、この儀式は本当に面倒だ。
この儀式は元々ヴィンザンツ大陸の海にまつわるニヨルダという民族が行っていた儀式だ。
グリムヒルトの元になる海賊は発祥がヴィンザンツ大陸で、その大陸での土着信仰だった海の女神アーダを祀っている。
航海と豊漁の女神と言われるこの女神は二面性を持ち博愛と嫉妬の両面を持つ。
太公がこのニヨルダの祭司をわざわざ招き、国を挙げての祭事とした。これがヴィンザンツ大陸の国々への対して国としての体を取り繕う事に一部成功していた。全く意味のない催事という訳でもないのが厄介だ。
ただ、このシビディア大陸には現存する神に近い存在がいる。
それが神獣だ。
実際に神獣はこの大陸の純血の人間に対して魔法を与え、自身の化身である幻獣はその背に乗せる。
そういう確かな神に近しい存在がいる大陸で、他大陸のいるかいないかもわからぬ神を祀る事は滑稽にしか感じず、国としての祭事はあっても儂自身は長年この儀式に参与せずにいた。
しかしこの祭事を行なっている事で国交を結び、交易が叶っている国々がある以上、グリムヒルトはこの滑稽な祭事を止める訳にはいかない。
退屈な祭事を終えて、新年早々晩餐会が行われる。
諸侯や官吏が儂に新年の挨拶をしている。
残った妾妃は全部で2人。
第2妾妃マルグレット・ロヴィーサ・ラルセン。
第7妾妃エミリア・エンマ・ヴィカンデル。
各々から新年の挨拶を受ける。
「陛下。謹んで新年の祝詞を申し上げます」
第2妾妃マルグレット・ロヴィーサ・ラルセンが長い萌黄色の髪を揺らし儂に頭を下げる。
儂は玉座に座し頬杖をついて告げる。
「大儀である」
一瞬、白群色の瞳は儂を仰ぎ見て、また頭を下げる。礼を取って下がっていく。
この女の出自は庶民だ。歳は26。ラルセン家の養女となって輿入れした。物静かな性分で妾妃の中では一番長く、半年程相手した女だ。
ラルセン家はグリムヒルト北方2領の1つ、ボリニアス領の諸侯だ。
北と西を山脈に囲まれたボリニアスはグリムヒルト有数の穀倉地帯で山脈からの湧水で作る酒もボリニアスの名産の一つだ。
この女が妾妃として輿入れしたのは偏に儂への和睦に近い。
北、西の2方を山脈に囲まれている為、隣接するマイヤール領と、東に位置するスケニア領の2領に攻め入られると逃げ場がない。
その為、マイヤール領の抑えとなる直轄地とは良好な関係を築く必要がある。件のアガターシェ騒動でこの女を失わなかった事はラルセン家にとっては僥倖であっただろう。
次に第7妾妃エミリア・エンマ・ヴィカンデルが儂の前に恭しくやってくる。
「陛下。謹んで新春のお慶び申し上げます」
琥珀色の巻き毛が頭を下げると肩から流れ落ちる。
「大儀である」
この女は財務官の三女だ。歳は25。この女の父親は儂が粛清の折、空いた財務官の座に抜擢した、堅実な良い仕事をする男だ。元々はホンカサロ家と同等ほどの家柄だ。
抜擢の後、娘を自ら儂に差し出した。人質の意味合いが強い。
気位の高い女でその誇り高さが儂は面倒で、あまり長くは保たなかった。
この2者の共通点はその用心深さだろう。
アガターシェ騒動で、不調を来した時点で全てを疑って一切の化粧品の使用を止め、食事にも最大限気を使った点は誉れだと言える。
第7妾妃の浅紫色の瞳が儂を見据える。
「恐れながら、陛下。申し上げたき儀が御座います。お許し頂けますでしょうか?」
「……許す」
「次期御正妃様とのお茶会の席を設ける許可を頂けませんでしょうか?」
「……何故だ」
「私どもは陛下を支える為後宮で日夜、勤倹力行、自らを律し、励んでおります。御正妃様も同じに御座いましょう。件の騒動で今や私共はたったの2人になり、次期御正妃様との干与は急務かと思われます」
公の場で、ここまで言われては許可を出さざるを得ないだろう。
「よかろう」
「有り難き幸せに存じます」
また恭しく頭を下げ儂の前から退いた。
……こういう所が面倒な女なのだ。
これだけ人数が限られれば、派閥だなんだと面倒な事は起こらんだろう。
もう姫に任せても問題ない。
そう思索して姫を思い出し、この長い長い退屈な1日が早く終わるよう願った。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる