145 / 200
145
しおりを挟む
私とヘリュ様は狼の後をついて行く。
どんどん林の奥深くへ入ると林は森になり、より深く鬱蒼としていく。
「どこまで行くの?」
私は狼に尋ねた。
『もうちょっと』
「何があるの?」
『むら。そこにむらのひととすこしだけげんじゅういる』
「え⁈幻獣がいるの⁈」
『うん、いる』
と、いう事は、その邑は純血の人しかいない邑という事なんだろうか?
「ねえ、それって…」
私が疑問を尋ねようと口を開いた瞬間に、狼が顔をくいっと上げた。
『ここ』
そこは大きな洞窟で暗い大きな口をポッカリ開けていた。
「この奥に邑があるの?」
『うん』
洞窟に入る前に旅立ち前に揃えた装備の中にランタンがあったのを思い出して、私とヘリュ様の分を魔法で火を灯す。
「足元に気をつけられよ」
ヘリュ様が足場の悪い岩場で私の手を取ってくれる。
「ありがとうございます」
そうしてヘリュ様のお気遣いを受けながら、洞窟を進んでいく。
すると開けた場所に出て、幾つもの分かれ道があった。
『こっち』
帰り道がわからなくなったら困るので、ヘリュ様のカトラスで壁に傷をつけて目印をつける。
そうして道々で目印をつけながら狼の後について行くと、細い一本の道の暗闇の奥に少し月明かりが見えた。
「あそこ?」
私が狼に尋ねると、狼は首肯する様に頭を振った。
『そう。あそこ』
洞窟を抜けると、そこには小さな邑が本当にあった。
「……こんな所に隠れ住んでいたのね……」
『こっち、きて』
狼が私達を促す。
邑を横切って狼に促されるまま進んでいると、声が上がる。
「! 余所者だ!」
「!」
私はその声の方を振り向くと、ポツンポツンとあった家々から灯りを持った人達が集まって来た。
ヘリュ様はいつでも抜刀出来る様に柄に手をかけている。
「待って! 私達はそこの狼に言われてここに来ただけなの!」
狼が住民達と私達の間に立ちはだかる。
「……オレリアが? 言われたってどういう事だ?」
「そのままの意味よ?この仔、念話が出来るみたいで、ここに来て欲しいって言われて連れて来てもらったのよ」
「……念話だと⁈オレリアの声が聴けるのか⁈」
「え?……ええ。聴こえるわよ?今も貴方達に一生懸命やめてって言ってる」
「あんたも純血なのか⁈」
私はこれでこの邑の秘密がなんとなくわかった。
「私は純血だけど、マグダラスから来たの」
「マグダラスって言うのは、あれだろ?巫女様の治められてる国だろ?」
「そうよ」
「オレリアの声は巫女様にしか聴こえないって婆様が言ってた……。あんた、巫女様か⁈」
私は戸惑う。でもここで嘘をついてもあまり良い事態にならない様な気がしたから、自分の出自を素直に言う。
「私はマグダラスの王家の者よ。……つまり巫女の子孫ね」
住民達はそれを聞いた瞬間、涙ぐんで私の前に叩頭し始める。
「待って⁈そんな事する必要ないわよ⁈」
「巫女様っ! 我々はずっとお待ちしておりました!」
私は膝をついて彼らに問いかける。
「あの、なんとなく事情は察しているけど、順を追って説明して欲しいの」
泣き崩れる住民達の背後から杖をついたお婆さんがゆっくりと歩いてきたので、私はそちらを見る。
お婆さんは私の前に進み出て、足が悪そうなのに膝をつこうとしたので慌てて止める。
「叩頭なんてしなくていいですから。楽にして?」
「巫女様……。ありがとうございます。私らはこの地で隠れ住んで以来、ずっと巫女様をお待ちしておったのです」
「ずっと、という事は、グリムヒルト侵攻からここに隠れて住んでいたの?」
「はい、私らはとにかく生き延びなさいという巫女様のお言葉を支えに今日までやってまいりました」
「……そうだったの……。とても大変だったでしょう?」
私のその言葉に叩頭した人達は嗚咽を上げて泣き始めた。
アウグスト様の進めたグリムヒルト侵攻の時、マグダラスの地まで逃げ延びられなかった人達がいたのは想像出来る。
そしてそういう人達は捕まってしまうか、そうでなければこうして隠れ住むかして、難が過ぎるのを待つしかなかっただろう。
捕まってしまった人達はアウグスト様のなさり様を見聞しているととても無事だったとは思えない。
そして小さな邑を見渡しても、充分に物資が揃ってる様には見えない。
貧しい生活を強いられていたのは明らかだ。
「あの、ね?誤解のない様に先に説明しておくけれど、私は今のグリムヒルト王に嫁いでいるの。でも決して悪い様にしないわ」
この人達を守る事はきっと私にしか出来ない。
陛下に一生懸命説明してこの人達の安心できる良い形で保護しなきゃ。
「……今のグリムヒルト王は、厳しい方だとお聞きしております。本当に大丈夫なのですか?」
叩頭していた内の一人の男の人が顔を上げて私の方を見て尋ねる。
「大丈夫よ?私を正妃にして下さってる時点で純血に対しての想いはわかるでしょう?……貴方達が不安なら、この邑の事はしばらく黙っていても構わない。…
…でも、ずっとこのままという訳にはいかないでしょ?」
お婆さんが私に向かって頭を下げる。
「私らは巫女様のご指示に従います。……もうこうして隠れ住む事にも疲れてしまいました。巫女様の思し召し通りに致します。」
叩頭した人達は皆んな、お婆さんの言う事に反論は無い様でやはり啜り泣いている。
もう本当に限界だったのだろう。
いつ見つかるかとビクビクと怯えながら生活するというのは大変な労力を要するだろうと思う。
「もう大丈夫。グリムヒルトには地の民への偏見もあるけれど、昔みたいに殺されたりはしないから。それに貴方達の事は私が絶対守るから」
私のその言葉に叩頭した人達は更に背中を丸めて泣き崩れる。
皆んなの安堵が伝わってきて、私はこれからの自分の務めを思うと身の引き締まる思いがした。
どんどん林の奥深くへ入ると林は森になり、より深く鬱蒼としていく。
「どこまで行くの?」
私は狼に尋ねた。
『もうちょっと』
「何があるの?」
『むら。そこにむらのひととすこしだけげんじゅういる』
「え⁈幻獣がいるの⁈」
『うん、いる』
と、いう事は、その邑は純血の人しかいない邑という事なんだろうか?
「ねえ、それって…」
私が疑問を尋ねようと口を開いた瞬間に、狼が顔をくいっと上げた。
『ここ』
そこは大きな洞窟で暗い大きな口をポッカリ開けていた。
「この奥に邑があるの?」
『うん』
洞窟に入る前に旅立ち前に揃えた装備の中にランタンがあったのを思い出して、私とヘリュ様の分を魔法で火を灯す。
「足元に気をつけられよ」
ヘリュ様が足場の悪い岩場で私の手を取ってくれる。
「ありがとうございます」
そうしてヘリュ様のお気遣いを受けながら、洞窟を進んでいく。
すると開けた場所に出て、幾つもの分かれ道があった。
『こっち』
帰り道がわからなくなったら困るので、ヘリュ様のカトラスで壁に傷をつけて目印をつける。
そうして道々で目印をつけながら狼の後について行くと、細い一本の道の暗闇の奥に少し月明かりが見えた。
「あそこ?」
私が狼に尋ねると、狼は首肯する様に頭を振った。
『そう。あそこ』
洞窟を抜けると、そこには小さな邑が本当にあった。
「……こんな所に隠れ住んでいたのね……」
『こっち、きて』
狼が私達を促す。
邑を横切って狼に促されるまま進んでいると、声が上がる。
「! 余所者だ!」
「!」
私はその声の方を振り向くと、ポツンポツンとあった家々から灯りを持った人達が集まって来た。
ヘリュ様はいつでも抜刀出来る様に柄に手をかけている。
「待って! 私達はそこの狼に言われてここに来ただけなの!」
狼が住民達と私達の間に立ちはだかる。
「……オレリアが? 言われたってどういう事だ?」
「そのままの意味よ?この仔、念話が出来るみたいで、ここに来て欲しいって言われて連れて来てもらったのよ」
「……念話だと⁈オレリアの声が聴けるのか⁈」
「え?……ええ。聴こえるわよ?今も貴方達に一生懸命やめてって言ってる」
「あんたも純血なのか⁈」
私はこれでこの邑の秘密がなんとなくわかった。
「私は純血だけど、マグダラスから来たの」
「マグダラスって言うのは、あれだろ?巫女様の治められてる国だろ?」
「そうよ」
「オレリアの声は巫女様にしか聴こえないって婆様が言ってた……。あんた、巫女様か⁈」
私は戸惑う。でもここで嘘をついてもあまり良い事態にならない様な気がしたから、自分の出自を素直に言う。
「私はマグダラスの王家の者よ。……つまり巫女の子孫ね」
住民達はそれを聞いた瞬間、涙ぐんで私の前に叩頭し始める。
「待って⁈そんな事する必要ないわよ⁈」
「巫女様っ! 我々はずっとお待ちしておりました!」
私は膝をついて彼らに問いかける。
「あの、なんとなく事情は察しているけど、順を追って説明して欲しいの」
泣き崩れる住民達の背後から杖をついたお婆さんがゆっくりと歩いてきたので、私はそちらを見る。
お婆さんは私の前に進み出て、足が悪そうなのに膝をつこうとしたので慌てて止める。
「叩頭なんてしなくていいですから。楽にして?」
「巫女様……。ありがとうございます。私らはこの地で隠れ住んで以来、ずっと巫女様をお待ちしておったのです」
「ずっと、という事は、グリムヒルト侵攻からここに隠れて住んでいたの?」
「はい、私らはとにかく生き延びなさいという巫女様のお言葉を支えに今日までやってまいりました」
「……そうだったの……。とても大変だったでしょう?」
私のその言葉に叩頭した人達は嗚咽を上げて泣き始めた。
アウグスト様の進めたグリムヒルト侵攻の時、マグダラスの地まで逃げ延びられなかった人達がいたのは想像出来る。
そしてそういう人達は捕まってしまうか、そうでなければこうして隠れ住むかして、難が過ぎるのを待つしかなかっただろう。
捕まってしまった人達はアウグスト様のなさり様を見聞しているととても無事だったとは思えない。
そして小さな邑を見渡しても、充分に物資が揃ってる様には見えない。
貧しい生活を強いられていたのは明らかだ。
「あの、ね?誤解のない様に先に説明しておくけれど、私は今のグリムヒルト王に嫁いでいるの。でも決して悪い様にしないわ」
この人達を守る事はきっと私にしか出来ない。
陛下に一生懸命説明してこの人達の安心できる良い形で保護しなきゃ。
「……今のグリムヒルト王は、厳しい方だとお聞きしております。本当に大丈夫なのですか?」
叩頭していた内の一人の男の人が顔を上げて私の方を見て尋ねる。
「大丈夫よ?私を正妃にして下さってる時点で純血に対しての想いはわかるでしょう?……貴方達が不安なら、この邑の事はしばらく黙っていても構わない。…
…でも、ずっとこのままという訳にはいかないでしょ?」
お婆さんが私に向かって頭を下げる。
「私らは巫女様のご指示に従います。……もうこうして隠れ住む事にも疲れてしまいました。巫女様の思し召し通りに致します。」
叩頭した人達は皆んな、お婆さんの言う事に反論は無い様でやはり啜り泣いている。
もう本当に限界だったのだろう。
いつ見つかるかとビクビクと怯えながら生活するというのは大変な労力を要するだろうと思う。
「もう大丈夫。グリムヒルトには地の民への偏見もあるけれど、昔みたいに殺されたりはしないから。それに貴方達の事は私が絶対守るから」
私のその言葉に叩頭した人達は更に背中を丸めて泣き崩れる。
皆んなの安堵が伝わってきて、私はこれからの自分の務めを思うと身の引き締まる思いがした。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる