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「それで?」
儂は神獣だというその男の手からレイティアを奪い取る。そして肩を抱いて王太子に訊ねた。
「王太子殿自ら使者を買って出るという事は我が国を重要視しておられるか?」
王太子はその柔和な印象の顔を更に綻ばせて儂の問いに答えた。
「もちろん、貴国とのこれから交渉したい事柄は重要視しているのですが、それ以前に私がこの国に来るのが楽しみなんです!」
この王太子は男なのだが、花の咲く様にフワリと笑う。人を和ませる、何とも言えぬ笑顔を向ける。
「楽しみとは?」
「この国は本当に珍しい物ばかりで見ていて飽きません! 海の向こうある物を一挙に見られるなんて素晴らしいです!」
その蒼い瞳に好奇心を乗せて王太子は儂に興奮気味に語った。
その様子は初めてレイティアがこの国に来た日、儂に語って聞かせた様を想起させた。
「と、言われるからには我が国を秘密裏に視察なさったという事か?」
少し含みのある言い回しをするが、王太子は屈託なく花の咲く様な笑顔を再び儂に向けた。
「色々な所を巡らせて頂いたんですけど、何処に行っても珍しい物があって本当に面白かったです」
「ほう? 内陸側も巡ったのであろう?」
そう問いかけた瞬間、花の様な笑顔が萎む。
「……はい。地の民と呼ばれる原住の民の血筋の人達は大変なご苦労をなさっていると、そう思いました」
儂の隣で肩を抱かれているレイティアも王太子と同じ様にまるで苦痛に耐えるかの様な顔をしている。
ここまで来て確信する。
この王太子はレイティアと同じ種類の人間だ。
「その様な国の首に話が通じると思うか?王太子殿よ」
「はい! それは確信を持っています!」
王太子は花咲く笑顔の中に更に明確な強い意志を含んだ瞳で儂を見た。
「何故?」
「お二人のご成婚式を拝見して。これだけ仲睦まじいお二人なのです。貴国は必ず地の民と呼ばれる方々を救い上げて下さるだろうと確信しました」
その蒼い瞳は何者にも揺るがす事の出来ない強固な意志を映している。
そしてレイティアと同じ、清廉で曇りのない真っ直ぐな眼差し。
それだけで充分にこの王太子の言う事を信じてみる気になった。
「この国に流布されている噂には耳を傾けぬのか?」
「王は地の民を従わせる為に王妃を娶ったという、お噂の事ですか?」
レイティアは儂の方を驚いた様に見上げた。どうやらこの様な噂が流れている事を知らなかったらしい。
人の心を和ませる花の様な柔和な笑顔を儂とレイティアに向けた王太子は穏やかに話す。
「今のお二人のご様子を見てもそんなものは噂でしかない事が分かります。王妃を悲しませる様な事をグリムヒルト国王がなさるとは思えない」
その言葉を受け、レイティアは儂の横で頬を染め俯いた。
それを見て更に王太子はその笑顔を綻ばせる。
「王太子殿よ。そうと知ったからには儂としては王城にお招きしたい。着いて来られよ」
王太子はその穏やかな表情を崩さぬまま小首を傾げた。
「しかし、突然の来訪ではご迷惑をおかけしませんか?」
「構わぬ。歓迎しよう」
レイティアも儂の横で微笑み、王太子に告げる。
「ご迷惑なんて事ありません。是非王城にご滞在下さい」
ややあって、王太子は答える。
「……では、お言葉に甘えて」
早速王太子と神獣だという男は宿を引き払い儂とレイティアの招きに従い王城まで歩く。
「馬車を用意して頂いておけば良かったですね。歩かせてしまってすみません、神獣様、王太子殿下」
レイティアは申し訳なさそうに神獣と王太子に謝罪する。
それに王太子は穏やかな笑顔で答える。
「いいえ、貴国の街並みは珍しい物に溢れていて見ていて飽きません。歩いてじっくり見られる方が嬉しいです」
「私もグリムヒルトの街並みは大好きなので、そう言って頂けて嬉しいです」
レイティアもまた穏やかに王太子に笑いかける。
「マグダラスはシビディアと似た文化ですから初めてグリムヒルトに来た日は本当に驚いたのですよ」
「ここに来る前にマグダラスにも足を運びました。とても穏やかで良い国ですね」
サントニア通りの喧騒の中、儂は王太子に疑問をぶつける。
「ほう。王太子殿は随分と他国に興味がおありのようだ。他の他国にも赴いておるのか?」
王太子は儂に笑顔を向け、答える。
「追々、詳しいお話しさせて頂きたいと思っているのですが、色々な国々で国交を結べれば、と思っているんです」
「国交か……」
この王太子はその事の意味に気付いているのだろうか……?
屈託なく向けられる笑顔からはその陰は感じられない。純朴に、ただ、大陸の和合を望んでいる様だ。
現在のマグダラスの様子をレイティアに語って聞かせる王太子を見つめて、儂はこの王太子との交渉がどの程度まで詰められるのか、案じた。
儂は神獣だというその男の手からレイティアを奪い取る。そして肩を抱いて王太子に訊ねた。
「王太子殿自ら使者を買って出るという事は我が国を重要視しておられるか?」
王太子はその柔和な印象の顔を更に綻ばせて儂の問いに答えた。
「もちろん、貴国とのこれから交渉したい事柄は重要視しているのですが、それ以前に私がこの国に来るのが楽しみなんです!」
この王太子は男なのだが、花の咲く様にフワリと笑う。人を和ませる、何とも言えぬ笑顔を向ける。
「楽しみとは?」
「この国は本当に珍しい物ばかりで見ていて飽きません! 海の向こうある物を一挙に見られるなんて素晴らしいです!」
その蒼い瞳に好奇心を乗せて王太子は儂に興奮気味に語った。
その様子は初めてレイティアがこの国に来た日、儂に語って聞かせた様を想起させた。
「と、言われるからには我が国を秘密裏に視察なさったという事か?」
少し含みのある言い回しをするが、王太子は屈託なく花の咲く様な笑顔を再び儂に向けた。
「色々な所を巡らせて頂いたんですけど、何処に行っても珍しい物があって本当に面白かったです」
「ほう? 内陸側も巡ったのであろう?」
そう問いかけた瞬間、花の様な笑顔が萎む。
「……はい。地の民と呼ばれる原住の民の血筋の人達は大変なご苦労をなさっていると、そう思いました」
儂の隣で肩を抱かれているレイティアも王太子と同じ様にまるで苦痛に耐えるかの様な顔をしている。
ここまで来て確信する。
この王太子はレイティアと同じ種類の人間だ。
「その様な国の首に話が通じると思うか?王太子殿よ」
「はい! それは確信を持っています!」
王太子は花咲く笑顔の中に更に明確な強い意志を含んだ瞳で儂を見た。
「何故?」
「お二人のご成婚式を拝見して。これだけ仲睦まじいお二人なのです。貴国は必ず地の民と呼ばれる方々を救い上げて下さるだろうと確信しました」
その蒼い瞳は何者にも揺るがす事の出来ない強固な意志を映している。
そしてレイティアと同じ、清廉で曇りのない真っ直ぐな眼差し。
それだけで充分にこの王太子の言う事を信じてみる気になった。
「この国に流布されている噂には耳を傾けぬのか?」
「王は地の民を従わせる為に王妃を娶ったという、お噂の事ですか?」
レイティアは儂の方を驚いた様に見上げた。どうやらこの様な噂が流れている事を知らなかったらしい。
人の心を和ませる花の様な柔和な笑顔を儂とレイティアに向けた王太子は穏やかに話す。
「今のお二人のご様子を見てもそんなものは噂でしかない事が分かります。王妃を悲しませる様な事をグリムヒルト国王がなさるとは思えない」
その言葉を受け、レイティアは儂の横で頬を染め俯いた。
それを見て更に王太子はその笑顔を綻ばせる。
「王太子殿よ。そうと知ったからには儂としては王城にお招きしたい。着いて来られよ」
王太子はその穏やかな表情を崩さぬまま小首を傾げた。
「しかし、突然の来訪ではご迷惑をおかけしませんか?」
「構わぬ。歓迎しよう」
レイティアも儂の横で微笑み、王太子に告げる。
「ご迷惑なんて事ありません。是非王城にご滞在下さい」
ややあって、王太子は答える。
「……では、お言葉に甘えて」
早速王太子と神獣だという男は宿を引き払い儂とレイティアの招きに従い王城まで歩く。
「馬車を用意して頂いておけば良かったですね。歩かせてしまってすみません、神獣様、王太子殿下」
レイティアは申し訳なさそうに神獣と王太子に謝罪する。
それに王太子は穏やかな笑顔で答える。
「いいえ、貴国の街並みは珍しい物に溢れていて見ていて飽きません。歩いてじっくり見られる方が嬉しいです」
「私もグリムヒルトの街並みは大好きなので、そう言って頂けて嬉しいです」
レイティアもまた穏やかに王太子に笑いかける。
「マグダラスはシビディアと似た文化ですから初めてグリムヒルトに来た日は本当に驚いたのですよ」
「ここに来る前にマグダラスにも足を運びました。とても穏やかで良い国ですね」
サントニア通りの喧騒の中、儂は王太子に疑問をぶつける。
「ほう。王太子殿は随分と他国に興味がおありのようだ。他の他国にも赴いておるのか?」
王太子は儂に笑顔を向け、答える。
「追々、詳しいお話しさせて頂きたいと思っているのですが、色々な国々で国交を結べれば、と思っているんです」
「国交か……」
この王太子はその事の意味に気付いているのだろうか……?
屈託なく向けられる笑顔からはその陰は感じられない。純朴に、ただ、大陸の和合を望んでいる様だ。
現在のマグダラスの様子をレイティアに語って聞かせる王太子を見つめて、儂はこの王太子との交渉がどの程度まで詰められるのか、案じた。
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