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次の日の朝、レイティアはいつもとは様子が違っていた。
「……レイティア。大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です……」
そう返事をしたものの、やはりいつもと違いぼんやりと侍女達に衣装を着せられるのを大人しく受け入れている。
コルセットを軽く締め上げ、ペチコートを巻く。
今日はグリーンベルベットのドレスを着せられている。
儂はその様子をじっと眺めているが、やはり今日のレイティアは何か上の空だ。少し潤んだ瞳で宙を眺めている。
「……レイティア様? 今日はお飾りはいかが致しますか? シビディアの王太子殿下がお見えですから、何も無しという訳にはいきませんので、ダイヤの……」
レイティア付きの侍女が話しかけるがレイティアはやはりぼんやりとしている。
「……レイティア様? ご体調がお悪いのではありませんか?」
「……大丈夫よ、マリ。なんだかぼんやりしてしまうだけだから……。じきにシャンとするわ」
レイティアは眉尻を下げて侍女に微笑みかける。
儂の傍付きの侍女達がやって来て、軍服一式を用意していた。
「陛下、賓客がお見えですのでどうか、ご正装を」
「わかった」
さすがに客人のある今日はいつものローブでは許してもらえないらしい。
こればかりは仕方がないので、軍服を大人しく着せられる。
儂の準備が整い、既に準備を終え、儂を待つレイティアを見ると、ドレッサーの前で鏡の中の自分をどこか虚に眺めて座っている。
「……行くぞ。レイティア」
儂に肩を触れられるとピクンと一瞬反応して、儂を振り返る。
いつもの様な朗らかな笑顔はなく、潤んだ虚な瞳と心ここにあらずと言った、作った様な笑顔を向けられる。
「はい、……陛下」
明らかに様子がおかしいレイティアの手を取る。
その手を引くとレイティアは立ち上がり、儂達は歩み始めた。
小声でレイティアに囁きかける。
「レイティア、どうした?」
レイティアはぽそりと儂の問いかけに答えた。
王の間を出て、廊下を歩く。
「……なんだか、思考が上手くまとまらないのです……。自分が自分じゃないみたいで……、怖いです……」
「そこの王様?」
突如かかった声に、儂はその声の方を振り仰ぐ。
階段から降りて来ている最中らしい神獣がそこにいた。
「昨夜は随分と楽しかっただろうけど、これだけは味を占めないでね?」
階段の欄干をひらりと飛び降り、着地の衝撃すら一切なく、儂とレイティアの前にふんわり舞い降りた。
神獣はレイティアの耳元に唇を寄せる。そして何やら囁いた。
そうするとレイティアに生気が戻った様に、いつも通りの輝く清廉な瞳が戻った。
神獣は儂に顔を向けて明らかに敵意を持って嗤う。
「面白がって真名を呼んで楽しんだ様だけど、これを続ければレイティアは廃人になるよ? 君達移民の民にはわからないだろうけど、真名と契約は魂に刻み込まれた深い深い呪で支配されてる。……まぁ? レイティアは可愛いから、廃人なんかになってしまう前に私が人の手の届かない、山奥に閉じ込めてしまうけどね」
「…………忠告、受け止めよう」
儂は神獣を睨め付け低く答えた。
実際この神獣にはその力があるのだろう。もし仮にそうなっても何を置いても取り返すが、そもそも取られぬ様にする方が話は早いだろう。
「私としては王様に愚行を続けて貰って、レイティアを連れて行ける方が楽しいんだけどね」
「……神獣様……? 私は、陛下とずっと一緒にいたいです……」
眉尻を下げ、困った様に神獣に笑いかけるレイティアは儂の手をキュッと握りしめた。
神獣はレイティアの頭を軽く撫でた。
「愛する者と共にいたいのだろうけど、でもだったればこそ、真名は教えちゃ駄目だったね。迂闊だよ、レイティア」
レイティアはしょんぼりとした様子で俯いた。
「……はい。ごめんなさい」
レイティアが頭を上げて、神獣の瞳をじっと見つめ返す。
「……でも、でも、後悔は、してないです」
強い意志を持った言葉をレイティアは紡いだ。
その言葉に神獣は虚をつかれた様にキョトンとレイティアを眺めた。
そして優しくレイティアに微笑みかける。
「……そうか。レイティアの気持ちはよくわかったよ」
神獣は再びレイティアの耳元に唇を寄せて、何かを囁いた様だ。
レイティアはその言葉に感動したのか、感極まった様に神獣を見つめた。
「その懐の深さに感謝致します、神獣様」
神獣はレイティアに笑い返した後、踵を返し階段を登る。
「さて、ディディエを迎えに行こうかな。あの嫌がる顔が面白いんだ」
「神獣様。後でお迎えをやります。王太子殿下としばしお待ち下さいね」
レイティアが神獣の背後にそう言葉を投げかけると、神獣は振り返らずに片手だけを上げて、去って行く。
すっかりいつもの調子を取り戻した様子のレイティアは、儂に向き直る。
「陛下? ご心配おかけしてしまいましたが、この通り元気になりました」
儂は取っていたレイティアの手の甲にキスを落とし、それに答える。
「ああ。……いつもうぬを壊してしまいたいと思っておるが、やはり本当に壊れてしまってはつまらんな。故にいつも健勝であれ。良いな?」
「はい。仰せの通りに」
ようやく見られたレイティアのいつもの朗らかで柔かな笑顔に儂は安堵して、そのままレイティアの手を取り外殿にある迎賓の間に歩みを進めた。
「……レイティア。大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です……」
そう返事をしたものの、やはりいつもと違いぼんやりと侍女達に衣装を着せられるのを大人しく受け入れている。
コルセットを軽く締め上げ、ペチコートを巻く。
今日はグリーンベルベットのドレスを着せられている。
儂はその様子をじっと眺めているが、やはり今日のレイティアは何か上の空だ。少し潤んだ瞳で宙を眺めている。
「……レイティア様? 今日はお飾りはいかが致しますか? シビディアの王太子殿下がお見えですから、何も無しという訳にはいきませんので、ダイヤの……」
レイティア付きの侍女が話しかけるがレイティアはやはりぼんやりとしている。
「……レイティア様? ご体調がお悪いのではありませんか?」
「……大丈夫よ、マリ。なんだかぼんやりしてしまうだけだから……。じきにシャンとするわ」
レイティアは眉尻を下げて侍女に微笑みかける。
儂の傍付きの侍女達がやって来て、軍服一式を用意していた。
「陛下、賓客がお見えですのでどうか、ご正装を」
「わかった」
さすがに客人のある今日はいつものローブでは許してもらえないらしい。
こればかりは仕方がないので、軍服を大人しく着せられる。
儂の準備が整い、既に準備を終え、儂を待つレイティアを見ると、ドレッサーの前で鏡の中の自分をどこか虚に眺めて座っている。
「……行くぞ。レイティア」
儂に肩を触れられるとピクンと一瞬反応して、儂を振り返る。
いつもの様な朗らかな笑顔はなく、潤んだ虚な瞳と心ここにあらずと言った、作った様な笑顔を向けられる。
「はい、……陛下」
明らかに様子がおかしいレイティアの手を取る。
その手を引くとレイティアは立ち上がり、儂達は歩み始めた。
小声でレイティアに囁きかける。
「レイティア、どうした?」
レイティアはぽそりと儂の問いかけに答えた。
王の間を出て、廊下を歩く。
「……なんだか、思考が上手くまとまらないのです……。自分が自分じゃないみたいで……、怖いです……」
「そこの王様?」
突如かかった声に、儂はその声の方を振り仰ぐ。
階段から降りて来ている最中らしい神獣がそこにいた。
「昨夜は随分と楽しかっただろうけど、これだけは味を占めないでね?」
階段の欄干をひらりと飛び降り、着地の衝撃すら一切なく、儂とレイティアの前にふんわり舞い降りた。
神獣はレイティアの耳元に唇を寄せる。そして何やら囁いた。
そうするとレイティアに生気が戻った様に、いつも通りの輝く清廉な瞳が戻った。
神獣は儂に顔を向けて明らかに敵意を持って嗤う。
「面白がって真名を呼んで楽しんだ様だけど、これを続ければレイティアは廃人になるよ? 君達移民の民にはわからないだろうけど、真名と契約は魂に刻み込まれた深い深い呪で支配されてる。……まぁ? レイティアは可愛いから、廃人なんかになってしまう前に私が人の手の届かない、山奥に閉じ込めてしまうけどね」
「…………忠告、受け止めよう」
儂は神獣を睨め付け低く答えた。
実際この神獣にはその力があるのだろう。もし仮にそうなっても何を置いても取り返すが、そもそも取られぬ様にする方が話は早いだろう。
「私としては王様に愚行を続けて貰って、レイティアを連れて行ける方が楽しいんだけどね」
「……神獣様……? 私は、陛下とずっと一緒にいたいです……」
眉尻を下げ、困った様に神獣に笑いかけるレイティアは儂の手をキュッと握りしめた。
神獣はレイティアの頭を軽く撫でた。
「愛する者と共にいたいのだろうけど、でもだったればこそ、真名は教えちゃ駄目だったね。迂闊だよ、レイティア」
レイティアはしょんぼりとした様子で俯いた。
「……はい。ごめんなさい」
レイティアが頭を上げて、神獣の瞳をじっと見つめ返す。
「……でも、でも、後悔は、してないです」
強い意志を持った言葉をレイティアは紡いだ。
その言葉に神獣は虚をつかれた様にキョトンとレイティアを眺めた。
そして優しくレイティアに微笑みかける。
「……そうか。レイティアの気持ちはよくわかったよ」
神獣は再びレイティアの耳元に唇を寄せて、何かを囁いた様だ。
レイティアはその言葉に感動したのか、感極まった様に神獣を見つめた。
「その懐の深さに感謝致します、神獣様」
神獣はレイティアに笑い返した後、踵を返し階段を登る。
「さて、ディディエを迎えに行こうかな。あの嫌がる顔が面白いんだ」
「神獣様。後でお迎えをやります。王太子殿下としばしお待ち下さいね」
レイティアが神獣の背後にそう言葉を投げかけると、神獣は振り返らずに片手だけを上げて、去って行く。
すっかりいつもの調子を取り戻した様子のレイティアは、儂に向き直る。
「陛下? ご心配おかけしてしまいましたが、この通り元気になりました」
儂は取っていたレイティアの手の甲にキスを落とし、それに答える。
「ああ。……いつもうぬを壊してしまいたいと思っておるが、やはり本当に壊れてしまってはつまらんな。故にいつも健勝であれ。良いな?」
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