175 / 200
175
しおりを挟む
抜け路を抜けたら、ちょうど日の出の時間だった。
街は固唾を飲んで見守ってる様な静けさで、皆しっかり戸締りをして家に引き篭もっている。
マイヤール領にいる陛下の元に急ぐ為に、郊外へとてくてく歩き出す。
服装は街にお出かけする時のものではなくて、旅装束。外套に男性物のズボンを履いてブーツだ。
水筒の水もなんとか汲めたし、鞄の中身も確認した。旅の準備はバッチリだ。
軍人さん達が馬を駆って街中を往来している。でも、それが敵か味方か全然判断がつかないので、見つからない様にこそこそ隠れながらマイヤールへの道を進んだ。
なんとか郊外も出て、林の入り口辺りまでやって来られて少しホッとした時、背後から声がかかる。
「何してるんだ? 姉ちゃん」
振り返るとあまり人相の良くない知らない男達三人に声をかけられた。
「旅をしてるのよ」
あまり関わりたくない感じの人達だったから簡潔に答えて前を向いてさっさと先を急ぐ。
「女一人でか?」
男達は私の前に回り込んで顔を覗き込んだ。
「……あんた、地の民か。……なぁ? あんたさ。王城から来たんじゃないのか?」
「……どうして貴方にそんな事教えなきゃならないの?」
男が私の前に完全に立ち塞がって足止めした。
「今割のいい仕事が入って来てるんだ。地の民の髪と眼の色の茶色い女がマイヤールに向かってるらしくてな? その女を生け捕りにして連れていきゃいい金が貰えるってやつでな」
「……それが私に何の関係があるの?」
私は男達をキッと睨み付けて男達の脇を通り過ぎようとした。
男の一人が私の肩を掴む。
「とりあえずお前を連れていきゃ金になりそうだろう? 悪いけどさ、あんたちょいと付き合ってくれよ」
「どうして貴方達に付き合わなきゃいけないの? 私、先を急ぐの」
肩に乗った男の手を払いのけてまた脇を通り過ぎようと足を進めた。
「まあ待てよ」
別の男が私の前にまた立ち塞がる。
「何よ?」
「あんた、関係ないんだろう?」
「ええ、そうよ」
「なら、ちょっと俺達の小遣い稼ぎに付き合ってくれよ。あんたがその探してる女と関係ないんだったら、すぐに解放されるだろ? 稼ぎから幾らか払うからさ? な? 悪い話じゃないだろう?」
「悪いけど、本当に急いでるから協力出来ないわ。話はこれで終りね。じゃ」
今度こそ去ろうと足を動かしたけど、今度は肩を強く押されて引き戻される。
「だったら手荒になっちまうが、強引にでも連れていかせてもらう」
なんとなく不味い気がする。これは連れていかれたら絶対にダメだ。
私は踵を返して街道の脇に逸れて、林の中に飛び込んだ。
「あ!! 待て!!」
男達は私を追って林の中を追いかけて来た。
男達が声を上げる。
「こっちだ! こっちに逃げた!」
「早く追え!」
必死で走ると男達の声はどんどん小さくなる。
男達を振り切る為に更に林の中を無茶苦茶に走り抜けて、林の奥深くに進んでいくと、林は森へと変わっていった。
更に森の奥へ奥へと進んでいく。
必死で進んだ先には小さな小さな洞窟があったので、私はその中に飛び込むようにして隠れた。
その中で膝を抱えて考える。
私が王城を抜け出した事がもう敵にバレてる……。そして街の冒険者やならず者達に捕縛依頼を出してる。……これは王城に内通者がいるとしか考えられない……。
ああ、本当に早く陛下にお伝えしないと、宰相様や法相様も危険に晒されてしまう。
急く気持ちを何とか抑えて、外の様子に耳を澄ませる。外はそろそろ人通りがある頃だと思うけど、よほど森の奥深くに入ってしまったのか、全然人の気配がしない。
ふぅっとため息をついた。するとちょんと冷たい感触が右頬に触れた。
「何?!」
驚いて頬の触れた右側を振り仰ぐと、一匹の玉虫色の鹿がキョトンとした表情で私を見つめていた。
綺麗な玉虫色。これは間違いなく幻獣だ。
鹿は黒瑪瑙の様な瞳を潤ませて、私の頬にまた鼻先をちょんと当てる。
「……ありがとう。励ましてくれてるのね。ごめんね、ここは貴方の家なんでしょう? 勝手にお邪魔してしまったわ」
鹿は鼻面を私に擦り寄せて来た。
「優しいのね。私は大丈夫だから、心配しないで。……ねえ? 外には人の気配は無い?」
私がそう訊ねると、鹿はすくっと立ち上がって、洞窟の外に出た。
「大丈夫なのね、ありがとう。助かったわ」
はっきり言って滅茶苦茶に走ったから、完全に方向を見失ってる。お日様の方向はわかるから、きっとこっちから来たと思うんだけど……。
そう悩んでいると、鹿が軽い足取りで跳ねた。そして数歩分進むと、私の方を振り返った。
「……送ってくれるの?」
鹿はじっと私を見つめてる。鹿を追っていくと、鹿はまた跳ねて進んだ。
数時間、そうして深い森を鹿の後に付いて歩いた。
しばらく行くと森はどんどん林へと変わっていく。そこで鹿は一方をじっと見つめた。
「この先に人がいる場所があるのね?」
その言葉を聞いた鹿は踵を返して元来た道を走っていった。
「……ちゃんとお礼を言えなかったわ。……ありがとう」
幻獣はこんな風に賢い。人の言葉をきっと理解してる。理解してると言うよりは感覚的に把握してくれてる感じだろうか?
マグダラスにいた時は城に何頭か羊や馬の幻獣がいたけど、そのどれもが私達人間によくなついていたし利発だったし従順でいてくれた。力も強く、普通の羊や馬より大きいからいざという時とても頼りになった。
私は鹿の去った方に一礼して、鹿のじっと見つめた方に歩み始めた。
街は固唾を飲んで見守ってる様な静けさで、皆しっかり戸締りをして家に引き篭もっている。
マイヤール領にいる陛下の元に急ぐ為に、郊外へとてくてく歩き出す。
服装は街にお出かけする時のものではなくて、旅装束。外套に男性物のズボンを履いてブーツだ。
水筒の水もなんとか汲めたし、鞄の中身も確認した。旅の準備はバッチリだ。
軍人さん達が馬を駆って街中を往来している。でも、それが敵か味方か全然判断がつかないので、見つからない様にこそこそ隠れながらマイヤールへの道を進んだ。
なんとか郊外も出て、林の入り口辺りまでやって来られて少しホッとした時、背後から声がかかる。
「何してるんだ? 姉ちゃん」
振り返るとあまり人相の良くない知らない男達三人に声をかけられた。
「旅をしてるのよ」
あまり関わりたくない感じの人達だったから簡潔に答えて前を向いてさっさと先を急ぐ。
「女一人でか?」
男達は私の前に回り込んで顔を覗き込んだ。
「……あんた、地の民か。……なぁ? あんたさ。王城から来たんじゃないのか?」
「……どうして貴方にそんな事教えなきゃならないの?」
男が私の前に完全に立ち塞がって足止めした。
「今割のいい仕事が入って来てるんだ。地の民の髪と眼の色の茶色い女がマイヤールに向かってるらしくてな? その女を生け捕りにして連れていきゃいい金が貰えるってやつでな」
「……それが私に何の関係があるの?」
私は男達をキッと睨み付けて男達の脇を通り過ぎようとした。
男の一人が私の肩を掴む。
「とりあえずお前を連れていきゃ金になりそうだろう? 悪いけどさ、あんたちょいと付き合ってくれよ」
「どうして貴方達に付き合わなきゃいけないの? 私、先を急ぐの」
肩に乗った男の手を払いのけてまた脇を通り過ぎようと足を進めた。
「まあ待てよ」
別の男が私の前にまた立ち塞がる。
「何よ?」
「あんた、関係ないんだろう?」
「ええ、そうよ」
「なら、ちょっと俺達の小遣い稼ぎに付き合ってくれよ。あんたがその探してる女と関係ないんだったら、すぐに解放されるだろ? 稼ぎから幾らか払うからさ? な? 悪い話じゃないだろう?」
「悪いけど、本当に急いでるから協力出来ないわ。話はこれで終りね。じゃ」
今度こそ去ろうと足を動かしたけど、今度は肩を強く押されて引き戻される。
「だったら手荒になっちまうが、強引にでも連れていかせてもらう」
なんとなく不味い気がする。これは連れていかれたら絶対にダメだ。
私は踵を返して街道の脇に逸れて、林の中に飛び込んだ。
「あ!! 待て!!」
男達は私を追って林の中を追いかけて来た。
男達が声を上げる。
「こっちだ! こっちに逃げた!」
「早く追え!」
必死で走ると男達の声はどんどん小さくなる。
男達を振り切る為に更に林の中を無茶苦茶に走り抜けて、林の奥深くに進んでいくと、林は森へと変わっていった。
更に森の奥へ奥へと進んでいく。
必死で進んだ先には小さな小さな洞窟があったので、私はその中に飛び込むようにして隠れた。
その中で膝を抱えて考える。
私が王城を抜け出した事がもう敵にバレてる……。そして街の冒険者やならず者達に捕縛依頼を出してる。……これは王城に内通者がいるとしか考えられない……。
ああ、本当に早く陛下にお伝えしないと、宰相様や法相様も危険に晒されてしまう。
急く気持ちを何とか抑えて、外の様子に耳を澄ませる。外はそろそろ人通りがある頃だと思うけど、よほど森の奥深くに入ってしまったのか、全然人の気配がしない。
ふぅっとため息をついた。するとちょんと冷たい感触が右頬に触れた。
「何?!」
驚いて頬の触れた右側を振り仰ぐと、一匹の玉虫色の鹿がキョトンとした表情で私を見つめていた。
綺麗な玉虫色。これは間違いなく幻獣だ。
鹿は黒瑪瑙の様な瞳を潤ませて、私の頬にまた鼻先をちょんと当てる。
「……ありがとう。励ましてくれてるのね。ごめんね、ここは貴方の家なんでしょう? 勝手にお邪魔してしまったわ」
鹿は鼻面を私に擦り寄せて来た。
「優しいのね。私は大丈夫だから、心配しないで。……ねえ? 外には人の気配は無い?」
私がそう訊ねると、鹿はすくっと立ち上がって、洞窟の外に出た。
「大丈夫なのね、ありがとう。助かったわ」
はっきり言って滅茶苦茶に走ったから、完全に方向を見失ってる。お日様の方向はわかるから、きっとこっちから来たと思うんだけど……。
そう悩んでいると、鹿が軽い足取りで跳ねた。そして数歩分進むと、私の方を振り返った。
「……送ってくれるの?」
鹿はじっと私を見つめてる。鹿を追っていくと、鹿はまた跳ねて進んだ。
数時間、そうして深い森を鹿の後に付いて歩いた。
しばらく行くと森はどんどん林へと変わっていく。そこで鹿は一方をじっと見つめた。
「この先に人がいる場所があるのね?」
その言葉を聞いた鹿は踵を返して元来た道を走っていった。
「……ちゃんとお礼を言えなかったわ。……ありがとう」
幻獣はこんな風に賢い。人の言葉をきっと理解してる。理解してると言うよりは感覚的に把握してくれてる感じだろうか?
マグダラスにいた時は城に何頭か羊や馬の幻獣がいたけど、そのどれもが私達人間によくなついていたし利発だったし従順でいてくれた。力も強く、普通の羊や馬より大きいからいざという時とても頼りになった。
私は鹿の去った方に一礼して、鹿のじっと見つめた方に歩み始めた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる