人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 岸はどんどん見えなくなって、とうとう影になり、そしてその影すらも無くなって、完全に辺りは海原になってしまう。
 私はそれをただただ呆然と見ているしかなかった。
「……人質になっていた赤ちゃんは無事にお母さんの元に返してくれた?」
 アルカラは私の背後に立って言った。
「ええ。返しましたよ? もう用はありませんからね」
 ひとまずその言葉にホッとする。
「私はビアニアのどこに連れて行かれるの?」
「ここでは日差しもキツい。船室に入りませんか?」
 私はその言葉に振り返りもせずに答える。
「私、船には弱い方なの。船室にいるより甲板で風に当たってる方が気が紛れるわ」
「ほほ、海の民の王妃とは思えないですね。何か飲み物でも用意させましょう」
 船から海を眺めていると4隻の船がこの船に追行しているのが分かった。
「……質問に答えてくれない? ビアニアのどこに連れて行かれるの?」
「まずはシャカラという街にご滞在頂きます。その後エディドという街に屋敷をご用意させて頂いておりますので、ほとぼりが覚めた頃にそこで手前どものお客様とお引き合わせ致します」
「……私は、おいくらなの?」
「……と、仰いますと?」
「貴方商人なのでしょう? だったら私は貴方のお客さんに売られたのよね? 貴方の仕入れ値と私の販売価格、その両方を払うと言ったら応じて下さる?」
 アルカラは目を細めて笑う。
「ほうほう……。これはこれは、王妃様は自らを買い戻そうというのですか?」
 本当はこんな人を儲けさせるのは腹立たしいし悔しいけど、でも私はやっぱりどうしても陛下の元に帰りたい。
「ええ、それに色をつけてもいいわ」
「これは魅力的なお話ではありますね、しかし残念ながら手前どもは王妃とはお取引出来ません」
「……販売価格の倍出すと言っても?」
 彼の目には小娘の浅知恵を嘲るような色が見える。
 そんな彼の様子に悔しさのあまり、ぎゅっと握り拳を作ってしまう。
「ええ、王妃? 我々商人が大事にするものは何だと思いますか?」
「……利益?」
「そう、利益です。王妃との取引には利益が無いのですよ」
「どうして? 倍出すのだからあるじゃない」
「今回のご依頼元がね、手前どもの地元では大変な有力者のようでね、そんな方からの信頼を裏切ると、今後の利益に関わりますからね」
「……貴方、プトレドの商人なのでしょう? 貴方の地元の人って……」
「おお、これは口が滑りました。しかし我々もその方がどなたなのかは存じません。きっと王妃はいずれお会いになる事でしょう」
 アルカラはきっと私の事を商品としてしか見ていない。
 商品そのものと取引する人なんかいない。この男はそもそも私を人間だとは思ってないのだもの。
 それにこれからの商売の事を考えたら、プトレドのその要人さんと懇意になる方が確実に優位に働く。
 私が自由に出来る事なんてセオ島といくつかの鉱山しかない。
 私には図ってあげられる便宜がない。
 彼がこの仕事で得られる以上の利益を私は提案出来ない。
 それが悔しくて唇を噛んでいると、もう見えなくなった陸の方から、たくさんの船影が見えた。
 商船は荷を積んでる分脚が遅い。しかも船団を組んでいるなら尚の事、速度を脚の遅い船に合わせるからどうしたって速度が出るように作られてる軍船には敵わない。
 そう、その船影の掲げる旗は、錨をモチーフにしたギネゼ領の紋章。
 あの船には軍師様が乗っておられる。
 大海原を見渡していたから、随分と外海に来てしまったように思っていたけど、まだ全然領地内だったようだ。
 その船影に私は安堵を覚えて船の縁にしがみついてそれをじっと眺めた。
 アルカラは後ろから私の腕を掴んだ。
「離して!」
 私はアルカラの手を振り払って船首まで駆けて、手の平にありったけの魔力を込めて、大きな火の玉を作った。
 それは私が今まで見た事もない位の、私の顔の何倍もの大きさの炎球が出来上がった。
「来ないで! 私に触ったら、この炎を船にぶつけるから!」
 多分この大きな炎球は軍師様の船からも見えているだろう。
 そしてこのグリムヒルトでこんな大きな炎を作れる人間は多分私だけだと思う。
 きっと軍師様ならそれを察して下さる。
 こんな大海原で船が燃えてしまったら、きっと大変だ。
 アルカラとこの船の乗組員達は、初めて見るだろう、魔法に目を白黒させながら私への対処に困っているようだ。
 アルカラ達を警戒しながらちらりと船影の方に目をやると、軍師様の軍船は水兵達が矢を構えてこちらを狙っている。
「その女を何とかして捕らえろ!」
 アルカラが乗組員達に大きな声で命じる。
 アルカラ達にしてみれば、グリムヒルトの軍船に取り囲まれそうになっているなら、私を人質にして牽制しつつ、逃げ切るしかない。
 多分それを目論んでいたのだろうけど、私が魔法を使えるという事は全然念頭に置いてなかったらしくて、焦りの色が見える。
 アルカラは場数を踏んでいそうな、堂々とした威厳あるタイプの商人だけど、今回ばかりは想定外のようだ。
「……っ!! 全船に告ぐ! 弓を構え、応戦しろ!」
 アルカラはとにかく逃げ切る事に専念する事にしたらしく、5隻の船は全て武装していたようで、バリスタまで用意していたようだ。
 私の乗る船以外の他4隻は、乗組員達がバリスタを準備し始めている。
 こちらの船団から、弓が引かれる。でも、軍師様の船からは弓が飛んでは来ない。応戦せずに皆、盾の向こうで息をひそめている。きっと私が邪魔になってるんだ……。
 私は手の平に炎を作ったまま、悩む。
 私がここにいる事で軍師様の枷になってるのなら……
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