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193、閑話ー科戸1ー
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マグダラスを出港してから、2日目。
航海は順調に進み、予定通りレイティアを乗せた軍船は、グリムヒルトの領海に入った。
「少し体調が優れなさそうだ。大丈夫か?」
炎のセイレーンの二つ名を持つ、この軍船の船長、グリムヒルト王国の軍師であるヴィルヘルム・ラリ・ヴィルッキラの妻、ヘリュ・イリニヤ・ヴィルッキラはレイティアに気遣いの声をかけた。
「あ、えっと、……正直に言うと、少しふわふわした感じで……。船というのはこんなにずっと揺れているものなんですね……。皆さん全然平気そうで、凄いです」
レイティアは眉尻を下げながら精一杯笑って見せながら答えた。
「無理をする事はない。風の当たる甲板に出よう」
船室に篭もっていては余計に船酔いは酷くなるだろう。そう思い誘う。
「でも、私が外に出るのはご迷惑ではないでしょうか?」
「何故?」
「だって、海兵の皆さん、忙しく働いていらっしゃるでしょう? 私がいたら作業の邪魔になるのではないかと思って」
船に乗り込んだ当初は軍船の様子を気にする素振りを見せていたレイティアだったが、兵士達の忙しそうな様を見て、船室の中に篭もる様になった。
軍師やヘリュや、そしてその客人として大切に扱えと言われているこの他国の王女がいたら畏まってしまう。
彼らはこの三者がいない所でやっと少しばかりの休息を取っている。
レイティアはそれをこの船に乗り込んですぐに察した様で、それ以降は大人しく船室にいた。
しかし、その為に船に酔ってしまった。
「気にする事はない」
ヘリュは一人掛けの椅子に腰かけるレイティアに手を差し伸べる。
今は休憩の時間も終わって、どのみち皆が気を張ってる時間だ。
正直な所限界だったレイティアはそっとヘリュの手を取った。
ヘリュはこの王女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
本来、彼女はこの船に乗る必要などなく、故郷で平穏に暮らしていける筈だった。
しかし、自分の夫が自国の自堕落な王の為に、この王女を欲した。
そのせいで彼女は故郷と今生の別れを済ませ、他国の15も歳上の王に嫁ぐ事になった。
夫の身勝手な願いに腹が立つ。
今後この王女の為出来る限りの事をしてやろうと思っていた。
初めてマグダラスで逢った時、心根の優しい娘だと思った。
素直で屈託がなく、好奇心に駆られくるくるとよう動く瞳が何とも言えず心をくすぐった。
王女だというのに、一切驕った所がない。
かと言って、その責任を自覚しない訳でも、放棄している訳でもない。
今まで見て来た高官や名家の子息や息女達とは根本的に何かが違っている様に思った。
手を引いて、甲板に降りると潮風がマストの帆をハタハタと揺らしていた。
その風に当たっているレイティアの様子は、少しばかり気分が晴れた様だった。
「あの……」
「なんだ?」
「後どの位でグリムヒルトの王都に着くのでしょうか?」
「後1日という所だろうか。耐えられそうか?」
「……はい。なんとか耐えます」
風に当たりながら、果てのなく感じる水平線を眺めていると、遠くの波間に何かが揺られ、翻弄されるのが分かった。
「……あの、あれ、なんでしょうか?」
ヘリュはじっと目を凝らした。
「……人かもしれない」
レイティアはその言葉に驚く。
あんな遠くのものが見えた事にも、人だという事にも。
「早く助けなくちゃ!」
レイティアは自分達の近くで作業していた海兵に大声で叫ぶ。
「人が海に流されてるんです! お願い! 早く助けて!」
船員は落ち着いた様子でレイティアに言った。
「ああ、ありゃ、ロカモア領の地の民でしょ?」
「……地の民? なにそれ?」
レイティアにとっては初めて聞く名称だった。
「地の民ってのは原住の奴らの事ですよ。その混血も含みますがね」
この海兵の口ぶり、落ち着いた態度から、その地の民がどんな扱いを受けているのはなんとなく察せられた。
「……で、その、地の民だったら、何故急がなくていい理由になるの?! 命ある人間である事に違いはないでしょう?!」
「でもねぇ、航路に乗ってますし……」
侮蔑する眼差しを向けるこの海兵の態度に、レイティアは体内の血が沸騰したのを感じた。
衝動的に高甲板に駆けあがって、大声を張り上げた。
「今すぐにあの人を助けなさい!」
レイティアの凛と張った声音に、皆が作業の手を止めて振り向いた。
「貴方達、グリムヒルトの兵士でしょう?! 自国の民が助けを必要としていてそれを救えないなんて、情けないと思わないの?!」
そのあまりの剣幕に皆、あっけに取られている。
「自分の国の民を救えない兵士なんて、お飾りと一緒だわ!」
一人の海兵がレイティアを見上げて言った。
「我らは軍人です。上官の命のない事は出来ません」
「では、貴方は上官が命を下さなければ、グリムヒルトが攻め込まれても黙って見てるの? 自分の家族が助けを求めていても、何もしないの?!」
また他の海兵がレイティアに呆れた様に言った。
「あれは我らの守るべきものではありません」
その言葉に更に激昂したレイティアは声を荒らげた。
「なら、このボートをよこしなさい! 私があの人を助けに行きます!」
航海は順調に進み、予定通りレイティアを乗せた軍船は、グリムヒルトの領海に入った。
「少し体調が優れなさそうだ。大丈夫か?」
炎のセイレーンの二つ名を持つ、この軍船の船長、グリムヒルト王国の軍師であるヴィルヘルム・ラリ・ヴィルッキラの妻、ヘリュ・イリニヤ・ヴィルッキラはレイティアに気遣いの声をかけた。
「あ、えっと、……正直に言うと、少しふわふわした感じで……。船というのはこんなにずっと揺れているものなんですね……。皆さん全然平気そうで、凄いです」
レイティアは眉尻を下げながら精一杯笑って見せながら答えた。
「無理をする事はない。風の当たる甲板に出よう」
船室に篭もっていては余計に船酔いは酷くなるだろう。そう思い誘う。
「でも、私が外に出るのはご迷惑ではないでしょうか?」
「何故?」
「だって、海兵の皆さん、忙しく働いていらっしゃるでしょう? 私がいたら作業の邪魔になるのではないかと思って」
船に乗り込んだ当初は軍船の様子を気にする素振りを見せていたレイティアだったが、兵士達の忙しそうな様を見て、船室の中に篭もる様になった。
軍師やヘリュや、そしてその客人として大切に扱えと言われているこの他国の王女がいたら畏まってしまう。
彼らはこの三者がいない所でやっと少しばかりの休息を取っている。
レイティアはそれをこの船に乗り込んですぐに察した様で、それ以降は大人しく船室にいた。
しかし、その為に船に酔ってしまった。
「気にする事はない」
ヘリュは一人掛けの椅子に腰かけるレイティアに手を差し伸べる。
今は休憩の時間も終わって、どのみち皆が気を張ってる時間だ。
正直な所限界だったレイティアはそっとヘリュの手を取った。
ヘリュはこの王女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
本来、彼女はこの船に乗る必要などなく、故郷で平穏に暮らしていける筈だった。
しかし、自分の夫が自国の自堕落な王の為に、この王女を欲した。
そのせいで彼女は故郷と今生の別れを済ませ、他国の15も歳上の王に嫁ぐ事になった。
夫の身勝手な願いに腹が立つ。
今後この王女の為出来る限りの事をしてやろうと思っていた。
初めてマグダラスで逢った時、心根の優しい娘だと思った。
素直で屈託がなく、好奇心に駆られくるくるとよう動く瞳が何とも言えず心をくすぐった。
王女だというのに、一切驕った所がない。
かと言って、その責任を自覚しない訳でも、放棄している訳でもない。
今まで見て来た高官や名家の子息や息女達とは根本的に何かが違っている様に思った。
手を引いて、甲板に降りると潮風がマストの帆をハタハタと揺らしていた。
その風に当たっているレイティアの様子は、少しばかり気分が晴れた様だった。
「あの……」
「なんだ?」
「後どの位でグリムヒルトの王都に着くのでしょうか?」
「後1日という所だろうか。耐えられそうか?」
「……はい。なんとか耐えます」
風に当たりながら、果てのなく感じる水平線を眺めていると、遠くの波間に何かが揺られ、翻弄されるのが分かった。
「……あの、あれ、なんでしょうか?」
ヘリュはじっと目を凝らした。
「……人かもしれない」
レイティアはその言葉に驚く。
あんな遠くのものが見えた事にも、人だという事にも。
「早く助けなくちゃ!」
レイティアは自分達の近くで作業していた海兵に大声で叫ぶ。
「人が海に流されてるんです! お願い! 早く助けて!」
船員は落ち着いた様子でレイティアに言った。
「ああ、ありゃ、ロカモア領の地の民でしょ?」
「……地の民? なにそれ?」
レイティアにとっては初めて聞く名称だった。
「地の民ってのは原住の奴らの事ですよ。その混血も含みますがね」
この海兵の口ぶり、落ち着いた態度から、その地の民がどんな扱いを受けているのはなんとなく察せられた。
「……で、その、地の民だったら、何故急がなくていい理由になるの?! 命ある人間である事に違いはないでしょう?!」
「でもねぇ、航路に乗ってますし……」
侮蔑する眼差しを向けるこの海兵の態度に、レイティアは体内の血が沸騰したのを感じた。
衝動的に高甲板に駆けあがって、大声を張り上げた。
「今すぐにあの人を助けなさい!」
レイティアの凛と張った声音に、皆が作業の手を止めて振り向いた。
「貴方達、グリムヒルトの兵士でしょう?! 自国の民が助けを必要としていてそれを救えないなんて、情けないと思わないの?!」
そのあまりの剣幕に皆、あっけに取られている。
「自分の国の民を救えない兵士なんて、お飾りと一緒だわ!」
一人の海兵がレイティアを見上げて言った。
「我らは軍人です。上官の命のない事は出来ません」
「では、貴方は上官が命を下さなければ、グリムヒルトが攻め込まれても黙って見てるの? 自分の家族が助けを求めていても、何もしないの?!」
また他の海兵がレイティアに呆れた様に言った。
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その言葉に更に激昂したレイティアは声を荒らげた。
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