アイツのきもち

うにたん

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第16話 元(嘘)カップルの再会

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「はぁ~、結局悠馬に会えなかったなあ」

 暗い夜道をとぼとぼと自宅に向かって歩いていたのは、明日奈だった。
 
 透の中学校時代の同級生と連絡を交換してからすぐに式典開始のアナウンスが流れて建物内に入っていくことになってしまった。

 明日奈は透の中学時代の同級生と「せっかくだから一緒に行きましょう」と言われて、一緒に行ってしまったので悠馬に会えないままだった。
 
「あの子…… ヘタレてた癖に何でぐいぐい私を引っ張り始めたんだろ…… そんな度胸があるなら私の知らない所でヘタレゾウリムシに勝手に特攻してればいいのに。しかもあのまま飲みに連れ回されるという暴挙。何時の間にかこんな時間になってるし…… 一生に一度の成人式が…… こんな形で終わるなんて……」

 本人が想像していた内容と全く違う成人式の終わり方に納得がいっていない明日奈は一人ぶつくさ文句を言いながら帰路についていた。
 
 家に近づいていくと、外灯の下をウロウロしながら頭を抱えている不審者を発見した。
 
(チッ、次から次へと今日は碌なことがないわね。丁度いいわ、警察に突き出す前に不審者に人生教育でもしてやろうかしら)

 明日奈は不審者に八つ当…… もとい、人間としての生き方、すなわち人生を教え込もうとしていた。
 
「そこの不審者、止まりなさい。人の家の周りをウロチョロする旋回ゴキブリ野郎に将来の教師が一足先に教育実習を施してやるからこっちを向きなさい。あぁ、抵抗は大歓迎だから精々頑張って頂戴」

 不審者は明日奈の言葉にピタッと止まり、頭から手をどけて明日奈の方に振り向いた。
 
 
 
 そこにいたのは、泣き腫らした目をした透だった。
 
 
 
「誰かと思えばもやしカマドウマじゃない。なんで、悠馬の家に近くでウロウロしてるのかしら?」

 明日奈は何かを察したように手の骨を鳴らしながら透に詰め寄る。
 
「アンタ…… まさか、悠馬・・にちょっかい出して嫌われた・・・・から『ストーカー はじめました』なんて看板しょい始めたんじゃないでしょうね?」

 その言葉に顔を強張らせた透を見て、明日奈はこめかみに青筋が立たせながら怒りの表情で透の胸倉を掴んでいた。
 
「半分冗談で言ったつもりだったんだけど…… お前、本気で悠馬に何かしたのか? 内容次第じゃ明日の朝日も拝めない身体になるから気を付けて回答しろ」

 透は泣き腫らした顔で胸倉を掴んできた明日奈の手を震えた手で握って…… 泣き出した。
 
「あ……あ”ず”な”ァ…… おねがい…… だずげで……。どうじでいいか…… わがらない……」

 予想外の反応に無表情で目を見開いてる明日奈…… 透のこんな姿を初めて見たせいか混乱している。
 
「え? ちょっ…… はぁ? 何? なになになに? いきなり何? マジで泣いてるの? どうしていいのか分からないのは私の方よ」

 明日奈はキョロキョロ周りを確認しながら、誰もいない事を確認すると透を近所の公園へと連れて行った。
 
 明日奈は透をベンチ座らせて、自動販売機に向かった。
 
「ほら、これで少しは落ち着きなさい」

 前回は中身入りのコーヒーをぶん投げたが、今回ばかりは普通に手渡した。
 
 コーヒーを数口飲んで大きく息を吐く。
 
 かつて王子様と呼ばれた男は今は見る影もない程、泣き顔で目元などは腫れていた。
 
 まだ鼻を啜っているが、ある程度は落ち着き始めていた。
 
「ごめん、ようやく落ち着いてきた」
 
「それで、悠馬と何があったの?」

「悠馬…… 今は悠里になったんだけど……」

 その言葉に明日奈はピクッと反応した。
 
(そう…… やっぱり選んだのね…… あの時、私の告白を受け入れなかった理由について、このままだと不誠実だからと教えてもらったっけ…… それでも、私は……)

「それで…… 女を選んだ悠里と何があったの」

「悠里から…… 告白されたんだ……」

 その言葉を聞いて飲み終わったコーヒーのスチール缶を握りつぶした明日奈は口角を吊り上げ、しかし目は全く笑っていない状態で「ほう…… それで?」と潰したスチール缶を透に見せつけながら続きを迫った。
 
「僕は…… 最低だ…… 彼女に…… とんでもない事を仕出かしてしまった」

「だーかーらー、それを聞いてんでしょうが。アンタに対する罪と罰は全て聞いてから確定させる」

「彼女に告白された時…… フラッシュバックしたんだ…… その…… 不誠実かと思われるかもしれないんだけど…… 重なってしまった…… 昔の彼女と…… それは…… 僕にとっては…… あまりいい記憶じゃなくて…… そうしたら…… 悠里の前で吐いてしまったんだ…… それを告白の返事と受け取られてしまって……」

 明日奈は透を一直線に見つめて微動だにしない。
 
 普段の明日奈であれば、こんな回答をしようものなら一直線に襲い掛かってくるだろう。
 
 しかしまだ動かない。黙って透の話を聞いていた。そして、身体を動かさずに口だけ動かし始めた。

「なるほどね…… それがアンタの心を巣食ったトラウマか…… 中学時代の思い出したくもない忘れたい思い出……」

「なっ、なんでそれを……」

 透はまさか自分の過去を身近な人間が知る事になるなんて思いもよらず、明日奈から距離を取ろうとするが……
 
 透は知らなかったのだ。明日奈大魔王からは逃げられないという事を。

「成人式の会場でね、たまたまアンタの中学時代の同級生に出くわしたのよ。アンタの事を心配する様な事を言っていたわよ」

「そんな訳ないだろう、彼らは僕から離れて行った。近づくなと言わんばかりの雰囲気を出していたよ。あの件以来は、中学では女の子すら寄ってこない有様でね…… だから僕はもう――」

「――誰かと深く関わった結果、アンタは一人になった。だから深く関わろうとしなかった。また同じ目に会うかもしれない、あの目で見られるかもしれない、あの声で傷つけられるかもしれない。そうしたら周りからも見捨てられる。あんなことが有った矢先に一人ぼっちになってしまった…… それが怖いから、だから誰とも深い関係になろうとしなかった」

「――それなのに彼女に深く関わろうとした…… その結果がこれさ」

「じゃあ、何? 諦めるの? アンタのアイツに対する気持ちってその程度だったの?」

「……やだ、嫌だ! 諦めたくない! 彼女が去っていく姿を、涙を見て自分の本当の気持ちに気が付いてしまったから。もう一度彼女に会いたい、もう一度彼女の声を聞きたい、彼女に…… 触れたいんだ。その為ならなんでもします。力を貸して下さい、お願いします」

 透はまた目に涙を浮かべて明日奈に向かって突然土下座をし始めた。
 
 明日奈は冷静にその姿を見ていた。

「恥も外聞も捨てて、嫌っていたはずの私に土下座するなんてね……
 
 かつて王子様とか呼ばれたキラキラしていたはずのアンタが今じゃ
 
 無様で、

 情けなくて、
 
 みっともない、
 
 目を腫らしたぶっさいくな顔で、
 
 無理して敬語まで使って私に懇願するとか……
 
 本当に惨めな男……
 
 
 でも、その根性だけは認めてあげる。協力してやるわよ」

「ありがとう。明日奈」

 明日奈の言葉に透の表情は今までで一番輝いてたように見えた。 

「ふんっ、とりあえずアンタのトラウマ問題をなんとかしないと前に進めないでしょ。原因の元であるその元カノの情報が必要ね」
 
 その言葉に透の顔色はお地蔵さんの様な色合いになっていき、脂汗を流していた。
 
 呼吸も荒くなり、吐き気をなんとか抑えている様子が見て取れる。
 
「す、すまない…… 正直…… 普段はあの子の何もかもを思い出せないんだ…… 無理に思い出そうとする度に身体が拒絶反応を起こすんだ……」

 突如ニンマリした表情を浮かべた明日奈はゆっくりと透に近寄ると……
 
「そういう時の対処療法を教えてあげるわ」

「えっ!?」

 というと笑顔のまま透の頬に張り手を一撃お見舞いしていた。
 
 その衝撃で透は糸の切れたマリオネットの様に力無く地面に沈んだ。
 
「あら? おばあちゃんちにあるテレビだとこれで直ったりするんだけれど…… 手加減が甘かったかしら…… おかしいわね、10%程度で叩いたのに…… チッ、予想以上のもやしっぷりにビビるわ。うーん、対象の女の情報を聞きそびれてしまったし…… どうしようかしら」

 全く悪びれる様子もない明日奈は、本当に、ほんっとーに気が進まないが、電話連絡先を交換した透の中学校の同級生に電話番号にかける事にした。

『はい、柳本です』

「喜多川ですけど」

『あっ、明日奈さんですか? 早速お電話いただけるなんて思いませんでした。もしかして元カレの一条君の過去の話でも聞きたくなりましたか?』

「その(気絶してる)ゴミムシなら私の目の前にいるから要らないわ。私が聞きたいのは(気絶してる)ゴミムシにトラウマを植え付けてくれた張本人の名前と最初に入院していた病院の名前を教えてくれるかしら?」

『目の前にいるんだったらご本人に聞いた方が早くないですか? ハッ! もしかして、それを口実に私と連絡がしたかっただけなのでは?』

「切っていいかしら?」

『嘘です、嘘です。冗談ですから。えっと…… 名前は金城 香織さんです。当時入院していた病院の名前は――』

「わかったわ。ありがとう」

『あ、待ってください。とっておきの情報があるんですよ。なんと! 一条君がバレンタインの日に――』

 これ以上は聞きたくなかったので、電話を即切りした明日奈は別の連絡先に電話をしていた。
 
「私よ」

『明日奈? 成人式で全然見つからなかったんだけど、どこ行ってたのよ』

「厄介な子に目を付けられてしまったの。その子の相手をしてただけで一日が終わってしまったわ」

『へー、明日奈が手を焼くなんて珍しいじゃない。その話の詳細も気になるけど…… 用件はそんな事じゃないんでしょ?』

「ええ、ちょっと調べて欲しい人物がいるの。今はどこにいるかも含めてね。五年半程前に起きた殺人未遂事件の被害者を調べて欲しいの。名前は金城 香織、この子の現在の居場所を調べて欲しいの。当時入院していた病院は――」

『それさ…… 誰関連の話なの?』

「名前も出すのも嫌な奴」

『ふーん、一条君関連か。相変わらず面白そうな事に首突っ込んでるのね。でも、私を巻き込む以上、面白そうなネタの提供はしてもらうわよ』

「分かってる。対象が見つかり次第、会いに行くから一緒に来たらいいわ」

『了解…… ちょっと調べてみるわ。うーん、三日貰えるかな?』

「お願いね」



 電話を切った明日奈は倒れている透を見ながらため息をついていた。



「コイツ、いつになったら目を覚ますんだろ…… この寒空の中放置してもいいのだけれど…… 今死なれるのはさすがに困るわね」



 気絶した透の対処に困っていた。
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