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【回想】春の陽だまりと、無謀な切望
それは、今から一年前。世界がまだ、輝きに満ちていると信じていた春のことだ。
王立学園の二年生になったばかりのオードリーは、図書室の窓から、中庭に集う生徒たちを眺めるのが日課だった。
視線の先にはいつも、黄金の光を撒き散らす太陽のような少年がいる。
レオナード・ヨーク。
同じ学年の彼は、歩くたびに誰かに声をかけられ、そのたびにヘーゼルの瞳を細めて、人懐っこく笑う。
「やあ、元気? 今日のリボン、よく似合っているね」
そんな、誰にでも平等に配られる「軽やかな言葉」に、どれほどの令嬢たちが心を奪われてきたことだろう。
オードリーは、自分の茶色の髪を指先で弄んだ。鏡を見るたびに思う。自分は、どこまでも「普通」だ。
ジャッカス子爵家は裕福だが、歴史の浅い商家上がり。兄のピエールや、その妻である麗しいイザベル義姉様のように、貴族としての華があるわけではない。
そんな自分が、彼のような「王子の写し身」を好きになるなんて。
(記念受験、なのよ。だから)
卒業してしまえば、彼はもう手の届かない世界の住人になる。今のうちに、この胸を焦がす熱に名前をつけて、彼に預けてしまいたい。
一度だけでいい。彼に「オードリー・ジャッカス」という名前を呼んでもらえたら、それだけで一生分の思い出にできる。
そう決心した、あの日の放課後。
オードリーは、すれ違いざまに震える手で彼へと手紙を差し出した。驚いたような彼の視線を背中に感じながら、逃げるようにその場を去った。
告白の呼び出し場所は、放課後の校舎裏。古びた時計塔の影が長く伸びる、静かな場所だ。
春の夕暮れは、驚くほど静かだった。
しんしんと、影が足元から這い上がってくる。
約束の時間を五分過ぎた頃、静かな足音が聞こえてきた。
「やあ。待たせちゃったかな? 呼び出しなんて、なんだか改まっているね」
振り返ると、レオナードがそこにいた。
制服の第一ボタンを外し、鞄を肩に引っかけた、ひどく無防備で、それゆえに酷いほど魅力的な姿。
オードリーは心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に抑え、スカートの裾を握りしめた。
「レ、レオナード様……。お忙しい中、申し訳ありませんっ」
「いいよ。僕、暇つぶしは嫌いじゃないし。……それで、お話って?」
レオナードは、小首を傾げて微笑んだ。
その瞳には、熱意も、緊張も、特別な関心もない。ただの「好奇心」だけが、そこにあった。
「私……ずっと、お慕いしておりました。……お返事は、いりません。ただ、卒業される前に、一度だけでいいから、お伝えしたかったのです」
言い切ると同時に、オードリーは深く頭を下げた。
視界には、自分の靴先と、レンガの隙間に咲いた小さな名もなき花だけが映る。
沈黙が流れた。
時計塔の歯車が軋む音さえ聞こえそうな、長い、長い沈黙。
「……ふーん」
頭上で、レオナードの楽しそうな声が響いた。
オードリーが顔を上げると、彼はヘーゼルの瞳を輝かせ、まるで面白い玩具を見つけた子供のような顔をしていた。
「僕でいいの? 君、なんだか大人しそうだけど、僕みたいな遊び人と付き合ったら大変だよ?」
「え……?」
「いいよ。付き合おうか、オードリー」
彼は、手紙に書いたオードリーの名前を呼んだ。
そして、流れるような動作で彼女の細い指先を取り、軽く唇を落とした。それは、オードリーが夢に見た「奇跡」の瞬間だった。
けれど、その時の彼女は気づいていなかった。
レオナードの瞳の奥に、愛おしさは微塵も存在せず、ただ「新しい刺激」への期待しかなかったことに。
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王立学園の二年生になったばかりのオードリーは、図書室の窓から、中庭に集う生徒たちを眺めるのが日課だった。
視線の先にはいつも、黄金の光を撒き散らす太陽のような少年がいる。
レオナード・ヨーク。
同じ学年の彼は、歩くたびに誰かに声をかけられ、そのたびにヘーゼルの瞳を細めて、人懐っこく笑う。
「やあ、元気? 今日のリボン、よく似合っているね」
そんな、誰にでも平等に配られる「軽やかな言葉」に、どれほどの令嬢たちが心を奪われてきたことだろう。
オードリーは、自分の茶色の髪を指先で弄んだ。鏡を見るたびに思う。自分は、どこまでも「普通」だ。
ジャッカス子爵家は裕福だが、歴史の浅い商家上がり。兄のピエールや、その妻である麗しいイザベル義姉様のように、貴族としての華があるわけではない。
そんな自分が、彼のような「王子の写し身」を好きになるなんて。
(記念受験、なのよ。だから)
卒業してしまえば、彼はもう手の届かない世界の住人になる。今のうちに、この胸を焦がす熱に名前をつけて、彼に預けてしまいたい。
一度だけでいい。彼に「オードリー・ジャッカス」という名前を呼んでもらえたら、それだけで一生分の思い出にできる。
そう決心した、あの日の放課後。
オードリーは、すれ違いざまに震える手で彼へと手紙を差し出した。驚いたような彼の視線を背中に感じながら、逃げるようにその場を去った。
告白の呼び出し場所は、放課後の校舎裏。古びた時計塔の影が長く伸びる、静かな場所だ。
春の夕暮れは、驚くほど静かだった。
しんしんと、影が足元から這い上がってくる。
約束の時間を五分過ぎた頃、静かな足音が聞こえてきた。
「やあ。待たせちゃったかな? 呼び出しなんて、なんだか改まっているね」
振り返ると、レオナードがそこにいた。
制服の第一ボタンを外し、鞄を肩に引っかけた、ひどく無防備で、それゆえに酷いほど魅力的な姿。
オードリーは心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に抑え、スカートの裾を握りしめた。
「レ、レオナード様……。お忙しい中、申し訳ありませんっ」
「いいよ。僕、暇つぶしは嫌いじゃないし。……それで、お話って?」
レオナードは、小首を傾げて微笑んだ。
その瞳には、熱意も、緊張も、特別な関心もない。ただの「好奇心」だけが、そこにあった。
「私……ずっと、お慕いしておりました。……お返事は、いりません。ただ、卒業される前に、一度だけでいいから、お伝えしたかったのです」
言い切ると同時に、オードリーは深く頭を下げた。
視界には、自分の靴先と、レンガの隙間に咲いた小さな名もなき花だけが映る。
沈黙が流れた。
時計塔の歯車が軋む音さえ聞こえそうな、長い、長い沈黙。
「……ふーん」
頭上で、レオナードの楽しそうな声が響いた。
オードリーが顔を上げると、彼はヘーゼルの瞳を輝かせ、まるで面白い玩具を見つけた子供のような顔をしていた。
「僕でいいの? 君、なんだか大人しそうだけど、僕みたいな遊び人と付き合ったら大変だよ?」
「え……?」
「いいよ。付き合おうか、オードリー」
彼は、手紙に書いたオードリーの名前を呼んだ。
そして、流れるような動作で彼女の細い指先を取り、軽く唇を落とした。それは、オードリーが夢に見た「奇跡」の瞬間だった。
けれど、その時の彼女は気づいていなかった。
レオナードの瞳の奥に、愛おしさは微塵も存在せず、ただ「新しい刺激」への期待しかなかったことに。
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