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一人ぼっちの新婚初夜
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窓の外では、祝福の余韻を残す初夏の月が、白銀の光を寝室に投げかけている。
バスチア伯爵家の嫡男、ニコラスとの結婚式を終えたばかりの夜。シンシア・バスチア――つい数時間前までシンシア・ブランシュであった十八歳の彼女は、豪奢な天蓋付きのベッドの端に腰を下ろしていた。
ブランシュ伯爵家の長女として、幼い頃から「完璧な淑女」であることを叩き込まれてきた。
ブルネットの豊かな髪をほどき、ナイトドレスの上から薄手のガウンを羽織った彼女の姿は、月光に照らされて息を呑むほどに美しい。アーモンド形の大きな瞳は知的で、大人の色香と気品を湛えている。誰もが羨む「次期伯爵夫人」の座。しかし、その内実は、氷のような静寂に包まれていた。
「……遅いわね」
ぽつりとこぼした言葉が、広い室内に虚しく響く。
階下からは、まだ微かに祝宴の喧騒が聞こえてくる。親族や賓客たちは、新郎新婦が中座した後も、美酒に酔いしれながら二人の門出を祝っているはずだ。
新郎であるニコラスは、着替えを済ませて戻ると言ったきり、すでに一時間が経過していた。
その時、廊下から慌ただしい足音が近づき、ドアが遠慮なく開け放たれた。
現れたのは、明るい茶色の髪を乱し、夜会服を脱ぎ捨てて外出着に着替えた夫、ニコラス・バスチアだった。
「シンシア、すまない! 急用ができた」
「……急用、ですか? こんな夜更けに?」
シンシアは動揺を押し殺し、凛とした声で問いかけた。
ニコラスは、端正だがどこか甘さの残る顔を歪め、申し訳なさそうに、しかし断固とした口調で告げた。
「ジェニファーだよ。カーフィ子爵令嬢の。さっき使いの者が来てね、帰宅途中に馬車の車輪が壊れて、夜道で立ち往生しているらしいんだ。酷く怯えて、僕を呼んでいると」
「……カーフィ子爵令嬢には、お兄様がいらしたはずでは? 彼女のお父様方も、あちらの宴席にいらっしゃるのではないですか?」
当然の指摘だった。階下には大勢の騎士や貴族がいる。助けが必要なら、誰か手が空いている者を向かわせれば済む話だ。だが、ニコラスはシンシアの言葉を「冷酷さ」であると決めつけたように、眉をひそめた。
「皆、ひどく酔っ払っているんだ! ジェイクもシモンたちと飲み比べて、もうまともに馬も操れない。そんな奴らに、あの子を任せられるわけないだろう。今の屋敷で、酒を飲まずにすぐ動けるのは、新郎である僕しかいないんだ」
「……ですが、今夜は私たちの……初めての夜です。人を雇うなり、御者を向かわせるなり、他にも方法は……」
「ジェニファーはまだ十四歳だ! 繊細で、暗いところが何より苦手なんだよ。使いの者によれば、怯えてひどく泣きじゃくっているらしい。あの子にとって、頼れるのは昔から僕しかいないんだ」
ニコラスは、すがるような目で一点を見つめるシンシアから、残酷に視線を外した。
「シンシア、君は聡明で強い人だ。一人で夜を明かすくらい、どうということはないだろう? でも、あの子は今、恐怖で震えているんだ。分かってくれ、君なら理解してくれるはずだ」
ニコラスはそれだけ言い残すと、振り返りもせずに部屋を飛び出していった。
重厚なドアが閉まる音が、シンシアの心に楔を打ち込む。
新婚初夜。夫は、妻よりも「怯える六歳年下の幼馴染」を選んだ。
自分を「強い」と評した夫の言葉は、信頼ではなく、ただの「放置するための免罪符」に過ぎなかった。それがこの結婚生活の、呪わしい幕開けだった。
__________
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バスチア伯爵家の嫡男、ニコラスとの結婚式を終えたばかりの夜。シンシア・バスチア――つい数時間前までシンシア・ブランシュであった十八歳の彼女は、豪奢な天蓋付きのベッドの端に腰を下ろしていた。
ブランシュ伯爵家の長女として、幼い頃から「完璧な淑女」であることを叩き込まれてきた。
ブルネットの豊かな髪をほどき、ナイトドレスの上から薄手のガウンを羽織った彼女の姿は、月光に照らされて息を呑むほどに美しい。アーモンド形の大きな瞳は知的で、大人の色香と気品を湛えている。誰もが羨む「次期伯爵夫人」の座。しかし、その内実は、氷のような静寂に包まれていた。
「……遅いわね」
ぽつりとこぼした言葉が、広い室内に虚しく響く。
階下からは、まだ微かに祝宴の喧騒が聞こえてくる。親族や賓客たちは、新郎新婦が中座した後も、美酒に酔いしれながら二人の門出を祝っているはずだ。
新郎であるニコラスは、着替えを済ませて戻ると言ったきり、すでに一時間が経過していた。
その時、廊下から慌ただしい足音が近づき、ドアが遠慮なく開け放たれた。
現れたのは、明るい茶色の髪を乱し、夜会服を脱ぎ捨てて外出着に着替えた夫、ニコラス・バスチアだった。
「シンシア、すまない! 急用ができた」
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シンシアは動揺を押し殺し、凛とした声で問いかけた。
ニコラスは、端正だがどこか甘さの残る顔を歪め、申し訳なさそうに、しかし断固とした口調で告げた。
「ジェニファーだよ。カーフィ子爵令嬢の。さっき使いの者が来てね、帰宅途中に馬車の車輪が壊れて、夜道で立ち往生しているらしいんだ。酷く怯えて、僕を呼んでいると」
「……カーフィ子爵令嬢には、お兄様がいらしたはずでは? 彼女のお父様方も、あちらの宴席にいらっしゃるのではないですか?」
当然の指摘だった。階下には大勢の騎士や貴族がいる。助けが必要なら、誰か手が空いている者を向かわせれば済む話だ。だが、ニコラスはシンシアの言葉を「冷酷さ」であると決めつけたように、眉をひそめた。
「皆、ひどく酔っ払っているんだ! ジェイクもシモンたちと飲み比べて、もうまともに馬も操れない。そんな奴らに、あの子を任せられるわけないだろう。今の屋敷で、酒を飲まずにすぐ動けるのは、新郎である僕しかいないんだ」
「……ですが、今夜は私たちの……初めての夜です。人を雇うなり、御者を向かわせるなり、他にも方法は……」
「ジェニファーはまだ十四歳だ! 繊細で、暗いところが何より苦手なんだよ。使いの者によれば、怯えてひどく泣きじゃくっているらしい。あの子にとって、頼れるのは昔から僕しかいないんだ」
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「シンシア、君は聡明で強い人だ。一人で夜を明かすくらい、どうということはないだろう? でも、あの子は今、恐怖で震えているんだ。分かってくれ、君なら理解してくれるはずだ」
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重厚なドアが閉まる音が、シンシアの心に楔を打ち込む。
新婚初夜。夫は、妻よりも「怯える六歳年下の幼馴染」を選んだ。
自分を「強い」と評した夫の言葉は、信頼ではなく、ただの「放置するための免罪符」に過ぎなかった。それがこの結婚生活の、呪わしい幕開けだった。
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