六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました

恋せよ恋

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義弟シモンの想い

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 ――それから三ヶ月が経った。

 バスチア伯爵家の家政を取り仕切るシンシアの手腕は、完璧の一言に尽きた。
 使用人への指示、領地経営の補助、社交の差配。彼女が嫁いでからというもの、屋敷はかつてないほど円滑に回っている。義父であるバスチア伯爵も、彼女の聡明さを高く評価していた。

 だが、夫婦の寝室は、あの日以来、一度も「」で使われたことはない。
 ニコラスは、シンシアを「最愛の新妻」として尊重し、優しく接する。しかし、その優しさは、道端に咲く花を愛でるような、あるいは便利な道具を慈しむような、ひどく無機質なものだった。

「奥様、本日も旦那様は……」
「ええ、分かっているわ。カーフィ子爵家ね」
 侍女の申し訳なさそうな報告に、シンシアは書類から目を上げずに答えた。

 最近のニコラスは、週の半分をジェニファーのために費やしている。観劇の付き添い、買い物の荷物持ち、果ては「気分が優れない」という彼女の話し相手。
 そんな折、屋敷のサロンに一人の少年が訪ねてきた。ニコラスの弟、シリル・バスチア。十六歳。
 シンシアとは学園時代の先輩・後輩の間柄であり、生徒会で共に活動していた時期もある。彼は兄とは対照的に、若さに似合わぬ落ち着きと、射抜くような鋭い感性を持っていた。

「……シンシア様。また兄上は、のところですか」
「あら、シリル。お帰りなさい。学園の寮に戻らなくていいの? それから、そろそろ『お義姉様』って、呼んでくれてもいいのよ」
 シンシアが揶揄うような笑顔で顔を上げると、そこには苦々しげに眉を寄せたシリルが立っていた。

 彼はニコラスの弟であり、本来ならシンシアにとっては「義弟」にあたる。だが、シリルは頑なに彼女を「義姉上」とは呼ばず、かつてのように「シンシア様」と呼び続けていた。
「今日は実家の資料を取りに来ただけです。……それより、シンシア様。なぜ貴方は、これほどまでに兄上の無礼を許しておられるのですか」
 シリルは、シンシアの向かいに腰を下ろすと、隠しきれない怒りを含んだ瞳で彼女を見つめた。

 彼は昔から、シンシアに憧れていた。凛としていて、誰よりも努力家で、それでいて密かに他者を思いやる彼女の尊さを知っていた。だからこそ、自分の兄が彼女を蔑ろにし、幼い少女にうつつを抜かしている現状が許せなかった。

「怒る? 理由がないわ。旦那様は、騎士道精神に溢れていらっしゃるだけよ。年下の令嬢を助けるのは、貴族の義務でしょう?」
「あんなのは騎士道じゃない。ただの独りよがりな甘やかしだ。それに、アイツ――ジェニファー嬢も確信犯ですよ」
 シリルは吐き捨てるように言った。

 実は、ジェニファーが本当に想いを寄せているのは、ニコラスではなくシリル本人だった。しかし、シリルは彼女の我が儘で計算高い性格を毛嫌いし、常に冷淡にあしらっている。
「ジェニファーは、僕に相手にされない腹いせに兄上を利用しているんです。兄上が優しくすればするほど、貴方が傷つくと分かってやっている。あんな図々しい女、まともな神経をしていたら、新婚の屋敷から夜な夜な他人の夫を呼び出し続けたりしません」

「シリル、そんな風に言うものではないわ。彼女は十四歳。幼いのよ」
「……シンシア様は、お優しすぎます。あるいは、兄上への期待を既に捨てておられるのか……」
 シリルの射抜くような視線に、シンシアは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 シリルは立ち上がり、彼女のデスクの傍まで歩み寄る。
「僕なら、貴方をそんな風に一人にはさせない。……絶対に」
 その声は低く、そして熱を帯びていた。
 シリルにとって、シンシアは「兄の妻」という枠に収めていい存在ではなかった。自分を導いてくれた憧れの先輩であり、今もなお胸を焦がさせる唯一の女性。

 だが、シンシアはあくまで「義姉」として、穏やかに微笑んで見せた。
「ありがとう。でも、私は大丈夫よ。私は、バスチア伯爵家の次期夫人なのですから」
 その返答が、シリルの胸を刺した。

 彼女が「次期夫人」という役割の仮面を被れば被るほど、彼女の心は削られていく。それを救えない自分への苛立ちと、彼女の強さへの愛しさが、シリルの中で黒く渦巻いていた。
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