愛してると泣かれても迷惑です〜お姉様の身代わりに冷徹公爵へ嫁ぐ〜

恋せよ恋

文字の大きさ
9 / 18

夜会の鐘、終焉の調べ

しおりを挟む
 嵐の予感は外れ、夜会の夜は不気味なほどに静まり返っていた。満月の光が、ロレンタ侯爵邸の庭園を白々と照らし、冷たい美しさを際立たせている。

 今夜の私は、マキシム様が贈った最高傑作のドレスを身に纏っていた。夜空を切り取ったような深い紺色のシルクに、無数のダイヤモンドが瞬く。そして首元には、あの日 差し出されたサファイア。鏡の中の私は、自分でも恐ろしいほどに冷たく、そして美しかった。

「――完璧だ。これこそ、僕が夢に見たジュリアだよ」

 背後からマキシム様が私を抱き寄せ、その首筋に鼻を寄せる。

「ああ、今日もあの香りを纏ってくれたんだね。……愛している。今夜、すべてが終われば、君は名実ともに僕だけのものだ」

 彼の言葉には、隠しきれない狂気が滲んでいた。リーザへの裏切り、サンドラお姉様との不貞、重なりすぎた嘘の重みが、彼を「ジュリアとの既成事実」という妄執へと駆り立てている。

 私は微笑みを崩さず、彼の腕の中で小さく頷いた。

「ええ、マキシム様。今夜、すべてが終わりますわ」

 我が家主催の夜会 会場に足を踏み入れると、華やかな音楽と人々の喧騒が押し寄せてきた。マキシム様は誇らしげに私をエスコートし、周囲の羨望の眼差しを浴びていた。

 不意に、視線の端で銀色の輝きが動いた。アレックス様だ。

 彼は壁際に立ち、私と目が合うと、わずかにグラスを掲げて見せた。その灰色の瞳が「時が来た」と告げている。

 夜会の半ば、私はマキシム様の耳元で密やかに囁いた。

「マキシム様、例の場所へ……。私は少し遅れて参ります。先に図書室の『奥』で待っていてくださる?」

 マキシム様は瞳を輝かせ、誰にも気づかれないよう会場を後にした。

 それを見送り、私は次なる仕掛けを動かす。会場の入り口で焦れたようにマキシムを探していたリーザに、すれ違いざま、マキシム様の筆跡を真似た小さなメモを落とす。

『――図書室へ。今夜、ジュリアとの婚約を破棄する決心がついた。君を正式なパートナーとして迎えたい。マキシム』

 リーザはメモを読み、顔を高揚させて図書室へと急いだ。

 最後に、私は姉のサンドラの元へ向かった。彼女はアレックス様を放置し、不機嫌そうにシャンパンを煽っていた。

「お姉様。マキシム様が、図書室で『大切な話』があるとおっしゃっていましたわ。アレックス様との婚約を解消するための秘策を思いついた、と」

 サンドラは疑わしげに私を見たが、私の「無垢な妹」の演技に毒気を抜かれたのか、鼻を鳴らして立ち上がった。

「……フン、遅いくらいだわ。アレックスのような氷の塊と一緒に隣国へ行くなんて、死んでも御免ですもの」

 役者は揃った。

 私は冷えた手首を隠すように扇を握りしめ、アレックス様の元へ歩み寄った。

「準備は、よろしいですか?」

「ああ。君の父上と兄君も、今、裏の廊下へ案内している。……これから見るものは、劇薬だ。ジュリア、本当にいいんだな?」

 アレックス様が私の手を力強く握る。その指の隙間から伝わる熱が、私の震えを止めてくれた。

「はい。膿は、すべて出し切らなければなりません」

 私たちは、静まり返った廊下を進んだ。前方には、アレックス様に「図書室の蔵書を確認したい」と誘われた父とダニエルお兄様が歩いている。

 図書室の扉が、微かに開いていた。

 そこから漏れ聞こえてくるのは、甘い囁き――ではない。

「――どういうことよマキシム! 私を選んでくれるって、この手紙に書いたじゃない!」

「リーザ!? なぜ君がここに……離せ、僕はこれからジュリアと……!」

「あら、マリアナとのことは終わったと思ったら、今度はこの小娘なの? マキシム、私への愛は嘘だったのね!」

 サンドラの鋭い声が響き、続いて肉がぶつかる鈍い音、そして衣擦れの音が重なる。

 扉の前にいた父とダニエルお兄様が、石のように固まった。

「な、なんだ……この騒ぎは……」

 父の震える手が、重厚な扉を押し開ける。

 そこには、乱れたドレスのままマキシムに縋り付くリーザと、彼を激しく罵倒しながらその頬を叩こうとするサンドラの姿があった。

 そして、その中心で、情欲と焦燥にまみれた醜い表情を浮かべるマキシムがいた。

「マキシム……サンドラ……貴様ら、一体……!」

 ダニエルお兄様の絶叫が、静寂を切り裂いた。

 私はその背後で、アレックス様の腕に抱かれながら、ただ静かに、その崩壊を見つめていた。

「……ああ。なんて醜い香りなのでしょう」

 私の呟きは、誰の耳にも届くことなく、図書室の冷たい静寂に溶けて消えた。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢✨長編の新作告知【愛より金貨!~虐げられ令嬢、守銭奴妖精と不遇を吹っ飛ばす~】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。 理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。 クラリスはただ微笑み、こう返す。 「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」 そうして物語は終わる……はずだった。 けれど、ここからすべてが狂い始める。 *完結まで予約投稿済みです。 *1日3回更新(7時・12時・18時)

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました

奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」  妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。 「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」 「ど、どうも……」  ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。 「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」 「分かりましたわ」  こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

「もう要らない」と言われた私は、運命に選ばれる

夜桜
恋愛
公爵令嬢セレスティアは、舞踏会の場で婚約者アーヴィンに裏切られ、婚約破棄を宣言される。 奪ったのは、劣等感に溺れた男と、勝利に酔う令嬢。 しかし彼らは知らなかった。三秒先の未来を視る冷酷伯爵レオンが、静かにその行く末を見届けていることを。 泣かなかった令嬢が選ぶ未来は、奪った側の崩壊と共に始まる――。

処理中です...