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夜会の鐘、終焉の調べ
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嵐の予感は外れ、夜会の夜は不気味なほどに静まり返っていた。満月の光が、ロレンタ侯爵邸の庭園を白々と照らし、冷たい美しさを際立たせている。
今夜の私は、マキシム様が贈った最高傑作のドレスを身に纏っていた。夜空を切り取ったような深い紺色のシルクに、無数のダイヤモンドが瞬く。そして首元には、あの日 差し出されたサファイア。鏡の中の私は、自分でも恐ろしいほどに冷たく、そして美しかった。
「――完璧だ。これこそ、僕が夢に見たジュリアだよ」
背後からマキシム様が私を抱き寄せ、その首筋に鼻を寄せる。
「ああ、今日もあの香りを纏ってくれたんだね。……愛している。今夜、すべてが終われば、君は名実ともに僕だけのものだ」
彼の言葉には、隠しきれない狂気が滲んでいた。リーザへの裏切り、サンドラお姉様との不貞、重なりすぎた嘘の重みが、彼を「ジュリアとの既成事実」という妄執へと駆り立てている。
私は微笑みを崩さず、彼の腕の中で小さく頷いた。
「ええ、マキシム様。今夜、すべてが終わりますわ」
我が家主催の夜会 会場に足を踏み入れると、華やかな音楽と人々の喧騒が押し寄せてきた。マキシム様は誇らしげに私をエスコートし、周囲の羨望の眼差しを浴びていた。
不意に、視線の端で銀色の輝きが動いた。アレックス様だ。
彼は壁際に立ち、私と目が合うと、わずかにグラスを掲げて見せた。その灰色の瞳が「時が来た」と告げている。
夜会の半ば、私はマキシム様の耳元で密やかに囁いた。
「マキシム様、例の場所へ……。私は少し遅れて参ります。先に図書室の『奥』で待っていてくださる?」
マキシム様は瞳を輝かせ、誰にも気づかれないよう会場を後にした。
それを見送り、私は次なる仕掛けを動かす。会場の入り口で焦れたようにマキシムを探していたリーザに、すれ違いざま、マキシム様の筆跡を真似た小さなメモを落とす。
『――図書室へ。今夜、ジュリアとの婚約を破棄する決心がついた。君を正式なパートナーとして迎えたい。マキシム』
リーザはメモを読み、顔を高揚させて図書室へと急いだ。
最後に、私は姉のサンドラの元へ向かった。彼女はアレックス様を放置し、不機嫌そうにシャンパンを煽っていた。
「お姉様。マキシム様が、図書室で『大切な話』があるとおっしゃっていましたわ。アレックス様との婚約を解消するための秘策を思いついた、と」
サンドラは疑わしげに私を見たが、私の「無垢な妹」の演技に毒気を抜かれたのか、鼻を鳴らして立ち上がった。
「……フン、遅いくらいだわ。アレックスのような氷の塊と一緒に隣国へ行くなんて、死んでも御免ですもの」
役者は揃った。
私は冷えた手首を隠すように扇を握りしめ、アレックス様の元へ歩み寄った。
「準備は、よろしいですか?」
「ああ。君の父上と兄君も、今、裏の廊下へ案内している。……これから見るものは、劇薬だ。ジュリア、本当にいいんだな?」
アレックス様が私の手を力強く握る。その指の隙間から伝わる熱が、私の震えを止めてくれた。
「はい。膿は、すべて出し切らなければなりません」
私たちは、静まり返った廊下を進んだ。前方には、アレックス様に「図書室の蔵書を確認したい」と誘われた父とダニエルお兄様が歩いている。
図書室の扉が、微かに開いていた。
そこから漏れ聞こえてくるのは、甘い囁き――ではない。
「――どういうことよマキシム! 私を選んでくれるって、この手紙に書いたじゃない!」
「リーザ!? なぜ君がここに……離せ、僕はこれからジュリアと……!」
「あら、マリアナとのことは終わったと思ったら、今度はこの小娘なの? マキシム、私への愛は嘘だったのね!」
サンドラの鋭い声が響き、続いて肉がぶつかる鈍い音、そして衣擦れの音が重なる。
扉の前にいた父とダニエルお兄様が、石のように固まった。
「な、なんだ……この騒ぎは……」
父の震える手が、重厚な扉を押し開ける。
そこには、乱れたドレスのままマキシムに縋り付くリーザと、彼を激しく罵倒しながらその頬を叩こうとするサンドラの姿があった。
そして、その中心で、情欲と焦燥にまみれた醜い表情を浮かべるマキシムがいた。
「マキシム……サンドラ……貴様ら、一体……!」
ダニエルお兄様の絶叫が、静寂を切り裂いた。
私はその背後で、アレックス様の腕に抱かれながら、ただ静かに、その崩壊を見つめていた。
「……ああ。なんて醜い香りなのでしょう」
私の呟きは、誰の耳にも届くことなく、図書室の冷たい静寂に溶けて消えた。
______________
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今夜の私は、マキシム様が贈った最高傑作のドレスを身に纏っていた。夜空を切り取ったような深い紺色のシルクに、無数のダイヤモンドが瞬く。そして首元には、あの日 差し出されたサファイア。鏡の中の私は、自分でも恐ろしいほどに冷たく、そして美しかった。
「――完璧だ。これこそ、僕が夢に見たジュリアだよ」
背後からマキシム様が私を抱き寄せ、その首筋に鼻を寄せる。
「ああ、今日もあの香りを纏ってくれたんだね。……愛している。今夜、すべてが終われば、君は名実ともに僕だけのものだ」
彼の言葉には、隠しきれない狂気が滲んでいた。リーザへの裏切り、サンドラお姉様との不貞、重なりすぎた嘘の重みが、彼を「ジュリアとの既成事実」という妄執へと駆り立てている。
私は微笑みを崩さず、彼の腕の中で小さく頷いた。
「ええ、マキシム様。今夜、すべてが終わりますわ」
我が家主催の夜会 会場に足を踏み入れると、華やかな音楽と人々の喧騒が押し寄せてきた。マキシム様は誇らしげに私をエスコートし、周囲の羨望の眼差しを浴びていた。
不意に、視線の端で銀色の輝きが動いた。アレックス様だ。
彼は壁際に立ち、私と目が合うと、わずかにグラスを掲げて見せた。その灰色の瞳が「時が来た」と告げている。
夜会の半ば、私はマキシム様の耳元で密やかに囁いた。
「マキシム様、例の場所へ……。私は少し遅れて参ります。先に図書室の『奥』で待っていてくださる?」
マキシム様は瞳を輝かせ、誰にも気づかれないよう会場を後にした。
それを見送り、私は次なる仕掛けを動かす。会場の入り口で焦れたようにマキシムを探していたリーザに、すれ違いざま、マキシム様の筆跡を真似た小さなメモを落とす。
『――図書室へ。今夜、ジュリアとの婚約を破棄する決心がついた。君を正式なパートナーとして迎えたい。マキシム』
リーザはメモを読み、顔を高揚させて図書室へと急いだ。
最後に、私は姉のサンドラの元へ向かった。彼女はアレックス様を放置し、不機嫌そうにシャンパンを煽っていた。
「お姉様。マキシム様が、図書室で『大切な話』があるとおっしゃっていましたわ。アレックス様との婚約を解消するための秘策を思いついた、と」
サンドラは疑わしげに私を見たが、私の「無垢な妹」の演技に毒気を抜かれたのか、鼻を鳴らして立ち上がった。
「……フン、遅いくらいだわ。アレックスのような氷の塊と一緒に隣国へ行くなんて、死んでも御免ですもの」
役者は揃った。
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「準備は、よろしいですか?」
「ああ。君の父上と兄君も、今、裏の廊下へ案内している。……これから見るものは、劇薬だ。ジュリア、本当にいいんだな?」
アレックス様が私の手を力強く握る。その指の隙間から伝わる熱が、私の震えを止めてくれた。
「はい。膿は、すべて出し切らなければなりません」
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そこから漏れ聞こえてくるのは、甘い囁き――ではない。
「――どういうことよマキシム! 私を選んでくれるって、この手紙に書いたじゃない!」
「リーザ!? なぜ君がここに……離せ、僕はこれからジュリアと……!」
「あら、マリアナとのことは終わったと思ったら、今度はこの小娘なの? マキシム、私への愛は嘘だったのね!」
サンドラの鋭い声が響き、続いて肉がぶつかる鈍い音、そして衣擦れの音が重なる。
扉の前にいた父とダニエルお兄様が、石のように固まった。
「な、なんだ……この騒ぎは……」
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そして、その中心で、情欲と焦燥にまみれた醜い表情を浮かべるマキシムがいた。
「マキシム……サンドラ……貴様ら、一体……!」
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私はその背後で、アレックス様の腕に抱かれながら、ただ静かに、その崩壊を見つめていた。
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