愛してると泣かれても迷惑です〜お姉様の身代わりに冷徹公爵へ嫁ぐ〜

恋せよ恋

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氷華の断罪

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 図書室に満ちていた絶望的な沈黙を切り裂いたのは、マキシム様の、ひどく掠れた情けない声だった。

「ジュリア……嘘だろう? 君が、隣国へ行くなんて……僕を置いて、あんな冷酷な男の元へ行くというのか!?」

 マキシム様は、父やダニエルお兄様に押さえつけられながらも、必死に私へ手を伸ばそうとしていた。その姿は、かつて私が恋い慕った輝かしい貴公子ではなく、ただの醜悪な加害者に過ぎなかった。

 私は、アレックス様の腕を離し、ゆっくりと彼らに歩み寄った。

 私の足元には、先ほど落としたあの「共有の証」である手紙が散らばっている。それを一歩、また一歩と踏みしめて、私は這いつくばるマキシム様を冷たく見下ろした。

「マキシム様。あなたは私に『命に代えても守る』と誓いましたわね。……あなたが守りたかったのは、私ではなく、私という無垢な存在を独占し、裏側で女たちを貪る自分自身の特権だったのでしょう?」

「違う! 僕は……!」

「いいえ、違わないわ。お姉様、あなたも。アレックス様との政略結婚を嫌がりながら、その実、妹の婚約者に手を出し、優越感に浸っていた。……そんなに彼が良いのなら、どうぞ差し上げますわ。私にはもう、この香水も、彼に囁かれる言葉も、すべてがゴミ以下に思えますの」

 その瞬間、サンドラお姉様の顔から血の気が失せ、次いで激しい怒りに顔を歪ませた。

「ジュリア! あなた、自分が何を言っているのか分かっているの!? この私が、追放……? そんなこと、お父様が許すはずがないわ!」

 しかし、姉の期待は、父の重い一言によって打ち砕かれた。

「――ああ…… 許すものか、サンドラ」

 父は、意識を失った母を抱えながら、力なく、だがはっきりと告げた。

「お前はロレンタ家の名を汚し、他国の公爵家との信義を、そして実の妹の人生を蹂躙した。……これ以上の醜聞を広げるわけにはいかない。サンドラ、お前を廃嫡し、修道院へ送る。マキシム・ターロット……お前との婚約も今この瞬間、破棄とする!」

「お父様……!」
「嘘だ、おじ様! 考え直してください!」

 二人の悲鳴が混ざり合う。

 マキシム様は、自分が信じて疑わなかった「明るく優しいロレンタ家」という居場所が、一瞬にして消え去ったことにようやく恐怖を感じ始めたようだった。彼は必死にダニエルお兄様へ縋り付こうとしたが、お兄様はその手を乱暴に振り払った。

「触るな、マキシム。……親友だと思っていた。お前の遊びを、若気の至りだと思って見逃していた私自身の愚かさを、今、心から呪っている。……消えろ。二度と妹の前に姿を見せるな」

 ダニエルお兄様の瞳には、深い後悔と、かつての友への冷徹な断絶が宿っていた。

 マキシム様は、そのまま護衛たちによって引きずり出されていった。最後の一瞬まで、彼は「ジュリア! 愛しているんだ、ジュリア!」と叫び続けていたが、その声が私の心に波風を立てることは、二度となかった。

 騒乱が去り、図書室には冷たい静寂だけが残った。

 私は、立ち尽くす父の前に膝をつき、深く頭を下げた。

「お父様。……わがままを、お許しください。私は、アレックス様と共に参ります。それが、この家を守り、私自身の尊厳を取り戻す唯一の道だと信じております」

 父は、私の震える肩に手を置き、静かに涙を流した。

「……すまない、ジュリア。お前の高潔さに、私たちは甘えすぎていた。隣国での暮らしが、お前にとって救いになることを願っている。アレックス殿……娘を、ジュリアを、どうか」

 アレックス様は、父の言葉に力強く頷き、私を再び引き寄せた。

「約束しましょう。ジュリア嬢を傷つけるものは、たとえ何者であろうと、我が公爵家が全力で排除いたします」

 こうして、私の初恋は完全に息絶え、代わりに新しい人生への幕が開いた。

 しかし、地獄へ堕ちた裏切り者たちが、このまま静かに消えてくれるわけではない。屋敷の外、引きずり出されたマキシム様の瞳には、後悔だけではない、昏い執着が渦巻いていた。

「……あきらめない。ジュリアは、僕のものだ。隣国へ行くというなら……道中で、さらってでも……」

 マキシムの、謝罪の裏にあった泥沼は、ついに狂気へと変貌しつつあった。

 一方で、私はアレックス様が用意してくださった清らかな隣国語の手紙を胸に抱き、初めて、明日への希望という名の呼吸をした。
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