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用済みの駒、追放の宣告
深い霧が立ち込める夜だった。
ガタゴトと揺れる馬車の振動が、私の疲れ果てた身体に重く響く。豪華な刺繍が施されたドレスは、狭い車内でシワになり、私の心と同じように無残な姿に成り果てていた。
馬車の窓から見える景色は、見慣れた王都の街並みから、次第に荒涼とした原野へと変わっていく。
行き先は、北の果て。かつて罪を犯した王族や、政治的に抹殺された貴族たちが送られるという「忘却の地」――エストレラ監獄塔だ。
私は、膝の上に置いた小さな手鏡を見つめた。
そこには、一晩で血色を失い、幽霊のように青ざめた 侯爵令嬢の姿があった。
瞳には、もはや生気はない。ただ、アルベルト様との思い出だけが、消えない傷跡のように胸の奥で疼き続けている。
「……あんなにも、尽くしたのに」
零れ落ちた言葉は、誰に聞かれることもなく闇に溶けた。
数時間前、アルベルト様の父であるノイシュタット公爵から言い渡されたのは、実質的な死刑宣告だった。
表向きは「精神の療養」という名目だが、その実態は、秘密を抱えたまま私を社会から抹殺することにある。
公爵家という名の巨大な機械の歯車として、私はあまりにも多くの汚れ仕事を引き受けすぎた。
アルベルト様の政敵が差し向けた暗殺者を、人知れず毒殺したのは私だ。
公爵家が密かに進めていた、隣国との不平等な利権争いの証拠を隠滅したのも私だ。
そして、今、彼が「真実の愛」と呼び、愛でているカテリーナ・メイア。彼女が帝国の息がかかった、毒を抱いた花であることを突き止めたのも、私だった。
「フローディア、お前は優秀すぎた」
公爵の言葉が耳を離れない。
「アルベルトが王位継承権をも持つ立場である以上、彼の隣には『真っ白な』女が必要なのだ。汚れを知り、泥を被り、血に染まった手を持つお前では……もはや、彼の光を曇らせるだけなのだよ」
私は、彼のために汚れたのだ。
彼が汚れなき「正義の騎士」であり続けるために、私がすべての影を引き受けた。
それなのに、その影こそが彼を傷つける毒だと断じられ、排除される。
これほど皮肉な悲劇があるだろうか。
馬車が不意に大きく揺れ、停止した。
重厚な門が開く不快な金属音が響く。
「フローディア様、到着いたしました」
扉が開かれ、冷酷な表情の私兵が私を促す。
外は、肌を刺すような冷気と、絶え間なく降り注ぐ冷たい雨に支配されていた。
目の前にそびえ立つのは、黒い岩山を削り出して作られたかのような、禍々しい石塔。窓は小さく、鉄格子が嵌められ、まるで生きた人間を拒絶しているかのようだ。
私は、震える足で地面に降り立った。
そこには、一台の馬車が停まっていた。ヴァルト侯爵家の家紋――私の実家の紋章が入った馬車だ。
父が、あるいは母が、せめて最後のお別れを言いに来てくれたのではないか。
そんな、一縷の望みが胸をよぎる。
しかし、馬車から降りてきたのは、父の側近である老執事だった。彼は私と目を合わせることなく、一通の封書を差し出した。
「旦那様からの伝言です。『ヴァルト侯爵家に、罪人の娘はいない。今後、一切の接触を禁ずる。この手紙を以て、フローディアを家系図より除名する』……とのことです」
心臓が、凍りついた。
差し出された手紙には、父の署名と、慣れ親しんだ家の封蝋。
私の居場所は、どこにもなくなったのだ。
公爵家からは「用済み」として捨てられ、実家からは「恥」として切り捨てられた。
十五年間、家族のため、そして愛する人のために捧げてきた私の人生は、この一枚の紙切れで否定された。
「……そうですか。お父様に、お伝えください。……今まで、ありがとうございました、と」
声が震えた。視界が涙で滲む。
老執事は、一度だけ痛ましそうに私を一瞥したが、何も言わずに馬車へ戻っていった。
パカパカと軽快な音を立てて去っていく馬車の後ろ姿を見送りながら、私は降りしきる雨の中に立ち尽くした。
「さあ、行きましょう。フローディア様 ……いや、名もなき囚人よ」
私兵が私の背中を乱暴に押す。
引きずられるようにして入った監獄塔の中は、太陽の光を一度も浴びたことがないような、湿ったカビの臭いと死の気配が充満していた。
地下へと続く階段を下りるたび、王宮での華やかな日々が、遠い前世の出来事のように霞んでいく。
アルベルト様の、あの眩しい笑顔。
私を「フロー」と呼び、将来を誓い合ったあの日々。
それらはすべて、カテリーナという新しい光によって、冷たい灰へと変えられた。
案内されたのは、最下層の独房だった。
冷たい石の床、湿った藁、そして壁から垂れ下がる錆びた鎖。
「ここで、死ぬまで沈黙を守れ。それが、公爵家がお前に与えた、最後の慈悲だ」
鉄格子が、重々しい音を立てて閉ざされた。
ガチャリ、という鍵の音が、私の人生の終焉を告げる。
私は、石壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
寒さが、ドレスを透かして骨まで染み込んでくる。
けれど、肉体の痛みよりも、胸の奥にある虚無感の方が、ずっと私を苦しめた。
アルベルト様。
貴方は今頃、カテリーナをその腕に抱き、私のことなど忘れて幸せに浸っているのでしょうか。
貴方のその幸せが、私という「犠牲」の上に成り立っていることに、貴方は一生気づかない。
私は、暗闇の中で自らの腕を抱きしめた。
秘密を知りすぎた代償は、あまりにも重く、あまりにも残酷だった。
切なさに胸をかき乱されながら、私はただ、静かに目を閉じた。
冷たい涙が頬を伝い、石の床に小さな模様を描いては、消えていった。
___________
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ガタゴトと揺れる馬車の振動が、私の疲れ果てた身体に重く響く。豪華な刺繍が施されたドレスは、狭い車内でシワになり、私の心と同じように無残な姿に成り果てていた。
馬車の窓から見える景色は、見慣れた王都の街並みから、次第に荒涼とした原野へと変わっていく。
行き先は、北の果て。かつて罪を犯した王族や、政治的に抹殺された貴族たちが送られるという「忘却の地」――エストレラ監獄塔だ。
私は、膝の上に置いた小さな手鏡を見つめた。
そこには、一晩で血色を失い、幽霊のように青ざめた 侯爵令嬢の姿があった。
瞳には、もはや生気はない。ただ、アルベルト様との思い出だけが、消えない傷跡のように胸の奥で疼き続けている。
「……あんなにも、尽くしたのに」
零れ落ちた言葉は、誰に聞かれることもなく闇に溶けた。
数時間前、アルベルト様の父であるノイシュタット公爵から言い渡されたのは、実質的な死刑宣告だった。
表向きは「精神の療養」という名目だが、その実態は、秘密を抱えたまま私を社会から抹殺することにある。
公爵家という名の巨大な機械の歯車として、私はあまりにも多くの汚れ仕事を引き受けすぎた。
アルベルト様の政敵が差し向けた暗殺者を、人知れず毒殺したのは私だ。
公爵家が密かに進めていた、隣国との不平等な利権争いの証拠を隠滅したのも私だ。
そして、今、彼が「真実の愛」と呼び、愛でているカテリーナ・メイア。彼女が帝国の息がかかった、毒を抱いた花であることを突き止めたのも、私だった。
「フローディア、お前は優秀すぎた」
公爵の言葉が耳を離れない。
「アルベルトが王位継承権をも持つ立場である以上、彼の隣には『真っ白な』女が必要なのだ。汚れを知り、泥を被り、血に染まった手を持つお前では……もはや、彼の光を曇らせるだけなのだよ」
私は、彼のために汚れたのだ。
彼が汚れなき「正義の騎士」であり続けるために、私がすべての影を引き受けた。
それなのに、その影こそが彼を傷つける毒だと断じられ、排除される。
これほど皮肉な悲劇があるだろうか。
馬車が不意に大きく揺れ、停止した。
重厚な門が開く不快な金属音が響く。
「フローディア様、到着いたしました」
扉が開かれ、冷酷な表情の私兵が私を促す。
外は、肌を刺すような冷気と、絶え間なく降り注ぐ冷たい雨に支配されていた。
目の前にそびえ立つのは、黒い岩山を削り出して作られたかのような、禍々しい石塔。窓は小さく、鉄格子が嵌められ、まるで生きた人間を拒絶しているかのようだ。
私は、震える足で地面に降り立った。
そこには、一台の馬車が停まっていた。ヴァルト侯爵家の家紋――私の実家の紋章が入った馬車だ。
父が、あるいは母が、せめて最後のお別れを言いに来てくれたのではないか。
そんな、一縷の望みが胸をよぎる。
しかし、馬車から降りてきたのは、父の側近である老執事だった。彼は私と目を合わせることなく、一通の封書を差し出した。
「旦那様からの伝言です。『ヴァルト侯爵家に、罪人の娘はいない。今後、一切の接触を禁ずる。この手紙を以て、フローディアを家系図より除名する』……とのことです」
心臓が、凍りついた。
差し出された手紙には、父の署名と、慣れ親しんだ家の封蝋。
私の居場所は、どこにもなくなったのだ。
公爵家からは「用済み」として捨てられ、実家からは「恥」として切り捨てられた。
十五年間、家族のため、そして愛する人のために捧げてきた私の人生は、この一枚の紙切れで否定された。
「……そうですか。お父様に、お伝えください。……今まで、ありがとうございました、と」
声が震えた。視界が涙で滲む。
老執事は、一度だけ痛ましそうに私を一瞥したが、何も言わずに馬車へ戻っていった。
パカパカと軽快な音を立てて去っていく馬車の後ろ姿を見送りながら、私は降りしきる雨の中に立ち尽くした。
「さあ、行きましょう。フローディア様 ……いや、名もなき囚人よ」
私兵が私の背中を乱暴に押す。
引きずられるようにして入った監獄塔の中は、太陽の光を一度も浴びたことがないような、湿ったカビの臭いと死の気配が充満していた。
地下へと続く階段を下りるたび、王宮での華やかな日々が、遠い前世の出来事のように霞んでいく。
アルベルト様の、あの眩しい笑顔。
私を「フロー」と呼び、将来を誓い合ったあの日々。
それらはすべて、カテリーナという新しい光によって、冷たい灰へと変えられた。
案内されたのは、最下層の独房だった。
冷たい石の床、湿った藁、そして壁から垂れ下がる錆びた鎖。
「ここで、死ぬまで沈黙を守れ。それが、公爵家がお前に与えた、最後の慈悲だ」
鉄格子が、重々しい音を立てて閉ざされた。
ガチャリ、という鍵の音が、私の人生の終焉を告げる。
私は、石壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
寒さが、ドレスを透かして骨まで染み込んでくる。
けれど、肉体の痛みよりも、胸の奥にある虚無感の方が、ずっと私を苦しめた。
アルベルト様。
貴方は今頃、カテリーナをその腕に抱き、私のことなど忘れて幸せに浸っているのでしょうか。
貴方のその幸せが、私という「犠牲」の上に成り立っていることに、貴方は一生気づかない。
私は、暗闇の中で自らの腕を抱きしめた。
秘密を知りすぎた代償は、あまりにも重く、あまりにも残酷だった。
切なさに胸をかき乱されながら、私はただ、静かに目を閉じた。
冷たい涙が頬を伝い、石の床に小さな模様を描いては、消えていった。
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