【完結】『真実の愛』を叫ぶあなた 〜秘密を知りすぎた婚約者は、北の果てで悲恋に沈む〜

恋せよ恋

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元婚約者の後悔、あるいは執着

  面会室の冷たい空気の中に、場違いな薔薇の香りが漂う。
 カテリーナ・メイア。アルベルト様が「真実の愛」と呼び、私を捨ててまで選んだ女。彼女は、最高級の毛皮を纏い、まるで聖女のような慈悲深い微笑みを浮かべて私を見つめていた。

「お可哀想に。あのお美しかったフローディア様が、今や見る影もありませんわね」

 彼女の声は鈴を転がすように甘く、けれどその奥には、獲物を追い詰めた猛獣のような冷徹さが潜んでいる。私は、震える身体を必死に支え、椅子に深く腰を下ろした。

「……何の用ですか。カテリーナ様。いえ、間諜スパイ殿とお呼びした方がよろしいかしら?」

 私の掠れた声に、彼女は一瞬だけ瞳を細めたが、すぐにクスクスと肩を揺らして笑った。

「あら、相変わらず鋭いですこと。でも、もう遅いのですよ。アルベルト様は、私の虜。彼が毎晩、私の耳元で何を囁いているか、ご存知? 『フローディアは冷たい女だった。君のように温かく、僕を肯定してくれる女性はいなかった』……。滑稽でしょう? 貴女が彼を守るために汚してきたその手も、彼にとってはただの『恐怖』でしかなかったのですわ」

 心臓が、ナイフで抉られるような痛みを感じた。
 知っていた。分かっていたことだ。けれど、当の本人からその言葉を聞かされるのは、あまりにも残酷だった。

「でもね、フローディア様。一つだけ、貴女に面白いお話をして差し上げようと思って」

 カテリーナは身を乗り出し、私の耳元で囁いた。その香水の香りが、吐き気を催すほどに鼻を突く。

「アルベルト様、最近ちっとも眠れないそうですの。貴女を追放してからというもの、公爵家の『仕事』が滞り、あちこちで綻びが出始めている。彼は貴女を憎んでいるはずなのに、無意識に貴女の名を呼ぶことがありますのよ。……あれは、後悔かしら? それとも、ただの執着?」

 アルベルト様が、私の名を?

 一瞬だけ、胸が疼いた。けれど、それは希望などではない。彼が求めているのは「私」ではなく、自分を完璧に補佐し、影で泥を被り続けていた「便利な道具」としての私なのだ。

「彼は、貴女を『真実の愛』を邪魔する悪女として処罰したかった。けれど、心のどこかで分かっているのでしょうね。自分が立っている綺麗な花園が、貴女の死体の上に築かれたものだということに。だから彼は、貴女を殺しきれずに、この北の監獄へ閉じ込めた。……彼は、貴女を一生、自分の『秘密の罪』として飼い殺すつもりですわ」

 カテリーナの言葉は、私の魂を粉々に砕くのに十分だった。
 愛ゆえの追放ではなく、罪悪感から目を逸らすための幽閉。

 彼は私を愛していない。ただ、私がいないことで崩れゆく自分の世界を、私の存在を消すことで繋ぎ止めようとしているだけなのだ。

「私はもうすぐ、ノイシュタット公爵夫人になります。その時、貴女には最後の『真実』を見せてあげますわ。アルベルト様が、自らの手で貴女に引導を渡すところをね。ですから、その日まで、お元気でお過ごしくださいましね」

 カテリーナは満足げに立ち上がり、優雅な仕草でベールを下ろした。
 彼女が去った後、面会室には死のような沈黙が降りた。

 アルベルト様。
 貴方は今、後悔しているのですか。
 それとも、私をこの檻の中に閉じ込めることで、自分の「正義」を守ろうとしているのですか。
 切なさが、怒りさえも追い越して、私の心を埋め尽くしていく。

 これが、私が命をかけて守ってきた男の正体。
 そして、これが私たちの「真実の愛」の成れの果て。

 私は独房に戻り、隠していた毒の包みをそっと取り出した。
 指先が、氷のように冷たかった。
___________

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