【完結】『真実の愛』を叫ぶあなた 〜秘密を知りすぎた婚約者は、北の果てで悲恋に沈む〜

恋せよ恋

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最後の告解、語られなかった愛

  意識の淵で、私は遠い日の記憶を見ていた。
 それは、まだ私が「公爵家の影」としての教育を受ける前、ただの無邪気な少女だった頃の記憶。

 王宮の庭園で、幼いアルベルト様が転んで膝を擦りむき、泣きべそをかいていた。

『痛いよ、フロー……。僕、もう騎士になんてなれないのかな』

 私は彼の手を引き、泥を払ってあげた。

『大丈夫ですわ、アルベルト様。私が、貴方の代わりに痛いことを全部引き受けてあげます。だから、貴方は笑っていて』

 あの時、私は確かに幸せだった。彼を守ることが、自分の唯一の存在理由だと信じて疑わなかった。

「……ろ……フローディア! 目を開けてくれ!」

 現実の引き裂くような声が、私を暗闇から引き戻す。
 視界を埋め尽くすのは、独房の湿った天井ではなく、皮肉にもアルベルト様の泣き腫らした顔だった。彼は私を冷たい藁の上から抱き上げ、その震える腕で必死に温めようとしている。

「……あ、る……ベルト様……」

「ああ、良かった……! すまない、私が愚かだった。カテリーナに盛られた毒のせいで、私の判断は狂っていたんだ。君を疑い、君を貶め……。私は、自分が何を守るべきだったのかさえ忘れていた!」

 彼は私の頬を、汚れを厭わずに撫でる。
 その温もりが、今の私にはあまりにも熱すぎた。

「……いいえ。……毒のせいでは……ありませんわ。……貴方は、ただ……自由になりたかっただけ……」

「自由?」

「私という……公爵家の暗部を……映し出す鏡を……割ってしまいたかった……。そうでしょう?」

 私の言葉に、アルベルト様は絶句した。
 彼は気づいていなかったのだ。自分がなぜカテリーナに惹かれたのか。それは彼女が美しかったからではない。彼女が「何も知らないフリ」をして、彼を全肯定してくれたからだ。

 私と一緒にいる限り、彼は自分が「汚れ仕事を請け負う公爵家」の人間であることを直視せねばならなかった。

「……アルベルト様。……最後にお伝え……したいことが……あります」

「言うな! 最後なんて言うな! 今すぐ王都の最高の医者を呼ぶ。公爵家を立て直し、君を私の妻として――」

「……お聞きに……なって」

 私は、彼の耳元に唇を寄せた。
 それは、公爵家の「影」として、私が彼に遺す最後の武器であり、最大の呪い。

「……北の別邸の……書斎の……三番目の棚の裏……。そこに、カテリーナが盗み出した……機密の……複写があります。……そして、彼女が……どこの国の誰と繋がっているか……すべての証拠も……」

「フローディア……君は、あんな仕打ちを受けた後でも、私のために……?」

 アルベルト様の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、私の頬を濡らした。

 私はかすかに微笑んだ。
 愛していたのだ。
 彼がどれほど愚かで、弱く、私を裏切ったとしても。
 私の十五年間は、彼を守るためだけに費やされた。その執念は、憎しみさえも凌駕していた。

「……これが……私の……『真実の愛』の……形……」

 私は、もう一つの告白を飲み込んだ。

 ――貴方が一生、私の影を追い続け、後悔に苛まれて生きていくこと。
 それが、私という「報われない婚約者」が、貴方に与える最後の愛。

「フローディア! 行かないでくれ、置いていかないでくれ!」
 彼の叫びが、遠く、細くなっていく。

 胸の奥に隠していた毒の包みが、体温に温められていた。
 結局、それを使う必要さえなかった。私の命は、彼に尽くしきることで、燃え尽きようとしていたのだから。

 視界が白く染まっていく。
 雪が降っている。王都の、あの綺麗な冬の夜のような。

 アルベルト様。
 貴方はこれから、私が遺した証拠を使って、英雄として返り咲くでしょう。

 けれど、その隣に私はいない。
 貴方が勝利を手にするたび、貴方は思い出すはずです。その勝利が、一人の少女の命を削って作られたものであることを。

 私は、満足でした。
 貴方の腕の中で、貴方の絶望を聴きながら、眠りにつけるのだから。

 意識が、ふっと途切れた。
 それは、切なさが極まり、透明な静寂へと変わった瞬間だった。
__________

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