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すれ違う夜、色褪せる薔薇
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五歳で結ばれた約束。
それからの二人は、王都の屋敷を二週間に一度行き来し、まるで手を取り合って階段を登るように、共に時を刻んできた。
リリアーナが心を込めて刺繍を贈れば、ユリウスは庭で最も美しい白薔薇を添えて応える。
ユリウスが剣の稽古で傷を負えば、リリアーナが小さな手で軟膏を塗り、リリアーナが社交の場で立ち往生すれば、ユリウスが少年の背丈を精一杯伸ばして彼女を庇った。
――お互いの成長が、そのまま恋の深まりだった。
あの日、真実を知るまでは。
◇◇◇
社交界デビューを間近に控えた、ある晩のこと。
準備に追われるレーヴェン伯爵邸の廊下で、リリアーナはふと足を止めた。
重厚な扉の向こうから、漏れ聞こえてきたのは家族の密談だった。
「……あの時の支援が、ようやく形になった。エルンスト侯爵家との縁は、我が家の盤石な礎となるでしょう」
「ユリウス殿も良い子だ。だが、この婚約が『救済の対価』であることを、いつかリリアーナにも教えねばな」
――救済の、対価。
心臓を冷たい氷で撫でられたような感覚に、リリアーナは息を呑んだ。
これまでの温かな時間は、すべて計算の上に成り立つ「恩義の形」だったのか。
彼女は音を立てぬよう、震える手で壁を伝いながら、自室へと逃げ帰った。
◇◇◇
同じ頃、エルンスト侯爵家。
ユリウスは、祖父と向かい合い、冷めかけたスープを前にしていた。
「ユリウス。あの婚約は、我が家の命脈を繋いだ聖域だ。かつて我が領地が水害に沈んだ際、救ってくれたのはレーヴェン伯爵だけだった。その恩を一生忘れるな。……リリアーナ嬢を慈しむことは、エルンストの誇りを守ることと同義だと心得よ」
ユリウスは、静かにフォークを置いた。
祖父が説く「恩」という言葉が、まるで愛を縛り付ける鎖のように重く、鋭く胸を刺す。
(……僕は、家のために彼女を愛さなければならないのか?)
純粋だった「好きだ」という想いが、義務という泥に塗れていく。
彼にとっての婚約は、誰への義理立てでもなかった。ただ、銀色の髪の少女の隣にいたいという、たった一つの祈りだったはずなのに。
翌週、午後の陽光が虚しく降り注ぐお茶会。
いつもなら自然に重なっていた視線が、今は彷徨い、行き場を失っていた。
「……ユリウス様。これからはお互い、学園の準備もあってお忙しくなるでしょう?」
リリアーナが、見たこともないほど冷ややかな、完璧な微笑みを浮かべて告げた。
「無理に二週間おきに会うのも、貴方の……ご負担になるかと思いまして」
「……そうだね。君の言う通りだ」
ユリウスは、否定できなかった。
彼女の瞳の奥に「義務なら結構です」という拒絶を見た気がして、言葉を飲み込んだ。
二人の約束は、呆気なく「月に一度」へと書き換えられた。
理由を問い直す勇気も、重なり合った手を握り直す強さも、今の二人にはなかった。
ただ、白薔薇の香りが、少しずつ遠ざかっていくのを感じるだけだった。
________________________
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それからの二人は、王都の屋敷を二週間に一度行き来し、まるで手を取り合って階段を登るように、共に時を刻んできた。
リリアーナが心を込めて刺繍を贈れば、ユリウスは庭で最も美しい白薔薇を添えて応える。
ユリウスが剣の稽古で傷を負えば、リリアーナが小さな手で軟膏を塗り、リリアーナが社交の場で立ち往生すれば、ユリウスが少年の背丈を精一杯伸ばして彼女を庇った。
――お互いの成長が、そのまま恋の深まりだった。
あの日、真実を知るまでは。
◇◇◇
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「ユリウス殿も良い子だ。だが、この婚約が『救済の対価』であることを、いつかリリアーナにも教えねばな」
――救済の、対価。
心臓を冷たい氷で撫でられたような感覚に、リリアーナは息を呑んだ。
これまでの温かな時間は、すべて計算の上に成り立つ「恩義の形」だったのか。
彼女は音を立てぬよう、震える手で壁を伝いながら、自室へと逃げ帰った。
◇◇◇
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ユリウスは、祖父と向かい合い、冷めかけたスープを前にしていた。
「ユリウス。あの婚約は、我が家の命脈を繋いだ聖域だ。かつて我が領地が水害に沈んだ際、救ってくれたのはレーヴェン伯爵だけだった。その恩を一生忘れるな。……リリアーナ嬢を慈しむことは、エルンストの誇りを守ることと同義だと心得よ」
ユリウスは、静かにフォークを置いた。
祖父が説く「恩」という言葉が、まるで愛を縛り付ける鎖のように重く、鋭く胸を刺す。
(……僕は、家のために彼女を愛さなければならないのか?)
純粋だった「好きだ」という想いが、義務という泥に塗れていく。
彼にとっての婚約は、誰への義理立てでもなかった。ただ、銀色の髪の少女の隣にいたいという、たった一つの祈りだったはずなのに。
翌週、午後の陽光が虚しく降り注ぐお茶会。
いつもなら自然に重なっていた視線が、今は彷徨い、行き場を失っていた。
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「……そうだね。君の言う通りだ」
ユリウスは、否定できなかった。
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二人の約束は、呆気なく「月に一度」へと書き換えられた。
理由を問い直す勇気も、重なり合った手を握り直す強さも、今の二人にはなかった。
ただ、白薔薇の香りが、少しずつ遠ざかっていくのを感じるだけだった。
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