【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋

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卒業の鐘、凍てついた誓い

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 学園の卒業式。それは多くの若者にとって、輝かしい未来への門出であり、恋人たちにとっては永遠の愛を誓い合う情熱的な記念日だ。

 大講堂の周りには、色とりどりの花束を抱えた卒業生たちがあふれ、涙を流して別れを惜しむ者、将来の夢を語り合う者たちの熱気で満ちていた。

 だが、その華やかな喧騒の中で、ユリアン・ゲットーだけは、自分の足元から体温が奪われていくような錯覚に陥っていた。

「ユリアン様。卒業証書の授与式が滞りなく終わりましたわ。公爵家の嫡男として、貴方の成績と品行は高く評価されました。誇らしいことですわね」

 隣に立つヤスミンは、春の陽光を反射して輝く銀色のドレスを身にまとい、神々しいまでの美しさを放っていた。その表情には、長年通った学び舎を去る感傷も、婚約者と共に新しい人生へ踏み出す高揚感も、微塵も存在しない。

 彼女はただ、完璧な秘書のように、この三年間という期間の「処理結果」を述べているだけだった。

「ヤスミン……。君は、何も感じないのか? 今日で、学生生活が終わるんだ。僕たちが十歳の頃から夢見ていた、結婚へのカウントダウンが始まるというのに」

 ユリアンの問いに、ヤスミンは穏やかに首を傾げた。
「感傷ですか? いいえ、特には。目的を達成した後に残るのは、次の目的への準備だけですわ。今夜の卒業記念舞踏会、そして来月の入籍。予定はすべて私の頭の中に入っております。ご安心ください、ユリアン様」

 安心など、できるはずがなかった。
 ユリアンは、彼女の隣にいるのに、何千マイルも離れた異郷に一人で立たされているような孤独を感じていた。

 その日の夜。学園の舞踏会場は、これまでの人生で最も美しい装飾が施されていた。

 シャンデリアの光が降り注ぐ中、ユリアンは意を決して、ヤスミンをホールの喧騒から離れたテラスへと連れ出した。

 夜風はまだ冷たいが、かつて冬の北の静寂の森へ一人で向かったヤスミンの痛みに比べれば、こんな寒さは何でもないはずだ。

「ヤスミン。改めて、僕の気持ちを伝えさせてほしい」

 ユリアンは、彼女の前に膝をついた。
 手にした小箱を開くと、そこにはゲットー公爵家に代々伝わる、真の当主夫人にしか受け継がれない「真実の愛」を象徴する指輪が鎮座していた。

「これは、政略の婚約者としてではなく……僕が一人の男として、君に贈りたい指輪だ。僕は、君を愛している。以前の僕は愚かだった。君の愛を当然だと思い込み、君を傷つけることでしか自分の価値を測れなかった。……お願いだ、ヤスミン。もう一度だけ、僕を愛してくれないか」

 ユリアンの声は震え、瞳には涙が溜まっていた。

 公爵家の誇りも、これまで守ってきた虚飾のプライドも、すべて投げ打った。彼はただ、一人の哀れな男として、彼女の足元に跪き、慈悲を乞うた。

 会場から漏れ聞こえる円舞曲のメロディが、二人の間に流れる静寂を際立たせる。

 ヤスミンは、跪く彼を、まるで珍しい石像でも眺めるような無機質な目で見下ろしていた。

「ユリアン様、お立ちください。燕尾服の膝が汚れますわ。それに、その指輪は入籍の儀の際に受け取る手はずになっております。今ここで頂くのは、儀礼の重複に当たりますわ」

「儀礼の話をしているんじゃないんだ! 僕を見てくれ! 契約の相手としてではなく、僕という人間を……!」

「拝見しておりますわ。……ですが、申し訳ございません。貴方の仰る『愛してほしい』という要求は、現在の私には無理でございます」
 ヤスミンは、ゆっくりと瞬きをした。

 その睫毛の動き一つとっても、計算し尽くされたかのように優雅だ。

「愛、という熱量は、私の中で完全に枯渇いたしました。あるいは、凍結されたと表現すべきでしょうか。私は貴方を憎んでおりません。恨んでもおりません。ただ……何も、思わないのです」

「そんな……嘘だろ。あんなに僕のために泣いてくれたじゃないか。僕が他の女を連れている時、君はあんなに悲しそうな顔をして……」

「ええ。あの頃の私は、情緒が不安定でした。貴方の些細な言動に一喜一憂し、気力を無駄に消費していた。……魔女の薬は、その無駄をすべて取り除いてくれました。私は今、人生で最も理性的で、最も幸福に近い場所にいます。苦しみが、何一つないのですから」

 ヤスミンの言葉は、刃となってユリアンの心臓を滅多刺しにした。

 彼女にとって、自分が彼を愛することは「情緒不安定」で「無駄な気力の消費」でしかなかった。今の彼女にとっての幸福とは、彼を愛さないことで得られる「静寂」なのだ。

「……僕が、君をそうさせたんだな」
「ご自分を責める必要はありませんわ。貴方は『自由』を求め、私はその自由を完璧に保証できる存在になった。利害は一致しています。……さあ、中へ戻りましょう。最後の一曲が始まります」

 ヤスミンは、拒絶することすらしない。ただ、彼の情熱を、虚空へと吸い込んでいく。

 ホールに戻った二人は、卒業生たちが注目する中で「模範的」なダンスを披露した。

 一分の隙もない、完璧なステップ。寄り添う二人の姿は、絵画のように美しかった。周囲からは「なんてお似合いの二人なの」「理想の夫婦ね」と、羨望のため息が漏れる。

 だが、ユリアンにはわかっていた。
 自分の腕の中にいるのは、温かい体温を持った美しい抜け殻だということを。彼女の体温は感じられても、その心臓の鼓動は自分とは別の、凍りついたリズムを刻んでいる。

 ダンスの最中、ユリアンは彼女の耳元で、消え入りそうな声でささやいた。
「一生をかけて、君の心を溶かしてみせる。何年かかっても、何十年かかっても……」

 ヤスミンは、その言葉にさえ動揺を見せなかった。彼女はただ、彼の肩越しに遠くの壁を見つめ、静かに答えた。

「無意味な努力は、貴方の貴重な時間を損なうだけかと存じます。……ですが、それを成し遂げようとすることも、貴方の『自由』なのでしょうね。どうぞ、お好きになさってください」

 その瞬間、ユリアンは悟った。彼女はもう、自分に期待することすら止めたのだと。
 自分が何をしようと、どれほど愛を叫ぼうと、彼女は「どうぞ、ご自由に」と、色のない微笑みで受け流し続ける。

 卒業の鐘が鳴り響く中、ユリアンはヤスミンの手を取った。これからは夫婦として、毎日同じ屋根の下で暮らすことになる。

 それはかつての彼が望んだ「物分かりの良い妻」との理想の生活であり、今の彼にとっては、永遠に続く冷たい煉獄の始まりだった。

 ヤスミン・ファーブル。彼女はもう、二度とユリアンのために笑わない。

 けれど、ユリアンは彼女を手放すことができなかった。たとえ、その氷のような沈黙が、自分を傷付けることになっても。
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