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スピンオフ 氷の魔女 王女リラージュの誕生
白き王女の孤独
雪に閉ざされた王国の北の果て。そこが、私、リラージュの生まれた世界だった。
王女として生まれた私に与えられたのは、宝石を散りばめたドレスと、冷たい玉座。けれど、城の中を流れる空気は、いつも冬の夜のように冷え切っていた。父も母も、私を一人の娘として抱きしめてくれることはない。彼らにとって私は、家名を繋ぐための「美しい道具」に過ぎなかったからだ。
幼い私は、冬の庭園で独り、凍りついた噴水のそばに立って星空を見上げるのが好きだった。雪を踏みしめる自分の足音だけが、私がここに存在していると教えてくれる。
「寂しい」と認めてしまえば、自分が壊れてしまいそうで、私はいつの間にか心を氷の殻で包み込むようになった。そうして感情を押し殺すことが、この場所で自分を保つための、唯一の術だった。
そんな私の世界に、一人の騎士が現れた。近衛騎士のアルヴィン副団長。柔らかな茶色の髪に、陽だまりのようなヘーゼルの瞳を持つ伯爵子息だった。彼はいつも私の数歩後ろに控え、影のように静かに私を守っていた。
ある日、雪が止んだばかりの庭園で、彼は私の足元を気遣うように声をかけてきた。
「王女殿下、足元が凍っております。どうか私の腕をお使いください」
彼は任務としての緊張を崩さず、差し出した手もわずかに硬かった。けれど、その指先は驚くほど温かかったのだ。
「……ありがとう、アルヴィン。あなたは、寒くないの?」
私が尋ねると、彼は少し困ったように眉を下げて笑った。
「寒くないと言えば嘘になりますが…… こうして王女殿下のお側で春を待つ時間は、私にとって何よりの誉れですから。寒さなど忘れてしまいます」
その言葉は、城の誰からも向けられたことのない、真っ直ぐな温もりだった。
初めて、胸の奥がふわっと熱くなるのを感じた。王女としての義務なんて忘れて、ただの女性として、彼の隣にいたい。そう願ってしまったのだ。
「春が来ても、あなたは私の側にいてくれるかしら」
私の問いに、アルヴィンは一瞬驚いたように瞳を揺らした。けれどすぐに、誠実なヘーゼルの瞳を私に向け、深く膝をついた。
「この命が続く限り。王女殿下の騎士として、お守りすることを誓います」
冷たい雪の中に、小さな花の芽を見つけたような……そんな、もどかしくて愛おしい気持ちだった。
彼が任務として口にする「誓い」を、私はいつしか、心の奥底で別の意味に書き換えて受け取っていた。
日々、彼と交わす何気ない言葉のすべてが宝物だった。彼が私に向ける微笑みが、私の心を縛っていた氷を少しずつ溶かしていく。私は、彼という温もりに盲目的に傾倒していった。
ある冬の夜、月明かりに照らされた庭園で、彼と二人きりになった。
しんしんと降り積もる雪の音さえ聞こえそうな静寂の中、ドクンドクンと心臓の音がうるさくて、息が詰まりそうになる。
「リラージュ殿下、そんなに震えて……。やはり、お部屋へ戻られた方がよろしいのでは?」
アルヴィンが心配そうに私を覗き込む。ヘーゼルの瞳が、月光を反射して琥珀色に優しく揺れていた。彼は私の返事を待たず、躊躇いがちに、けれど確かな熱を持って私の右手を包み込んだ。
厚い手袋越しでも、彼の手のひらの大きさと、武骨な温もりがはっきりと伝わってくる。
「……あなたの手、とても大きいのね。安心するわ」
かすれる声で呟くと、彼は小さく笑い、指先にそっと力を込めた。
「私の手でよろしければ、いくらでも」
その一言が、胸の奥に甘く落ちる。
次の瞬間、彼は私の背後へ回り込み、ふわりと体温が背中に重なった。
大きな腕に包まれる。まるで世界から守られているみたいに。
けれど、首筋に触れる熱い吐息に、心臓が跳ねた。
じわじわと熱がのぼり、頬から首筋まで赤く染まっていくのが、自分でも分かる。
「こうしていれば、少しは寒さが凌げるでしょう?」
耳元で囁かれる甘い声。それは、忠誠心という名の境界線を、彼が自ら踏み越えてきた証のように思えた。
アルヴィンが微笑むだけで、私の心を縛っていた氷が、ゆっくりと解けていくのが分かった。ずっと独りで凍えていた私に、彼は「愛」という名の光を教えてくれたのだ。
この時、アルヴィンがどんな顔をしていたのか、当時の私には見えていなかった。
彼にとって、この抱擁は「寂しがり屋の王女様」をあやすための、少しばかり踏み込んだ「火遊び」に過ぎなかったのだ。
王族である私が、まさか近衛の一騎士に本気で心を捧げるなどとは思いもせず、一時の密やかな愉悦として、私を抱きしめていた。
けれど、私は違った。
その腕の温もりこそが世界のすべてだと信じてしまった。
その時、私は心に決めた。この手の中に宿った小さな灯火を、何があっても守り抜こう、と。この温もりさえあれば、どんなに冷たい世界でも生きていける――そう信じていた。
信じた愛に裏切られたとき、その傷跡がどれほど深く、自分を鋭く変えてしまうのか。当時の私は、まだ知る由もなかった。
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王女として生まれた私に与えられたのは、宝石を散りばめたドレスと、冷たい玉座。けれど、城の中を流れる空気は、いつも冬の夜のように冷え切っていた。父も母も、私を一人の娘として抱きしめてくれることはない。彼らにとって私は、家名を繋ぐための「美しい道具」に過ぎなかったからだ。
幼い私は、冬の庭園で独り、凍りついた噴水のそばに立って星空を見上げるのが好きだった。雪を踏みしめる自分の足音だけが、私がここに存在していると教えてくれる。
「寂しい」と認めてしまえば、自分が壊れてしまいそうで、私はいつの間にか心を氷の殻で包み込むようになった。そうして感情を押し殺すことが、この場所で自分を保つための、唯一の術だった。
そんな私の世界に、一人の騎士が現れた。近衛騎士のアルヴィン副団長。柔らかな茶色の髪に、陽だまりのようなヘーゼルの瞳を持つ伯爵子息だった。彼はいつも私の数歩後ろに控え、影のように静かに私を守っていた。
ある日、雪が止んだばかりの庭園で、彼は私の足元を気遣うように声をかけてきた。
「王女殿下、足元が凍っております。どうか私の腕をお使いください」
彼は任務としての緊張を崩さず、差し出した手もわずかに硬かった。けれど、その指先は驚くほど温かかったのだ。
「……ありがとう、アルヴィン。あなたは、寒くないの?」
私が尋ねると、彼は少し困ったように眉を下げて笑った。
「寒くないと言えば嘘になりますが…… こうして王女殿下のお側で春を待つ時間は、私にとって何よりの誉れですから。寒さなど忘れてしまいます」
その言葉は、城の誰からも向けられたことのない、真っ直ぐな温もりだった。
初めて、胸の奥がふわっと熱くなるのを感じた。王女としての義務なんて忘れて、ただの女性として、彼の隣にいたい。そう願ってしまったのだ。
「春が来ても、あなたは私の側にいてくれるかしら」
私の問いに、アルヴィンは一瞬驚いたように瞳を揺らした。けれどすぐに、誠実なヘーゼルの瞳を私に向け、深く膝をついた。
「この命が続く限り。王女殿下の騎士として、お守りすることを誓います」
冷たい雪の中に、小さな花の芽を見つけたような……そんな、もどかしくて愛おしい気持ちだった。
彼が任務として口にする「誓い」を、私はいつしか、心の奥底で別の意味に書き換えて受け取っていた。
日々、彼と交わす何気ない言葉のすべてが宝物だった。彼が私に向ける微笑みが、私の心を縛っていた氷を少しずつ溶かしていく。私は、彼という温もりに盲目的に傾倒していった。
ある冬の夜、月明かりに照らされた庭園で、彼と二人きりになった。
しんしんと降り積もる雪の音さえ聞こえそうな静寂の中、ドクンドクンと心臓の音がうるさくて、息が詰まりそうになる。
「リラージュ殿下、そんなに震えて……。やはり、お部屋へ戻られた方がよろしいのでは?」
アルヴィンが心配そうに私を覗き込む。ヘーゼルの瞳が、月光を反射して琥珀色に優しく揺れていた。彼は私の返事を待たず、躊躇いがちに、けれど確かな熱を持って私の右手を包み込んだ。
厚い手袋越しでも、彼の手のひらの大きさと、武骨な温もりがはっきりと伝わってくる。
「……あなたの手、とても大きいのね。安心するわ」
かすれる声で呟くと、彼は小さく笑い、指先にそっと力を込めた。
「私の手でよろしければ、いくらでも」
その一言が、胸の奥に甘く落ちる。
次の瞬間、彼は私の背後へ回り込み、ふわりと体温が背中に重なった。
大きな腕に包まれる。まるで世界から守られているみたいに。
けれど、首筋に触れる熱い吐息に、心臓が跳ねた。
じわじわと熱がのぼり、頬から首筋まで赤く染まっていくのが、自分でも分かる。
「こうしていれば、少しは寒さが凌げるでしょう?」
耳元で囁かれる甘い声。それは、忠誠心という名の境界線を、彼が自ら踏み越えてきた証のように思えた。
アルヴィンが微笑むだけで、私の心を縛っていた氷が、ゆっくりと解けていくのが分かった。ずっと独りで凍えていた私に、彼は「愛」という名の光を教えてくれたのだ。
この時、アルヴィンがどんな顔をしていたのか、当時の私には見えていなかった。
彼にとって、この抱擁は「寂しがり屋の王女様」をあやすための、少しばかり踏み込んだ「火遊び」に過ぎなかったのだ。
王族である私が、まさか近衛の一騎士に本気で心を捧げるなどとは思いもせず、一時の密やかな愉悦として、私を抱きしめていた。
けれど、私は違った。
その腕の温もりこそが世界のすべてだと信じてしまった。
その時、私は心に決めた。この手の中に宿った小さな灯火を、何があっても守り抜こう、と。この温もりさえあれば、どんなに冷たい世界でも生きていける――そう信じていた。
信じた愛に裏切られたとき、その傷跡がどれほど深く、自分を鋭く変えてしまうのか。当時の私は、まだ知る由もなかった。
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