可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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逆襲の処方箋

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 あれから三日が過ぎた。

 私は、義弟のユーリに許可を得た離れの納屋(研究室ラボ)に籠りきっていた。

「お嬢様、ご指示のあった『魔法銀ミスリルの乳鉢』と、地下倉庫から探し出した馬脂ホースオイルを持ってまいりました!」

 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、侍女のマーサだ。年は私……いえ、ルクレツィアと同じ十七歳。この屋敷で唯一、私に純粋な忠誠を誓ってくれる大切な協力者だ。

「ありがとう、マーサ。助かるわ」

「でもお嬢様、本当によろしいのですか? 旦那様(公爵)もユーリ様も、お嬢様がこの部屋で『奇妙な泥遊び』に耽っていると笑っております。建国記念パーティーでのエドワード殿下のエスコート相手も、あのアリス様に決まったと噂ですし……」

 マーサが悔しそうに拳を握る。

 エドワード王子は、建国記念パーティーでアリスを同伴するつもりらしい。王太子が男爵令嬢を同伴するなど、世論が許さないだろうが、公の場で彼女を隣に立たせることは「アリス男爵令嬢は特別だ」と宣言するに等しい。

「いいのよ、マーサ。今は笑わせておきなさい」

 マーサが悔しそうに拳を握る。
 
 この公爵家の現状は、歪んでいるの一言に尽きる。

 私の実の母は出産で亡くなり、その直後、父――エルヴァイン公爵は現在の後妻アメリア子爵令嬢を迎え入れた。
 再婚から、わずか一年後には弟のユーリが生まれている。私とは一歳しか違わない。……母が存命だった頃から、二人の関係が続いていたことは、もはや疑いようもなかった。
 
 後妻に巧みに丸め込まれた父は、前妻の娘である私を疎み、ユーリを次期公爵として盲目的に溺愛している。
 ユーリが表向きは「義姉上」と呼びながら、その実アリスに心酔し、私を排除しようと躍起になっているのも――家督を完全に掌中に収めるため、後妻が施した歪な教育の成果なのだろう。

 もっとも。所詮、子爵令嬢の浅知恵で組み立てた後継教育など、血と才を兼ね備えたのルクレツィアに届くはずがない。

 私の亡き母、エリザベスは、オマール公爵家に生まれ、長女として誇り高く育てられた女性だった。その血が流れている以上、私が凡庸であるはずがない。
 ルクレツィアに母の記憶はない。けれど――生まれながらに与えられた素養だけは、疑いようもなく母譲りだ。

「マーサ、これを見て」

 私は乳鉢の中で白濁したクリームを指先に取った。

 この三日間、私は寝る間も惜しんで、この世界の薬草と、私の知る化学知識を融合させていた。

「まあ……なんて、真珠のように綺麗な輝きですね……」

「これはね、馬脂を極限まで精製して、鎮静効果のある『カミル草』の成分を魔法でナノ化したものよ。さらに、私の右頬を傷つけたカイル様の不潔な爪への対策として、強力な殺菌と細胞再生を促す処方に変えたわ」

「……お嬢様。何をおっしゃっているのか、わたしには呪文のようにしか聞こえません」

 マーサの呆れた表情に、私は苦笑を浮かべながら鏡を覗き込む。あの日、深く抉られたはずの右頬の傷は、すでに薄いピンク色の線へと変わっていた。

 現代の皮膚科学と、この世界の「魔力による細胞活性」の相乗効果は、私の予想を遥かに超えていた。

「すごい……! お嬢様の肌、三日前よりずっと……いえ、これまでの人生で一番、発光しているように見えます!」

「当然よ。これまでのルクレツィア様は、高級なだけの『油分の塊』を顔に塗らされて、肌の呼吸を止めていたんだもの」

 ルクレツィアの記憶にある高級化粧品は、防腐剤の概念が薄く、酸化した油を塗りたくっているような代物ばかりだった。それらが肌のターンオーバーを乱し、くすみを作っていたのだ。

「マーサ、仕上げにこれを使って。私の魔力を込めた『浸透型ビタミンC誘導体』もどきよ」

 私は、レモンに似た果実から抽出した成分を魔法で安定化させた液を、クリームに混ぜ込んだ。

「これを塗れば、一晩で肌のトーンが一段階上がるわ。……さて、次は『色(コスメ)』の準備ね」

 オーウェンは「お前に売るドレスはない」と言った。ならば結構。

 私は、ルクレツィアが母から受け継いだ、古臭いデザインだとユーリに笑われていた古いドレスをクローゼットから引っ張り出した。

「マーサ、このドレスのレースを全部外して。代わりに、私が作る『光を反射する顔料』で、生地そのものを塗り替えるわ」

「布を塗るのですか……!?」

「ええ。誰も見たことがないような、歩くたびに真珠色に輝くドレスにするの。……アリス様はきっと、若さと可憐さを強調したピンクや白のドレスで来るでしょうね。王子もそれを望んでいる」

 エドワード王子の口調を思い出す。

『僕を失望させないでくれ』

 彼は、自分に従順で、守ってやる価値のある「可愛い人形」を求めている。

(……残念だったわね、殿下。私がこれからお見せするのは、貴方が守る必要すらない、自立した『美の暴力』よ)

 私は、すり潰した鉱石に魔力を通し、偏光パールを生み出し始めた。
 大手化粧品メーカー研究開発本部・基礎研究部に所属する化粧品研究員としての誇り。そして、全てを諦めて姿を消したルクレツィアという少女への、私なりの手向けでもある。

 一週間後のパーティー会場で、誰が一番「失望」するのか。それを目の当たりにさせることを、今から楽しみにしていた。


「お嬢様、裏ギルドへの面会の連絡が届きました……」
 マーサは、『本当に行かれるのですか?』という顔をしている。

「ふふふ、大丈夫よ、マーサ。『裏ギルド』は、正式な組織なの。危険な場所ではないわ」

「……ですが、お嬢様が出向かれるには、少々不適当な場所では……」

 マーサの心配をよそに、私は目的を胸に、裏ギルドから指定された日時を静かに待った。
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