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裏ギルドの美しき主人と、理系の眼差し
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王都の喧騒から外れた、古びた時計塔の地下。そこが裏ギルドの入り口だった。
裏、とは言うものの、ここは国家が表立って扱えない希少素材や、未認可の魔導具が取引される公認の闇市のような場所だ。
マーサが私の袖を掴んで震えている。案内された部屋の奥、豪奢な椅子に座っていたのは、長い銀髪の前髪の隙間から鋭い視線を放つ男だった。
(……え、何この美形。裏ギルドの長なんて、もっと野蛮な人を想像してたのに)
前髪の隙間に揺れる銀髪の合間から、氷のような青い瞳が覗く。隠し切れない上品な貴族の雰囲気を纏っている。二十代前半だろうか、公爵令嬢であるルクレツィアの記憶を辿っても見覚えはないが、間違いなく高位の血筋だろう。
「エルヴァイン公爵令嬢。このような薄汚れた場所に何の用かな?」
低く、どこか余裕を感じさせる声。男は時折、不快そうに鼻を啜り、指先で目元を拭っている。私はその様子をじっと観察し、男の背後に置かれた大きな鉢植えに目を向けた。
「あなた……そこの観葉植物は、いつから育てているの?」
「……何だと? …… 植物など、この部屋の装飾の一部に過ぎないよ。それがどうしたんだい?」
訝しげに眉を寄せる彼に、私は机の上にある薬包を指先でトントンと叩きながら告げる。
「『アルテミス草』ね。この時期にだけ放つ微細な花粉は、魔力を持つ人間の粘膜を激しく刺激するのよ。貴方のその鼻詰まりも、目元の赤みも、原因は、おそらく植物アレルギーよ」
男の動きが止まった。青い瞳が驚愕に揺れる。
「アレルギー……? 僕はてっきり、魔力暴走の前兆かと疑っていたけれど……」
「今すぐその植物を処分して、部屋を換気しなさい。それと、これを使いなさいな」
私は持参した小瓶――抗炎症作用のある薬草を蒸留した特製のミストをテーブルに置いた。
「鼻の粘膜に少し塗れば、三分で楽になるわ。研究者として言わせてもらえば、原因物質を特定せずに闇雲に強い治療薬を飲むのは、身体を壊す自殺行為よ。そんなことじゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しだわ」
男は私の言葉に呆気にとられながらも、半信半疑でミストを試し、数分後――その表情を劇的に変えた。
「……信じられないな。呼吸が、驚くほど楽になった。王宮の医官でさえ『休養が必要だ』としか言わなかったものを、君は一目で見抜いたというのか」
「ふふ、驚くのは早くてよ。これは依頼だけじゃないわ。ビジネスの取引よ」
( 王宮の医官ですって? どういうこと…… あなた、何者なのよ!)
私は姿勢を正し、本題を切り出した。
「私はひと月後の建国記念パーティーで、この国を震撼させる『美の暴力』を披露するつもりなの。そのために、表の商会では手に入らない最高級の『偏光魔鉱石』と、特殊な『定着溶剤』を揃えてもらえるかしら?」
銀髪の男は、驚きから感心へ、そして獲物を見つけたような不敵な、それでいてどこか熱を帯びた笑みを浮かべた。
「面白いな……。公爵家を追い出されかけ、王子に捨てられた『哀れな令嬢』と聞いていたが、とんだ食わせ物だ。
……いいだろう、ルクレツィア嬢。君が求める素材は、裏ギルドの総力を挙げて一週間以内に用意しよう。
その代わり、君のその『知恵』……いずれ高く買い取らせてもらう。僕はユリウスだ。これからも、よろしくな。ルクレツィア嬢 」
素材を確保した私は、残りの三週間を地獄のような研究と制作に費やした。
昼間は「泥遊び」と笑う父や後妻の嫌がらせを柳に風と受け流し、夜はマーサと共に、母の形見のドレスを解体し、再構築する。
偏光魔鉱石を極限まで細分化し、絹の繊維一本一本に魔力を定着させる。それはドレスという名の「光学迷彩」を作るような、気の遠くなる作業だった。
「お嬢様、裏ギルド……いえ、ユリウス様から追加の素材が届きました。それと、こちらがご指示のあったリストですわ」
マーサが差し出したのは、オーウェン・リード率いるリード商会の「大口取引先リスト」の写し。裏ギルドの諜報網は、私の想像以上に有能だった。
「ご苦労様。……さあ、復讐の前に『下準備』を済ませましょうか」
私は研究室の机にリストを広げ、社畜時代に培った能力を総動員して、ターゲットを絞り込む。
狙うは、リード商会が独占契約を結んでいる「王立騎士団」と「王立魔道院」。
彼らはリード商会から安価な洗浄剤や傷薬を大量購入しているが、それらは魔力の消耗が激しい現場の人間にとって、肌荒れや傷の悪化を招く低品質なものばかりだ。
「マーサ、この『魔力疲労を和らげる薬用ミスト』と『低刺激の殺菌石鹸』のサンプルを抱えて、各所の資材担当者の元へ向かうわよ。もちろん、裏ギルドの紹介状を持ってね」
「お、お嬢様……パーティー直前に商売の邪魔をするなんて、リード様が聞いたら泡を吹いて倒れますわ!」
「ふふ、倒れるのはまだ早いわ。これは単なる嫌がらせではなく、正当なビジネスの提案ですもの」
数日後。私は裏ギルドを介して、ある重要人物と密会していた。
それは、リード商会との契約更新を翌月に控えた王立魔道院の副院長だ。
「……信じられん。このミストを噴霧しただけで、詠唱による喉の乾きと、肌に走る魔力の火照りがこれほど収まるとは」
副院長が驚愕の声を上げる。私は、理系女子特有の「データと論理」に基づいたプレゼンを展開した。
「副院長。リード商会の製品は魔力親和性が低く、残留成分が術者の魔力経路を阻害しています。対して私の製品は、魔力銀を触媒にしたナノ乳化技術を用いています。コストは同等、性能は三倍。……どちらが現場の魔導師たちのためになるか、賢明な貴方ならお分かりでしょう?」
「……しかし、リード商会との義理も……」
「義理で優秀な部下の肌と健康を犠牲にするのですか? それに、私はこれだけではなく『魔力を回復させるバスソルト』や『集中力を高めるアロマオイル』の開発案も持っています。契約先を私に切り替えていただけるなら、優先的に供給いたしましょう」
社畜時代、過酷な納期とコンペで鍛えられた私の殺し文句が炸裂する。
結果は圧勝だった。リード商会が「ルクレツィアに売るドレスはない」と笑っていた裏で、彼らの収益の柱である公共機関との大口契約が、音を立てて崩れ始めていた。
「よし。オーウェンの生命線を断つ布石は打ったわ。リード商会。そしてエドワード殿下。……今日、貴方たちは知ることになるわ。一人の研究員を敵に回すことが、どれほど恐ろしいか」
一方、王宮からは不快な噂が届き続けていた。
エドワード王子がアリスに、オーウェンの商会から取り寄せた「伝説の白粉」を贈ったという話。
「お嬢様、アリス様は『ルクレツィア様のいなくなった王宮は、なんて平和で素敵なのでしょう』なんて吹聴しているそうです……!」
「いいのよ、マーサ。今は好きに言わせておきなさい」
私は、完成したばかりの「発光ファンデーション」を自分の腕に塗ってみた。
ただ白いだけの白粉とは違う。肌そのものが生命力に満ち、宝石のようなオーラを放つ演出。
(アリス様。貴女が選んだ『伝説の白粉』。あれ、不純物が多くて魔力耐性が低いのよね。パーティー会場の魔力密度に、耐えられるのかしら……?)
ひと月が経ち、ついに建国記念パーティーの朝が来た。私は鏡の前で、マーサにドレスの紐を締めさせた。
「さあ、行きましょうか。……世界で一番、残酷で美しい復讐劇を始めに」
気弱だった自分を完全に捨て去り、私は不敵な笑みを浮かべる。その視線ひとつで、馬車の中の空気が凍るのを感じながら、堂々と乗り込んだ。
______________
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裏、とは言うものの、ここは国家が表立って扱えない希少素材や、未認可の魔導具が取引される公認の闇市のような場所だ。
マーサが私の袖を掴んで震えている。案内された部屋の奥、豪奢な椅子に座っていたのは、長い銀髪の前髪の隙間から鋭い視線を放つ男だった。
(……え、何この美形。裏ギルドの長なんて、もっと野蛮な人を想像してたのに)
前髪の隙間に揺れる銀髪の合間から、氷のような青い瞳が覗く。隠し切れない上品な貴族の雰囲気を纏っている。二十代前半だろうか、公爵令嬢であるルクレツィアの記憶を辿っても見覚えはないが、間違いなく高位の血筋だろう。
「エルヴァイン公爵令嬢。このような薄汚れた場所に何の用かな?」
低く、どこか余裕を感じさせる声。男は時折、不快そうに鼻を啜り、指先で目元を拭っている。私はその様子をじっと観察し、男の背後に置かれた大きな鉢植えに目を向けた。
「あなた……そこの観葉植物は、いつから育てているの?」
「……何だと? …… 植物など、この部屋の装飾の一部に過ぎないよ。それがどうしたんだい?」
訝しげに眉を寄せる彼に、私は机の上にある薬包を指先でトントンと叩きながら告げる。
「『アルテミス草』ね。この時期にだけ放つ微細な花粉は、魔力を持つ人間の粘膜を激しく刺激するのよ。貴方のその鼻詰まりも、目元の赤みも、原因は、おそらく植物アレルギーよ」
男の動きが止まった。青い瞳が驚愕に揺れる。
「アレルギー……? 僕はてっきり、魔力暴走の前兆かと疑っていたけれど……」
「今すぐその植物を処分して、部屋を換気しなさい。それと、これを使いなさいな」
私は持参した小瓶――抗炎症作用のある薬草を蒸留した特製のミストをテーブルに置いた。
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男は私の言葉に呆気にとられながらも、半信半疑でミストを試し、数分後――その表情を劇的に変えた。
「……信じられないな。呼吸が、驚くほど楽になった。王宮の医官でさえ『休養が必要だ』としか言わなかったものを、君は一目で見抜いたというのか」
「ふふ、驚くのは早くてよ。これは依頼だけじゃないわ。ビジネスの取引よ」
( 王宮の医官ですって? どういうこと…… あなた、何者なのよ!)
私は姿勢を正し、本題を切り出した。
「私はひと月後の建国記念パーティーで、この国を震撼させる『美の暴力』を披露するつもりなの。そのために、表の商会では手に入らない最高級の『偏光魔鉱石』と、特殊な『定着溶剤』を揃えてもらえるかしら?」
銀髪の男は、驚きから感心へ、そして獲物を見つけたような不敵な、それでいてどこか熱を帯びた笑みを浮かべた。
「面白いな……。公爵家を追い出されかけ、王子に捨てられた『哀れな令嬢』と聞いていたが、とんだ食わせ物だ。
……いいだろう、ルクレツィア嬢。君が求める素材は、裏ギルドの総力を挙げて一週間以内に用意しよう。
その代わり、君のその『知恵』……いずれ高く買い取らせてもらう。僕はユリウスだ。これからも、よろしくな。ルクレツィア嬢 」
素材を確保した私は、残りの三週間を地獄のような研究と制作に費やした。
昼間は「泥遊び」と笑う父や後妻の嫌がらせを柳に風と受け流し、夜はマーサと共に、母の形見のドレスを解体し、再構築する。
偏光魔鉱石を極限まで細分化し、絹の繊維一本一本に魔力を定着させる。それはドレスという名の「光学迷彩」を作るような、気の遠くなる作業だった。
「お嬢様、裏ギルド……いえ、ユリウス様から追加の素材が届きました。それと、こちらがご指示のあったリストですわ」
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彼らはリード商会から安価な洗浄剤や傷薬を大量購入しているが、それらは魔力の消耗が激しい現場の人間にとって、肌荒れや傷の悪化を招く低品質なものばかりだ。
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「……信じられん。このミストを噴霧しただけで、詠唱による喉の乾きと、肌に走る魔力の火照りがこれほど収まるとは」
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「副院長。リード商会の製品は魔力親和性が低く、残留成分が術者の魔力経路を阻害しています。対して私の製品は、魔力銀を触媒にしたナノ乳化技術を用いています。コストは同等、性能は三倍。……どちらが現場の魔導師たちのためになるか、賢明な貴方ならお分かりでしょう?」
「……しかし、リード商会との義理も……」
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結果は圧勝だった。リード商会が「ルクレツィアに売るドレスはない」と笑っていた裏で、彼らの収益の柱である公共機関との大口契約が、音を立てて崩れ始めていた。
「よし。オーウェンの生命線を断つ布石は打ったわ。リード商会。そしてエドワード殿下。……今日、貴方たちは知ることになるわ。一人の研究員を敵に回すことが、どれほど恐ろしいか」
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「お嬢様、アリス様は『ルクレツィア様のいなくなった王宮は、なんて平和で素敵なのでしょう』なんて吹聴しているそうです……!」
「いいのよ、マーサ。今は好きに言わせておきなさい」
私は、完成したばかりの「発光ファンデーション」を自分の腕に塗ってみた。
ただ白いだけの白粉とは違う。肌そのものが生命力に満ち、宝石のようなオーラを放つ演出。
(アリス様。貴女が選んだ『伝説の白粉』。あれ、不純物が多くて魔力耐性が低いのよね。パーティー会場の魔力密度に、耐えられるのかしら……?)
ひと月が経ち、ついに建国記念パーティーの朝が来た。私は鏡の前で、マーサにドレスの紐を締めさせた。
「さあ、行きましょうか。……世界で一番、残酷で美しい復讐劇を始めに」
気弱だった自分を完全に捨て去り、私は不敵な笑みを浮かべる。その視線ひとつで、馬車の中の空気が凍るのを感じながら、堂々と乗り込んだ。
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