可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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真珠の輝きと、泥を塗られた伝説

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 建国記念パーティー当日。王宮の夜会会場は、色とりどりのドレスと贅沢な香油の匂いに包まれていた。

 中央で一際大きな笑い声を上げているのは、第一王子エドワード。その隣には、彼がオーウェンに特注したという、桜色のシルクを贅沢に使ったドレスを纏った男爵令嬢アリスがいた。

「エドワード様、見てください。この白粉……。リード商会の方が、伝説の『月光石』を配合したと言っていましたわ。肌がとても白く見えますの」

 アリスが頬を染めて微笑む。確かにその肌は、病的と言えるほどに真っ白く塗り固められていた。

 だが、私――ルクレツィアの、いや「中田ひより」の目をごまかすことはできない。

(……あれが伝説の白粉? 笑わせるわ。ただの鉛白えんぱくに、魔力伝導率の悪い粗悪な鉱石粉末を混ぜただけじゃない。今は綺麗に見えても、会場の魔力密度が上がれば、不純物が反応して一気に酸化が始まるわよ)

 会場の入り口で、儀典官が私の名を告げる。

「エルヴァイン公爵令嬢、ルクレツィア・エルヴァイン公爵令嬢、ご入場です!」

 一瞬で、会場の喧騒が静まり返った。
 
 一歩、足を踏み出した瞬間。ホールの巨大な魔石シャンデリアの光を反射して、私のドレスが言葉にできない色彩を放った。

 それは白ではなく、かといって銀でもない。歩くたびに、虹色のような、真珠の内側にある層のような、幻想的な光のヴェールが揺らめくのだ。

「……何だ、あの輝きは」
「あのような生地、東方の国でも見たことがないぞ」

 招待客たちの間を、驚愕の囁きが波紋のように広がっていく。

 リード商会のオーウェンが、目を剥いて私のドレスを凝視していた。彼は「売るドレスはない」と豪語したはずだ。だが、今、目の前にあるのは彼が扱っているどんな最高級品よりも、圧倒的に洗練され、未来的な輝きを放つ一枚だった。

 私は、カイルに突き飛ばされた時に痛めた足首を、自作の消炎ジェルと魔力銀サポーターで完璧にケアし、一点の淀みもない優雅な足取りでエドワードたちの前へと歩み寄った。

「ご機嫌よう、エドワード殿下。……それに、皆様も」

 顔を上げた瞬間、周囲から息を呑む音が聞こえた。
 
 右頬。カイルに深く傷つけられたはずの場所には、跡形もない。それどころか、私の肌は、アリスの塗り固められた白さとは根本的に異なっていた。

 内側から水分が溢れ出すような透明感。毛穴一つ見当たらない、滑らかなキメ。光を跳ね返すのではなく、光を吸い込み、再構成して放つような、圧倒的な健康美の極致。

「ル、ルクレツィア……? その頬の傷は、どうしたのだ」

 エドワードが呆然と声を漏らす。カイルも、自分の爪が刻んだはずの傷が消えていることに戦慄し、一歩後退した。

「傷……? ああ、あの日、カイル様に頂いた『不名誉な印』のことでしょうか。……殿下、美容というものは、心身の健康と、正しい知識によって維持されるものですの。野蛮な暴力で、私の『美』が損なわれるとでもお思いでしたか?」

 私は鈴を転がすような声で笑ってみせた。

 その時だった。

「ひっ……! ア、アリス様、お顔が!」
 アリスの背後にいた侍女が、悲鳴に近い声を上げた。

 会場の魔力密度が最高潮に達し、オーウェンがアリスに与えた「白粉」が、ついにその限界を迎えたのだ。
 
 アリスの真っ白だった肌が、みるみるうちにどす黒く変色していく。不純物として混ざっていた鉛成分と粗悪な魔鉱石が、高濃度の魔力に反応して黒化したのだ。

「え……? 何、何が……!? エドワード様、どうしたのですか?」

 状況を把握していないアリスがエドワードに縋りつく。だが、エドワードは、泥を塗りたくったかのようにドス黒く変化していくアリスの顔を見て、反射的にその手を振り払った。

「くるな! 汚らわしい……! その顔は、一体どうしたというのだ!」

「汚らわしい……?」
 アリスの顔が絶望に染まる。黒ずんだ白粉は、彼女の涙に溶けて、頬を汚い泥の筋のように伝い落ちた。

 一方で、私はその惨状を、冷めた目で見つめる。

「殿下。それが、貴方が選んだ最愛の姿ですか?」

 私は一歩前に出た。私の肌は、どれほど魔力密度が上がろうとも、私が配合した『安定型ビタミンC誘導体』と『魔力親和性セラミド』の効果で、むしろ輝きを増している。

「オーウェンさん。貴方がと称して売り歩いたその化粧品……成分分析もろくにせず、利益だけを追い求めた結果が、これですわ。……貴方には、女性の肌を守る資格なんて、最初からなかったのよ」

 オーウェンは顔を真っ青にしてガタガタと震え始めた。
 
「ルクレツィア……君、君は一体、何を……」

「申し上げたはずよ。……もう、私のは一滴も分けて差し上げない、と」

 静まり返ったホールに、私の冷徹な宣言が響き渡る。
 かつての婚約者と、私を蔑んだ男たち。彼らの前で、私は美の威力を完璧に完遂させたのだ。

 しかし、これはまだ、序章に過ぎない。

「さて、エドワード殿下。……正式な『婚約破棄』のお話、今ここで進めてもよろしいかしら?」

 私は、勝利を確信した研究員のように、残酷で完璧な微笑みを浮かべた。
______________

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