可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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愚弟よ!商売のいろはを知るがいい

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 建国記念パーティーでの婚約破棄騒動から数日。王都の社交界は、ルクレツィア・エルヴァインが放った強烈な光と、アリス男爵令嬢の顔面に沈着した「消えない黒ずみ」の話題で持ちきりだった。

 だが、エルヴァイン公爵邸の空気は、王都のそれよりも遥かに険悪だった。

「どういうことだ、ユーリ! 騎士団からの、定例の石鹸と傷薬の注文がキャンセルされただと!?」

 応接間に響き渡ったのは、父・エルヴァイン公爵の怒声だ。

 机を叩いて詰め寄られる弟のユーリは、顔を真っ青にして書類を握りしめている。

「そ、それが……。騎士団だけでなく、王立魔道院からも、今月分からの契約打ち切りの通知が届きました。理由は、『リード商会を仲介した製品は品質に問題があり、より安価で高性能な代替品が見つかったため』と……」

「馬鹿な! リード商会を失脚させたのは、あのルクレツィアだぞ! あいつが何か吹き込んだに決まっている!」

 後妻のアメリアが、扇子を激しく仰ぎながら金切り声を上げた。

「あの子をすぐに呼び戻しなさい! 納屋に押し込めておいたはずが、勝手に王道院と取引するなんて、公爵家への反逆よ! その利益はすべて家に入れるのが筋でしょう!」

 その時、応接間の扉が静かに、だが迷いのない力で開かれた。

「あら、随分と賑やかですこと。……私の噂話かしら?」

 部屋に入ってきた私は、かつての「地味で従順な娘」ではなかった。

 自作の『浸透型ボタニカル美容液』で磨き上げた肌は、朝日を浴びて発光しているかのように瑞々しい。マーサに仕立て直させた、活動的でありながら最高級の光沢を放つ特注の乗馬服に身を包んでいる。

「ルクレツィア! 貴様、どの面下げて……!」

「お父様、ご挨拶が遅れましたわ。……それからユーリ、貴方が手にしているその『キャンセル通知』、発行元は私の設立した『ルミナス・ラボ』ですわ」

 私は、優雅な所作で父の向かい側の椅子に腰を下ろした。

「な、なんだと……!? 貴様が立ち上げた商会だと!?」

「ええ。リード商会の中抜きを廃止し、研究者である私が直接製造・納品するスタイルに変えましたの。魔力疲労を和らげる『薬用魔力ミスト』。騎士たちの剣だこや傷を瞬時に癒やす『高精製リペアバーム』。……試供品を配った翌日には、全機関から独占契約の申し入れがありましたわ」

 ユーリが椅子から立ち上がり、私を指差して叫ぶ。

「ふざけるな! そんな勝手なことが許されると思っているのか! お前はエルヴァイン公爵家の人間だ。その商権も利益も、次期当主である僕のものだ!」

「……あら。貴方、数日前に何とおっしゃいましたっけ?」

 私は冷たく目を細め、記憶を再生するように告げた。

『貴女はしばらく、離れの古い納屋にでも引きこもっていてください』
『公爵家の名を汚すのはやめていただきたい』

「貴方は私を『不要なもの』として離れに追放したわ。私はその『離れ』を拠点に、自力で道を切り拓いただけ。……家督を継ぐつもりなら、まずは市場の動向と、競合他社の製品分析くらい済ませておくべきだったわね、ユーリ」

「黙れ! 義姉のくせに、僕を教導するつもりか!」

「教導? いいえ、これは単なる『市場独占』よ」

 私は鞄から一通の公正証書を取り出した。

「ユーリ、貴方がリード商会に投資していた公爵家の準備金。オーウェンが逮捕され、資産凍結されたことで、すべて紙屑になったわね。……今、この家には、騎士団へ納品するはずだった『粗悪な在庫』と、莫大な負債しか残っていないはずよ」

 父とユーリの顔が同時に強張った。理系出身の私にとって、帳簿を読み解くのは基本中の基本。彼らのどんぶり勘定など、私の敵ではない。

「お父様。私は、この家の負債をすべて買い取る用意があります。……ただし、条件がありますわ」

「じょ、条件だと……?」

「今日から一週間、ユーリを私の『ルミナス・ラボ』の雑用係として貸し出してちょうだい。商売の『し』の字も知らない坊やに、現場の厳しさを叩き込んであげますわ」

 ユーリが屈辱に顔を歪める。

「誰がそんな……! 僕に泥臭い現場の仕事をやれというのか!」

「あら。それとも、このまま公爵家を破産させて、お父様と一緒に路頭に迷う道を選ぶ? ……どちらが『無様』か、よく考えて答えなさい」

 私は唇の端を吊り上げた。
 かつてルクレツィアを「無様」と笑った弟に、本当の「無様」を教えてあげる。
 
 研究職の仕事は、華やかな成果だけじゃない。地味な洗浄、繰り返される実験、そして泥にまみれた素材採取。
 
「さあ、返事は? ユーリ。…… さあ、返事は『はい、ルクレツィア様』、でしょう?」

 私の圧倒的な圧力に、ユーリは膝を震わせながら、絞り出すような声で「……はい」と答えるしかなかった。

(まずは一人目。……中田ひよりの『新人教育』、覚悟しなさいね、お馬鹿な弟くん)

 私は、震える弟の姿を冷徹に見つめながら、勝利の美酒ならぬ、マーサが準備した特製ハーブティーを一口含んだ。
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