可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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断罪の余波と崩れゆく知略

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 ギルバート・ヘイゼルが衛兵によって連行された後、王宮の会議室には、耳が痛くなるほどの静寂が広がっていた。

 宰相は深いため息を吐き、机に拳を落とした。エドワード王子は、自らの片腕とも呼べる知略家が科学という未知の概念に叩き伏せられた光景を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。

「……信じられぬ。ギルバートが、これほどまで杜撰な真似をしていたとは」

 絞り出すようなエドワードの声に、私は冷たく、けれど優雅に首を傾げてみせた。

「杜撰なのではありませんわ、殿下。彼は、自身の『経験則』と『偏見』という、不確かなデータに頼りすぎたのです。人間は嘘をつきますが、インクの酸化速度や魔力の残留成分は、決して嘘をつきません」

 私は片付けを終えた魔法銀の乳鉢をマーサに渡し、ゆっくりと立ち上がった。

「さて、冤罪の主犯格が一人消えたところで……次は、その捏造された正義を盾に、私に直接的な暴力を振るった方のお話をしましょうか」

 視線を向けた先には、壁際に立っていた騎士団長子息、カイル・ベルナールがいた。

 彼は先ほどまでの自信満々な態度をどこへやら、私の視線に射抜かれた瞬間、大柄な体躯を震わせ、剣の柄を握る手に力を込めた。

「な、なんだ。僕はギルバートの証拠を信じただけだ! 騎士として、弱き者アリスを守ろうとした……その志に一点の曇りもない!」

「『弱きを守る』、ですか。……カイル様、貴方はその高潔な騎士道精神の陰で、ご自身の足元がどれほど腐敗しているか、ご存知ないのかしら?」

 私は不敵に笑い、懐から一通の報告書を取り出した。

「これは、私が王立騎士団の資材担当者から受け取った、過去一年の負傷者リストと、その治癒経過のデータです。……カイル様。貴方の小隊、他の部隊に比べて、訓練中の切り傷や打撲からの『化膿率』が、異常に高いことをご存知?」

「……化膿? そんなもの、騎士の勲章だろう。泥にまみれて戦えば、傷の一つや二つ、疼くのが当たり前だ!」

「いいえ。当たり前ではありませんわ。……それは、貴方の部隊が使っている『リード商会製』の傷薬が、殺菌作用を欠いたただの油の塊であり、かつ貴方自身の『末端の衛生管理』が最悪である証拠です」

 私は一歩、カイルに詰め寄った。

「あの日、貴方は私の頬を、その不潔な爪で引き裂いた。……研究者として、そして一人の女性として言わせてもらえば、貴方のその指先は、剣を握るためのものではなく、雑菌を撒き散らす不潔な凶器そのものよ」

「き、貴様っ……! 侮辱する気か!」

「事実を述べているだけですわ。……カイル様、貴方のその右手の甲。最近、赤く腫れて熱を持っていませんか? 鎧の擦れ傷だと思って放置しているようですが……それは、粗悪な金属と不衛生な手入れが招いた、皮膚の重篤な炎症です」

 カイルの顔が引き攣った。彼は慌てて籠手で手の甲を隠したが、私の目は誤魔化せない。

「貴方がアリス嬢を守ると称して、私を突き飛ばし、傷つけたその手。……その手で騎士団を率いるつもりなら、いずれ部下たちは貴方の無知によって、戦場ではなく病床で命を落とすことになるでしょうね」

 そこへ、会議室の扉が再び勢いよく開いた。

 入ってきたのは、血相を変えた騎士団長――カイルの父だった。

「カイル! 何という失態だ! 貴様の小隊から提出された資材報告書に、虚偽の記載があったと報告を受けたぞ!」

「父上!? そ、それはリード商会が……」

「言い訳は無用だ! ルクレツィア嬢が提供してくれた『石鹸』と『リペアバーム』。これを使った他部隊では、化膿による戦線離脱者がゼロになった。……それに対し、貴様の部隊だけが依然としてリード商会の在庫を使い続け、部下を危険に晒していた。……これは騎士団長として、看過できん不祥事だ!」

 騎士団長は私の前で深く頭を下げた。

「ルクレツィア嬢。息子の不始末、誠に申し訳ない。……そして、貴女が提供してくださった医学的知見に基づいた資材。あれがなければ、我が団の被害はさらに広がっていた」

「お顔を上げてください、騎士団長様。……私はただ、研究職として『正しい処方』を提案したまで。……ですが、カイル様には、その処方を受ける資格はないと判断いたします」

 私はカイルを冷たく見据えた。

「カイル・ベルナール。貴方は私の肌に、消えないかもしれない傷をつけた。……その報いとして、貴方は今後、騎士団内で『最も不潔で不衛生な部隊』として、最前線の泥のなかで、ご自慢の騎士道を貫いてくださいな。……もちろん、私の作る『リペアバーム』の供給リストに、貴方の名前はありませんけれど」

「……あ……ああ……」

 カイルは、己の力の象徴であった剣を杖にするように、その場に膝をついた。

 エドワード王子の側近、武力を司る男が、自らの「不摂生」と「無知」によって、騎士としての未来を断たれた瞬間だった。

 私は、部屋の隅で震えているアリスへと視線を移した。

「さて……。守ってくれる騎士様も、知略を巡らせてくれる参謀もいなくなりましたわね。……アリス嬢、次は、貴女が一番頼りにしていた『お金』と『立場』の話をしましょうか」

 私は窓の外に目を向けた。そこには、リード商会の全資産が王家によって差し押さえられ、運び出される様子が見えていた。

 中田ひよりの復讐劇は、まだ折り返し地点にも達していない。
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