可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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折れた剣、剥がれ落ちた名誉

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 カイル・ベルナールが騎士団長の父によってその場で謹慎を言い渡され、這々の体で連行されていく姿を、私は冷淡なまでの一瞥で見送った。

「さて……。殿下、これで貴方の『優秀な』側近が二人、自らの不徳によって姿を消しましたわね」

 私は、エドワード王子の青ざめた顔を正面から見据えた。

 王子は、かつて自分が悪役令嬢と嘲笑った元婚約者が、これほどまでに論理的かつ残酷に、自分の周囲を削り取っていく様に恐怖していた。

「ルクレツィア……。君は、最初からこれを狙っていたのか? ギルバートの冤罪を暴き、カイルの失態を突く……すべては僕への復讐のために?」

「復讐、だなんて。そんな情熱的な言葉、私には似合いませんわ。……私はただ、研究者として『不純物』を排除しているだけ。この国の未来に、真実を見極められない知略家や、部下の健康も守れない騎士は不要ですもの」

 私が言い放つと、部屋の隅でがたがたと震えていた男が、ついに堪えきれずに叫び声を上げた。

「ルクレツィア様! お願いだ、私の商会だけは……リード商会だけは助けてくれ!」

 這いつくばって私の足元に縋り付こうとしたのは、国内最大の商会を牛耳っていたはずの富豪、オーウェン・リードだ。

 パーティーでの「白粉の惨劇」以来、彼の商会には返品と抗議の嵐が吹き荒れ、さらに王立機関との契約解除が追い打ちをかけていた。

「助けて? オーウェンさん、貴方はあの日、何とおっしゃいました? 『君に売るドレスなんて、この国には一着も残さない』……でしたかしら」

「そ、それは……エドワード殿下の不興を買いたくなくて、つい……!」

「つい、で済む話ではありませんわ。貴方は自らの商品管理の甘さで、罪なき女性たちの肌に、そして王国の信頼に泥を塗った。……オーウェンさん、ビジネスの世界において、信用を失った商人に残るものは何かしら?」

 私は、マーサから受け取った一束の書類を、オーウェンの目の前に放り出した。

「それは、貴方の商会が独占していた『魔力草の輸入ルート』の譲渡契約書ですわ。……本日、裏ギルド……いえ、私のパートナーであるユリウス様の手配により、その全ルートは私の『ルミナス・ラボ』が買い取りました」

「なっ……!? なぜだ、あれは他言無用の秘密ルートのはず……!」

「秘密、なんて科学の前では無意味ですわ。貴方の運搬経路、保存方法、すべてが魔力波形の追跡によって暴かれました。……貴方の商会は、もう原材料すら仕入れられない。つまり――倒産よ」

 オーウェンの顔から、一切の血の気が引いた。

 彼の祖父が、父親が、一族が築き上げた金銀の山は、一瞬にして砂上の楼閣と化し、崩れ去ったのだ。

「ああ……あああああ!」
 崩れ落ちるオーウェン。

 王子、知略家、騎士、大富豪。

 ルクレツィアを囲み、冷たく笑っていた四人の男たちのうち、三人がすでに社会的に抹殺された。

 残るは、この惨劇の元凶であり、エドワード王子の隣で今や泥に汚れた人形のように立ち尽くしているアリスだ。

「……アリス様。貴女、先ほどからずっと、顔を抑えていらっしゃいますわね。……痛み、始めていらっしゃるのでしょう?」

 アリスがビクリと肩を揺らす。ベールの下で、彼女は懸命に肌を掻きむしるのを堪えていた。

「え……? 痛い? アリス、大丈夫か!?」

 エドワードが駆け寄るが、その声にアリスは悲鳴を上げた。

「触らないで! 触らないでください、エドワード様! ……痒いの、痛いの、顔が……顔が焼けるように熱いのよ!!」

 アリスが堪えきれずにベールを剥ぎ取った。

 そこにあったのは、パーティーの時よりもさらに悪化した、見るに堪えない惨状だった。黒ずんだ白粉が毛穴の奥まで入り込み、炎症を起こして、肌は赤紫に腫れ上がっている。

 かつての可憐な美少女の面影は、どこにもなかった。

「……殿下、これが『伝説の白粉』の真実です。……彼女の肌は、もはや通常の治療では元に戻りませんわ。……貴方が愛した『美しさ』は、この泥の中に溶けて消えたのです」

「ルクレツィア……君なら、君の知識なら、彼女を治せるんだろう!? 頼む、いくらでも払う! 彼女を助けてくれ!」

 エドワードが私に膝をつき、哀願する。

 その姿は、かつての婚約者としての威厳など微塵もない、あまりに無様なものだった。

 私は、冷たく、どこまでも澄んだ瞳で彼を見下ろした。

「……いくらでも、ですか。……殿下、貴方はあの日、私を『見苦しい』と切り捨てた。……その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

 私は一歩、彼らから離れた。

「今の貴方たちの姿こそ、この国で最も『見苦しい』ものですわ。……アリス嬢の治療法? ええ、知っていますわよ。……ですが、それは貴方たちの手には入りません。……さようなら、殿下。……次に会う時は、貴方の『玉座』についてお話ししましょうか」

 私は、絶望に沈む会議室を後にした。
 
 廊下に出ると、ユリウスが壁に背を預けて待っていた。彼は満足げに、氷のような青い瞳を細める。

「見事な手並みだ、ルクレツィア。……さて、これで外堀は埋まった。……次は、公爵家の内部清算だな?」

「ええ。……父と、あの後妻。……あの方たちには、もっと『金のかかる』絶望を用意してありますわ」

 私は不敵に笑い、ユリウスと共に歩き出した。
 
 復讐は、いよいよ核心へと向かう。エルヴァイン公爵家の闇、そして王弟を巡る真実の物語が、今、動き出そうとしていた。
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