可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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砂上の楼閣、崩落の音

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 リード商会の倒産とオーウェン・リードの拘束は、王都の経済界に巨大な地殻変動をもたらした。

 かつては贅の限りを尽くしたリード商会の本拠地も、今や王宮の徴税官たちが土足で入り込み、帳簿や調度品を次々と運び出している。

「嘘だ……こんなことがあってたまるか! 私が、このオーウェン・リードが、たかが娘一人の差し金で……!」

 石畳に膝をつき、衛兵に組み伏せられながら叫ぶオーウェンの姿を、私は馬車の窓から冷淡に見下ろした。隣に座るユリウスが、銀髪を揺らしながらふっと鼻で笑う。

「彼は最後まで理解できなかったようだね。商売の土台が『信用』という目に見えない成分でできていることを。……ルクレツィア、君が奪ったのは金ではない。彼の製品に対する『根拠』だ」

「ええ。科学的根拠のない自信は、ただの慢心だもの」

 私がそう答えると、馬車は次の目的地、アリス男爵令嬢が身を寄せている下宿先の前で止まった。

 エドワード王子が用意した贅沢な隠れ家だったはずの場所だが、今や恋人である王子の支持率急落と財政難により、その維持さえ危うくなっている。

「……アリス嬢、入ってもよろしくて?」

 返事はない。だが、鍵の開いた部屋に踏み込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
 
 鏡がすべて黒い布で覆われ、部屋の隅にうずくまっている影。かつて可憐さを武器に私を追い詰めたアリスだ。

 彼女は、私の気配を感じた瞬間、狂ったように叫び声を上げた。

「来ないで! 見ないで! 私は……私は、こんなはずじゃなかった! エドワード様は、私のために『伝説の白粉』を用意してくれたのに……なぜ、私だけがこんな目に!」

「伝説、ね。……アリス嬢、貴女は自分が何を塗っていたか、今でも理解していないのね」

 私は彼女の足元に、いくつかの分析データを記した紙を落とした。

「貴女が愛用していたその白粉……。リード商会は、原材料を安く抑えるために、鉱山の廃棄物に近い重金属を混ぜていたわ。それを、魔力で無理やり白く発色させていただけ。……貴女の肌は、今、その重金属が魔力と結びついて細胞に深く沈着している状態よ。……簡単に言えば、貴女の顔は『魔力のゴミ捨て場』になったの」

「ゴミ……? 私の顔が、ゴミ……!? 嫌あああ!!」

 アリスが顔を覆って泣き崩れる。だが、その指の隙間から見える肌は、黒ずみの上に過剰な炎症が重なり、もはや人前に出られる状態ではない。

「ルクレツィア様……お願い、助けて。貴女は、新しい薬を作ったんでしょう? 騎士団の人たちが使っている、あの魔法のクリームを私に……!」

「お生憎様。あれは『健康な肌』を守るためのもの。貴女のように、虚飾のために肌を殺し続けた人には効果がありませんわ。……それに、私は貴女に一滴の情けもかけるつもりはないと、あの日申し上げたはずよ」

 私は冷たく彼女を見据え、最後通牒を突きつけた。

「貴女がルクレツィアとしての私を冤罪に陥れ、すべてを奪おうとした時。……あの子の心がどれほど痛んだか、想像したこともなかったでしょう。……これからは、その汚れた肌と共に、誰にも見られず、誰にも愛されず、ひっそりと朽ちていきなさい」

 絶叫を背に、私は部屋を後にした。

 これで、エドワード王子の周りにいた「駒」はすべて排除した。

 
 しかし、私の戦いにはまだ、最も身近で最も醜悪な敵が残っている。

「……さて、ユリウス。次は、私の『家族』についてのお話よ」

「エルヴァイン公爵夫妻か。……彼らは今、君の『ルミナス・ラボ』が生み出す莫大な利益に目を血走らせているよ。公爵は、君を無理やり呼び戻して、商会の代表権を奪うための書類を準備しているそうだ」

 ユリウスの言葉に、私は唇の端を吊り上げた。

「代表権? 面白いわね。……なら、こちらからも『プレゼント』を用意しましょう。……マーサ、例の『特製エイジングケア・ライン』の準備はできているかしら?」

 控えていたマーサが、少し困惑しながらも頷く。

「はい、お嬢様。……ですが、あんな『即効性だけあって、後が怖いもの』、本当に奥様に贈られるのですか?」

「ええ。あの美しさに執着する義母アメリアには、最高の毒になるわ。……一度その魔力的な美しさを知れば、二度と手放せなくなる。……そして、それを使い続けるための『維持費』で、公爵家の財産をすべて吐き出させてやるわ」

 中田ひよりの理系知識は、癒やすためだけにあるのではない。

 過剰な期待と依存を生み出し、破滅へと誘う「劇薬」にもなり得るのだ。

「お金で物を言わせるざまぁ……。楽しみだわ。お父様、アメリア様。……貴方たちが愛した『公爵家という財布』が、空っぽになる瞬間をね」

 馬車は夜の帳を切り裂き、呪われた公爵邸へと向かって走り出した。
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