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王妃の変色、沈みゆく月
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王宮の鏡の間は、異様な熱気と、どこか鼻を突く妙な臭気に包まれていた。
王妃ジャリー侯爵夫人が主催する、新型化粧品『ムーンライト・エッセンス』の披露会。エドワード王子の権威を失墜から救うための、なりふり構わぬ起死回生の一手だ。
「皆様、ご覧なさい。これが王家が誇る至高の美。どこぞの成り上がり令嬢が作った泥遊びのような薬とは、格が違いますわ」
豪華なドレスに身を包んだ王妃が、扇子を広げて高らかに宣言する。彼女の顔には、ルクレツィアの製品から盗み出したレシピ(という名の罠)で製造された白粉が厚く塗られていた。
エドワード王子も、自信を取り戻したかのように胸を張り、隣に座るアリスの代わりとして用意された家柄の良い令嬢に微笑みかけている。
私は、会場の隅でユリウスと共にその光景を眺めていた。
「ルクレツィア。……秒読みだね」
「ええ。理系女子として、計算に狂いはないわ」
私が漏洩させた『失敗作のレシピ』には、ある特殊な触媒が組み込まれている。それは、会場の主照明として使われている「青色魔晶石」の光を一定時間浴びることで、成分内の金属イオンが急速に凝集し、硫化反応を起こすという仕掛けだ。
その時。時計塔の鐘が鳴り響くと同時に、異変が起きた。
「……あら? 嫌だわ、何かしら、この臭い」
「お、王妃様! お顔が!」
最前列にいた侯爵夫人が悲鳴を上げた。
王妃の真っ白だった顔が、中心からじわじわと「どす黒い緑色」に変色し始めたのだ。それだけではない。レシピに仕込まれた『発酵型香料(もどき)』が、熱に反応して、腐った魚と硫黄を混ぜたような強烈な悪臭を放ち始めた。
「な、何!? 何が起きたの! 鏡を! 鏡を持ってきなさい!」
王妃が狂ったように叫ぶ。差し出された手鏡に映ったのは、もはや人間とは思えない、カビの生えた石像のような顔面だった。
「ひっ、あああ! 私の顔が! 私の美しい顔が!!」
「母上! 落ち着いてください! おい、誰か医官を!」
エドワード王子が駆け寄るが、王妃から放たれる凄まじい悪臭に、反射的に鼻を押さえて後退りした。その拒絶の動作が、王妃のプライドを粉々に打ち砕く。
「……皆様、落ち着いて。これが、王家が『ルミナス・ラボ』の技術を盗用し、粗悪な成分で偽造した結果ですわ」
静まり返った会場に、私の凛とした声が響いた。
私はゆっくりと中央へ歩み出る。私の肌は、本物の『光反射処方』によって、地獄絵図のような会場の中で唯一、神々しいまでの輝きを放っていた。
「ルクレツィア! 貴様、貴様が細工をしたのか!」
「細工? 滅相もございません、殿下。……盗んだレシピを、検証もせずに使用した王家側の『品質管理能力の欠如』が招いた物理現象です。……研究者として言わせてもらえば、他人の知財を盗むような浅ましい魂には、この美しさは定着しないということですわ」
私は王妃の目の前で、冷徹に言い放った。
「さらに。王妃様、貴女がこの偽造品の製造資金を捻出するために、ジャリー侯爵家を通じて行っていた『禁制の毒草売買』。……そして、十数年前に王弟殿下を陥れるために証拠を捏造した際の、化学的な足跡……すべて、裏ギルドと法務院によって差し押さえられましたわ」
「な……なぜ、それを……!」
王妃が腰を抜かし、床にへたり込む。緑色に変色した顔から流れる涙が、さらに不気味な模様を描いていく。
「真実という成分は、隠そうとすればするほど、腐敗して臭いを放つものですの。……ジャリー侯爵家、および現王妃。……貴女たちは本日をもって、その地位を剥奪されます」
会場の扉が開き、王宮守護騎士団――私が石鹸と薬で胃袋ならぬ「肌」を掴んだ男たちが、一斉にジャリー侯爵家の一族を拘束し始めた。
「ルクレツィア……! 僕だけは、僕だけは助けてくれ! 僕は何も知らなかったんだ!」
エドワード王子が私のドレスの裾に縋り付こうとする。私はそれを、ゴミを見るような目で見下ろし、冷たく撥ね除けた。
「……殿下。貴方は『知らなかった』のではなく、『見ようとしなかった』のです。……真実も、私の価値も。……そんな無能な王太子、この国には必要ありませんわ」
王妃の絶叫と、王子の嗚咽が鏡の間に反響する。
私は隣に立ったユリウスと視線を合わせた。彼の青い瞳には、長年の宿願を果たした安堵と、私への深い敬愛が宿っていた。
「……終わったよ、ルクレツィア。……僕の母を、そして僕たちを闇に追いやった者たちが、今、自分たちの毒で自滅した」
「ええ。……これからは、不純物のない『純粋な時代』を始めましょう、ユリウス」
王都の夜空には、偽りの月ではなく、真実を照らす朝日が昇り始めていた。
中田ひよりの「美の革命」。
それは、王宮という名の巨大な実験室を完全に浄化し、新たな歴史の成分を合成し始めた瞬間だった。
______________
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王妃ジャリー侯爵夫人が主催する、新型化粧品『ムーンライト・エッセンス』の披露会。エドワード王子の権威を失墜から救うための、なりふり構わぬ起死回生の一手だ。
「皆様、ご覧なさい。これが王家が誇る至高の美。どこぞの成り上がり令嬢が作った泥遊びのような薬とは、格が違いますわ」
豪華なドレスに身を包んだ王妃が、扇子を広げて高らかに宣言する。彼女の顔には、ルクレツィアの製品から盗み出したレシピ(という名の罠)で製造された白粉が厚く塗られていた。
エドワード王子も、自信を取り戻したかのように胸を張り、隣に座るアリスの代わりとして用意された家柄の良い令嬢に微笑みかけている。
私は、会場の隅でユリウスと共にその光景を眺めていた。
「ルクレツィア。……秒読みだね」
「ええ。理系女子として、計算に狂いはないわ」
私が漏洩させた『失敗作のレシピ』には、ある特殊な触媒が組み込まれている。それは、会場の主照明として使われている「青色魔晶石」の光を一定時間浴びることで、成分内の金属イオンが急速に凝集し、硫化反応を起こすという仕掛けだ。
その時。時計塔の鐘が鳴り響くと同時に、異変が起きた。
「……あら? 嫌だわ、何かしら、この臭い」
「お、王妃様! お顔が!」
最前列にいた侯爵夫人が悲鳴を上げた。
王妃の真っ白だった顔が、中心からじわじわと「どす黒い緑色」に変色し始めたのだ。それだけではない。レシピに仕込まれた『発酵型香料(もどき)』が、熱に反応して、腐った魚と硫黄を混ぜたような強烈な悪臭を放ち始めた。
「な、何!? 何が起きたの! 鏡を! 鏡を持ってきなさい!」
王妃が狂ったように叫ぶ。差し出された手鏡に映ったのは、もはや人間とは思えない、カビの生えた石像のような顔面だった。
「ひっ、あああ! 私の顔が! 私の美しい顔が!!」
「母上! 落ち着いてください! おい、誰か医官を!」
エドワード王子が駆け寄るが、王妃から放たれる凄まじい悪臭に、反射的に鼻を押さえて後退りした。その拒絶の動作が、王妃のプライドを粉々に打ち砕く。
「……皆様、落ち着いて。これが、王家が『ルミナス・ラボ』の技術を盗用し、粗悪な成分で偽造した結果ですわ」
静まり返った会場に、私の凛とした声が響いた。
私はゆっくりと中央へ歩み出る。私の肌は、本物の『光反射処方』によって、地獄絵図のような会場の中で唯一、神々しいまでの輝きを放っていた。
「ルクレツィア! 貴様、貴様が細工をしたのか!」
「細工? 滅相もございません、殿下。……盗んだレシピを、検証もせずに使用した王家側の『品質管理能力の欠如』が招いた物理現象です。……研究者として言わせてもらえば、他人の知財を盗むような浅ましい魂には、この美しさは定着しないということですわ」
私は王妃の目の前で、冷徹に言い放った。
「さらに。王妃様、貴女がこの偽造品の製造資金を捻出するために、ジャリー侯爵家を通じて行っていた『禁制の毒草売買』。……そして、十数年前に王弟殿下を陥れるために証拠を捏造した際の、化学的な足跡……すべて、裏ギルドと法務院によって差し押さえられましたわ」
「な……なぜ、それを……!」
王妃が腰を抜かし、床にへたり込む。緑色に変色した顔から流れる涙が、さらに不気味な模様を描いていく。
「真実という成分は、隠そうとすればするほど、腐敗して臭いを放つものですの。……ジャリー侯爵家、および現王妃。……貴女たちは本日をもって、その地位を剥奪されます」
会場の扉が開き、王宮守護騎士団――私が石鹸と薬で胃袋ならぬ「肌」を掴んだ男たちが、一斉にジャリー侯爵家の一族を拘束し始めた。
「ルクレツィア……! 僕だけは、僕だけは助けてくれ! 僕は何も知らなかったんだ!」
エドワード王子が私のドレスの裾に縋り付こうとする。私はそれを、ゴミを見るような目で見下ろし、冷たく撥ね除けた。
「……殿下。貴方は『知らなかった』のではなく、『見ようとしなかった』のです。……真実も、私の価値も。……そんな無能な王太子、この国には必要ありませんわ」
王妃の絶叫と、王子の嗚咽が鏡の間に反響する。
私は隣に立ったユリウスと視線を合わせた。彼の青い瞳には、長年の宿願を果たした安堵と、私への深い敬愛が宿っていた。
「……終わったよ、ルクレツィア。……僕の母を、そして僕たちを闇に追いやった者たちが、今、自分たちの毒で自滅した」
「ええ。……これからは、不純物のない『純粋な時代』を始めましょう、ユリウス」
王都の夜空には、偽りの月ではなく、真実を照らす朝日が昇り始めていた。
中田ひよりの「美の革命」。
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