可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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美の外交、あるいはひれ伏す隣国

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 新王クロードの即位とユリウスの王太子立太子から数ヶ月。王都は、かつての退廃的な贅沢ではなく、科学と衛生に基づく「機能美」を誇る都市へと変貌を遂げていた。

 その変革の中心地が、私が設立した『王立科学院』だ。

 かつて私が籠っていた汚い納屋は、今や最新の魔導蒸留器や遠心分離機が並ぶ、国家の心臓部となっている。私はその院長として、日々白衣を翻しながら、国家予算の半分を動かす実質的な経済の支配者となっていた。

「ルクレツィア院長、隣国のバレンシア王国からの特別使節団が到着されました。……ですが、あちらの第一王女・イザベラ様が、少々ご立腹のようで……」

 秘書官となったマーサが、困惑気味に告げる。私は顕微鏡から目を離さず、淡々と答えた。

「怒っている理由は分かっているわ。彼女たちが愛用している『リード商会の残党』が密輸した粗悪な香油が、わが国の関税で差し押さえられたからでしょう?」

 応接室に足を踏み入れると、そこには派手すぎる宝石を散りばめたドレスを着た、高慢そうな美女が座っていた。

「待たせすぎよ、エルヴァイン公爵令嬢! 私の肌を整えるために必要な香油を止めるなんて、宣戦布告と受け取ってもよろしくて?」

 イザベラ王女が扇子を叩きつける。私は彼女の顔を数秒間「スキャン」するように眺め、静かに鼻で笑った。

「宣戦布告? いいえ、これは『救済』ですわ、イザベラ王女。……貴女、その香油を使い始めてから、夜も眠れないほどの激しい乾燥と、生え際の赤い湿疹に悩まされていらっしゃるでしょう?」

 王女の動きが凍りついた。

「な、なぜそれを……」

「成分を分析すれば一目瞭然です。貴女が使っているのは、古い動物油を強い香料で誤魔化した『肌の毒』。……私の国では、そのような不純物は入国を許可いたしません。……見てくださいな、貴女のその肌。厚化粧で隠していますが、拡大鏡で見れば、砂漠のようにひび割れていますわよ」

 私は、テーブルに自作の『超浸透ナノミスト』と『魔力親和型美容液』を並べた。

「わが国の最新技術……試してみる勇気はありますか? もちろん、宣戦布告をお続けになるのでしたら、この『美の処方箋』は一生、貴女の国には渡りませんけれど」

「……っ。試してあげようじゃない。もし変化がなければ、タダでは済まさないわよ!」

 イザベラ王女は、半信半疑でミストを浴び、美容液を肌に馴染ませた。

 数分後。彼女の顔から、これまでの疲れと乾燥によるくすみが一気に消え去った。内側から発光するような透明感、そして赤みが引いた滑らかなキメ。

「……信じられない。何よ、これ。魔法の薬草? それとも……禁忌の術?」

「いいえ、ただの『論理的アプローチ』ですわ」

 私は、呆然とする彼女を見下ろし、追い打ちをかけるように告げた。

「貴女の国との同盟条件に、新たな条項を加えましょう。……わが国が提供するのは、食料や武器だけではありません。……貴国の王族および貴族の『美しさと健康』を、私の科学院が管理いたします。……その代わり、国境の魔石鉱山の採掘権を、わがラボへ譲渡していただきますわ」

「鉱山と……美容を、交換しろというの!?」

「ええ。……美しさを失い、醜く老いていく恐怖と、豊かな鉱山。……王女様、貴女のプライドにとって、どちらが重いかしら?」

 隣国の第一王女は、鏡に映る「人生で最も美しい自分」から目を離すことができず、震える手で条約案にサインした。
 
 武力でも金でもなく、「美」という逃れられない欲望を人質に取る外交。

 これが、中田ひより流の『世界征服』の第一歩だ。

 夜。科学院のバルコニーで、私はユリウスと祝杯を挙げた。

「また一つ、国を堕としたね、ルクレツィア。……君は、剣を使わずに世界を跪かせるつもりかい?」

「跪かせるなんて人聞きが悪いわ。私はただ、世界から『不適切な成分』を取り除きたいだけよ」

 ユリウスは私の腰を引き寄せ、銀髪を私の肩に預けた。

「君が世界を美しくするなら、僕は君を愛し抜くことで、その世界を支えよう。……次期王太子妃、いや、僕の偉大なる『院長閣下』」

 私は彼に微笑み返し、遠くの夜景を見つめた。
 
 社畜時代の研究室。あの孤独で乾いた場所から、私はここまで来た。
 
 (ルクレツィア。……貴方の人生は、もう誰にも汚させない。……私がこの世界を、最高にクリアな実験室にしてあげるから)
 
 さて。次は、あの冤罪に賛同し、私を蔑んだ令嬢や夫人たちへの「本格的な選別」を始めましょうか。

 「ルクレツィアに嫌われている」ということが、肌の状態で一目でわかる残酷な社交界の始まりだ。
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