可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

文字の大きさ
21 / 24

美の帝国の黎明、そして永遠の公式

しおりを挟む
 王立科学院の最上階、私の執務室からは王都の全景が見渡せる。

 かつては煤煙と馬糞の匂いが漂っていた街並みは、今や私が導入した魔導式下水浄化システムと、街角に配置されたアロマ拡散機によって、常に清潔で、ほのかにシトラスの香りが漂う「美の都」へと変貌していた。

 机の上には、周辺諸国の王侯貴族から届いた、山のような親書が積まれている。

 「わが国にも科学院の支部を」「王妃の持病(シミ)を治してほしい」「特注のアンチエイジング剤を譲ってくれれば、関税をゼロにしよう」。

 
 かつて一介の令嬢を「無能」と切り捨てた世界は、今やその令嬢が調合する一滴の薬液を求めて、なりふり構わず跪いている。

「……ふう。少し、配合を間違えたかしらね」
 私は、特製の魔導ペンを置き、背伸びをした。
 
「お疲れ様です、お嬢様……いえ、院長閣下」

 マーサが、最高級の茶葉と、私が自ら栄養価を計算して作らせた「ビューティー・スコーン」を運んできた。彼女もまた、私の美容指導によって、実年齢より十歳は若々しく、洗練された院長秘書としての風格を漂わせている。

「マーサ、あの方たちの様子はどう?」

「はい。旧エドワード王子は、王宮の最果ての塔で、いまだに鏡に向かって独り言を呟いているそうです。顔の緑色は定着し、もはや誰の目にも王族としての面影はないとか。……アメリア様は、市井の最下層の救貧院で、泥を顔に塗っては『私は公爵夫人よ!』と叫び続けているそうですわ」

「そう。……データ通りね。……執着という毒素は、対象を失うと自己を破壊する成分へと変わる」

 私は窓の外を見つめた。

 復讐は終わった。だが、中田ひよりとしての私の好奇心は、まだ止まらない。この世界の魔法という未知のエネルギーと、前世の化学知識を融合させれば、人類はもっと「最適化」できるはずだ。

「ルクレツィア。また、難しい顔をして世界を改造しようとしているね」

 扉が開かずとも、その香りで彼だと分かる。ユリウスだ。

 彼は現在、王太子として多忙な日々を送っているが、一日の終わりには必ず私の元を訪れる。彼は私の肩に手を置き、その首筋に顔を埋めた。

「……ユリウス。貴方は今のこの国をどう思う?」

「美しいよ。……君が作った、一点の曇りもない完璧な実験室だ。……だが、時々怖くなる。君が、いつかこの世界すべてを無菌室にして、僕のことさえ『不純物』として排除してしまわないかと」

「あら。貴方は私にとって、最も重要な『安定剤』よ。貴方がいないと、私の論理はすぐに暴走して、世界を灰にしてしまうかもしれないわ」

 私は笑って、彼の手に自分の手を重ねた。
 
 その時、科学院の広場で鐘が鳴り響いた。

 それは、世界で初めて「老化という病」を克服する新薬が、民衆に向けて発表される合図だ。

「さあ、行きましょう。ユリウス。……これから、歴史の新しい一章を合成するわよ」

 私は白衣を脱ぎ捨て、真珠の輝きを放つドレスを纏った。
 
 バルコニーに出ると、数万の民衆が私の名を呼んで熱狂している。
 そこには、かつての卑屈なルクレツィアはいない。
 
 私は、隣に立つユリウスの手を強く握り、空を見上げた。
 
 (ルクレツィア。……見てる? 私たちは、ついに『幸せ』の成分を特定したわ。……それは、誰かに与えられるものではなく、自分の知識と意志で、一滴ずつ抽出していくものだったのよ)
 
 中田ひより、二十九歳、元社畜研究員。
 異世界に転生した私の「逆襲」は、ここで一つの完成(ピリオド)を迎える。

 だが、探究心という名の反応は、永遠に終わらない。
 
 「美」という名の正義を掲げ、私はこれからも、この世界という名の巨大なフラスコを振り続けるだろう。
 
 ――ルクレツィア・エルヴァインの美しき統治は、今、ここから始まるのだ。
______________

明日から、スピンオフ2話更新します!
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

処理中です...