可哀想な令嬢?いいえ、私が選ぶ側です 〜悪役令嬢で上等よ〜

恋せよ恋

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スピンオフ ユリウスの裏稼業編

深夜二時の清掃依頼

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 王都の喧騒が眠りにつく深夜二時。

 華やかな表通りの社交界が「香水」の香りに包まれているとするならば、裏路地の支配者であるユリウスが吸い込むのは、湿った石畳と錆びた鉄の匂いだった。

「……報告を」

 影の中から現れた配下の男が、膝をつき、数枚の紙を差し出す。

 ユリウスは銀髪を夜風に揺らしながら、冷徹な青い瞳でその記述をなぞった。

「ジャリー侯爵家の残党が、王立科学院の資材搬入口に火を放つ計画を? ……目的は、開発中の『新型中和剤』のレシピ奪還か。……浅ましい」

 ユリウスの口元に、三日月のような鋭い笑みが浮かぶ。

 表舞台では新王太子の地位にある彼だが、裏では依然として裏ギルドの頂点に君臨し、王国の「不純物」を物理的に排除する「掃除屋」の役割を担っていた。

「首謀者は?」

「没落した騎士団の生き残り、カイル・ベルナールに心酔していた若手騎士たちです。ルクレツィア院長への個人的な恨みも募らせているようで……」

「……そうか」

 ユリウスの周囲の空気が、一瞬で絶対零度まで凍りついた。

 彼にとって、世界をどう作り変えるかは興味の対象外だ。だが、その世界を鮮やかに彩る「ルクレツィア」という存在に指一本触れようとする者は、たとえ神であろうと許さない。

「その者たちには、光を見る資格はない。……物理的に、視神経ごと焼いてやろう」

 ユリウスは背中に隠した双剣を抜き放った。
 

 数分後。科学院の裏門に忍び寄っていた数人の影は、自分たちが獲物を狙っているのではなく、最強の捕食者の胃袋の中にいることに気づかなかった。

「……何だ、今の音は」

 一人の男が振り返る暇もなかった。

 暗闇を裂く銀色の閃光。ユリウスの剣筋は、あまりにも速く、そして正確だった。急所を外しながらも、二度と武器を握れぬよう手首の腱を断ち、声を上げる隙さえ与えずに昏倒させる。

「ぎ、ぎゃ……」

「静かに。……彼女の睡眠を妨げる不快な音は、私が最も嫌うものだ」

 ユリウスは最後の一人の喉元に刃を突き立てた。

 月光を浴びた彼の横顔は、彫刻のように美しく、そして死神のように無慈悲だった。

 その時。

「――ユリウス。そんなところで何をしているの?」

 凛とした声が響き、ユリウスの肩が微かに跳ねた。

 振り返ると、科学院の通用口から、白衣の上にガウンを羽織ったルクレツィアが、眠たげに目を擦りながら立っていた。

「……ルクレツィア。研究は終わったのかい?」

「ええ。新しい試薬の沈殿を待つ間に、外の空気を吸おうと思って。……それより、足元のその『肉の塊』は何かしら?」

 ルクレツィアは、血を流して転がっている男たちを、道端の石ころでも見るかのような無関心な目で見つめた。

「ああ、これは……ただの『廃棄物』だよ。処理業者が回収し忘れていたようでね」

「そう。……処理の仕方が甘いわね。血痕の酸化反応で私のラボに鉄臭さが移ったらどうするの? ……ユリウス、貴方の剣、後で私の特製『高濃度洗浄液』で消毒しなさい」

 ルクレツィアはユリウスの横に並び、彼の頬に付いた一滴の返り血を、細い指先でそっと拭った。

「……君を驚かせるつもりはなかったんだ」

「驚いてなどいないわ。貴方がいなければ、私は今頃、研究データを焼かれていたでしょうし。……ありがとう、私の騎士様」

 ルクレツィアの指先が触れた場所が、熱を帯びる。

 裏社会の頂点で恐れられる死神が、一人の理系女子の指先ひとつで、忠実な猟犬へと成り下がる瞬間だった。

「……礼には及ばない。君の純度を守ることだけが、僕がこの汚れた世界に踏みとどまる唯一の理由だから」

 ユリウスは彼女の腰を抱き寄せ、その白い首筋に顔を埋めた。
 

 表の世界は、彼女の論理が支配する。
 そして裏の世界は、彼の刃が平穏を維持する。
 
 「純粋」と「混沌」。
 二つの異なる成分が混じり合う、この夜の調合は、誰にも邪魔させるつもりはなかった。
______________

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