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その理屈、あなたにも返すわ
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診療所の昼休み。わたしは、珍しく感情を脇に置き、冷静にレオンの浮気について考えてみることにした。
浮気を繰り返すレオンから、これまで何度、大泣きの謝罪を受けてきただろう。
そのたびに傷つき、人目を忍んで涙を流した。それでも、可愛らしいレオンへの愛情から―
『これだけ謝っているのだから、今度こそ大丈夫かもしれない』そう思い、何度も許してきた。
……わたしって、本当にバカだったのね。
それでも、はっきりわかったことがある。
レオンがわたしに向ける愛情自体は、疑いようがない。
あの可愛らしい笑顔で「ミレーユ、大好き!」と言いながら抱きついてくる姿に、嘘は感じられない。
彼は本気でそう思っているし、その想いが伝わってくるからこそ、わたしも幸せな気持ちになる。
でも――。
レオンは、愛情と欲望を完全に切り離して考えている。
浮気相手は、欲望の発散と一時の刺激にすぎないのだ。
彼の中では、「心が動いていない=裏切りではない」という理屈が成立しているらしい。
けれど、『愛している』ことと『誠実である』ことは、まったくの別物だ。「好き」「愛している」という気持ちが本物でも、レオンがわたしを大切にする行動を取るとは限らない。ミレーユが欲しかったのは、言葉や感情ではなく、裏切らない行動だった。
愛しているかどうかではなく、信じられるかどうか。わたしが欲しいのは、誠実で、愛情深い恋人なのに。
第二騎士団の人気騎士であるレオンは、確かにモテる。
そのせいもあって、自分が“選ばれる側”だと、どこかで思い込んでいるのだろう。
そして、浮気を許し続けてきたわたしにも、問題があったのだと思う。
レオンは、謝罪の場面になると、よく涙を見せる。まあ、そんなところも可愛くて、嫌いになれなかったのだけれど……。
二十歳の人気騎士が、恋人の前でギャン泣きする姿など、周囲は想像もしないだろう。
謝罪が終わると、彼は必ず「二度としない」と言う。けれど、その言葉のあと、また浮気を繰り返す。
反省したふりをしているわけではないと思いたい。毎回、本気で謝っているように見えるのだ。
きっと、レオンにとって謝罪とは“リセット”なのだ。
『僕、謝ったよね。じゃあ、もう仲直りだよね?』 そんな感覚。
その結果、最後に戻る場所――わたしの家は、変わらずそこにあるという慢心が生まれた。
こうして同じことを繰り返しながら、わたしたちの関係は一年も続いてしまった。
つまり、レオンは一度も「本気で変わらなければ失う」という経験をしていない。
わたしがどれだけ嫌だ、辛いと訴えても、レオンは想像することはできても、本当の痛みや苦しみを実感できないのだろう。どれほど嫌がられても、わたしを失う現実が、彼には見えていない。
だから――わたしの心が、すでに限界に来ていることにも、気づけない。
失うかもしれないと分かっているのに、その恐怖よりも、浮気への欲求が勝つなんて……どういうことなのかしら。
愛している。
失いたくない。
それでも我慢できない――ということ?
つまり、レオンの自制心は、わたしへの愛情を上回らない……最低だわね。
じゃあ、なぜ「愛しているのに、やめられない」のか。
愛情。
誠実な行動。
信頼の積み重ね。
レオンは、感情だけで愛を測り、行動の重さを理解していない。
――ならば。
わたしが取るべき行動は、ひとつだけ。
「……じゃあ、わたしも誰かと情交するわ」
淡々と告げたわたしの言葉に、レオンは目を見開いた。
「……え?」
「だって、レオンがいつも言うでしょう。『気持ちが伴わなければ、浮気じゃない』って」
わたしは声の調子を変えず、静かに続ける。
「だから安心して。愛しているのは、レオンだけよ」
「なにを言ってるんだよ!ミレーユは……“そういう女性”じゃないだろう!」
「あら? それは、わからないわ」
わたしは首を傾げる。
「だって、経験がないだけだもの」
レオンは言葉を失い、唇を強く噛んだ。視線を落としたまま、しばらく沈黙が続く。
やがて――小さく、苦しそうに頷いた。
「……いいよ。ミレーユが、そうしたいなら……」
一瞬、息を呑む音。
「でも……心の浮気は、絶対にダメだから。それだけは、約束して。……いいね?」
その声は、か細く、縋るようで、どこまでも弱々しかった。
言葉が途切れたあと、部屋に沈黙が落ちた。時計の針が進む音だけが、やけに大きく響く。
レオンは何も言わず、ただ俯いたまま指先を握りしめている。
泣かない。怒らない。縋りつくことすら、できずに。
その沈黙は、謝罪よりも、どんな言葉よりも重かった。
( ああ、こんな気持ちを、ミレーユはずっと一人で抱えていたのか)
その横顔を見て、わたしは静かに理解した。この人は、わたしを失う直前になって、ようやく苦しみを知った。
——だからこそ、今は、戻らない。
――浮気の当日……っていうか、そもそも浮気って、決めてするものなの?
わたしの外出の時間が近づくにつれ、レオンは落ち着きを失っていった。何度も時計を見て、意味もなく立ち上がっては座る。
そして――ついに、耐えきれなくなったように、彼は声を荒らげた。
「絶対に、その男を好きになっちゃダメだよ!ミレーユは……真面目だからさ。心まで、持っていかれそうで……不安なんだ」
わたしは、ただ黙って、レオンを見つめて、言葉を返す。
「……そう。あなたが今感じている不安を、わたしはずっと抱えていたわ」
その言葉の意味が、遅れて追いついたのだろう。レオンは口を開いたまま、何も言えずに固まった。
言い訳も、涙も、声も出てこない。ただ、視線だけが彷徨い、唇がわずかに震えている。
――否定できない。
それが、彼の沈黙だった。
「……ミレーユは…… いつも、こんな気持ちだったのか……」
震える声で、レオンが呟く。
「胸が締め付けられて、想像するだけで、頭がおかしくなりそうで……」
彼はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「ごめん……本当に、ごめん……」
その謝罪は、今までのどの涙よりも、遅くて、重かった。
そう。わたしは、ずっと、これを一人で抱えていたのよ……レオン。
そして、約束の時間になると、わたしは着飾り、待ち合わせの場所へと出かけた。
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浮気を繰り返すレオンから、これまで何度、大泣きの謝罪を受けてきただろう。
そのたびに傷つき、人目を忍んで涙を流した。それでも、可愛らしいレオンへの愛情から―
『これだけ謝っているのだから、今度こそ大丈夫かもしれない』そう思い、何度も許してきた。
……わたしって、本当にバカだったのね。
それでも、はっきりわかったことがある。
レオンがわたしに向ける愛情自体は、疑いようがない。
あの可愛らしい笑顔で「ミレーユ、大好き!」と言いながら抱きついてくる姿に、嘘は感じられない。
彼は本気でそう思っているし、その想いが伝わってくるからこそ、わたしも幸せな気持ちになる。
でも――。
レオンは、愛情と欲望を完全に切り離して考えている。
浮気相手は、欲望の発散と一時の刺激にすぎないのだ。
彼の中では、「心が動いていない=裏切りではない」という理屈が成立しているらしい。
けれど、『愛している』ことと『誠実である』ことは、まったくの別物だ。「好き」「愛している」という気持ちが本物でも、レオンがわたしを大切にする行動を取るとは限らない。ミレーユが欲しかったのは、言葉や感情ではなく、裏切らない行動だった。
愛しているかどうかではなく、信じられるかどうか。わたしが欲しいのは、誠実で、愛情深い恋人なのに。
第二騎士団の人気騎士であるレオンは、確かにモテる。
そのせいもあって、自分が“選ばれる側”だと、どこかで思い込んでいるのだろう。
そして、浮気を許し続けてきたわたしにも、問題があったのだと思う。
レオンは、謝罪の場面になると、よく涙を見せる。まあ、そんなところも可愛くて、嫌いになれなかったのだけれど……。
二十歳の人気騎士が、恋人の前でギャン泣きする姿など、周囲は想像もしないだろう。
謝罪が終わると、彼は必ず「二度としない」と言う。けれど、その言葉のあと、また浮気を繰り返す。
反省したふりをしているわけではないと思いたい。毎回、本気で謝っているように見えるのだ。
きっと、レオンにとって謝罪とは“リセット”なのだ。
『僕、謝ったよね。じゃあ、もう仲直りだよね?』 そんな感覚。
その結果、最後に戻る場所――わたしの家は、変わらずそこにあるという慢心が生まれた。
こうして同じことを繰り返しながら、わたしたちの関係は一年も続いてしまった。
つまり、レオンは一度も「本気で変わらなければ失う」という経験をしていない。
わたしがどれだけ嫌だ、辛いと訴えても、レオンは想像することはできても、本当の痛みや苦しみを実感できないのだろう。どれほど嫌がられても、わたしを失う現実が、彼には見えていない。
だから――わたしの心が、すでに限界に来ていることにも、気づけない。
失うかもしれないと分かっているのに、その恐怖よりも、浮気への欲求が勝つなんて……どういうことなのかしら。
愛している。
失いたくない。
それでも我慢できない――ということ?
つまり、レオンの自制心は、わたしへの愛情を上回らない……最低だわね。
じゃあ、なぜ「愛しているのに、やめられない」のか。
愛情。
誠実な行動。
信頼の積み重ね。
レオンは、感情だけで愛を測り、行動の重さを理解していない。
――ならば。
わたしが取るべき行動は、ひとつだけ。
「……じゃあ、わたしも誰かと情交するわ」
淡々と告げたわたしの言葉に、レオンは目を見開いた。
「……え?」
「だって、レオンがいつも言うでしょう。『気持ちが伴わなければ、浮気じゃない』って」
わたしは声の調子を変えず、静かに続ける。
「だから安心して。愛しているのは、レオンだけよ」
「なにを言ってるんだよ!ミレーユは……“そういう女性”じゃないだろう!」
「あら? それは、わからないわ」
わたしは首を傾げる。
「だって、経験がないだけだもの」
レオンは言葉を失い、唇を強く噛んだ。視線を落としたまま、しばらく沈黙が続く。
やがて――小さく、苦しそうに頷いた。
「……いいよ。ミレーユが、そうしたいなら……」
一瞬、息を呑む音。
「でも……心の浮気は、絶対にダメだから。それだけは、約束して。……いいね?」
その声は、か細く、縋るようで、どこまでも弱々しかった。
言葉が途切れたあと、部屋に沈黙が落ちた。時計の針が進む音だけが、やけに大きく響く。
レオンは何も言わず、ただ俯いたまま指先を握りしめている。
泣かない。怒らない。縋りつくことすら、できずに。
その沈黙は、謝罪よりも、どんな言葉よりも重かった。
( ああ、こんな気持ちを、ミレーユはずっと一人で抱えていたのか)
その横顔を見て、わたしは静かに理解した。この人は、わたしを失う直前になって、ようやく苦しみを知った。
——だからこそ、今は、戻らない。
――浮気の当日……っていうか、そもそも浮気って、決めてするものなの?
わたしの外出の時間が近づくにつれ、レオンは落ち着きを失っていった。何度も時計を見て、意味もなく立ち上がっては座る。
そして――ついに、耐えきれなくなったように、彼は声を荒らげた。
「絶対に、その男を好きになっちゃダメだよ!ミレーユは……真面目だからさ。心まで、持っていかれそうで……不安なんだ」
わたしは、ただ黙って、レオンを見つめて、言葉を返す。
「……そう。あなたが今感じている不安を、わたしはずっと抱えていたわ」
その言葉の意味が、遅れて追いついたのだろう。レオンは口を開いたまま、何も言えずに固まった。
言い訳も、涙も、声も出てこない。ただ、視線だけが彷徨い、唇がわずかに震えている。
――否定できない。
それが、彼の沈黙だった。
「……ミレーユは…… いつも、こんな気持ちだったのか……」
震える声で、レオンが呟く。
「胸が締め付けられて、想像するだけで、頭がおかしくなりそうで……」
彼はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「ごめん……本当に、ごめん……」
その謝罪は、今までのどの涙よりも、遅くて、重かった。
そう。わたしは、ずっと、これを一人で抱えていたのよ……レオン。
そして、約束の時間になると、わたしは着飾り、待ち合わせの場所へと出かけた。
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