可愛い年下人気騎士の恋人は、泣いて謝って、また浮気する ~ジレジレ恋愛×浮気男(試練多め)~

恋せよ恋

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当たり前の日常

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 翌日の診療を終え、家に帰ると、すでにレオンが戻っていた。台所の方から、いつもと変わらない明るい声がかかる。

「あっ、お帰り!ミレーユ。もうすぐ夕飯ができるから、手を洗って、着替えてきてね」

振り向いたレオンは、可愛いとさえ言える笑顔で、彼女を迎えた。あまりにも――普段通りだった。

(……え? どうして家にいるの?昨日、距離を置こうって話したわよね……)

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。

「レオン。家の鍵を返して。しばらく、会わない方がいいと思うわ」

 ミレーユの言葉に、レオンは調理の手を止めなかった。背を向けたまま、少し声を強める。

「イヤだ。僕は、ミレーユに会えないなんて、我慢できない……。今まで通り、毎日会いたい。いや――何を言われようと、会いに来るよ」

 拒絶ではなく、当然のように言い切るその声音に、ミレーユは言葉を失った。

 正直、レオンが何を考えているのか、理解できない。彼からは、確かに愛情を感じる。それなのに、なぜ――ミレーユの嫌がることを、平然と繰り返すのか。

 浮気をするから、身体の関係を断ち、手を繋ぐだけの関係に戻った。それでもなお、他の女性との関係を断てないのは、なぜなのか。

 ミレーユは、まもなく二十四歳になる。このままでは、レオンとの結婚も、子供を持つ未来も、遠のいていくだろう。

――「好き」という感情だけでは、進めない場所に、自分はもう立っているのだと、彼女ははっきりと自覚していた。




 午前の診療を終えたミレーユは、院長と面談していた。

「最近はどうだい、ミレーユくん。君の診療は丁寧で的確だと評判のようだね。教え子が優秀な医師に育ってくれて、私も一安心だ」

 優しい眼差しを向けるジェームズ院長は、トダルガー公爵家の出身だ。本来であれば、王宮の侍医として十分な実力と身分を備えているにもかかわらず、あえて街で診療所を開いた変わり種の実力者である。
 そんなジェームズを師と仰ぐミレーユもまた、カークランド侯爵家の次女でありながら医学の道に進んだ、同じく異色の存在だった。

 もともと勉強が好きだったミレーユが医学に興味を持ったのは、長兄が呼吸器が弱く、さまざまな民間療法を試していたことがきっかけだったのかもしれない。
 兄のためにと文献を読み漁るうち、次第に医学そのものに強く惹かれていった。そして幸運にも、学園時代の恩師の紹介を受け、ジェームズ院長のもとで研鑽を積む現在に至っている。

 高位貴族の出身でありながら、市井の診療所で働くことにやりがいを見いだす点で、二人はどこか似ているのだろう。
 この診療所には、経済的に貧しい患者が多く、運営は貴族家からの寄付に支えられている部分が大きい。その意味でも、トダルガー公爵家とカークランド侯爵家が後見についていることは、大きな支えとなっていた。

「……何か悩み事でもあるのかな? 少し、心ここに在らずといった表情だよ」

 最近のミレーユの様子から、ジェームズ院長は彼女が何かを抱え込んでいるのではないかと気づいたようだった。

「お気遣いありがとうございます。個人的な人間関係で、少し悩んでいただけです。時間が解決すると思いますので、ご心配には及びません」

 男女の恋愛問題を打ち明けるわけにもいかず、ミレーユは穏やかにそう答えた。

「そうか。それならいいんだが。実はね、君に隣国で研修を受けないか、という誘いが来ているんだ。呼吸器の新しい治療法が認められたらしくてね。――もし、興味があるようなら、どうだい?」

 ミレーユにとってそれは、医学への探究心を満たすと同時に、レオンと距離を置くことも叶う、これ以上ない提案に思われた。

◇◇◇

 レオンは、今日もまた、家でミレーユの帰りを待ちながら、ひとり考えていた。

 ミレーユは、どうして分かってくれないのかな。
 僕は、何も間違ったことをしていない。愛しているのは、ずっと、ミレーユだけだ。

 他の女たちとの関係に、心はなかった。身体が触れ合うだけの、意味のない時間だ。そんなものが、どうして「裏切り」になる?心がすべてだ。心が、愛だ。ミレーユ以外は、ただの欲の捌け口でしかない。

 だから僕は、ミレーユに正直だった。嘘はついていない。「ミレーユだけを愛している」と、何度も言った。

 鍵を返せ? なんでそんな冷たいことを言うの。僕とミレーユの愛の巣なのに。家は、二人の場所だよ。ミレーユが忘れても、僕が覚えていればいい。

 彼女はきっと、許してくれる!
 だって――僕ほど、彼女を愛している人間はいないのだから。

 さあ、ミレーユが帰ってくる前に、美味しいシチューを煮込んでおこう。二人で笑い合いながら、いつも通り夕飯を食べるんだ。きっと、あの優しい笑顔で、僕に微笑んでくれるはずだから――。
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