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涙と浮気は止まらない
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「ミレーユ、ごめんなさい。許して。愛しているんだ。本当だよ、ミレーユだけなんだ!」
(あーあ。ずっと同じことを言っているわ。レオンって、見た目“だけ”は本当に可愛いのよねえ)
「ねえ、ミレーユ、ちゃんと聞いてる? 愛してるんだよ! 信じてよ!」
(そろそろお昼ご飯の時間だわ。せっかくのお休みだし、外に食べに行こうかしら。それとも、何か買ってきて済ませようか……)
ミレーユの視線は、目の前でギャンギャンと謝罪の言葉を撒き散らすレオンを捉えていたが、頭の中では、まったく別の今日の予定を考えていた。
レオンとの一年の付き合いで、愛情は育っている――そう信じたい気持ちはある。
けれど、信頼関係は?
わたしは、レオンを信じているのか。……答えは、否だ。
「ミレーユがイヤなら、もう他の女性とは関係を持たない。だから、許してください! ミレーユに嫌われたままなんて、苦しいよ!」
大きく愛らしい青い瞳から、美しい涙がこぼれ落ちる。その姿は、客観的に見れば、実に絵になる光景だった。
そして、その姿を眺めながら、わたしの胸に浮かんだ想いは――『わたしは、レオンが愛しい』それだけだった。
「……もう、いいわ。わかったから。さあ、お昼ご飯を食べに出かけましょう」
許してもらえたのだと早合点したのだろう。
先ほどまで大泣きしていたレオンは、あっさりと涙を引っ込め、満面の笑顔で嬉しそうに頷いた。
(ふふ……本当に可愛らしい男性ね。――あなたが、信じられたら、よかったのに)
二人は仲良く手を繋ぎ、行きつけの食堂へ夕食を食べに出かけた。
表面上だけは、一応の和解を得たような空気が漂っていた。
その、たった数日後のこと。
ミレーユの診療所を、レノワ子爵家の未亡人が訪ねてきた。
「ミレーユ先生。わたくし、先月、第二騎士団に同行して隣国を訪ねる旅に出ましたの。その際、騎士のレオン様に、特に親しくしていただいて。つい昨日も、我が家を訪ねてくださって……それで、少し体を痛めてしまいましたの。診ていただけますか?」
ミレーユの胸に湧いたのは、傷つく気持ちよりも、うんざりとした感情だった。
(……また、か。やっぱり、レオンの浮気はおさまらないのね。一応、本人には確認しなきゃいけないけれど)
「はい。それでは、診察いたしますね。そちらの診察台に横になっていただけますか」
診察の結果は――
激しい情交の結果を、さも誇らしげに語っていた未亡人の訴えとは裏腹に、単なる筋肉の過緊張と軽度の炎症だった。
命に関わるものでも、後遺症が残るものでもない。
数日安静にしていれば自然に回復する程度の、よくある症状だ。
(……わざわざ、ここまで来て言うことかしら)
ミレーユは内心でため息をつきつつ、淡々と説明を続けた。
「大きな問題はありません。しばらく無理をなさらず、今日はこの軟膏を使ってください。痛みが続くようでしたら、またいらしてくださいね」
「まあ……そうですの?」
未亡人は、少し拍子抜けしたように目を瞬かせたあと、どこか物足りなさそうな表情を浮かべた。
「それと――」
ミレーユは、医師としての仮面を崩さぬまま、静かに言葉を添える。
「過度な行為は、お体に負担がかかります。お相手の方にも、お伝えください」
それが、精一杯だった。
(……確認するまでもない、か)
診察室を出ていく未亡人の背を見送りながら、ミレーユの胸に残ったのは、怒りでも悲しみでもなく――予想通りだったという、乾いた納得だけだった。
その夜。食卓を挟んで向かい合いながら、ミレーユは静かに口を開いた。
「レオン。今日、診療所にレノワ子爵家の未亡人がいらしたわ」
レオンの手が、ぴたりと止まった。けれど、顔にはすぐにいつもの、無垢そうな笑みが戻る。
「え? ああ……あの人か。第二騎士団の任務で、少し話す機会があっただけだよ」
ミレーユは頷きもせず、否定もせず、淡々と続きを促す。
「隣国への旅にも同行していたそうよ。それから……昨日は、あなたがご自宅を訪ねた、と」
沈黙。ほんの一瞬だけ、レオンの視線が揺れた。
「……それで?」
責める響きはなかった。ただ、事実確認をするだけの声だった。
「……レノワ子爵家の未亡人から呼ばれて。邸に上がったのは事実だけど……」
「身体の関係は?」
間髪入れずに尋ねたその言葉に、レオンは言葉を失った。
「ミ、ミレーユ……どうして、そんな言い方……」
「診察したの。“少し体を痛めた”とおっしゃっていたわ」
レオンの顔から、血の気が引いていく。
「……それは……」
ミレーユは、もう答えを求めていなかった。沈黙そのものが、十分すぎる返答だったからだ。
「もういいわ」
そう言って、視線を伏せる。
「確認したかっただけ。あなたが、約束を守ったのかどうか」
そして、静かに結論を口にした。
「――守っていなかったのね」
声は、驚くほど落ち着いていた。
怒りも、悲しみも、そこにはなかった。あったのは、ただの事実と、それを受け入れる覚悟だけだった。
「ミレーユ、違う……! 違うんだ!」
レオンは椅子を蹴立てるように立ち上がり、縋るようにミレーユの前に膝をついた。
「お願いだ、聞いて。僕はミレーユを愛してる。あの人とは、ただ……その……」
言葉は続かない。大きな青い瞳に、みるみる涙が溜まり、ぽろぽろと零れ落ちる。
「もうしない。誓うよ。どんな約束でもする。だから、捨てないで。ミレーユがいないなんて、耐えられない……!」
嗚咽混じりの声。必死に伸ばされた手が、ミレーユの衣の裾を掴んだ。
――少し前のわたしなら、その手を振り払えなかっただろう。
ミレーユは、そっと一歩、後ろへ下がった。
「レオン……」
名前を呼んだ声は、驚くほど静かだった。
「泣かないで。責めたいわけじゃないの」
ゆっくりと、しかし確実に距離を取る。
「もう、あなたを信じられない。それだけよ」
「そんな……! 信じてよ、今度こそ本当なんだ!」
「……その“今度こそ”を、何度聞いたか、覚えている?」
レオンの言葉が詰まり、声が途切れる。
ミレーユは、視線を逸らさずに続けた。
「わたしはね、怒っていないの。悲しんでもいない。ただ……もう、疲れてしまったのよ」
裾を掴む力が、少しずつ弱まっていく。
「だから、少し距離を置きましょう」
それは、別れの宣言ではない。けれど――戻れない場所へ踏み出す言葉だった。
「頭を冷やして。お互いに」
ミレーユは背を向け、扉へと向かう。
背後で、レオンの嗚咽が聞こえた。それでも、足は止まらなかった。
――これ以上、情にすがる関係でいたくはなかったから。
________________
エール📣いいね🩷お気に入り⭐️お願いします!
浮気ダメ絶対🙅
「一度だけ」は三度ある👀
信頼は消耗品じゃありません💔
(あーあ。ずっと同じことを言っているわ。レオンって、見た目“だけ”は本当に可愛いのよねえ)
「ねえ、ミレーユ、ちゃんと聞いてる? 愛してるんだよ! 信じてよ!」
(そろそろお昼ご飯の時間だわ。せっかくのお休みだし、外に食べに行こうかしら。それとも、何か買ってきて済ませようか……)
ミレーユの視線は、目の前でギャンギャンと謝罪の言葉を撒き散らすレオンを捉えていたが、頭の中では、まったく別の今日の予定を考えていた。
レオンとの一年の付き合いで、愛情は育っている――そう信じたい気持ちはある。
けれど、信頼関係は?
わたしは、レオンを信じているのか。……答えは、否だ。
「ミレーユがイヤなら、もう他の女性とは関係を持たない。だから、許してください! ミレーユに嫌われたままなんて、苦しいよ!」
大きく愛らしい青い瞳から、美しい涙がこぼれ落ちる。その姿は、客観的に見れば、実に絵になる光景だった。
そして、その姿を眺めながら、わたしの胸に浮かんだ想いは――『わたしは、レオンが愛しい』それだけだった。
「……もう、いいわ。わかったから。さあ、お昼ご飯を食べに出かけましょう」
許してもらえたのだと早合点したのだろう。
先ほどまで大泣きしていたレオンは、あっさりと涙を引っ込め、満面の笑顔で嬉しそうに頷いた。
(ふふ……本当に可愛らしい男性ね。――あなたが、信じられたら、よかったのに)
二人は仲良く手を繋ぎ、行きつけの食堂へ夕食を食べに出かけた。
表面上だけは、一応の和解を得たような空気が漂っていた。
その、たった数日後のこと。
ミレーユの診療所を、レノワ子爵家の未亡人が訪ねてきた。
「ミレーユ先生。わたくし、先月、第二騎士団に同行して隣国を訪ねる旅に出ましたの。その際、騎士のレオン様に、特に親しくしていただいて。つい昨日も、我が家を訪ねてくださって……それで、少し体を痛めてしまいましたの。診ていただけますか?」
ミレーユの胸に湧いたのは、傷つく気持ちよりも、うんざりとした感情だった。
(……また、か。やっぱり、レオンの浮気はおさまらないのね。一応、本人には確認しなきゃいけないけれど)
「はい。それでは、診察いたしますね。そちらの診察台に横になっていただけますか」
診察の結果は――
激しい情交の結果を、さも誇らしげに語っていた未亡人の訴えとは裏腹に、単なる筋肉の過緊張と軽度の炎症だった。
命に関わるものでも、後遺症が残るものでもない。
数日安静にしていれば自然に回復する程度の、よくある症状だ。
(……わざわざ、ここまで来て言うことかしら)
ミレーユは内心でため息をつきつつ、淡々と説明を続けた。
「大きな問題はありません。しばらく無理をなさらず、今日はこの軟膏を使ってください。痛みが続くようでしたら、またいらしてくださいね」
「まあ……そうですの?」
未亡人は、少し拍子抜けしたように目を瞬かせたあと、どこか物足りなさそうな表情を浮かべた。
「それと――」
ミレーユは、医師としての仮面を崩さぬまま、静かに言葉を添える。
「過度な行為は、お体に負担がかかります。お相手の方にも、お伝えください」
それが、精一杯だった。
(……確認するまでもない、か)
診察室を出ていく未亡人の背を見送りながら、ミレーユの胸に残ったのは、怒りでも悲しみでもなく――予想通りだったという、乾いた納得だけだった。
その夜。食卓を挟んで向かい合いながら、ミレーユは静かに口を開いた。
「レオン。今日、診療所にレノワ子爵家の未亡人がいらしたわ」
レオンの手が、ぴたりと止まった。けれど、顔にはすぐにいつもの、無垢そうな笑みが戻る。
「え? ああ……あの人か。第二騎士団の任務で、少し話す機会があっただけだよ」
ミレーユは頷きもせず、否定もせず、淡々と続きを促す。
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沈黙。ほんの一瞬だけ、レオンの視線が揺れた。
「……それで?」
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「身体の関係は?」
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「ミ、ミレーユ……どうして、そんな言い方……」
「診察したの。“少し体を痛めた”とおっしゃっていたわ」
レオンの顔から、血の気が引いていく。
「……それは……」
ミレーユは、もう答えを求めていなかった。沈黙そのものが、十分すぎる返答だったからだ。
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――少し前のわたしなら、その手を振り払えなかっただろう。
ミレーユは、そっと一歩、後ろへ下がった。
「レオン……」
名前を呼んだ声は、驚くほど静かだった。
「泣かないで。責めたいわけじゃないの」
ゆっくりと、しかし確実に距離を取る。
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「……その“今度こそ”を、何度聞いたか、覚えている?」
レオンの言葉が詰まり、声が途切れる。
ミレーユは、視線を逸らさずに続けた。
「わたしはね、怒っていないの。悲しんでもいない。ただ……もう、疲れてしまったのよ」
裾を掴む力が、少しずつ弱まっていく。
「だから、少し距離を置きましょう」
それは、別れの宣言ではない。けれど――戻れない場所へ踏み出す言葉だった。
「頭を冷やして。お互いに」
ミレーユは背を向け、扉へと向かう。
背後で、レオンの嗚咽が聞こえた。それでも、足は止まらなかった。
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