【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋

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元カノの襲来

  学園を休みたかったけれど、伯爵令嬢としての務めがそれを許さなかった。
 週末に控えた夜会のため、私は母に連れられて王都随一の高級ブティック『ラ・セーヌ』を訪れていた。

「アン、そんな暗い顔をしてどうしたの。若い令嬢は、もっと幸せそうな顔をなさい」

 母の言葉に、私は曖昧に微笑むことしかできなかった。

 最新の絹織物が並ぶ店内。その奥にある特別室から、聞き覚えのない、けれど傲慢なまでに華やかな声が響いた。

「あら、そのドレス、私が先に目をつけていたものよ。私に譲りなさいな」

 店員を困らせているのは、見事な茶色の巻毛を揺らした一人の女性だった。
 十九歳の彼女は、卒業して社交界に出ているだけあって、現役の学生である私とは比べものにならないほどの大人の色香を漂わせている。

(……カレン・シャンピア様)

 心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
 ザック様の手帳に挟まっていた、あの写真の女性そのもの。

 彼女はこちらに気づくと、扇で口元を隠し、勝ち誇ったような笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「あら、ゴードン伯爵家のアンドレア様じゃない。奇遇ね。卒業式以来かしら?」

「……カレン様。ごきげんよう」

「聞いたわよ、ザックと別れたんですって? 潔いわね、自分の分をわきまえているというか。あの子、私からのカードを大切に持っていたでしょう? 彼、昔からそうなの。私のことが忘れられなくて、困っちゃうわ」

 カレン様は私の耳元に顔を寄せ、濃厚な薔薇の香水を漂わせながら囁いた。

「あなたはその『代わり』に過ぎなかったのよ。ザックとはね、今でも繋がっているの。もうすぐ、私たちは元の鞘に収まるわ」

「……っ」

 繋がっている。
 その言葉が、私の胸を深く抉った。やっぱりそうだったのだ。

 あの手帳の写真は、捨てられない思い出ではなく、今も進行している愛の証。
 私が身を引いたことは、彼らにとって「邪魔者が消えた」程度の出来事でしかないのだ。

「ポール様という婚約者がいながら、そんな……」

「ポール? あんな冴えない男、ザックまでの繋ぎよ。ザックも分かっているわ。私たちが運命の二人だってこと。……じゃあね、身の程知らずな『代役』さん」

 カレン様は満足そうに笑うと、私の肩をわざと強く叩いて店を出ていった。残された私は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

(ああ、やっぱり……。私は間違っていなかったんだわ)

 涙が零れそうになるのを、ぎゅっと唇を噛んで堪える。
 ザック様は優しいから、私を傷つけないように嘘をついていた。カレン様は、彼にとって帰るべき場所なのだ。

 ショックで目の前が真っ暗になりそうだったけれど、どこかで「これでよかったんだ」と自分に言い聞かせている自分もいた。
 しかし、店を出たカレンを待ち受けていたのは、華やかな馬車ではなく、路地裏から現れた冷徹な影だった。

「……いい度胸だな、カレン」

 低く、地を這うような冷徹な声。
 カレンが驚いて振り返ると、そこにはザックの姿があった。けれど、今の彼の顔に、いつもの柔和な笑みは微塵もない。

「ザック! どうしてこんなところに……」

「黙れ。ゴミが喋るな」

 ザックの言葉に、カレンが息を呑む。

 彼の碧眼は凍てつき、獲物を屠る獣のような鋭さを孕んでいた。
 ザックはゆっくりとカレンの懐に歩み寄り、彼女の首筋に手をかけた。逃げられないように固定されたその指先の冷たさに、カレンは恐怖で身が竦んだ。

「君がアンに何を吹き込んだか知らないが、次はないぞ。いいか、アンは僕の女だ。僕が一生をかけて閉じ込め、僕だけを見ていればいいと決めた、唯一の宝物なんだ」

「……っ、うそ、だって私に執着してたから、写真を……」

「あんなゴミ、捨て忘れていただけだ。勘違いするな。君のような薄汚い女に、僕が二度と触れると思っているのか?」

 ザックの指先が、カレンの頬をなぞる。慈しみなど微塵もない、ただの刃のような仕草。

「ポールだったか? あの男に、君が僕に復縁を迫っている証拠を送りつけてもいいんだぞ。そうなれば君は、家門からも追い出されるだろうな」

「ザ、ザック……そんな、酷いわ……」

「酷い? 酷いのは僕のアンを泣かせた君だ。……いいか、今すぐ僕の前から消えろ。そして二度とアンの視界に入るな」

 突き飛ばされるように解放されたカレンは、顔を真っ青にして逃げ出していった。

 ザックはポケットから真っ白なハンカチを取り出すと、カレンに触れた指先を入念に拭い、そのまま地面に捨てた。

「……アン。ごめんね、少し怖がらせてしまったかな」

 カレンの去った方向を一瞥もせず、ザックはブティックの扉を見つめ、いつもの美しい微笑みを浮かべた。けれど、その微笑みはどこか歪んでいる。

「身を引くなんて、許さない。君が僕を捨てようとするなら、物理的に逃げられないようにするしかないよね。……ああ、早く君の泣き顔が見たいな」

 そう呟いた彼の声は、甘く、そして逃げ場のない毒のように王都の風に溶けていった。
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