8 / 10
重たすぎる愛の告白
揺れる馬車の中、ザック様の冷たい指先が私の頬をなぞる。
カードの真実を知り、呆然とする私を見つめる彼の瞳は、もはや「爽やかな貴公子」のそれではない。濁り、澱み、執着という名の暗い炎がゆらゆらと揺らめいている。
「……アン。君は僕を『優しい人』だと思っていたんだろう?」
ザック様が自嘲気味に笑う。その声は低く、心の奥底を引き摺るような響きがあった。
「理想の彼氏を演じるのは、死ぬほど疲れる作業だったよ。君に嫌われたくなくて、君の理想の枠に収まるために、僕は自分を殺し続けてきた。カレンのような女が騒ごうが、他の誰が言い寄ってこようが、僕にはどうでもよかったんだ。ただ、君にだけは『完璧な男』だと思われていたかった」
ザック様の指が、私の首筋に深くくい込む。苦しくはない。けれど、逃げられない。
「君は僕の聖域なんだ、アン。ドロドロに汚れた社交界や、利権まみれの家督争い……そんな吐き気のする世界で、君だけが僕を全肯定してくれた。君が笑いかけてくれるだけで、僕は辛うじて正気を保てていたんだよ」
彼の告白は、愛というよりは「依存」に近いものだった。
私がいなければ、彼は壊れてしまう。完璧な自分を維持する理由を失ってしまう。
「それなのに……君はあの日、僕を解放すると言った。僕が一番欲しくない言葉を、一番残酷な形で叩きつけたんだ。……あの瞬間、僕の中で何かが壊れた音がしたよ」
ザック様が私の肩に顔を埋める。吸い込まれるような吐息が、耳元を熱く濡らした。
「君がいないなら、僕は学園も、伯爵家の嫡男という地位も、全部どうでもいい。……もし君がどうしても僕を拒むなら、僕はすべてを捨てて、君をどこか誰も知らない場所に閉じ込めておかなくちゃいけなくなる。一生、僕だけを見て、僕の愛だけを食べて生きていくようにね」
狂気を含んだ言葉。
本来なら、震え上がって逃げ出すべき場面。
けれど、私の胸の中に湧き上がってきたのは、恐怖ではなかった。
(ああ……この人は、私がいなければ、生きていけないんだわ)
完璧だと思っていた彼が、実はボロボロに傷つき、私という細い糸一本で繋ぎ止められていた。私を「代わり」にしていたのではなく、私こそが彼の「唯一」だった。その事実に、私の胸は甘く、しびれるような痛みに満たされる。
彼を傷つけていたのは、私の「勝手な自己犠牲」だった。私の思い込みが、彼をここまで追い詰めてしまった。
「……ごめんなさい、ザック様」
私は震える手で、彼の背中に腕を回した。
「私、貴方がいないとダメなのは、私の方だと思っていました。……でも、貴方もそうだったのですね」
「……アン?」
「私を閉じ込めても構いません。でも、私を愛しているなら……もう、一人で苦しまないでください」
ザック様の身体が、一瞬強張る。
重すぎる愛。歪んだ独占欲。それを「怖い」と思うよりも先に、「愛おしい」と感じてしまった。私たちは、お互いに欠けた部分を埋め合う、あまりに不器用で重たい共依存の二人だったのだ。
ザック様が顔を上げ、私の瞳を覗き込む。そこには、獲物を逃さないと決めた肉食獣の鋭さと、愛を乞う子供のような脆さが同居していた。
「……もう、逃がさないよ。後悔しても、遅いからね」
低く囁かれた言葉とともに、彼は私を壊さんばかりに強く抱きしめた。
馬車は闇の中を走り続ける。どこへ向かっているのかは分からない。けれど、この腕の中にいられるのなら、地の果てでも構わないと、私は密かに目を閉じた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
カードの真実を知り、呆然とする私を見つめる彼の瞳は、もはや「爽やかな貴公子」のそれではない。濁り、澱み、執着という名の暗い炎がゆらゆらと揺らめいている。
「……アン。君は僕を『優しい人』だと思っていたんだろう?」
ザック様が自嘲気味に笑う。その声は低く、心の奥底を引き摺るような響きがあった。
「理想の彼氏を演じるのは、死ぬほど疲れる作業だったよ。君に嫌われたくなくて、君の理想の枠に収まるために、僕は自分を殺し続けてきた。カレンのような女が騒ごうが、他の誰が言い寄ってこようが、僕にはどうでもよかったんだ。ただ、君にだけは『完璧な男』だと思われていたかった」
ザック様の指が、私の首筋に深くくい込む。苦しくはない。けれど、逃げられない。
「君は僕の聖域なんだ、アン。ドロドロに汚れた社交界や、利権まみれの家督争い……そんな吐き気のする世界で、君だけが僕を全肯定してくれた。君が笑いかけてくれるだけで、僕は辛うじて正気を保てていたんだよ」
彼の告白は、愛というよりは「依存」に近いものだった。
私がいなければ、彼は壊れてしまう。完璧な自分を維持する理由を失ってしまう。
「それなのに……君はあの日、僕を解放すると言った。僕が一番欲しくない言葉を、一番残酷な形で叩きつけたんだ。……あの瞬間、僕の中で何かが壊れた音がしたよ」
ザック様が私の肩に顔を埋める。吸い込まれるような吐息が、耳元を熱く濡らした。
「君がいないなら、僕は学園も、伯爵家の嫡男という地位も、全部どうでもいい。……もし君がどうしても僕を拒むなら、僕はすべてを捨てて、君をどこか誰も知らない場所に閉じ込めておかなくちゃいけなくなる。一生、僕だけを見て、僕の愛だけを食べて生きていくようにね」
狂気を含んだ言葉。
本来なら、震え上がって逃げ出すべき場面。
けれど、私の胸の中に湧き上がってきたのは、恐怖ではなかった。
(ああ……この人は、私がいなければ、生きていけないんだわ)
完璧だと思っていた彼が、実はボロボロに傷つき、私という細い糸一本で繋ぎ止められていた。私を「代わり」にしていたのではなく、私こそが彼の「唯一」だった。その事実に、私の胸は甘く、しびれるような痛みに満たされる。
彼を傷つけていたのは、私の「勝手な自己犠牲」だった。私の思い込みが、彼をここまで追い詰めてしまった。
「……ごめんなさい、ザック様」
私は震える手で、彼の背中に腕を回した。
「私、貴方がいないとダメなのは、私の方だと思っていました。……でも、貴方もそうだったのですね」
「……アン?」
「私を閉じ込めても構いません。でも、私を愛しているなら……もう、一人で苦しまないでください」
ザック様の身体が、一瞬強張る。
重すぎる愛。歪んだ独占欲。それを「怖い」と思うよりも先に、「愛おしい」と感じてしまった。私たちは、お互いに欠けた部分を埋め合う、あまりに不器用で重たい共依存の二人だったのだ。
ザック様が顔を上げ、私の瞳を覗き込む。そこには、獲物を逃さないと決めた肉食獣の鋭さと、愛を乞う子供のような脆さが同居していた。
「……もう、逃がさないよ。後悔しても、遅いからね」
低く囁かれた言葉とともに、彼は私を壊さんばかりに強く抱きしめた。
馬車は闇の中を走り続ける。どこへ向かっているのかは分からない。けれど、この腕の中にいられるのなら、地の果てでも構わないと、私は密かに目を閉じた。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています
もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。
ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。
庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。
全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。
なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。
【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ!
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。