悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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クラス対抗『スフィアチェイス』大会

【第二戦】「黄金世代」と予測不能な「元教師」

 二回戦、第一コート。

 対戦相手は、入学時から「史上最強の黄金世代」と囁かれる一年S組。シード枠として悠々とこの舞台へ現れた彼らは、手元に薄型の魔道具を携え、不敵な笑みを浮かべていた。


「無駄ですよ、エスメラルダ先輩。一回戦の対アーノルド先輩戦、僕たちはあらゆる角度から録画し、あなたの歩幅、視線の誘導、呼吸のタイミングまで全てデータ化しました」

 一年S組のリーダー、眼鏡をかけた知的な少年・ルークが告げる。


 試合が始まると同時に、一年生たちは機械のような正確さで動いた。

 彼らはエスメラルダの『予測回避ステップ』を逆算し、逃げ場を完全に塞ぐ「包囲投球」を仕掛けてくる。データに基づいた、一寸の狂いもない同時攻撃だ。

「……なるほど。これが『シード枠』の余裕というわけですわね」

 開始五分で、二年Sクラスの男子が三名脱落。


 ルークは勝ち誇ったように眼鏡を上げた。

「あなたの戦術は、既に過去のものです。データを超えた動きなど、人間には不可能だ!」

 しかし、エスメラルダの唇が、妖しく吊り上がる。

「ルークさん。教育において最も重要なのは、既知の情報を整理することではなく……『未知への対応力』を育てることですのよ」

 エスメラルダは突然、これまで見せていた優雅なステップを捨てた。


 彼女はマイクに向かって叫ぶ。

「マイク、全力でわたくしの背中を押して! そのままコートを左右に蛇行しますわよ!」

「えっ!? う、うん!」

 戸惑いながらもマイクが彼女の背を押し、二人は連結した状態で不規則な動きを始めた。物理法則を無視したような、二つの重心が混ざり合う蛇行。さらにエスメラルダは、手にしたボールを地面に叩きつけ、コート全体に土煙を巻き上げた。

「なっ、何だこの動きは!? 想定が……想定が違う!」

 ルークが慌てて魔道具を操作するが、出力されるのは『予測不能』の文字ばかり。


 エスメラルダは、前世で培った「統計学」を知っていた。データとは過去の平均値であり、極端な例外、いわゆる「外れ値」には無力であることを。

 彼女が指示したのは、二人の体重を預け合い、あえて「バランスを崩し続ける」ことで、物理演算を狂わせる狂気の戦術。

「予測できないなら、全方位に投げるしかない! 全員、一斉射撃だ!」

 ルークが焦って叫んだ瞬間、エスメラルダの瞳が冷たく光った。

「そこよ! カウンター、開始!」

 一年生たちが一斉にボールを放った瞬間、土煙の中からリリアとアンネが飛び出した。二人はエスメラルダが作った死角を利用し、伏兵としてコートの端に潜んでいたのだ。

 一年生の全戦力が「中央のエスメラルダ」に集中した結果、彼らの守備はがら空き。リリアが放った鋭い一球が、ルークの持つ魔道具を粉砕し、そのまま彼の胸元を撃ち抜いた。


「そんな馬鹿な……僕たちの『分析』が……」


 ピィィィッ!


「二回戦終了! 二年Sクラスの勝利!」

 地面に膝をつくルークの前に、エスメラルダが歩み寄る。

「ルークさん。数字は嘘をつきませんが、数字を信じすぎる人間は、往々にして『目の前の真実』を見失うものですわ」

 彼女は砕けた魔道具の破片を拾い上げ、彼の手の平にそっと戻した。

「次は、データには載っていない『情熱』を計算に入れてご覧なさい。……もっとも、その式はわたくしでも解けないほど複雑ですけれど」

 一年生の「完璧な計算」を、泥臭い「例外」で粉砕したエスメラルダ。
 彼女の軍師としての評価は、この一戦で不動のものとなった。


 二回戦、一年S組との頭脳戦を制した直後。
 張り詰めていた緊張の糸が切れたように、二年Sクラスの面々はコート脇の木陰へと崩れ込んだ。

「あー……死ぬかと思った。ルークの奴、あんな無表情でえぐい球投げてくるんだもんな……」

 マイクが芝生にごろりと寝転び、泥のついた顔を拭う。

「でもマイク、あんたのあの押しのおかげで勝てたのよ? エスメラルダ様の指示通り、蛇行した時のあんたの顔、必死すぎて面白かったわ」

 リリアが水筒を差し出しながら笑うと、クラスの男子たちからもドッと笑いが起きた。

 そこには以前のような「高貴なSクラス」の澄ました空気はない。汗と埃にまみれ、共通の強敵を退けた戦友たちの顔があった。

「皆さん、お疲れ様。……でも、まだ二回戦が終わったばかりですわ。一息ついたら、次はあの『三年Dクラス』との連戦です。あの方たちのスタミナは、今の比ではありませんわよ」

 エスメラルダが日陰で優雅に扇子を動かしながら釘を刺すが、クラスの士気は一向に下がる気配がない。

「分かってますよ、エスメラルダ様! でも、俺たちのモチベーションは今、最高潮なんです」

 一人の男子生徒が、掲示板に貼り出された景品の目録を指差した。

「なんてったって、『学食無料券』がかかってますからね!」

 その言葉に、クラス中が「おおおっ!」と野太い声を上げる。

「わたくしも驚きましたわ。皆さん、名家のお子様なのに、食券一枚にそこまで熱くなれるなんて」

 エスメラルダが少し呆れたように微笑むと、ヤスミンが身を乗り出した。

「エスメラルダ、分かってないわ! あれはただの食券じゃないの。『優勝者だけが注文できる特別裏メニュー』も対象なんですって! 噂だと、幻の白トリュフを使ったオムライスとか、ドラゴンの肉に匹敵する最高級牛のステーキとか……」

「それに、デザートの『特製・王室御用達ミルフィーユ』も食べ放題なのよ! 私、それをリリアとアンネと一緒に、お腹いっぱい食べるって決めてるんだから!」

 ビビアンの鼻息の荒さに、特待生のリリアたちも苦笑いしながら頷く。

「確かに、食費が浮くのは、私たち特待生にとっては死活問題……いえ、最高のご褒美です。エスメラルダ様、絶対に勝ちましょうね!」

「……ふふ。食べ物の恨み、いえ、食べ物への執着は恐ろしいですわね」


 エスメラルダは、前世での運動会を思い出していた。景品がノート一冊だろうと、パン食い競走のあんパンだろうと、目標があるだけで子供たちの動きは見違えるほど良くなる。それは異世界の貴族も同じらしい。

「いいでしょう。ならば、その『食欲』を勝利へのエネルギーに変えなさい。わたくしも、皆さんと一緒に優雅なランチを楽しめるのを楽しみにしておりますわ」

「よっしゃあ! Dクラスの根性、俺たちの食い意地でねじ伏せてやるぜ!」

 笑い声と共に、エネルギーの補給は完了した。


 泥だらけのジャージを叩き、彼らは再び立ち上がる。
 その光景を遠くから見つめる、不穏な視線――。

 第三戦、三年Dクラス。
 貴族への反骨心を燃やす彼らに対し、食欲という名の執念で武装したSクラスがどう挑むのか。

 エスメラルダは扇子を畳み、鋭い瞳を次のコートへと向けた。

「さあ、お腹を空かせた狼さんたち。……狩りの時間ですわよ」
____________

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