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束の間の家族の時間
新年の訪れと共に、メラニアにとって何よりの福音が届いた。ジュリアンが三週間の休暇を取り、本国へ一時帰国するというのだ。
一方で、上司であるチャーチルは四週間の休暇となっている。その一週間の差について、帰宅したジュリアンは愛しげにメラニアの頬を撫でながらこう説明した。
「仕事の下準備があるからね。チャーチル様より一週間早く戻って、滞りなく公務を再開できるようにしておきたいんだ。……君と子供たちには寂しい思いをさせるけれど、これも責任ある地位に就けてくれたチャーチル様への義理だから」
「まあ、ジュリアン。あなたは本当にお仕事に忠実なのね。……ええ、わかっているわ。三週間だけでも、こうしてあなたの顔を見られただけで、私は幸せよ」
メラニアは夫の「嘘」を、一点の曇りもなく信じ込んだ。
実際には、その空白の一週間は、マルタに請われて計画した不倫旅行のための時間だった。「奥様と過ごした後は、私をたっぷりと愛してくださるのでしょう?」と、潤んだ瞳で縋り付いたマルタの顔を思い出しながら、ジュリアンは貞淑な妻に微笑みかけた。
久々の家族団欒は、穏やかで幸福に満ちていた。
五歳のスティーブは父に剣術の成果を見せ、ジェニファーは父の膝の上で片時も離れようとしない。ジュリアンは「子煩悩な父親」として振る舞い、子供たちを惜しみなく慈しんだ。
だが、夜の夫婦の寝室。そこに、静かな違和感が忍び寄る。
「君を危険に晒したくない」という言葉通り、ジュリアンはメラニアを抱くことはなかった。しかし、彼は以前よりも強く、執着するようにメラニアを抱きしめ、その手を固く握って眠りにつこうとする。
そして、暗闇の中で交わされる口づけ。
「……ん、……っ」
メラニアは、思わず息を呑んだ。
かつてのジュリアンの口づけは、触れるか触れないかの、壊れ物に触れるような優しさに満ちていた。しかし今の彼のそれは、どこか強引で、熱く、何かに飢えているような生々しさが混ざっていた。
それは、聖女を崇める敬虔な祈りではなく、別の誰かで覚えた「味」をなぞるような、熟練した男の欲の匂いがした。
(ジュリアン……? どうして、そんなに激しく……)
暗闇の中、メラニアのヘーゼルアイが不安に揺れる。
抱きしめる腕の力強さ。唇から伝わる、今まで知らなかった熱量。
それらは愛の深まりのようでもあり、同時に、自分の知らない「どこかの誰か」の影を感じさせるようで、メラニアの心に言いようのないざわつきを残した。
一方その頃。帰国したチャーチルと過ごすセシリアは、喜びもそこそこに、鋭い視線を夫に向けた。
「お帰りなさい、チャーチル。無事で何よりだわ。……でも、一つ納得がいかないことがあるの」
「なんだ、セシリア。久しぶりの再会だぞ、そう怖い顔をするなよ」
チャーチルは笑って誤魔化そうとしたが、セシリアは一歩も引かなかった。
「なぜ、ジュリアンに三週間の休暇しか与えなかったの? あなたは四週間休むというのに。メラニアはあんなに一人で頑張っているのよ。一週間でも長く、夫をそばにいさせてあげたかったと思わないの?」
チャーチルは、グラスを口に運ぼうとした手を止めた。
「……なんだと? 三週間? 俺はあいつに、俺と同じ四週間の休暇を与えたはずだが」
「え……?」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
チャーチルの脳裏に、出発前にジュリアンが言っていた言葉が蘇る。『チャーチル、僕は一メラニアと子供達とのんびり過ごすよ』。あいつはあんなに殊勝な顔をして、自分にそう言ったのだ。
「あいつ、まさか……」
チャーチルの顔から血の気が引いていく。
ジュリアンが不倫をしていることは知っていた。だが、それはあくまで「現地の遊び」だと思っていた。それを、家族との時間を削り、上司である自分にまで嘘をついて、あの女――マルタとの時間に充てようとしているのか。
「まさか、アイツ。あの女と過ごすために、一週間早く赴任先に戻ったのか? 嘘だろ、ジュリアン……」
チャーチルの独り言に、セシリアの目が険しく光った。
「『あの女』って、誰のことかしら。チャーチル、説明して。……今、すぐに!」
チャーチルの心に、親友への激しい軽蔑と、それ以上に強烈な不安が芽生えた。
ジュリアンの嘘は、あまりに杜撰で、そしてメラニアという女性を軽んじすぎていた。
男同士の「秘密」という堤防が、内側から崩れ始める音が、チャーチルの耳にははっきりと聞こえていた。
愛していると囁きながら、別の女の熱を妻に運ぶジュリアン。その矛盾に、最も早く気づいたのは、彼を信じ抜こうとしていたメラニアの身体だった。
再会の喜びは、今、静かに「疑惑」という名の冷たい水へと変わり始めていた。
__________
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一方で、上司であるチャーチルは四週間の休暇となっている。その一週間の差について、帰宅したジュリアンは愛しげにメラニアの頬を撫でながらこう説明した。
「仕事の下準備があるからね。チャーチル様より一週間早く戻って、滞りなく公務を再開できるようにしておきたいんだ。……君と子供たちには寂しい思いをさせるけれど、これも責任ある地位に就けてくれたチャーチル様への義理だから」
「まあ、ジュリアン。あなたは本当にお仕事に忠実なのね。……ええ、わかっているわ。三週間だけでも、こうしてあなたの顔を見られただけで、私は幸せよ」
メラニアは夫の「嘘」を、一点の曇りもなく信じ込んだ。
実際には、その空白の一週間は、マルタに請われて計画した不倫旅行のための時間だった。「奥様と過ごした後は、私をたっぷりと愛してくださるのでしょう?」と、潤んだ瞳で縋り付いたマルタの顔を思い出しながら、ジュリアンは貞淑な妻に微笑みかけた。
久々の家族団欒は、穏やかで幸福に満ちていた。
五歳のスティーブは父に剣術の成果を見せ、ジェニファーは父の膝の上で片時も離れようとしない。ジュリアンは「子煩悩な父親」として振る舞い、子供たちを惜しみなく慈しんだ。
だが、夜の夫婦の寝室。そこに、静かな違和感が忍び寄る。
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そして、暗闇の中で交わされる口づけ。
「……ん、……っ」
メラニアは、思わず息を呑んだ。
かつてのジュリアンの口づけは、触れるか触れないかの、壊れ物に触れるような優しさに満ちていた。しかし今の彼のそれは、どこか強引で、熱く、何かに飢えているような生々しさが混ざっていた。
それは、聖女を崇める敬虔な祈りではなく、別の誰かで覚えた「味」をなぞるような、熟練した男の欲の匂いがした。
(ジュリアン……? どうして、そんなに激しく……)
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抱きしめる腕の力強さ。唇から伝わる、今まで知らなかった熱量。
それらは愛の深まりのようでもあり、同時に、自分の知らない「どこかの誰か」の影を感じさせるようで、メラニアの心に言いようのないざわつきを残した。
一方その頃。帰国したチャーチルと過ごすセシリアは、喜びもそこそこに、鋭い視線を夫に向けた。
「お帰りなさい、チャーチル。無事で何よりだわ。……でも、一つ納得がいかないことがあるの」
「なんだ、セシリア。久しぶりの再会だぞ、そう怖い顔をするなよ」
チャーチルは笑って誤魔化そうとしたが、セシリアは一歩も引かなかった。
「なぜ、ジュリアンに三週間の休暇しか与えなかったの? あなたは四週間休むというのに。メラニアはあんなに一人で頑張っているのよ。一週間でも長く、夫をそばにいさせてあげたかったと思わないの?」
チャーチルは、グラスを口に運ぼうとした手を止めた。
「……なんだと? 三週間? 俺はあいつに、俺と同じ四週間の休暇を与えたはずだが」
「え……?」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
チャーチルの脳裏に、出発前にジュリアンが言っていた言葉が蘇る。『チャーチル、僕は一メラニアと子供達とのんびり過ごすよ』。あいつはあんなに殊勝な顔をして、自分にそう言ったのだ。
「あいつ、まさか……」
チャーチルの顔から血の気が引いていく。
ジュリアンが不倫をしていることは知っていた。だが、それはあくまで「現地の遊び」だと思っていた。それを、家族との時間を削り、上司である自分にまで嘘をついて、あの女――マルタとの時間に充てようとしているのか。
「まさか、アイツ。あの女と過ごすために、一週間早く赴任先に戻ったのか? 嘘だろ、ジュリアン……」
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「『あの女』って、誰のことかしら。チャーチル、説明して。……今、すぐに!」
チャーチルの心に、親友への激しい軽蔑と、それ以上に強烈な不安が芽生えた。
ジュリアンの嘘は、あまりに杜撰で、そしてメラニアという女性を軽んじすぎていた。
男同士の「秘密」という堤防が、内側から崩れ始める音が、チャーチルの耳にははっきりと聞こえていた。
愛していると囁きながら、別の女の熱を妻に運ぶジュリアン。その矛盾に、最も早く気づいたのは、彼を信じ抜こうとしていたメラニアの身体だった。
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