「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜

恋せよ恋

文字の大きさ
2 / 20
「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜

始まりは悪ふざけ

しおりを挟む
 時計の針を四年前へと巻き戻す。

 王立学園の冬、一学年の冬休みを目前に控えた放課後のことだ。西日に照らされた談話室の隅で、数人の男子生徒たちが下品な笑い声を上げていた。その中心にいたのは、当時から学園の王として君臨していたアルベルト・ローゼイである。

「なあ、アルベルト。お前、最近の遊び相手にも飽きたんだろ?」
 悪友の一人、子爵家の三男坊が、ニヤニヤしながらワイン色のソファに深く腰掛けた。

 アルベルトは、窓の外を眺めながら、退屈そうに金の髪をかき上げる。
「まあな。どいつもこいつも、侯爵家の看板に群がってくるばかりで、話が面白くない」

「だろう? そこで提案なんだが……ちょっとしたゲームをしないか」
 悪友が提示したのは、あまりにも悪趣味な「賭け」だった。ターゲットは、誰でもいい。ただし、アルベルトがこれまで一度も相手にしてこなかったような、地味で真面目で、華やかさとは無縁な令嬢を「本気にさせる」というものだ。

「……勝手にしろ。誰を選ぶつもりだ?」
「そうだな。ほら、あそこにいる彼女はどうだ?」
 悪友が指差したのは、図書室へ向かう廊下を、数冊の分厚い資料を抱えて歩く一人の少女だった。
 地味な茶色の髪を丁寧にまとめ、眼鏡こそかけていないが、装飾の少ない制服を正しく着こなした、伯爵家の長女エレナだ。

「……誰だ、あれ。同じクラスか?」
 アルベルトは眉をひそめた。一年近くも、同じ教室で過ごしていたはずなのに、彼の記憶にはその少女の顔すら存在していなかった。

「伯爵家のエレナだよ。成績だけは優秀だが、社交界には全く顔を出さない『図書室の妖精』……いや、『図書室の石像』だな。あんな堅物を、お前が落とせるかどうかに賭けようぜ」

 アルベルトは鼻で笑った。
 その時の彼にとって、女性とは自分を称賛し、甘やかし、退屈を紛らわせてくれるだけの存在だった。エレナという一人の人間に、心があることなど、微塵も考えていなかったのだ。

「いいだろう。冬休み明けまでに、彼女が俺なしではいられなくしてやるよ」

 翌日の放課後。エレナは一人、中庭のベンチで教科書を広げていた。
 人付き合いが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入る勇気もなく、ただ真面目に学ぶことだけが自分の存在意義だと思っていた。

 そこへ、一人の影が差した。
「……こんなところで勉強なんて、熱心だね。エレナ嬢」

 聞き慣れない、けれど甘く響く低音に、エレナは弾かれたように顔を上げた。そこにいたのは、学園中の憧れの的であるアルベルト・ローゼイだった。

「ロ、ローゼイ様……? なぜ、私の名前を……」
「忘れるはずがないだろう。同じクラスなのに、君はいつも遠くにいるから」
 アルベルトは、彼女の隣に自然な動作で腰を下ろした。

 あまりの至近距離に、エレナの心臓が警鐘を鳴らす。彼は、戸惑う彼女の瞳をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「ずっと、気になっていたんだ。君のその、真剣な横顔が。……少し、話さないか?」

 それからの数日間、アルベルトの攻勢は、純真なエレナにとって過剰なほどの「毒」だった。

 帰宅時の馬車までの見送り、さりげなく贈られる一輪の花、そして授業中に送られる熱い視線。
 周囲の女子生徒たちがざわつき、嫉妬の視線が突き刺さる。けれど、アルベルトは彼女を守るように肩を抱き、囁くのだ。
「君は特別なんだ。他の誰とも違う。……僕を、信じてくれないか?」

 そして冬休み前最後の日。雪が舞い始めた噴水の前で、彼はエレナの手を取り、膝をついた。
「エレナ、僕と付き合ってほしい。君を、僕だけのものにしたいんだ」

 エレナは激しく動揺した。自分のような地味な女が、彼のような輝かしい人に愛されるはずがない。これは何かの間違いだ、と彼女の理性が告げていた。
「私……私などは、ローゼイ様に相応しくありません。それに、貴方には他にも……」

「噂のことなら、もう整理したよ。自由なのは今だけだ。卒業したら家門を背負う僕にとって、君のような真面目で清らかな女性こそが必要なんだ。……お願いだ、拒まないでくれ」
 その言葉は、半分は本音だったのかもしれない。
「家門に相応しい、扱いやすい女」
 けれど、残りの半分は、賭けに勝つための冷徹な演技。

 エレナは、彼の瞳の奥に潜む冷たさに気づけなかった。ただ、生まれて初めて自分を必要としてくれた人の熱量に、絆されてしまったのだ。

「……はい。私でよければ」
 小さな声で答えた瞬間、アルベルトは彼女を抱きしめた。その腕の中で、エレナは生まれて初めての幸福に震えていた。

 一方、彼女の肩越しに、アルベルトは遠くで見守っていた悪友たちに向けて、勝ち誇ったように片目を瞑って見せた。

それは、ひとりの少女の人生を壊す、残酷な遊戯の幕開けだった。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢新作告知📚六作品をまとめて一挙投稿しました!作者の作品欄より、ぜひご覧ください💖
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。予約投稿済みです。

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

義兄のために私ができること

しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。 しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。 入り婿である義兄はどこまで知っている? 姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。 伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。

「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

処理中です...