3 / 20
「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜
「特別」と言う名の嘘
しおりを挟む
「エレナ、今日も可愛いね。そのリボン、僕が贈ったものだろう?」
学園の回廊、冬の柔らかな日差しの中で、アルベルトはエレナの髪にそっと触れた。
「嘘の告白」から数週間。二人の交際は、学園中の注目の的となっていた。地味な伯爵令嬢が、誰もが憧れる侯爵家の嫡男を射止めたというニュースは、驚きと、それ以上の嫉妬を巻き起こしていた。
「はい、アルベルト様。大切にしています」
エレナは頬を染めて俯いた。
恋愛経験のない彼女にとって、アルベルトの甘い言葉や、人前で堂々とエスコートされる経験は、あまりにも刺激が強すぎた。胸の奥が温かくなるたびに、彼女は自分の幸運を神に感謝した。
けれど、幸福の影には常に不穏な噂が付きまとっていた。
「ねえ、見た? 昨日、ローゼイ様が中等部の令嬢と二人で温室に入っていくのを」
「どうせエレナ様は、家柄がいいから選ばれただけの『キープ』でしょう?」
放課後の図書室、本棚の陰から聞こえてくる心ない囁き。エレナはページをめくる手を止め、唇を噛み締めた。
信じたくない。けれど、アルベルトの周囲には常に華やかな女性の影が絶えないのも事実だった。
意を決して、エレナはある日の放課後、彼に尋ねた。
「あの……アルベルト様。最近、色々な噂を耳にします。他の方とも、その……親しくされていると」
アルベルトは一瞬、眉を動かしたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。彼は手慣れた動作でエレナの腰を引き寄せ、耳元で低く囁く。
「なんだ、嫉妬かい? 可愛い人だ」
「からかわないでください。私は真剣です」
「わかっているよ。……エレナ、いいかい。僕は将来、侯爵家を継がなきゃならない。今はまだ、広い世界を見ておきたい時期なんだ。でもね、君は『特別』なんだ。他の誰とも違う、僕の隣に立つべき女性は君だけだと決めている。だから、安心していい」
アルベルトの語る「特別」という言葉は、エレナにとって魔法の呪文だった。
真面目な彼女は、「今はまだ自由でいたい」という彼の身勝手な言い分を、「将来の重責ゆえの、束の間の休息なのだ」と、自分に都合よく解釈してしまった。
「……信じても、いいのですね?」
「もちろんだ。嘘なんてつくはずがないだろう?」
アルベルトはエレナの額に優しく口づけを落とした。
その瞳の奥で、彼が何を考えていたか――。
(……ああ、本当に扱いやすい。少し甘い言葉を囁けば、すぐに納得してくれる)
アルベルトにとって、エレナとの交際は「賭け」の延長線上にある、非常に快適なゲームだった。
これまでの遊び相手は、少し放置すれば泣き喚いたり、高価な贈り物をねだったりして面倒だった。だが、エレナは違う。控えめで、少しの注意を向けるだけで喜び、何より彼女自身の成績と家柄は、自分の将来にとって「完璧な飾り」になる。
放課後、彼は約束通りエレナを馬車まで送った後、すぐに馴染みの社交クラブへと足を向けた。
「おっ、アルベルト。今日もあの『図書室の石像』の相手か?」
悪友がニヤニヤしながら酒を差し出す。アルベルトはそれを一気に煽り、不敵に笑った。
「ああ、お陰で賭け金は俺の総取りだ。彼女、本当に俺に夢中だよ。注意されても『君は特別だ』って言えば、どんな浮気だって許してくれる。最高に都合のいい女だ」
「ははは! 騎士団長候補様は、女を扱うのも一流だな」
男たちの下卑た笑い声が、夜の帳に溶けていく。
彼らの会話を、エレナが聞くことはなかった。彼女は帰宅した自室で、彼から贈られた安物のリボンを鏡に映し、幸せそうに微笑んでいたのだ。
自分に向けられる微笑みが、偽りであることなど疑いもせずに。
「彼に相応しい女性になれるよう、もっと勉強も、マナーも頑張らなくては」
その健気な決意が、将来、鋭い刃となって自分自身を傷つけることになるとも知らずに。二人の関係は、歪んだまま「婚約」という次なる段階へと進んでいく。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
学園の回廊、冬の柔らかな日差しの中で、アルベルトはエレナの髪にそっと触れた。
「嘘の告白」から数週間。二人の交際は、学園中の注目の的となっていた。地味な伯爵令嬢が、誰もが憧れる侯爵家の嫡男を射止めたというニュースは、驚きと、それ以上の嫉妬を巻き起こしていた。
「はい、アルベルト様。大切にしています」
エレナは頬を染めて俯いた。
恋愛経験のない彼女にとって、アルベルトの甘い言葉や、人前で堂々とエスコートされる経験は、あまりにも刺激が強すぎた。胸の奥が温かくなるたびに、彼女は自分の幸運を神に感謝した。
けれど、幸福の影には常に不穏な噂が付きまとっていた。
「ねえ、見た? 昨日、ローゼイ様が中等部の令嬢と二人で温室に入っていくのを」
「どうせエレナ様は、家柄がいいから選ばれただけの『キープ』でしょう?」
放課後の図書室、本棚の陰から聞こえてくる心ない囁き。エレナはページをめくる手を止め、唇を噛み締めた。
信じたくない。けれど、アルベルトの周囲には常に華やかな女性の影が絶えないのも事実だった。
意を決して、エレナはある日の放課後、彼に尋ねた。
「あの……アルベルト様。最近、色々な噂を耳にします。他の方とも、その……親しくされていると」
アルベルトは一瞬、眉を動かしたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。彼は手慣れた動作でエレナの腰を引き寄せ、耳元で低く囁く。
「なんだ、嫉妬かい? 可愛い人だ」
「からかわないでください。私は真剣です」
「わかっているよ。……エレナ、いいかい。僕は将来、侯爵家を継がなきゃならない。今はまだ、広い世界を見ておきたい時期なんだ。でもね、君は『特別』なんだ。他の誰とも違う、僕の隣に立つべき女性は君だけだと決めている。だから、安心していい」
アルベルトの語る「特別」という言葉は、エレナにとって魔法の呪文だった。
真面目な彼女は、「今はまだ自由でいたい」という彼の身勝手な言い分を、「将来の重責ゆえの、束の間の休息なのだ」と、自分に都合よく解釈してしまった。
「……信じても、いいのですね?」
「もちろんだ。嘘なんてつくはずがないだろう?」
アルベルトはエレナの額に優しく口づけを落とした。
その瞳の奥で、彼が何を考えていたか――。
(……ああ、本当に扱いやすい。少し甘い言葉を囁けば、すぐに納得してくれる)
アルベルトにとって、エレナとの交際は「賭け」の延長線上にある、非常に快適なゲームだった。
これまでの遊び相手は、少し放置すれば泣き喚いたり、高価な贈り物をねだったりして面倒だった。だが、エレナは違う。控えめで、少しの注意を向けるだけで喜び、何より彼女自身の成績と家柄は、自分の将来にとって「完璧な飾り」になる。
放課後、彼は約束通りエレナを馬車まで送った後、すぐに馴染みの社交クラブへと足を向けた。
「おっ、アルベルト。今日もあの『図書室の石像』の相手か?」
悪友がニヤニヤしながら酒を差し出す。アルベルトはそれを一気に煽り、不敵に笑った。
「ああ、お陰で賭け金は俺の総取りだ。彼女、本当に俺に夢中だよ。注意されても『君は特別だ』って言えば、どんな浮気だって許してくれる。最高に都合のいい女だ」
「ははは! 騎士団長候補様は、女を扱うのも一流だな」
男たちの下卑た笑い声が、夜の帳に溶けていく。
彼らの会話を、エレナが聞くことはなかった。彼女は帰宅した自室で、彼から贈られた安物のリボンを鏡に映し、幸せそうに微笑んでいたのだ。
自分に向けられる微笑みが、偽りであることなど疑いもせずに。
「彼に相応しい女性になれるよう、もっと勉強も、マナーも頑張らなくては」
その健気な決意が、将来、鋭い刃となって自分自身を傷つけることになるとも知らずに。二人の関係は、歪んだまま「婚約」という次なる段階へと進んでいく。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
271
あなたにおすすめの小説
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……
ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」
この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。
選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。
そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。
クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。
しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。
※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる