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「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜
崩れ落ちた砂の城
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エレナが離婚を決意したあの日から、彼女の日常は「演技」という名の戦場に変わった。
アルベルトの前では、相変わらず穏やかで有能な妻を演じ続けた。彼は、エレナが一度強く拒絶したことなど忘れたかのように、再び自分の都合のいい解釈に閉じこもっていた。
「最近のエレナは、以前にも増して完璧だ。やはり、僕が少し厳しく言い聞かせたのが効いたんだな」
そんな傲慢な独り言を耳にするたび、エレナの心は冷たく凍りついていった。
だが、その彼女に最後の一撃を加える事件が起きる。
季節は巡り、秋。王都で開催された夜会の折、エレナは体調を崩し、早めにバルコニーへと逃れた。そこで、聞き慣れた声が夜風に乗って届いてきた。
「ねえ、アルベルト。いつまであの『石像』と夫婦ごっこを続けるつもり?」
心臓が跳ねた。それは、学園時代からの唯一の親友、クロエの声だった。
エレナは息を殺し、生け垣の陰に身を潜めた。
「よせよ、クロエ。君こそ、僕の妻の『親友』という立場で、よくもまあそんなことが言えるね」
「あら、親友だからこそ、彼女の退屈さは誰よりも知っているわ。貴方も本当は、あんな地味な女、最初から興味なかったのでしょう?」
クスクスというクロエの笑い声に続き、アルベルトの、どこか投げやりな声が響く。
「……まあな。最初から『賭け』だったしな」
「そう、あの冬の日の。悪友たちとの、悪趣味な嘘の告白」
ドクン、とエレナの鼓動が耳元で大きく鳴った。
( ……っ。…… 嘘の…… 告白……!?)
「あいつらが『一番地味な女を落とせ』なんて言うからさ。名前も顔も知らなかったエレナを選んだだけだよ。まさかあんなに簡単に落ちて、あんなに必死に尽くしてくるとは思わなかった。……正直、重いんだよなぁ」
「まあ、ひどい人。でも、その『重さ』のおかげで、貴方は騎士団の業務に専念できるし、私ともこうして会える。彼女、本当に有能な家政婦としては最高じゃない」
二人の笑い声が重なり、唇が重なる不快な湿った音が続いた。
エレナは、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。視界が歪み、胃の底からせり上がるような吐き気が彼女を襲う。
(ああ……あぁ……そうだったのね……)
すべてが繋がった。なぜ、輝かしい彼が、自分のような女に声をかけたのか。
なぜ、浮気がバレても平然としていられたのか。
彼にとって、エレナとの出会いそのものが、ただの「遊び」の延長に過ぎなかったのだ。
そして、信じていたクロエ。
彼女に相談していた悩みも、彼への愛の吐露も、すべては二人の間の「最高の肴」にされていたのだ。
(ああ…… 私は…… なんて、滑稽だったのかしら)
愛されていたと信じていた時間は、すべて彼らの掌の上で踊らされていた無様な記録。
完璧な結婚式も、優しい初夜も、すべてはアルベルトが「ゲームを完遂させるため」の演出に過ぎなかった。
エレナは、溢れそうになる涙を、指が白くなるほど拳を握りしめて押し留めた。
悲しみは、一瞬で純粋な「無」へと変わった。
( ……ありがとう、アルベルト様。そして、クロエ )
声に出さず、冷たい微笑を浮かべる。
「愛」という名の呪縛が、完全に解けた瞬間だった。
(貴方たちが、私をそこまで無価値な存在だと思っているのなら。……その無価値な存在がいなくなった後の世界を、存分に味わわせて差し上げますわ)
エレナは静かにバルコニーを後にした。足取りは驚くほど軽かった。
彼女は翌日から、本格的な「準備」を開始した。
離婚後の生活資金の確保、実家の伯爵家へ戻るための根回し、そして自分が去った後に侯爵家の業務がどれほど滞るかの机上の計算。
実行は一年半後。二十歳のバレンタインデー。
アルベルトが「嘘の告白」で彼女の人生を狂わせたあの日と同じ日に、今度は彼女が、彼の人生から永遠に退場してやるのだ。
エレナの瞳には、もう迷いはなかった。彼女を支えているのは、もはや愛ではなく、静かに燃える「復讐」にも似た自立心だった。
______________
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アルベルトの前では、相変わらず穏やかで有能な妻を演じ続けた。彼は、エレナが一度強く拒絶したことなど忘れたかのように、再び自分の都合のいい解釈に閉じこもっていた。
「最近のエレナは、以前にも増して完璧だ。やはり、僕が少し厳しく言い聞かせたのが効いたんだな」
そんな傲慢な独り言を耳にするたび、エレナの心は冷たく凍りついていった。
だが、その彼女に最後の一撃を加える事件が起きる。
季節は巡り、秋。王都で開催された夜会の折、エレナは体調を崩し、早めにバルコニーへと逃れた。そこで、聞き慣れた声が夜風に乗って届いてきた。
「ねえ、アルベルト。いつまであの『石像』と夫婦ごっこを続けるつもり?」
心臓が跳ねた。それは、学園時代からの唯一の親友、クロエの声だった。
エレナは息を殺し、生け垣の陰に身を潜めた。
「よせよ、クロエ。君こそ、僕の妻の『親友』という立場で、よくもまあそんなことが言えるね」
「あら、親友だからこそ、彼女の退屈さは誰よりも知っているわ。貴方も本当は、あんな地味な女、最初から興味なかったのでしょう?」
クスクスというクロエの笑い声に続き、アルベルトの、どこか投げやりな声が響く。
「……まあな。最初から『賭け』だったしな」
「そう、あの冬の日の。悪友たちとの、悪趣味な嘘の告白」
ドクン、とエレナの鼓動が耳元で大きく鳴った。
( ……っ。…… 嘘の…… 告白……!?)
「あいつらが『一番地味な女を落とせ』なんて言うからさ。名前も顔も知らなかったエレナを選んだだけだよ。まさかあんなに簡単に落ちて、あんなに必死に尽くしてくるとは思わなかった。……正直、重いんだよなぁ」
「まあ、ひどい人。でも、その『重さ』のおかげで、貴方は騎士団の業務に専念できるし、私ともこうして会える。彼女、本当に有能な家政婦としては最高じゃない」
二人の笑い声が重なり、唇が重なる不快な湿った音が続いた。
エレナは、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。視界が歪み、胃の底からせり上がるような吐き気が彼女を襲う。
(ああ……あぁ……そうだったのね……)
すべてが繋がった。なぜ、輝かしい彼が、自分のような女に声をかけたのか。
なぜ、浮気がバレても平然としていられたのか。
彼にとって、エレナとの出会いそのものが、ただの「遊び」の延長に過ぎなかったのだ。
そして、信じていたクロエ。
彼女に相談していた悩みも、彼への愛の吐露も、すべては二人の間の「最高の肴」にされていたのだ。
(ああ…… 私は…… なんて、滑稽だったのかしら)
愛されていたと信じていた時間は、すべて彼らの掌の上で踊らされていた無様な記録。
完璧な結婚式も、優しい初夜も、すべてはアルベルトが「ゲームを完遂させるため」の演出に過ぎなかった。
エレナは、溢れそうになる涙を、指が白くなるほど拳を握りしめて押し留めた。
悲しみは、一瞬で純粋な「無」へと変わった。
( ……ありがとう、アルベルト様。そして、クロエ )
声に出さず、冷たい微笑を浮かべる。
「愛」という名の呪縛が、完全に解けた瞬間だった。
(貴方たちが、私をそこまで無価値な存在だと思っているのなら。……その無価値な存在がいなくなった後の世界を、存分に味わわせて差し上げますわ)
エレナは静かにバルコニーを後にした。足取りは驚くほど軽かった。
彼女は翌日から、本格的な「準備」を開始した。
離婚後の生活資金の確保、実家の伯爵家へ戻るための根回し、そして自分が去った後に侯爵家の業務がどれほど滞るかの机上の計算。
実行は一年半後。二十歳のバレンタインデー。
アルベルトが「嘘の告白」で彼女の人生を狂わせたあの日と同じ日に、今度は彼女が、彼の人生から永遠に退場してやるのだ。
エレナの瞳には、もう迷いはなかった。彼女を支えているのは、もはや愛ではなく、静かに燃える「復讐」にも似た自立心だった。
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